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一年生 春 ありがちな恋愛2

 そんな日々が続く中、入学してから1カ月が経った。


最初の2週間は仮入部期間の為、部活に参加しなくとも良い。だが2週間が過ぎると部活参加が義務の為、全員が部活へ向かう。部活の時間になると解散していく。


もちろん僕らも例外では無い。入ったばかりの一年がやる事は練習と雑用だ。今日も先輩にしごかれながら部活をこなす。練習を終え、グラウンド整備を終えたら部活の終了だ。練習着から制服に着替え、校門を抜けて坂道を下る。




 散りながらもまだ少し残っている桜の花びらが、薄暗い空を舞っては落ちて、幻想的な景色に見えた。




 部活が終わるといつも同じ一年生で帰っている。今日も和樹が自転車通学の部員の自転車の後ろに乗り、ゆずを歌いながら下っていくという光景だ。


先に行く部員を見ながら一番後ろで歩いていると、その桜並木の根元に屈みこんでいる生徒がいた。黒髪のストレートに夜でも分かる色白の肌。彼女だった。




「え?野木さん?何しているの?」


彼女は驚きながら振りむき、目を大きくした。


「あっ、齋藤くんお疲れさま!ちょっと部活でここにいたの。」


「こんな時間に部活でここにいたって、どう考えても普通じゃないでしょ…どうしたの?」


「おーい、陽太!どうしたー?」


和樹達が坂の下から大声で呼んでいる。


「いや、何でもない!先に帰ってて!」


「分かった!どんちゃん行ってるから!」


どんちゃんとはサッカー部行きつけの花見坂商店街にあるお好み焼き屋だ。


「おう!後連絡するー!」


先に帰らせ、彼女の方に寄り、話しかける。


「それで、野木さんは何してるの?」


「実は…部活の先輩から絵の実力見たいって言われて、題材が春だったから何かなって考えて。それで桜を書く事にしたんだけど、気づいたらもう暗くなってて、明日土曜日だから学校無いし、今日中に見ておこうと思って、観察してたの。」


彼女の手にはバインダーに挟んだルーズリーフとピンク色の携帯電話が握られており、その携帯のフラッシュライトが光り、光が漏れない様に光の射出口を一生懸命手で覆っている。


「夜桜って思って見ればキレイかなって思ったけど、絵の参考にはやっぱりならないね。」


そう言いながら目を細めニコリと笑う。


その時僕は、胸がキュッと締め付けられた。彼女が可愛い。というかその屈託の無い笑顔と素直な表情。健気な姿が僕の心を大きく掴んだ。


気がつけばなぜか僕は自分の手をギュッと握りしめていた。


「野木さんて…」


言葉が続かない。


「ん?なぁに?」


「ま、真面目だね。もう暗いのに一生懸命書いてたんだ。こんなに暗いのに見える?」


「うーん。見えない!明日明後日の休みで仕上げたいんだけどなぁ。」


辺りは10メートルおきに配置されている街灯と自動販売機の明かりだけだ。




 単純な話だが、明日にでも明るい時間にどこかで桜を見れば良いんじゃないか。この季節だ。どこにでも桜は咲いている。むしろインターネットで検索すればいつでも桜は見れるのではないか。


そんな事は思っていたが口には出さない。なぜなら彼女はきっと真剣に絵と向き合い、今出来る精いっぱいでリアルな絵を描きたいのだろう。その気持ちは絵心の無い僕にも充分分かった。


何より、それを言ってしまえば、このまま何も無く帰る事になる。それが嫌だった。


 僕は自分の携帯を取り出し、フラッシュライトを点灯させ、荷物を桜の木の根元にある彼女の鞄の脇に置いた。


「俺が照らすよ。野木さんは桜を描いて。」


「え?でも、もう遅いし、齋藤くん部活終わりで疲れてるでしょ?」


「いいから。二人の方がキレイな桜が見れるよ。それにライト照らすとちょっと透けてて、普段こんな桜の花見れないじゃん。」


「でも悪いよ。」


「ほら、早く!ずっと手上げてると二の腕つる!」


「うん…んじゃあ、お願いします!」


 彼女は持っていた筆箱から鉛筆を取り出し、桜の花を見て絵を描き始める。桜を見るふりをしながら彼女の表情を覗く。今まで見た事の無い、真剣なまなざしで真っ直ぐと見つめている表情だ。


 正直僕は美術部や科学部といったいわゆる文系の部活をバカにしていたタイプの人間だ。だがこんなにも一生懸命に向きあう彼女を見ると応援したくなるし、何よりも一緒に部活を出来ている気持ちになっていた。




「誰か通ったらあの人達何やってるんだって思われるかもね。」


美月が真面目な顔で言う。


「うーん、確かに桜を暗い中携帯で照らしてる俺の違和感凄いよね。」


「よっぽどあの二人、好きなんだなって思われるかな?。」


その言葉に一瞬ドキッとした。


「え?あの二人?」


「そう。私たち二人。」


「え?それってどういう事?」


私たち二人という言葉に期待をしてしまう。


「私たち二人がよっぽど好きなのかなって思われちゃうのかなと思って。」


「好きって…何を?」


「桜の事だよ?私たちがよっぽど桜が好きなんだって思われるかなぁって事。」


変な確認をしてしまった。彼女のその言葉に、「僕達二人がお互い好き同士なのかと周りから思われないかな。」という意味だと勘違いしてしまった。


勘違いも甚だしいし、恥ずかしいが確認して良かった。


「あ、桜ね!まぁでも俺も好きだし、野木さんも好きなら間違ってはいないからね。」


「うん。確かにそうだよね。」




 静かな時もあり、何気ない会話をする時もあり。ほんの10数分だったが、僕には凄く長い時間に感じた。野木さんと会話する事は普段の学校でも多かったが、なぜだか学校終わりに薄暗い夜道で二人だけでここにいる事がとても特別に感じる。




時折、花びらを挟んで向かい合った僕達の目が合うたびに、僕は思わず微笑んでしまい、それを見て彼女も微笑んでくれた。




「よしっ!こんなもんかな。」


「出来た?」


腕を下ろし、流石に乳酸の溜まった腕を振る。


「あ、ごめんねずっと照らしてもらって。」


「全然大丈夫!これもトレーニング!そんな事より見せてよ。」


「ほらっ!特徴捉えてるでしょ?」


驚きを隠せなかった。特徴どころでは無い。まるで本物の桜の花びらがそこに描かれていた。


「何これ…やばいよ!すごい本物じゃん!。」


思わず興奮してしまう。それ程に上手いというか本物の感情のある桜だった。


「野木さん凄いよ!美術部ってすごい!」


「あ、ありがとう!あんま褒められると照れる。」


暗闇だったが、おそらく彼女の頬は赤く染まっていただろう。


「真剣に描いてたもんね。本気でやるとこんなに違うんだ。本当に上手だよ!」


「そう?嬉しいよ!初めて男の子に描いた絵見せたからなんか緊張しちゃう。男の子って絵とかあまり見ないでしょ?」


「え?初めて見せたの?」


また確認してしまう。


「うん。齋藤くんが初めて。今までは見せたくなかったんだけど、なんか見てほしいって思っちゃった。」




僕は確認した内容の返答が思っていたものと全く違っていた事に戸惑っていた。


ふいに見せてくれたのかと思ったが、彼女は見せたいと思ったと言ってくれた。それがとても嬉しくて、ドキドキと胸が高鳴った。


「あ、ありがとう!んじゃあ完成したらまた見せてよ!」


「うん!もちろんだよ!ありがとう。」


彼女はバインダーと筆箱を鞄にしまい、肩にかける。僕も携帯をポケットにしまい荷物を肩にかける。


「齋藤くん、本当にありがとうね!助かりました。」


「うん。タイミング良くて良かったよ。」




 二人で坂道を降りて一息つく。彼女はふいに後ろを振り返ると歩みを止めてポツリとつぶやいた。


「きれいだね…」


 下から見上げる桜並木の坂道は月明かりと街灯に照らされ風に揺られて花を散らし言葉では洗わせられないほどの幻想的な風景が広がっている。


きれいだねと呟いた彼女の「だね」という部分は、きっと僕に向けて言ってくれているんだ。そう思うとこのまま一人で帰り道を歩き出す事は出来なかった。


「うん…すごくキレイだね。桜高に入学して良かった。」


桜を散らす風に彼女の長い髪がなびいている。その姿を見ながら、(だって君に会えたから。)と言いたかった。けれどその言葉を胸にグッと押し込んだ。


「ねぇ、野木さん。」


「はい?」


「確か中学って星見だよね?って事は家は星見町?」


「そうだよ?」


「星見駅だよね?」


「うん。」


「俺川の瀬なんだ!。」


「じゃあ電車なの?一緒だね!」


「うん!」


 その後は気づいたら花見坂駅までの道を二人で歩く。いつもの商店街も、団地も、公園も、なぜか違った風景に見える。夜だからなのか。それとも二人だからか。


 花見坂駅に着き改札を抜け、同じ電車を待っていた。


女子と一緒に帰る時って意外とわざわざ誘ったりしないものなんだな…僕は15年間で初めてその事に気付いた。




 電車がホームに入ってくる。なぜだろう。さっきまで楽しく話していたはずなのに、電車が来ると突然さみしくなる。電車に二人で乗り込み横長の座席に二人で並んで座る。他に乗客が多いわけでは無いのに、何故か話す話題が出てこない。あんなに話していたのに黙りこんでしまった。


花見坂駅を出るとその次は草笛駅、その次が星見駅だ。




「次は、星見、星見です。お忘れ物の無い様にお気を付け下さい。」


アナウンスが流れる。




「ねぇ、齋藤くん。」


これまで無言だった彼女が口を開く。


「なに?」


「あのさ…今日は本当にありがとうね。暗い中で桜見てて良かった!帰り道も楽しかったよ。」


「俺も。楽しかったよ!なんか美月降りちゃうの寂しいけどね!」


「えっ?…寂しいの?」


「いや、だって俺そこから独りじゃん?」


「そういう事か…。私もちょっと寂しいよ。」


 本当は彼女と別れるのが寂しかったがそれは言えない。普通に遊んだ友達と別れる時も寂しいものだ。そうだと思い込んだ。


でも僕は、「私も寂しい」と言ってくれた事を聞き逃さなかった。


「寂しいの?」


「だってさ、色々話して楽しかったし。桜見てなかったら齋藤くんに声かけてもらえなかったかもしれないじゃん。そうしたら楽しく話せなかったし…見つけてくれてありがとうねっ。」


 その言葉に僕の気持ちは一層高ぶった。まだ話していたい。もう少し話していたいがそれを言うことは僕には出来なかった。


「そっかぁ…見つけられて良かった!そしたらさ、また来週沢山話そう。」


僕は精一杯の強がりで笑いながら言った。


「うん…。また来週ね。」


少し元気のない返事を彼女がした。


「あっ…そうだ、良かったら…」


自信が無い僕の悪い所は一歩が踏み出せない所だ。だが今日は違う。まだ知らない彼女の連絡先を聞きたかった。この後もまだ繋がっていたいと思った。


ポケットから携帯を出し、何気なく開いて番号を聞こうとした。


「あれ…?」


携帯の電源がつかない。おそらく長時間ライトを点灯していたからか充電切れだ。このタイミングで文字通りツイてない。


「電源切れちゃった?」


「そうみたい。」


流石にテンションが下がる。


「ライト使ってたからだね。ごめんね…」


「大丈夫!家までどうせチャリだし!」




 電車が星見駅に到着する。彼女は座席から立ち上がり、降り口へ向かう。僕もその後を追う様に立ち上がり、彼女を見送った。


「んじゃあ、今日はありがとう!」


「気にしないで!美月も帰り道気を付けて。」


「人通り多いから平気!またね…」


「うん…また!」




 ドアが閉まり電車が発進する。窓から見える彼女が手を振っている。僕はその中から彼女が見えなくなるまで笑顔を見せて全力で手を振った。




 そこから川の瀬まで、僕はその場から一歩も動かず、変わっていく夜の風景を窓から眺めていた。




 川の瀬へ着き自転車に乗って家まで向かう。


途中何度も彼女との時間を思い出しながら決まったリズムでペダルを漕ぎ家の門を開ける。自転車を停め、玄関のドアを開けた。


「ただいま。」


おかえり。遅かったわね。もう20時過ぎてるわ。ごはん食べちゃいなさい。」


「うん…。」


「あ、おにぃお帰りー。デート?」


「違うわ。」


 妹の冗談が冗談に聞こえない。デートだったとしたらどれだけ良かった事か。


部屋に戻り、携帯を充電器に付けブレザーを脱いで部屋着に着替える。窓を開け、空気を入れる。携帯の電源を付けると和樹からメールが届いていた。




〈どんちゃんにいたけど電源切れてるし先帰るわ!また明日。〉




 すっかり忘れていた。まぁ後でメールを返そう。まずは夕食を食べたい。ずっと空腹なんか気にしなかったのに、むしろ満腹感があったが家についたら突然空腹に襲われた。


電気を消して部屋を出ようとすると携帯のバイブが鳴る。


知らないアドレスからのメールだった。




〈美月です!今日は遅くまでありがとうございました!おかげさまで良い絵が書けそうです。完成したら教えるね!優里に連絡先知ってるか聞いたら、和樹くんが知ってるって言うから又聞きしちゃいました。ごめんなさい。また来週学校で会おうね!あ、後帰りに電車で美月って呼んでくれたよね。聞き逃しませんでした(笑)もし良かったらこれからも美月って呼んで良いからね!おやすみなさい。〉




 思いがけないメールだった。彼女から送られてくるとは思わなかったし、何より無意識に名前で呼んでしまった。しかも呼び捨てで。嫌われてないか…。心配になったが来週からも呼んでと言われてしまうと嬉しくなる。なぜか特別な気がした。彼女からのメールをすぐに返信する。




〈こちらこそ楽しかった!今日はこちらこそありがとう。また、来週話そうね!絵も楽しみにしてます。あと名前呼び捨てにしてごめんね。もし嫌じゃなかったら俺の事も下の名前で呼んで良いからね。おやすみ!〉




今出来る精いっぱいの返信だった。




美月から来たメールの画面を見ながらベッドに仰向けに倒れ、電話帳のま行に「美月」と登録する。あえて名字ではなく名前で登録すると、急に口元が緩み、携帯を見つめてしまう。




「おにぃ、ご飯食べなさいってさ!げっ、何笑ってんの?キモいよ。」


部家のノックもせずに朱里が部屋に入ってくる。


「うるさいな。今行くよ。」


今笑っていたのは、確かに不気味だったろう。だが、そんなことはどうでも良い位、僕の心は弾んでいた。これからどんな会話をしていこうと、頭をフル稼働していた。




 きっと、間違いなく僕の中で美月は特別な存在になっていた。また会いたいし、話したい。今その瞬間は、世界中の誰よりもその気持ちが強くなっていた。




 ベッドから起き上がり部屋を出て、朱里と階段を下りる。


「あ、そういえばめっちゃ良い曲あるから聞いてみて!」


そう言うと、朱里が一番ハマっているアイドルの曲を紹介し始めた。




 話を聞きながら夕食をさっさと済まし部屋に帰ると、すっかりと忘れていた和樹への返事のメールを、朱里の薦めてくれた曲を聞きながら僕は送った。




〈あ、ごめん。忘れてたわ。〉




“乃木坂46 ありがちな恋愛”

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