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箱舟が出る港  作者: 村雨 正巳
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引け請け人 菊村貢 その五

 写真家は常人より肝が据わっていた。

 取材で行った中東、アフリカ、エベレスト、三度死にかけた。

 しかし今見ているモノは銃でもない、ライオンでもない、冷たく過酷な環境でもない、この世にあってはならない存在だ。

 冷たく細い糸が頭を後ろに引っ張る。失神しそうになるが「なにをこれしき」と頬を叩いた。

 腰こそ抜かしたがかろうじてカメラを構えその姿に向けた。

 それはおよそ五十メートル先に浮んでいた。

 すぐに白いお面の後からふわりと不気味なものが現れた。




 お堂・・・のような形だ。

 障子のようなものも張っている。

 何者かが中にいる気配がする。老いた者のような影にも見えた。

 すぐにぼっと火が上った。

 車輪のように回転する四つの不気味な火がお堂を動かしているのか。

 障子のようなものに人影らしきものもより濃くあぶりだされている。

 白いお面は御者のようにお堂の形をした動くものをゆっくりと操縦しているように見える。

 お面の下には体らしきものは何もない。

 その後ろに恐ろしいものが引っ張られている。

 宙に浮かびながら写真家めがけてゆっくりと移動していた。

 突如して現れた不気味なものを見た写真家は、シャッターを押し続けた。

 押さないと気がふれる。本能がそう命じていた。

 およそこの世にはない異形の光景だった。

 小さい【堂】を支える四つの紅蓮がより強く燃え、ぐるぐると回り一帯を炎々と照らしている。


 


 ―――一度だけみたことがある

 菊村貢は檜の枝に座りそれを見ていた。

 ―――まあ、いいだろう・・・試してみるか・・・

 指笛を吹いた。

 鋭い音がやまびこになり延々と八方に散った。

 青白きお面と堂がそれを聞いたのか、動きをピタリと止めた。




 「あなたは、あなたはっ!?」

 写真家は枝から飛び降りた男をまじまじと見た。

 あわわわと化け物を指し、助けてくれと震えながら菊村の腰にしがみついた。

 「いいから向こうの大木に隠れていろ・・・」

 そう言うとしがみつく男を振り払い岩の上に跳躍した。

 面がゆっくりと向きを変え菊村を見据えた。

 「人の言葉が理解できるなら貴様の後ろを見ろ、化け物・・・」

 ゆらゆらと化け者は菊村に向かった。

 「臨 兵 闘 者 皆 陳 烈 在 前!」

 細くなった菊村の目から印が放たれた。




 ガゥ・・・

 ―――なんと、なんと!くっ、熊だっ・・・俺が探し狙っていた熊ではないか!

 大木の陰にかろうじて隠れた写真家は、化け物の背後から姿を現した二頭の熊を見た。

 熊は両手を挙げると咆哮を二度三度放ち、化け物につかみかかった。



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