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6.天魔と悪魔


 企業や法人単位で天魔や悪魔と契約を行い、相応の対価を払うことでその恩恵を受けることが当たり前となっている二十一世紀の現世界は、宗教圏に付随するかたちで発展した経済圏も含めて、大別して五つの宗教圏に分別することができる。


 その他小規模な宗教圏として一部の小規模な宗教や、主に南アメリカ大陸、アフリカ大陸などのようにアミニズムに代表される自然宗教、あるいは独自の信仰や新興宗教などが信仰される場合もあるが、それらの宗教圏は経済圏としては無視できるほど微小単位であるため、基本的には五大宗教として分別されている。


 北アメリカ大陸やヨーロッパ大陸を中心として信仰されるキリスト教圏。


 東アジア圏を中心に信仰される仏教圏。


 中近東を中心に信仰されるイスラム教圏。


 インドを中心として信仰されるヒンディー教圏。


 そして最後に、日本神話文化圏。


 このうち、世界的に見ても最も特異で異質なのが、日本神話文化圏と呼ばれる日本の宗教文化圏である。


 複数の国家に跨り数億の信徒を持つ他の宗教圏とは対象的にただ一国のみで構成される日本神話文化圏の人間は、そもそも他の国の感覚としては信徒と呼べるかどうかすら怪しいほどに、神というものを信仰していない。信仰という価値観そのものが希薄なのだ。


 そんな日本人にとっては一神教も多神教も、偶像崇拝もアミニズムも関係がない。


 あらゆる宗教の特色を取り込み、異教の神ですらも自国の神々と区別せず、必要があれば自国の文化に馴染むように変質させて平等に扱う。神仏混合、クリスマス大みそか正月など、他宗教の祭事や文化などを無節操に取りこみ変質させて文化として根付かせた、宗教的に極めて異端な国家である。そこにあるのは信仰という具体的なかたちではなく、天魔や悪魔といった人間目線からの分類もせず、意識することなく生活に完全に溶け込んだ、精霊や神といった概念存在に対する漠然とした畏敬の念。


 日本人にとって信仰とは行うものではなく、生活に馴染んだ当然の概念に過ぎない。


 日本人にとって神とは信仰の対象ではなく、大自然のように大らかで厳しくて、祖父や祖母のように身近で親しみやすい、具体的なかたちを持たないもの。


 その、世界的に見ても異常な信仰心の在り方が日本を世界的な宗教的特異点足らしめ、かつ世界中の文化を支配しているといっても過言ではないほどに強大な、宗教という概念に対して文化の独立性を保たせている最大の要因である。


 誰にも左右されない独自の価値観を築く島国文化の中で育まれた、一見矛盾した日本人の宗教の捉え方や神々の扱い方。


 加えて、日本神話の神々はその識能ですらも特異なものを有している。


 国外での日本の神々の知名度は皆無に等しいため、国外でその恩恵を受けることは難しく、日本以外の国土ではほとんど力を振るうことができない。だが日本の国土において、日本の神々は絶対的な力を発揮する。その力は強大で、三大宗教の主神格ですら日本の国土の内側では日本の神々にはまず敵わないほどだ。


 その、特殊な神々の識能と信仰の在り方故に、日本は二次大戦敗戦後の経済成長を切っ掛けにいずれの先進国よりも早く宗教支配からの脱却を達成した。他国も近代化に伴う経済の高度化や科学の発展によって以前よりも宗教観は薄れ、他の経済勢力圏との経済的交流も盛んになりつつあるが、その文化的な要因などにより未だ宗教組織の影響が強く、文化的・経済的な対立の要因となる宗教支配から完全には脱却できていない。


 そんな中で、日本の神々の専守防衛特化能力と異常なほどの宗教観の薄さにより宗教的中立の立場を確立した日本は、他宗教圏の影響を受けにくい強固な経済力および科学・機械工学技術立国として、日本を除く四大宗教圏の橋渡し的な立ち位置となることで世界的な優位性を獲得するに至ったのだ。

 しかし、その信仰心の薄さと文化的な無節操さが、宗教的過激派の怒りを買うこととなった。


 元々、過激派に分類される宗教組織に名指しでその在り方を批判されることはあったものの、日本人は彼らに対して反応すらしなかった。宗教的に特異な価値観を有するからこそ、自分達へと怒りを抱く異教の価値観が本質的に理解できなかったのだ。


 そしてその怒りが年月を経るうちに憎悪へと変化することで、その事件は発生した。


 犯行グループは、複数の宗教の過激派で構成された通称『制裁部隊』。リーダーはとある巨大宗教の主神と個人契約を履行し、他の構成員もそれぞれが信仰する宗教の神々と契約を結んでいた。対価として自分のすべてを奉げ、異教を屠るためならば自らの命すらも厭わない、宗教圏の垣根を超え自分達の神を崇めない人間を裁くことに人生のすべてを費やすことを自らの神に誓った、筋金入りの狂信者の集団だった。


 日時は、日本時間の四月三十日。大型連休の序盤。温かい風が吹き、雲も少なく日本全土で晴れ模様。一日を通して過ごしやすい麗らかな春の日和だった。


 標的は八尋達の住む、鳴田国際空港のあった鳴田市。人口およそ三十万人の中規模都市であったが、国際空港を有する関係上か人口の割に栄えており、多くの本社ビルを含むオフィス街や明かりが消えることのない繁華街は周辺経済の要となっていた。


 その市街と繁華街、そして国際空港を狙った同時多発テロ。ジャックした飛行機による自爆テロや一般市民を標的とした爆弾テロ、市街地にいた民間人の虐殺など殺害方法に枚挙を厭わない、八年が過ぎた今でもその被害の全容がつかみきれないほどの、日本史至上、世界的に見ても最低最悪のテロ事件。


 鳴田市は瞬く間に占拠され、八尋が生まれ育った故郷の街はほんの数時間で地獄となった。


 そう。地獄だったのだ。


 街のどこへ逃げても必ず視界のどこかに血と瓦礫が写り、どれだけ過ぎても火と煙と人が燃える臭いが消えなかった。川は赤く染まり、常にどこかで血が流れていた。街中どこを探しても安全な場所など存在せず、誰かの悲鳴や怒号、慟哭や命乞いの叫びが途切れることはなかった。鉄錆のような血の匂いが鼻にこびり付き、銃声や爆発音が耳から離れなかった。本来人間が頼り縋り寄る辺となる存在であるハズの神々が、それと契約を結んだ人間と共に住民達を地獄のどん底に叩き落とすために街中を徘徊していた。伝承で幾人もの人間を不幸に追いやった悪魔が、やはり街中のそこかしこで人々に絶望を与えてまわっていた。幼子も成人も老人も、男も女も関係がない。誰に対しても等しく天災に近いほどの脅威は訪れ、そのとき街にいたおよそ五十万人の中で被害を受けなかった人間は誰一人として存在しなかった。


 最終的な犠牲者は、分かっているだけでも約三十万人。


 八年が過ぎた今でも、生死の確認できない行方不明者がまだ一万人近く残っている。


 そして残りの二十万人の関係者で家族を失わなかった人間は、一人暮らしの単身赴任者など一部の例外を除いて一人として存在していない。


 鉄槌。


 聖戦。


 テロ直後の犯行声明でテロリストのリーダーはこの惨劇をそう表現し、正義は自分達にあると力強く主張した。曰く、神々を崇めない日本に神と正義の裁きを下した。この街を皮切りに日本人が悔い改めるまで攻勢を続ける、と。最初に国際空港のある鳴田市を選んだのは偶然に過ぎない、だが偶然に選ばれたこの街こそが、偶然の名の下に神が真っ先に選んだ最も罪深き土地である、と。彼らはそう世界中に発信し続けた。


 その声明を、狂人のたわごとだと一蹴するだけなら簡単だった。


 事件が発生した時点で、戯言だと一笑するにはあまりに甚大な被害が発生していた。


 たった五百人足らずの人間による、直接間接問わず約三十万人もの住民の殺害。一人当たりが殺した人数はおよそ六百人余り。一人当たりが殺した人数としては、歴史上の犯罪者はおろか戦争の中ですらもありえない数である。人を殺すということは、それが訓練を受けていない民間人であったとしても、例え大量破壊兵器を使ったとしてもそれだけ難しいことなのだ。


 にも関わらずそれだけの被害をもたらしたこの事件は、命や人生、魂などといった極めて高い対価を払い高位の神々と強力な契約を結んだ人間はそれだけのことができるのだと、実例として天魔や悪魔といった存在との契約の有効性を改めて現代の世界に知らしめた出来事であり。


 同時に、世界中に日本の国土の上での日本の神々の優位性を強烈に再認識させた事件でもあったのだ。


 世界的に見ても類を見ない被害を出したテロ事件の対処に向けて動いたのは、国家防衛のために自分達のすべてを日本の神々に奉げ契約を結んだ、少数精鋭の新鋭特殊部隊だった。


 神々との強力な契約という意味では、その特殊部隊と狂信者に違いはない。


 異なるのは契約に至った信念の在り方と、力を発揮した場所の違い。


 狂信者は、異教ですらない日本人を裁くために神々と契約した。


 特殊部隊の隊員達は、自らを捨て石にしてでも国家を護るために神々と契約した。


 そして彼らが戦ったのは、日本の国土の内側だった。


 対価は同等、双方共に主神格の天魔や悪魔と契約。


 同じ条件ならば、日本の国土の上で日本神話の神々が敗北することなど、ありえない。


 テロリストのほとんどは日本神話を除く宗教の主神格を含む様々な天魔や悪魔と契約を行い加護を受けていた。対して日本神話の神々の加護を受けていた特殊部隊がその、鳴田市を占拠したったの五百人で三十万人もの人間を殺めた狂信者達の制圧に要した期間は、結果として僅か三日日に過ぎなかったのだ。


 たったの二百人、中隊規模でしかない部隊が、である。


 異常なほど迅速に鳴田市を地獄へと変えた狂信者達は倒され、拘束された。またその後に控えていた日本の他の都市へのテロ攻撃も、最初の犯行グループの迅速な確保により初動で防がれ、被害は最小限に抑えられた。


 最終的に、後発のテロ事件での犠牲者はゼロ。


 鳴田市を襲ったものと同等以上の戦力を有した後発のテロ部隊に対し、彼らは未然に防ぐだけの圧倒的な力量を有していた。


 だからこそ、完全に不意打ちだったために初動で防げなかった鳴田市のテロ事件の被害が際立つ結果となってしまったのだ。


 どれほど迅速に犯人グループを制圧しても、事件の収束には極めて膨大な時間を要した。それとこれとはまた別の問題であり、テロ部隊を圧倒的力量で制圧した彼らでも、どうしようもないほどの被害がすでに出てしまっていたのだ。


 八年が過ぎた今でも、すべての傷が癒えたとはとても言い難い。


 日本史だけでなく世界史にも刻まれた、人類の歴史に大きな意味を残した歴史的大事件。


 だがこれはあくまでも、教科書等に残される情報でしかない。


 その事件の只中にいた様々な立場の当事者達が見てきたものは、また別のものだったのだろう。立つ位置が違えば、見え方も違ってくるだろう。見る場所が違えば、それが持つ意味は大きく異なってくるだろう。


 関係者の数だけ、四三〇テロ事件の真実がある。


 そしてそれこそが、神楽威八尋とアンジェリカ・癒泉・ミナルディ、〝絶対悪〟と〝救世主〟の、すべての始まりだったのだ。


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