07
逃げる事も出来たけれど、逃げてしまったらそれはそれで心苦しいし失礼かなって思ったから、結局ついてきてしまったのだけども。
もし報復だったら、と言う事も考えていつでも蹴られるようにしておかないと。どんな男性でも撃退出来るから。魔法を使われない限り。
「さあ、こちらへ」
「は、はい!」
辿り着いたのは、この辺りでも一番大きな三階建ての建物。お金持ちさんの家? まさかあのグループの親玉? 逆に堂々としていれば怪しまれないって言うし。まだまだ私は疑うことしか出来ない。
「お連れしました」
最上階の、一際空気が違って感じる部屋の前まで来て、私の緊張感はピークに達する。此処に親玉がいるのかと思うと……とっちめないと。
「入りなさい」
一際低い声と共に開かれたドアの向こうにいたのは、いかにも悪党の親玉ですと言わんばかりの人では…………なかった。あ、見かけに騙されるなって事?
もしカンゾウさんが不老長寿じゃなかったら、こうなっていただろうなって感じの、白髪に青い瞳の優しそうなおじいちゃんがそこにはいた。
まるで偉い人が使う大きな机と椅子。一人で使うには広すぎるような気がした。その椅子に、おじいちゃんは座って微笑んでいる。
「よく来てくれましたね。この度の活躍、本当に……」
本当に……よくもやってくれましたね、って続くんでしょ? そして私を……。
「アイネズを守って下さった事、感謝の意を表したい」
ほら来た……って、え? 感謝されている? どういう事?
「申し遅れました。ワタシはこの町で長をしているウツブシと申します」
へー……長さんか……へー…………へ?
「ええええええええええええええええ!?」
「驚きすぎですよ」
いや、驚いてしまう。だって長さんがどうして私みたいのなんかに用があるの? それだけでビックリだよ。ちなみに、私を連れて来た人達はただの護衛さんだそう。
「で、ですが……倒したのは殆ど私じゃなくて……もう一人の……」
「いえ、貴女だって撃退なされたじゃないですか。ほら」
そう言って、ウツブシさんは新聞のある記事を見せてくれた。そこには昨日の出来事の事が載っていて。何故かカンゾウさんのインタビューまで載っているではないか。
『カンゾウ氏は答えた。“まさかリーダーも思っていなかったでしょう。女性に倒される事など”と。なお、カンゾウ氏と並ぶ“英雄”の少女は重傷だが、すぐに回復するだろう』
……はい? あの人、リーダーだったの? 初めて知ったよ。カンゾウさんも何で教えてくれなかったの!? 私が聞かなかったから?
「カンゾウ氏には昨日お礼を言えたのだけど、君には言えなくてね」
それで強面の皆さんに連れてこられた、と。……用はそれだけなんだよね? それじゃあ、もう出てって良いんだよね? 早く情報を集めて、レーノに喜んでもらわないといけないんだから、長居なんてしていられない!
「あ、あの……私、用があるので……」
「ふむ……それなら手短に用件を済ませましょうか」
「まだ何かあるのでしょうか?」
「カンゾウ氏から話は聞いています。人を探す為に根拠もなく雪国シラハナへ向かっている事を」
カンゾウさんってばそんなこと教えていたんだ……。でもそれが何の関係が?
「ささやかながらその手助けをさせていただけませんか? ワタシの魔法が役に立つ筈です」
「と、言いますと?」
「ワタシの魔法は、ターゲットが最後にいた場所に瞬間移動する物です。先に言わせていただきますが、そのターゲットの現在地には行けませんので、この力を持ってしてでも今回の犯人達を捕まえる事は出来ません」
私がその力を使えば良かったじゃないか、って言おうとする前に使わなかった理由を教えてくれたのは、何度もそんな事を言われたからなんだろうか。それはさておき。
「でもどうやって……」
「探している方の情報を教えていただければ、お連れする事が出来ます」
なるほど。どんな人かが分かれば良いんだね? 最後にいた場所であっても大丈夫だ。だってそこに行けば、少なくともツキシロさんが行こうとしている場所には近付ける。でも……。
「そしたらウツブシさんはどうやって帰るんですか?」
「ご心配なく。ワタシの妻が最後にいた場所に移動すれば良いだけです。大抵はこの町から出ていない筈ですので」
そうか。それなら安心だ……けど。
「そ、それなら……是非お願いします。カンゾウさんも問題はないと思います。ただ……」
「もう一人のお連れの方ですか? 確か今回の被害者の……」
「はい」
まだレーノが起きていない。すぐに起きるとは思うけど。だから今すぐに出発しよう、だなんて出来ない。
「大丈夫ですよ。すぐに行こうなんて言いません。そのお連れの方が万全になられてから、此処に来て下さい。ただし此処にいるのは夜の九時までですが」
「ありがとうございます!」
さて、これでツキシロさんに辿り着く近道が出来そうだ。だからといって情報収集をやめる訳じゃないけどね!
「町長! あ、君!」
「へ?」
意気込んだ所で、勢いよくドアの開く音が聞こえた。そこには三十歳くらいの細い男の人が立っている。一体何の用事だろう? なんだか私に話があるみたいだ。
「一連の事件の事で話を聞きたいとの事で、こちらのお嬢さんをお借りしたいと警察の方が来ているのですが……もう用事は済まれましたか? もし済まれていないようでしたら、こちらからまた連絡するように伝えますけど……」
「ああ、構わんよ。丁度終わった所だ」
……次から次へと。警察の人の頼みなら断ったら断ったで大変なことになりそうだから、行くけど……。何でこうも出鼻をくじかれるかなぁ。
*
「ありがとう。もう良いよ」
「……失礼しました」
沢山お礼を言われた半面。叱られました。危険な事をするんじゃない、と。でもそこまでしないとレーノ助けられなかったんだもの! 仕方ないじゃない。……と言いたかったけれど。それを言ったらまた怒られそうだからやめた。
そうこうしていたら、もう太陽が西に沈もうとしているではないか。流石にレーノ起きているよなぁ……。なんて言い訳しよう。情報は掴めなかったけれど、町長のウツブシさんが素敵なお礼をしてくれることになったよ、くらいは堂々と言っても良いよね。
とりあえず、レーノの所に帰ろう。もし起きていたら出発する支度だってしないといけないしね。
「……え? レーノまだ起きていないんですか?」
「相当お疲れのようですね……」
帰ってみれば、驚く事にまだレーノは起きていなかった。朝見た時と同じようにそれはもうぐっすりと眠っている。
「ワタクシが強く殴りすぎたせいでしょうか」
「そんな事ないって! だって身体の傷はおばさんの魔法で治せたんでしょ?」
自虐するカンゾウさんを慰めつつも。私は今まで起きた出来事を全て話した。そうだよ、カンゾウさんには言いたい事がいっぱいあるんだ……新聞のインタビューなんて知らなかったし。
「特に聞かれませんでしたので、お答えしませんでしたが……そうでしたか。それは失礼しました。町長さんの申し出は是非お受けいたしましょう。ですが」
そう。レーノが起きない事には何も始まらない。