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7.

 空がぐんぐん遠ざかる。

 異母兄弟たちの、意地悪くゆがめられた口元がはるか上方に見えた。


 ――どうして………


 体が粉々に砕けるような衝撃と共に、視界が真っ赤になった。


 ――すごい! この高さから落ちたのに、まだ死なない!

 ――今度は首を落として、別々に埋めてみるか?

 ――いいな、それ。生えてくるのかな?


 無邪気で残酷な笑い声。

 人の集まってくるけはいはなかった。

 ぼやけた景色に人影が見えたが、早足に通り過ぎていった。


 ――どうして。

 どうして誰も私を助けてくれないの?


 夏の慈雨すら、冷たかった。




「……う………女、王女!」

 肩を揺さぶられて目を覚ますと、騎士の顔が間近にあった。

「大丈夫か? うなされていたが」

 汗をかいているロッツの顔を心配そうに騎士がのぞきこんだ。


「何か悪い夢でも見たのか?」

「………君が」

「私が?」

「悪趣味な金と紫の服を着てヘソ丸出しで逆立ちをしながら足の裏を使って皿を回し不細工メイクをほどこして町を練り歩いて笑いものにされつつも僕の後を必死で追ってくるという最低最悪な夢を見た」

「……それは……なんというか、すまない」

 どういっていいのかわからず、騎士はとりあえず謝った。


「別にいいよ。寝なおすから、どっかいって」

 ロッツはふたたびベッドにもぐりこんだ。

「王女、寝なおす前に一度湯浴みして汗を流したほうがいい。そのまま寝てはカゼを引く」

「そんなことわかってる。でも風呂に入ったら寝る気が失せる」

「しかし………」

「うるさい。それで僕がカゼを引いたって、君が困るわけじゃないだろ。さっさと母親のところにでも行けよ」

 冷たく突っぱねると、騎士は引き下がった。


 細かな雨が葉を打つ音がする。悪夢の原因はこれか。

「………うるさい……」

 笑い声が耳にこびりついて離れない。ロッツは頭からふとんをかぶった。


「王女、起きているか?」

 騎士が寝室のドアをノックした。

「何」

 不機嫌な声で応じると、タオルが投げ込まれた。

「せめて汗を拭った方がいい。手伝いがいるようだったら、呼んでくれ。それでは、よい夢を」

 ドアが閉まると、ロッツはふとんから少しだけ顔をだした。ベッドのすぐ脇に、タオルが落ちている。


「………よい夢を、か………」

 傍に落ちたタオルを拾いあげてロッツは笑った。自分には一生、幸福な夢など訪れない。

 タオルを適当に放り投げると、ロッツは立てかけてあった槍をベッドに引き入れて外界から目を閉ざした。

 忘れよう、あんなことは。自分はもうロゼットではないのだから。


「師匠………」

 ロッツは槍を抱きしめ、思考を切り替えた。近年、雨が多い。貯水池から水があふれだして畑の作物が全滅したところもあるらしい――そんなどうでもいいことを考えた。


「ロゼットはまだ寝ているの?」

「はい。珍しいことに、まだ寝たいそうです」

「そう。じゃあ、好きなだけ寝かせておいてあげましょう」

「そうですね。下手に近づくと攻撃されますから」


 僕は猛獣か。

 扉越しの騎士と母親の会話にロッツはちょっとだけ不満を覚えたが、反論はできない。常に武器を手放さずに警戒しているロッツは、寝ているときに近づかれると反射的に攻撃する。意識がないため誰かも認識していないし、手加減もないのだ。一度、そういう目にあった騎士が警戒するのは当然といえる。


「……あの子はもう、誰の手も必要としていないのね。わかってはいたけれど、寂しいものがあるわ」

「そうですね。……王女は、強い」

「ここに来て、あの子の着替えをはじめて見た時びっくりしたわ。全身、傷だらけなの。冠の力にも限界があるのね。治しても治しても追いつかないくらいケガばかりしていたんだわ。

 ……いいえ。知っていたけれど、私はずっと目をそらしてきたの。どこかで、あの子が死ぬのをずっと待っていたのよ。だったら、生まれたときに『いばらの冠』をかぶせないで放っておけばよかったのにね」


 ロビュスタがわずかに自嘲しているのがわかった。

 ロッツは生まれるのが予定より早かった。未熟なまま生まれてきたロッツは、よけいなことをせずに放っておけば穏やかに死ねたのだ。


「あの子の目の色が緑色だって知って、私は愕然がくぜんとしたわ。青い目で生まれてくると思っていたんだもの。青い目で生まれてきて、何も知らない偽者の父親に存分に愛されて、幸せに育つの。それが私の王へのせめてもの復讐だったのよ」


 ロッツはまどろみの中、その独白を聞く。


「失敗したとわかった時点で、私はあの子をそのまま死なせてあげるべきだったんだわ。

 それなのにあの時、この子を殺す権利が自分にあるのかって、そう思ってしまったの。

 でも、本当はそんな人道的な感情は後づけで、本当はただ自分の身がかわいかっただけ。周りから王族として、王の側室としてふさわしくない行動をしたことを責められたから、せめて償いをしようと思って、あの子に冠をかぶせたの。あの子がどんな思いをしながら育つのかなんて全く考えてなかった。

 後から悔いても、もう遅いわ。私にはみんなから疎まれる子を愛する勇気もなければ、助ける勇気もなかったのよ」


 現実への意識がぼやける中で、幼い頃の記憶が鮮明によみがえった。


 母親に関して思いだすことは、雨だ。母親の憂いをおびた麗姿は、けぶる景色に一分の隙間もなく嵌まる。自分は、それを中庭の植木の影から見ている。


 母親は雨になると回廊を不安そうに歩き回りながら、中庭をしきりにのぞいていた。自分を探しているのだとはわかっていたが、姿を現してやる気にはなれなかった。本当に自分を見つけたいのなら、雨の当たらない回廊になどいないで、雨の降る庭にでてこればいいのだ。中途半端な優しさは欲しくないし、すがりたくもない。


 そんなことだから自分はいつまでも一人なのかもしれないが、いつ放されるかもわからない手にすがる自分はいっそう惨めで、無様で、嫌いだ。


 そして、雨の中に足を踏みだすこともできなければ、庭の前から離れることもできない母親をロッツは軽蔑していた。自分は他者を排除してでも生きることを選んだのに、母親は迷ってばかりで何一つできない。自分の無力さを嘆き、誰かがどうにかしてくれるのを待っている。結局最後に頼れるのは、自分だけなのに。


「罰が当たったのね。ただ復讐のためだけに子供を生もうとするから」

「……ロビュスタ様、あれはあなた一人の責任ではありません」

「いいえ、私一人の責任なのよ。断れないのを知っていて、私は頼んだのだもの」

 ロビュスタの声は弱々しく、泣きだしそうだった。


「どこまでも最低な女だわ。だから、本当に大事なものばかり失うのよ」

 かすかに聞こえる嗚咽おえつから逃れるために、ロッツは眠りの世界に落ちた。


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