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一年生 夏 夏にしか見れない色

7月も中盤に差し掛かったある日。


桜の花が満開だったあの並木道の桜の木も緑の葉に覆われ、その隙間から木漏れ日が坂道に差し込んでいる。並木にはたくさんの蝉が止まっていて、その鳴き声がより一層夏を演出している。




 学校生活にも慣れ、衣替えも終わり夏服になっていた。


男子はブレザーのジャケットを脱ぎ、半袖のシャツに夏用のズボン。柄の違うネクタイだ。女子も同様ジャケットを脱いで半袖シャツに柄違いのリボン。夏物のスカートに替える。


高校にも慣れ、ちょっと調子に乗ってくると、男子は半袖シャツでは無く、長袖シャツを腕まくりし、女子はスカートの丈を短くしてリボンを緩ませる。


僕たちは、まだ一年生で先輩の目もある事も分かっているため、半袖シャツを着ているが、ネクタイは緩めている。


女子に関しては、優里はリボンを緩めてスカートは短い。これは入学してから全くぶれていない彼女のスタイルだ。


美月はスカートを少しだけ短くしているが、リボンはしっかりと締めている。




 桜高は基本的にクーラー設備が少ない。あるのは特殊な機材を置いてある化学室や音楽室、美術室等の特別教室だけだ。夏特有の暑さと独特の湿気が肌にまとわりつく。連日夏日が続いており、強い日差しが降り注ぐため屋外の部活の生徒は皆日焼けし、肌が黒く染まっている。




 昼休み。昼食を終えていつもの仲良しグループで、教室よりはまだ風通しの良い廊下に集まる。


「この季節の体育はマジ地獄。」


和樹が滝の様な汗をかいている。流石サッカー部だけあって代謝が良いのか。4時限目の体育の汗がまだ引かず、購買の自販機で売っている500ml缶の炭酸飲料を勢いよく飲み干す。


「ねぇ、和樹達の部活は次いつ大会なの?」


「とりあえず大きいのは冬だよ。どうせ一回戦負け。この前と一緒。」


「やる前から負ける気持ちで行くなよ。」


「陽太、熱いよお前。夏だから尚更熱い。」


 僕はサッカーに関しては熱くなりやすく、負けたくないという気持ちが人一倍強い。だが、現状確かに桜高サッカー部は弱小だ。


6月、先輩たちの最後の大会が行われた。結果は一回戦負け。3年生は引退した。新体制となり、僕達もレギュラーとして日々練習している。どちらかというと入学してからの数カ月で先生たちからも不真面目な印象を持たれている僕達だが、部活に関しては本気で取り組んでいる。


「うちらテニス部も当分大会ないし、そもそもそんなやる気無いんだよねぇ…というわけでさ!とりあえず夏だしどっか遊びに行こうよ!」


「おー良いね!やっぱ海?」


 相変わらず能天気な二人(和樹&優里)だ。


だが、確かに一理ある。たまには学校帰りに遊びに行きたいと思う。部活をサボって行くのも悪くない。どこに行くかで盛り上がっている二人を横目に、机に座っている美月に話しかける。


「美月はどう?絵とか新しいの描いてるの?」


「うん!今は梅雨だから、それをテーマに。毎月テーマを決めて描くの!ほら、4月は桜だったし。」


「ああ、あれ凄くキレイだったよ。毎日階段で目に入っちゃって、見惚れたよ。」




 あの夜、美月と一緒に描いた桜は、無事に仕上げを行い、キレイな絵として完成した。その絵は桜の木1本や花びらの絵では無く、なぜかあの時、帰り道で坂の下から2人で見上げた舞い散る桜の花びらと桜並木を月が照らす風景だった。


 あまりにも美しく描かれた絵は、顧問の先生や先輩達からも高く評価され、1ヵ月以上、一番人目の着く中央階段の2階の踊り場に掲示された。


皆の目につく事が嬉しくもあり、二人だけの絵でいて欲しかった、という謎の感情も生まれていた。だが結果的に言える事は、美月の絵は間違いなく人の心に影響を与える力がある様だった。




「ありがとう。あれも陽太くんが手伝ってくれたおかげだよ。」


「そんなこと無いよ。美月の実力だよ。」


あの日以来、僕と彼女は美月、陽太くんと呼び合っている。なぜか凄く特別な感じがして、出来る限り名前を呼びたくなってくる。




「陽太!今日部活さぼろう!サボってカラオケ行こう!」


「は?それはまじぃだろ…流石に先輩に怒られる。」


「良いじゃん少しくらい!」


「そうだよ。陽太くんも和樹みたいに適当になったら良いよ。」


「そういう事じゃ無くて…」


部活がある時はサボる事は出来ない。まぁバレ無ければ良いが、そういう問題では無いと思う。


「うーん…じゃあどうする優里?俺たちだけで行く?」


「そうだねぇ…みなみ、行く?」


「え?みなみも?うーん…良いよ!暇だし!」


 みなみは美月と同じ4組の女子。家は星見と川の瀬の間、蛍火で蛍火二中出身。部活は吹奏楽部に入っている。今週いっぱいは吹奏楽部は野球部の応援練習に手一杯の為、先輩を中心に練習しており、一年は時間がある様だ。


そして、みなみいわくサボっても目立たないらしい。


みなみは一言で言うと可愛い雰囲気を持っている子で、「可愛いの天才」と周りから呼ばれている。それ程自然と可愛らしさがにじみ出ている。


入学早々、優里が積極的に話しかけ仲良くなった。


「よし!みなみも行くで決まり!駿は?」


「俺はもちろん行くっしょ。」


 駿は僕たちと同じ3組の男子で、草笛中出身。同じサッカー部で入学初日に仲良くなった。僕達3人の中では一番髪が短い。というか坊主に近い。実家は農家で、学校までは一駅なので自転車で通学している。ガタイも良く、身長も高い。ちなみに、僕は171㎝、和樹は168㎝、駿は178㎝。天然な所もあるが、盛り上げ上手で良い奴だ。


「よし!んじゃあ今日で良いっしょ?」


「それで良いよ!俺と瞬は部活ばっくれるから!」


「和樹と駿とみなみね!美月も行くでしょ?」


美月が顔を上げ、苦笑いをしながら答える。


「うーん…行きたいけど部活行かなきゃ。少しでも仕上げしないと…今日金曜だから明日お休みだからやっとかないと。ごめんね。」


「なんだよ…美月ちゃんも陽太寄り?真面目だなぁ…。」


「いや、美月が俺寄りとかそういう事じゃなくて、単純に部活は行った方が良いって。そもそもお前ら揃って休んだら、俺先輩に訳絶対聞かれるし。俺は部活行くよ。ちゃんと練習しなきゃ。」


 正直そこまで真面目には思っていない。ただ、美月が行かないという事を聞いて、自分も今回はよそうと思った。それにもしかしたら、また部活終わりに美月と帰れるかも…なんて思っていた。


「うーん。んじゃあさ…明日お休みだし、みなみの地元のお祭り行く?」


みなみが閃いたように話し始めた。


「え?みなみの地元って蛍火の?」


「うん!蛍川神社っていう所があって、そこの境内とかで出店出してお祭りやってるんだよ。ちょうど今日が宵祭りで明日が本祭りだから。結構有名で大きなお祭りだし。それにお祭りなら部活終わってから行ってもちょうど良いでしょ?」


「お祭りとか良いね!季節感あるし、本当は女子の浴衣見たかったけど…。」


「はぁ?あのね、浴衣って意外とめんどいんだからね?和樹はただ見たいだけじゃん。でも、それにしない?そしたら陽太くんも部活終わりに来れるでしょ?」


「確かにそれなら全員部活出れるな。」


「うわー…おい、瞬。俺達さぼれねぇわ…」


「うわー…」


「当たり前だろ。部活終わってからだ。」


「んじゃあ、みなみの地元ね!優里と和樹くんと瞬くんと…陽太くんも来るし、美月も行くでしょ?」


みなみが問いかける。


「え…うん。それなら行こうかな…。でも何時になるか分からないし。」


「…良いからっ!美月も参加ね!んじゃぁ全員部活終わったら坂の下で待ち合わせしよう!」


「おっけー。楽しみだわ。駿、お前何食う?」


「俺やきそば~。」




和樹と駿が教室へ戻っていく。優里とみなみはトイレへ向かった。


「美月、行くの?」


「え?…うん。行きたいな。ほらっ、お祭りって季節の風物詩だから絵の参考にもなるし!陽太くんも行くんでしょ?」


「もちろん!楽しみだね。」


(美月が行くなら行きたい)そう言いたかった。




「あ、あのさ…」


「ん?どうしたの?」


「陽太くんも…やっぱり浴衣見たかった?」


「え?誰の?」


「…女の子の…。」


浴衣?女の子の?突然の質問に驚いたが、確認するしかない。


「女の子?って優里とか?」


「…もだし、もちろんみなみのも!あと…私とか…。」


また無粋な確認をしてしまった。美月の浴衣がとても見たいと思っている。むしろ、私服を見てみたい。男なら誰しも思うことだ。


それに美月の浴衣はきっと凄く似合っていると思うし。


「まぁ、皆いつもと雰囲気違うと思うし…見てみたいかな。」


「そうだよね…私も見てみたいよ。」


「え?…優…里とかの…浴衣?」


「違うよ!だ…男子の。」


少し恥ずかしそうな美月が、日焼けしていない白い頬を赤らめた。




 その後は深堀してしまうと会話が続かなくなってしまうと思い、また後でと挨拶をしてクラスへ戻っていく。


授業が終わり部活の時間。いつも通りの部活をするが、間違いなくいつもより楽しみでドキドキしている。キックの質も良い。


早く終われと祈っていると、偶然にも緊急の職員会議が入り、その都合で全部活がいつもより早く終わる事が出来た。17時には部活を終え、制服に着替える。男性用の制汗スプレーをいつもより多く吹きかけ、待ち合わせの坂の下へ向かう。




 まだ明るい夕日に照らされ、坂の下で優里が手を振る。


「おーい!今日職員会議だって!めっちゃラッキーだったね!早く行こう!」


その横でみなみも軽く手を振っている。


それに気づくと和樹と駿はいつもの様に自転車に二人乗りし、勢いよく坂を下っていく。僕は小走りで坂を下ろうとした。


「陽太くん!」


後ろから声が聞こえる。


「あ、お疲れ様!遅かったね。俺たちが一番最後かと思ったのに。」


美月が後ろから小走りで走ってくる。


「うん、片付けに少し手間取っちゃって…。でも間に合った!」


僕は小走りをやめ、出来るだけ歩幅を狭くし、少しの間だったが、美月と二人で歩く事が出来た。下で僕達を待っている和樹達は会話に夢中だ。


「よし、行こう!」


 全員で下に集合し、花見坂駅へ向かう。


自転車の駿は自宅に自転車を置いてから後で合流になり、駿を除いた5人で電車を待つ。部活の話や顧問の愚痴等を話していると電車がやってきた。


電車に乗り込み蛍火に向かう。向かい合う4人席を陣取り2人席に優里とみなみ、その向かいの2人席に和樹と荷物を置いて座る。僕らは出鼻をくじかれた為、少し離れた場所で美月と吊革につかまり立つ事にした。


「お祭り、何か食べたりするの?」


「うーん…とりあえず腹減ったからなんか食べたいな。美月は?」


「金魚すくいとかしたいな…。後は私も何か食べたい!」


そういうと、いつものような無邪気な笑顔でこちらを見る。


この笑顔の度に心がギュッとなる。


 


 蛍火に着き、みなみの案内で蛍川神社へ向かう。駅からすぐ近くにあり、もう大分賑わっている。鳥居のある広場には小さな川が流れており、橋がかかっている。その先の階段をあがると神社の境内に入り、そこにも出店が出ている。僕達はみんなで盛り上がりながら思い思いの出店へ向かった。


思いがけず驚いたのはみなみだ。どこに行っても、


「みなみちゃん!可愛いね!」


「みなみちゃん、偉いねぇ。」


と「みなみちゃん」を知らない人はいないのではという程の人気と認知度で蛍火でのみなみの影響力に驚いた。




「美月、何か食べないの?」


「うーん…それじゃあ、お好み焼き食べたいな!」


「んじゃあ探すか!」


辺りを見渡していると後ろから声が聞こえた。




「あれ、陽太?」


僕の顔見知りもいたのか?出店から声が聞こえる。声のする店の看板を見ると看板には、




<お好み焼き 出張どんちゃん!>




と書いてある。サッカー部行きつけのお好み焼きやのどんちゃんが出店していたのだ。


「沙織さん!こんばんは!出してたんですか?」


「もちろん!蛍川神社は毎年出してるよ!だから今日は店は休みなの!」


沙織さんはサッカー部行きつけのお好み焼き屋どんちゃんの女店主。まだ30代で僕達の良いお姉さんて感じの人だ。


「あれ?なによ~彼女?」


「ち、違います!友達!」


「あ…はじめまして。野木と言います。」


「なんだ、そうなんだ!よろしくね!」


沙織さんはニヤニヤしながら少しからかうように笑っている。


「沙織さん、そんな事よりお好み焼き頂戴!2つ!」


「はいはい!サービスするから、食べてって!」


 僕は、財布を出し、2つ分の料金を支払った。美月はお金を出そうとしたが、、僕は少しカッコつけて「奢るよ」と言い、お金を支払った。


お好み焼きを受け取り、少し談笑した後その場を後にして神社の境内の奥へ向かう。人込みをかき分け、和樹達を見つけた。


「あ、陽太!駿が今駅に着いたからちょっと優里と迎えに行ってくる。待ってて!」


「みなみもちょっと町会長さんに挨拶行ってくるね~。」


「え…ああ、うん。んじゃあ待ってる。」


そう言い、気づけば二人だけになっていた。


僕たちは周りを見回し、神社の境内の奥にある見晴らしの良い空き地のベンチに腰掛け、美月と並んだ。


「んじゃあ、皆行ったし食べよっか。」


「うん!美味しそう!頂きます。」


 考えてみればこんなに近くで美月が食事をしているのを見るのは初めてだった。いつも見ている表情とは違う可愛さがあり、美味しいと言いながら、大きな目を開いて笑顔を浮かべ、頬を膨らましている姿を見ると、今まで感じた事の無い、とても幸せな気持ちになった。




すっかりと日も暮れ夕焼けが赤く染まる。


お好み焼きに夢中で気づかなかったが、この空き地、展望スペースの様で、蛍火どころか花見坂まで見える程美しい景色が一望できた。高台なので空も近く感じる。


 祭り囃子とヒグラシの鳴き声が聞こえる中で、少し遠くを見ると、いつも乗っている市営電車が4両編成で走っているのが見えたり、遠くの家に明かりが灯り、お父さんであろうか、仕事から帰宅している姿も見える。


なんとも言えない、のどかな夕方の景色がそこにはあった。


 空を見上げると、星が薄く浮かぶ中で夕日が染まり、夜の青と夕日の赤が混じる何とも美しいピンクがかった幻想的な風景が見えた。


「なんか…すごいキレイだね…」


僕はその景色に思わず笑顔で口にだす。


「うん…びっくりした。こんな景色あったんだね。」


遠くに桜高が見える。まだ職員室には明かりが灯っているようだ。


「あそこから来たんだね。何か不思議じゃね?」


「うん!確かに不思議な感じ。やっぱり来てよかったなぁ。」


「俺も来て良かったよ。美月とも来れたし。」


続けて思わず口に出してしまった。


「え?私と来れた…っていうのは?」


「あ、いやほら、美術部の!絵の参考になるでしょ?」


「うん…お祭りって赤色とかオレンジとかそういう簡単な言葉じゃない色を使ってるから凄く参考になるよ。それよりもこの空の色が凄くキレイ。星が光って夕日も見えるなんてなかなか無いし。きっと夏にしか見れない色ってあると思うんだ。もちろん春夏秋冬それぞれの色があると思うけど。特に夏は夏の色があると思うの。どんな参考資料にも書いてない色だから、見れて良かった。」


「俺、ほらこの前もだったけど、美術部仮部員みたいなもんだから、美月の参考になる事を提供してあげてると思ってる。だから美月と来れて良かったって言ったの!」


そんな事は決して無いが、そういう他言葉が浮かんでこなかった。


「そうなんだ…」


少し曇った表情で美月は下を向き少ししてから空を見上げた。


「今日は陽太くんも来てくれてありがとう。」


「え?そんな事ないよ。俺だって…美月と話せてうれしいし。」


これは本音だし、言っておきたくなった。だからあえて口に出したのだ。


お互い突然無言になってしまう。まるで電車を待っていた春の夜の様だ。そんな中、美月が顔を上げ空を見て口を開いた。


「ねぇ…雲の数数えよう!」


「え?雲の数?星じゃなくて?」


「うん。余裕ないと空とか見ないじゃない?ましてや雲の数を数えるとかよっぽど暇じゃないとしないでしょ?なんか、今ゆっくり時間流れてる気がするから、数えてみたくなったの。」


「え…良いけど…。」


「陽太くんといると、なんかあっという間だけど、時間がゆっくり過ぎてるような感じするんだ。だから、数えよ!」


最初はどういう事か分からなかったが、きっと美月は、今リラックスして安心してくれているのかと思った。何より照れ隠しの様な。そんな表情をしていた。


だが、僕は思った。普通雲の数なんか数えないしこれからも雲を数えるなんてこと絶対に無い。だからこそ美月とだけ、僕ら二人だけの特別な事のように思って嬉しくなった。


「1、2…」


小声で数え始める。


「…私終わったよ!」


「はやっ!んじゃあせーので言うか!」


「せーの…」


「2っ!」


「6っ!」


僕が2つで美月が6つだった。


「ちょ、待って!6ってどういう事?」


「えー!2つじゃ絶対に無いよ!」


「だってほら、あの大きいの2つじゃん?」


「もう、陽太くん観察力無いな!あの2つは良く見ると細かい雲が6つ重なって出来てるよ!」


「こまかっ!だから数えてる時、指差しながら小刻みに動いてたのか!」


「あははっ!陽太くん、雑すぎるよ!」


「確かに2つはやばいな!」


 きっと僕はこの空に自分と美月を重ねていたのか。空に浮かんだ雲は2つにしか見たくなかったのかもしれない。


「ねぇ陽太くん。浴衣でお祭りって…どんな感じなのかな…。」


「え?浴衣?」


「うん…例えばね!その…私が着たら似合うかなぁって。」


「ま、間違いなく似合うよ!絶対!絶対似合う!」


声を大きくして言う。


「声!大きいよ!」


「あ、ごめん…でも似合うよ。本当絶対。いつか見てみたい!」


「似合うかなぁ…いつか着てみたい…。」


(来年もまた来ようよ。)


そう言いたかったが、今言ってしまうと断られたら怖い。僕は口に出すのをためらった。




 二人で景色を見ていると後ろから皆がやってくる。


「おーい!陽太!見つけた!金魚すくいやろう!」


「美月も早く!」




なぜか今は、もっと二人だけでいたいと思わなかった。それ程充実していたからなのか、それとも美月と何かで繋がれた気がしたのか。


理由は分からないが、すごく充実した二人の時間だった。


その後は皆で出店を周り、夏の思い出を楽しんだ。帰りはすっかり暗くなって、階段を下りると、鳥井のある広場の川にかかった橋の周りを蛍が飛んでいる。




 今までは緊張したり、躊躇っていたが、僕はこの時すかさず美月のそばに行き、


「美月、蛍キレイだね。」


と自ら話した。皆気づいていたし、美月も分かっていたが、僕の口からは美月にだけ伝えたかったんだ。


「うん…。すごくキレイ…。初めて見た…」


「スケッチしないの?」


そう聞くと、美月はすぐに、


「この景色は、描けないよ…。」


と声を震わせて言う。


その言葉を聞いて、僕たち今日が間違いなく思い出になったと感じた。


 蛍を見つめる美月の目は、大きく開き、まるでこの景色を切り取っている様な、そんな表情をして、口元が微笑んでいた。


「これも夏にしか見れない色だね。」


「うん…。本当にそうだね。忘れないよ。」


そう話した瞬間、ほんの少し美月の肩が僕の腕に当たった。それだけでドキッとし、美月を見つめてしまう。




「陽太くん、美月の事見すぎ!」


突然みなみが笑いながら茶化す。


「えっ?」


美月が僕を見る。


「えっ!ああ、いや…随分眼力強いなと思って…」


ごまかすにも上手くごまかせない…。




「ぐすっ…うぅぅうう…」


「え…優里?」


みなみに何か言い返そうとするとみなみの隣で優里が号泣している。


「何?どうしたの?腹痛いの?」


「だって…だって…キレイなんだもん!」


優里は蛍を見て号泣している。単純というか純粋というか、みなみや駿を見てみろ。蛍ですら、蛍火や草笛では、もはや普通過ぎて慣れている。


「ううう…良く分かるよ優里…。蛍とか半端ないって。」


「は?…お前もかよ…」


和樹も泣き始めた。この二人の波長はどこまで合うのだろうか。


いっそのこと付き合えば良い。きっとうまくいくだろう。だが、この二人は本当にムードメーカーだ。揃って泣いている姿を見て、皆で今日最後の大笑いをした。




 帰りは僕と和樹は川の瀬まで、駿は草笛まで電車で帰る。みなみは家が近い為歩いて帰り、優里と美月は星見から来る優里の親の車で帰る事になった。




「じゃあ、みんなまた来週!」


和樹が声をかける。


「うん。めっちゃキレイだった!和樹後で写メ送ってね!」


「もちろん!優里もなっ!」


「優里、美月、またね!」


みなみが手を振る。


「優里もう泣きやんだ?大丈夫?」


駿が心配する。


「陽太くん、今日はごちそうさまでした!また来週ね!」


「うん、美月も気を付けてね。楽しかったよ!」


「今度…今度さ…浴衣着てみるね!おやすみ!」


そう言いながら手を振り、車に乗り込んだ。


 僕は突然の言葉に唖然として言葉が出なかった。


浴衣の美月を見れる日が来るのか、楽しみと不安で胸がいっぱいだった。


だが、少なくとも今日は何とも言えない充実した気持ちだ。


優里の親御さんに会釈をし、発進する車を見つめていた。




「さぁー帰ろう!あっ!今日お前ん家泊まって良い?」


「えー、母ちゃんに言わないと分かんないけど多分大丈夫だよ。」


和樹と駿が駅へ向かう。


駅へ向かう二人を先に行かせ、みなみと向かい合う。




「じゃあ、みなみも今日はありがとう。すげー楽しかった。また来週ね!」


「うん!陽太くんもね!あ、そうそう…」


「ん?なに?」


「陽太くんはさ…美月の事が好きなの?」




あまりにも唐突な言葉に戸惑いを隠せなかった。


「え?な、なに突然?」


「だって、美月と話してる時、陽太くん凄く嬉しそうだから。」


「え…それは…。」


「大丈夫!美月もすごく嬉しそうな顔してるよ。他の人と話す時あんな顔しないもん。」


「そうなの?」


「うん!美月にとって陽太くんてたぶん特別だと思うよ。みなみも陰ながら応援してるからね!おやすみ!」


「お、おやすみ…」


そういって振り返って歩いて行くみなみを僕は見送り、駅へ向かった。


賑やかな祭り囃子が次第に小さくなっていく。




「なぁ陽太。今日駿の家泊まろ!」


「あ、うん。んじゃあ親に電話する。」


先ほどのみなみの言葉が頭から離れない。


「俺の服貸すから!」


「なぁ!せっかくだから歩いて行こう!」


「和樹タフだなぁ…。」


 そう言って駅に向かっていた足を止め、草笛までの道を歩く事にした。


先を歩きながら雑談をしている二人を後ろから見つめ、月明かりに照らされる田舎の道を歩きながら、時折月を見て考える。




 美月は僕をどう思っているんだろう。気になるが聞けない。でも少なくとも、僕は今とても幸せで、もっと美月のあの笑顔を見ていたいと素直に思えていた。


みなみが言っていた、美月にとって僕が特別な存在であるという言葉。すごく嬉しくて幸せだったが、その言葉を美月から直接聞きたい。我儘だが聞くには確認するしかない。でももし勘違いだったら。そう思うと進んで聞くことができない。ただ、それでもみなみから聞いた言葉だけで幸せだった。


 


 蛙の鳴き声が聞こえる夜道を歩いていると、遠くの花見坂の方から打ち上げ花火が上がった。今日はどこもお祭りらしい。市街地でもお祭りだったのか。花火が上がるほどの祭りとなると規模も大きいのだろうが、僕は今日蛍火の祭りに来て良かった。




 遠くから見る花火を見て、「この花火、美月も見てるかな…。」そう思うと、まだそばに美月がいるような気がしてしまう。


そして、もしいたら(「花火キレイだね。」)と言い、美月はいつもの様に微笑んでくれるだろう。


もし、今も同じ花火をどこかで見ていたらと思うと急にドキドキしてしまう。


一緒に同じ景色を見れた今日の事がまた幸せに思えた。




 親へ駿の家に泊まる旨を伝える為、携帯を開くと美月からメールが届いていた。




<今日はありがとう!凄く楽しかったです。今優里の家の車なんだけど、花火見た?凄くキレイだったよ!陽太くんも見てるかなと思って!夕焼けもキレイだったね。今度は花火も一緒に見れたら嬉しいです。おやすみ!>




 今思っていた事は現実だった。美月も見ていたんだ。口元が緩む。


一緒に花火を見たいと言ってくれた。


「誰と?」「なんで?」そう確認したかったが、僕も同じ気持ちだ。一緒に見たいと思っているのだから、無粋な確認はいらなかった。




 夜道を携帯を見ながら歩くと、携帯の明かりで周りが見えなくなり転びそうになる。返信する為に足を止め、文字を打とうとすると前を歩く2人が声を荒げた。


「おい!陽太!早く!」


「わかった!今行くよ。」


メールの返信を考えながら、和樹と駿に向かって遠い花火の音を背に、全力で走った。いつもよりも早く走れた気がする。




 そこから、瞬の家までゲームの話や部活の話をして帰った。


美月と見た景色や過ごした時間。それが増えていく度に、もっと沢山二人でいたいと思ってしまう。それは、あの笑顔を見たいからだ。


そして、僕自身が幸せな気持ちになれるからだ。





 メールの返信を送ったのは、その日、日付が変わってからだった。


当たり障りのない返信と、僕も花火を見ていた事。そして夕日がきれいだった事。


もう和樹と瞬は寝てしまって一人で瞬の部屋から窓を開けて涼んでいる事。


その窓から見える夏のキレイな月を、美月も今見ているか質問した。


もし見ているなら僕も同じ月を見ていると伝えたかったから。




そして最後に“必ず一緒に花火を見よう”と約束した。




“GreeeN 夏の音”

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