常央大学 その弐
常央大学付属大洗高校。 県下屈指の野球名門高である。
野球部は百名を越す大所帯であった。
島影英彦は、水戸市にある常央大学で海洋生物学の教鞭をとりながら、
この付属高校の監督をして二年になる。
部員のすべてが県内の中学出身。だが大半の選手が将来を野球で嘱望される
者ばかりであった。
高台から眼下に海を望む、この学校に磯前が入学して来たのは、
今年の春だ。
中学時代投手としてさしたる実績は残していない。
言わば全く無名の選手だった。
近隣の街にある中学出身。地区大会があるので磯前投手の名も顔も知ってはいたが、
まさか甲子園を義務づけられている名門野球部に入るとは思わなかった。
頭脳は優秀だった。中学の同窓は常央大洗に進学することはあっても
野球部に入ったものは磯前以外にいない。
県立進学校でサークル的な和気藹々の野球をやっていた方が似合う。
入部した他中学の有力選手も、お前三年間はスタンド応援だぞ、とからかっていた。
一ヶ月も持つまい‥当初島影も思っていた。
身長173cm、体重62キロ 遠投73メートル 百メートル走12.8秒。
実家は、かつて網元だったと言う。
徳川水軍の由緒ある家柄だと、聞いている。むしろその方の名が高かった。
野球に関しては、どこにでも居る実に平凡な中学生だった。
‥あの日が境だった、間違いなく確かに‥
島影監督は振り返る。
練習試合があった。 四月半ばの晴れた土曜日の事であった。
千葉県の強豪、習志野商業高校が、大洗に訪れた。
試合は甲子園大会の県予選前哨戦として、ダブルヘッダーで組まれた。
一試合はお互いにAチーム、すなわちレギュラー中心で戦いスコアは1-1の引き分けとなった。
二試合目は新人中心のBチームで戦った、チャンスと来年の為に。
Bの先発メンバーに磯前の名は無かった。
頭は優秀らしい
島影はもしも退部しないのなら、スコアラーかコーチャーとしての将来を考えていた。
選手としては早々と見切りをつけたのである。
晴海はサードベースコーチャーとして、その日、出場、していた。
七回途中のことである。
その気配もないのに、突然雷鳴が轟いた。
刹那三塁側にある桜の木に雷が落ちた。一瞬の重い光りであった。
「全員引き上げろ!!」
試合は中断した。 雨は伴わなって、いない。
互いのチームは急遽ダッグアウトに退避、直撃された桜の木を見た。
桜木の半分がなぎ倒され、残った半分の割れ目から煙が出ていた。
凄まじい一瞬だった。
逃げてない奴はいるかと島影がベンチを見回した。
「そのはずですが‥あれ‥?」
鴨川はサード方向に人影を見た。
「磯前がまだ居ますっ、カントク、それも木のそばに!!
・・・あれ?総監督がいないな?森内ジイさんさんどこへ行ったんかな?ションベンかな?」
「馬鹿たれ! おーい、早くもどれっ、死ぬぞ!!」
鴨川はベンチを飛び出そうとした。
その手を島影が軽く引っ張った。
「お、野郎木から離れたな。空は晴れている、風もねえ、雨すらない。大丈夫だろうよ。
それよりも、それよりも・・・ あいつは誰だ?知っている奴はいるかい?」
指差す先に、ほっそりとした少女が陽炎のようにたたずんでいた。
美少女と言うことが、離れた一塁側ベンチからも解る。
磯前と見つめ合っているように見えた。
そこだけが自然の光と違う異質な妖しいライトが当っているように見えた。




