駈けだす。
しばし、見つめ合う。
歴戦の戦士。人間としても、一筋縄ではいかないであろう、冒険者を相手取って来た男だ。
隙のある嘘など、看破してそこからどこまでも崩されそうだ。
「黙秘します」
笑顔で答えた。ガルモは少し面食らった様子だったが、続けて問う。
「知っているか? この国には見廻組という警察組織もあるが、ギルドも一部警察業務を執り行っている。そして、あいつらは冒険者だった」
そうらしい。ヒナからも聞いた。冒険者だからこそ、ポーションも持っていたのだろう。
だが、罪には問えないだろう。証拠は僕の腹の中だ。亜人を排除したい側の人間なら、状況証拠だけで不利になるかもしれない。が、ギルド長が聞いたとおりの人間なら、そうはならない。
「ギルドは、虎の尾を踏んで、噛み殺された者の面倒まで見るんですか?」
僕が笑ったまま応えると、ギルド長は呆れたように笑い返した。
「証拠はないため、捕縛して罪に問おうとは思っちゃいねぇ。冒険者は、人にせよ魔物にせよ『自分より強いヤツに喧嘩を売るな』ってが鉄則だ。それに反した冒険者は自己責任だ。それに……運がよかったな。」
「ありがたいですけどー、いいんです?」
まぁ、処罰されるぐらいなら殺すつもりだったけれど。勝てるかどうかはわからないが、許せないことはある。
その僕の意図を読み取ったのかわからないが、ガルモはおもむろに席を立った。後ろ姿に、敵意はない。
棚から酒瓶とグラスを二つ取って、テーブルの上に置いた。
「イケる口か?」
僕は少し呆然としたが、
「……えぇ」
となんとか返した。
「急に子どもみたいな顔をするな」
地顔がそうなのだ。十歳相当なので、仕方ない。
そう言って、二つのグラスに酒を注ぐ。瓶はウォッカらしい。昨日ヒナとも飲んだが、酒の種類は前世の知識とあまり変わらない。日本酒がないことを残念に思ったので、前世の僕は日本酒が好きだったのかもしれない。
「運がよかったってのは、お互いにだ。お前を俺が知れた。お前の強さを知ったし……部下から報告を聞いた時、嬉しくってな」
注いだ一つのグラスを僕に向けて、掲げた。僕はテーブルのグラスを取り、合わせた。
カチン、という音がする。
僕は黙って、ギルド長の言葉を待った。
「ハジメのことを、俺は気に入っていてな。あの武骨な老け顔のガキに、仲間が出来ればいいと思っていた」
どうやら、いい仲間が出来るらしいと、僕を見ながら言った。
「いい男です。ハジメは」
ガルモは満足そうに、静かに笑ってグラスを渇かす。手酌で注ぐ。
「いい冒険者ってのは、勝手にいい冒険者を引き寄せちまう。漢もそうだな」
僕も倣って、手酌で注いだ。黙って、グラスのウォッカを減らす。
「いずれ、あいつに相応しい仲間が出来るとは思っていた。こんなに待つとは思っていなかったし、まさかそれが、亜人の勇者とはな」
「人族の方が、よかったですか?」
僕が笑いかけると、悩むように顔をしかめた。
「気にしない、と言いたいところだが――、少なくとも想像はしていなかったな」
苦労は多いだろうな、とまた杯を渇かして言葉を続ける。
「だがな、それ以上に嬉しいのさ。俺らの時代じゃ珍しくもなかったが、今の時代に殴り合って夕陽を迎えるとはなぁ」
よく考えれば、青いことをしたものだと、今さら恥ずかしくなった。酔ってもいないのに、褐色の顔に熱を感じた。
処罰は無し。僕個人はD級のクエストを受けてもいいとなった。手続き上のことはすぐに終わった。D級のクエストを達成するうちに、C級に上がれるそうだ。イッサとソージもE級に上がれば、D級のクエストを受けられる。二人を待てば、一緒にランクを上げていけそうだ。
色々と話した。ギルド長の部屋から見える月は大きく、きれいだった。
昨日冒険者を十数人潰したことは、チクチクと怒られた。
ヒナを僕の女にしたことは知らなかったらしく、言うと、何だと! と怒鳴られた。怒りはしなかったが、気持ちの置き所がないらしく一発殴らせろと言われた。
いいけど、僕も一発殴るよと伝えると快諾したので、殴られて殴り返した。
さすがにギルド長のパンチは重かった。ふらつく。
ギルド長もふらつき、いいモン持ってるじゃねぇかと言って目を光らせた。年を考えなよと言って僕が座ると、熱のやり場を失ったように渋々座った。
色々と話した。
しばらくして、いつまでも受付に戻って来ない僕に、痺れを切らしたヒナが入室してきた。
ガルモがグラスを増やし、数本目になる酒瓶を持ってきた。ヒナは目を離す方がまずいと考えたのか、素直に僕の隣に座った。
それを見て不機嫌になるガルモの赤くなった顔から目を逸らしつつ、三人で飲んだ。
さらに一本を飲み干しても様子が変わらない僕の頬を、
「昨日のは酔った振りだったわけね」
と火照った顔のヒナが抓った。どこまでもかわいいなこいつと思いながら、えへへと笑って誤魔化した。
天の声があざといのレベルが上がったことを伝えてきた。うるさい。
やっぱもう十発は殴る! と立ち上がったガルモが、ヒナに頬を引っ叩かれた。
痛みではない悲しみに泣き出し、しばらく泣きながら酒を飲みヒナをいかにかわいがっていたかを話した。
かと思えば、泣き疲れて寝てしまった。子どもかよ。
酔いながらもヒナが、外套をギルド長の姿を失ったガルモにかけた後、部屋を出た。
昨日よりも酔ったらしいヒナにもたれかかられながら、ヒナの家へと帰った。
《蟒蛇》の称号を獲得した!
《送り狼》の称号を獲得した!
天の声がうるさい。それでも、愉快な夜だった。
月明りを歩く。なんとなく、相棒に思いをはせた。
「今頃、どうしてるかねぇ」




