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3.

 戦から一ヶ月が経つと、町や城内はおちつきを取り戻した。エセルは指揮官としても優れているらしく、兵たちをよく律し、町での略奪行為を一切禁じた。おかげで町は安泰。復興も早かった。

 そんな頃、伯爵は戦死した兵とラヴァグルート家のために葬儀を行うことを公表した。


「やっと暇ができたと思ったのに」

 ロッツはげんなりした。ここのところ城内の後片づけや捕虜の整理、死体の処理など重労働つづきで疲弊ひへいしていたのだ。


「王族の葬儀もやるのはひょっとして町民の反感を抑えるため?」

「ああ、さすがに皆殺しはいい印象を与えなかっただろう」

「そうかな? 伯爵がエヴァンジェリンの血筋だって知ったら、みんな納得すると思うけど?」

 滅びてなお、古くからこの島を治めていたエヴァンジェリンの影響は大きいのだから。


「やりたきゃやればいいけどさ、王族の葬儀に僕も参加しなきゃ駄目?」

「別にしたくなければしなくていいが、本当に墓までついて行かなくていいのか?」

 ロッツは冗談じゃない、と顔をしかめた。

「お礼参りになら行くけど、墓参りになんて絶対行かない」

「そうか。ああ、それと、お前の母親の名も加えておくか」

「死体見つかってないけど、もう死んでるんだろうしね」

 城を完全に陥落させた後、エセルは透視の魔法でロッツの母親の行方を探った。重傷を負った姿が見えたという。騎士が一人つきそっていたが、もう生きてはいまい。


「じゃ、僕はゆっくりのんびり寝ようっと」

 足取り軽くお気に入りの場所へ去ろうとすると、ロッツは肩をつかまれた。

「参加はしなくていいが、準備はしてもらうぞ。それが嫌なら、葬儀の後行うパーティーの準備をやるんだな」

 ロッツはすう、と表情を一変させた。本人は意識していない、無意識の変化。ただの一兵士から誇り高き王族へと豹変する。


「伯爵、一ついっとく。僕は君の配下になったわけじゃない。君とはたんなる利害の一致した協力関係だ。あまりつけあがらないで欲しいね」

 ロッツは肩におかれた手をふりはらった。エセルは一瞬あっけに取られたが、すぐに調子を取り戻した。

「そちらこそあまりつけあがるな。今すぐおまえから『いばらの冠』を取りはらって殺せるんだぞ」

「へえ、やってみれば? 僕が君を殺すのと、君が指輪をはめて『いばらの冠』を取り払うのと、一体どっちが早いだろうね」


 ロッツは片時たりとも手放さない愛用の槍をちらつかせた。

 二人は無言でにらみ合う。気迫は同等。張りつめた空気の中で、緊張が飽和しそうだった。

 その時、ノックがあって執務室に執事が入ってきた。


「エセル様、謁見の間にお客様がおみえでございます。どうなされますか?」

「わかった、すぐ行く」

 ロッツから視線をはずし、エセルは出口に向かった。

「ご機嫌とりに来る貴族の相手も、楽じゃないね。せいぜいがんばりなよ」

「後の利益を考えれば、安いものだ」

 あっそう、と返事をし、伯爵を見送る。扉が閉まる直前、厳格な執事の視線がからみついた。


「何かいいたそうだね。何?」

 執事はロッツの服にさげすみの視線を送った。


「もう少し服装を改められてはいかがです? それでは浮浪児と変わりがない」

 執事のいうとおり、ロッツは王城に出入りするのにふさわしい風体ではない。袖を切った上着に、薄い板金の胸当て。二の腕まで覆う指先の切られた長手袋に、革の籠手こて。太いベルトでサイズのあわないズボンを腰に留め、無骨なブーツをはいている。


「早々に改めていただきたい。仮にも伯爵家の当主の護衛役を務めるのであれば、それ相応の身なりをしていただかないと。こちらの品位が疑われてしまいます」

「そういわれても、服がないんだからしょうがないよ」


 ロッツは肩をすくめた。今着ている服にしても、王宮で捨てられる服をかっぱらってきたものだ。合うサイズがなかなか手に入らないので、仕方なく短い袖を肩口まで切り、長手袋を加工して袖代わりにし、ぶかぶかのズボンをはいているのだ。


「それ以外に服はないのか?」

 会話に興味をひかれて戻ってきたエセルが口をはさむ。

「これと似たようなのが何着か。唯一持ってるまともな服は喪服だね。ドレスも少しあったけど、靴の費用に売っちゃったし」

「ドレス?」

 エセルは何か異様な単語を耳にしたかのように、不可解な顔をする。


「そう、ドレス。なんで首をかしげて――って、ひょっとして伯爵、気づいてなかったの? 僕が女だってこと。名前で気づかなかった?」

「いや、ちゃんと女性の名だとわかっていたんだが……」

 女性名だということが、そのままロッツが女だという事実に結びつかなかったらしい。一人称が僕、容姿が全く女らしくないという事実の方が名前に勝ってしまったのだ。


「この分だと、護衛三人も気づいてないんだろうね」

 だからといって困るわけではないが。


「エセル様、この際ですからパーティーに向けてこの子の正装を一着仕立てましょうか」

「そうだな、その方がいいだろう。一時的とはいえ俺の護衛である以上、それなりの格好をしてもらうか」

「げっ、僕もパーティーにでるの? 冗談じゃないよ。護衛が三人もいるなら、大丈夫だって」

 嫌がるロッツを、伯爵は意地の悪い目で見た。嫌な目だ。貴族や王族が優越感にひたり、下々の者を見下すときの独特の目つき。ロッツは警戒した。


「取引の内容を忘れたのか? 俺を護衛すると誓っただろう。パーティーは王族の葬儀後に行われる。俺に反感を抱いている者が、ラヴァグルートの葬儀の日に仇を取りに来るかもしれない」

 ありえないとロッツは思ったが、万に一つでも可能性がある以上、伯爵にはロッツに護衛をさせる権利がある。


「貴族同士のパーティーだ。作法や言葉遣いには充分気をつけろ」

 伯爵は、貴族同士の作法も、ダンスも、礼儀も知らない粗野な子供をあなどった。ロッツは歯噛みして、伯爵をにらみつける。

「俺の顔に泥を塗るようなまねをしたらただじゃおかない。せいぜい笑いものにされないよう振舞うんだな、王女様」

 にやにやと笑いながら去っていく伯爵を、ロッツは強く拳を握って見送った。




「――ロッツ? 何やってんだ、そんな所で」

 不意に声をかけられ、ロッツは読んでいた本を慌てて茂みに隠した。植木の向こうにいたのはエドロットだった。ヤナルもいる。

「別に。休憩中」

「こんな庭の隅で?」

「日当たりのいいところは目立つでしょ。誰にも見つからない場所が、僕の休憩場所なの」

 ロッツは木立の濃い影の中で槍を抱えこんだ。その所作にヤナルが悲しそうな目をした。


「ロッツ、そんなに警戒しなくてももう君を傷つける人はいないよ。大丈夫」

 その言葉に同情の色を感じ取って、ロッツは苛立った。

「その確信がどこから来るのか教えてもらいたいね。僕はラヴァグルートを裏切った。その僕を恨まない人がこの王宮にいないっていえるの?」

「それは……」

 ヤナルは口をつぐんだ。


「戦のとき、かよわい王女様ですら短剣を持って僕に襲いかかってきたんだ。この王宮に絶対の安全なんてない」

 緑の目が木漏れ日を受けて暗闇で光る。

「子供のくせにいうことは一丁前だよな、お前」

「悪い?」

「いんや、褒めてんだよ。戦士としても、兵器としても一流だ。迷わずかよわい王女様に槍を突きたてられるんだから。あ、この感想は俺じゃないぜ。俺は戦場に立ったら男も女も大人も子供もないって思ってる。これは、お優しいお医者さんの感想」

 ヤナルがエドロットをにらむ。


「お前までにらむなよな。お前が『どうしてロッツはあんな子供なのに平気で人が殺せるのか』って不思議がってるから、代わりに直接本人に聞いてやったんじゃん。感謝しろよ」

「エド!」

 ヤナルが声を荒げる。


「ふうん、エドロットとは気が合いそうだ。僕も戦場に立ったら、そんなの関係ないと思ってる。戦場に立って武器を持った以上、その人には生きる意志があり、生きのびるために他人を排除する意思がある。つまり敵意だね」

「明快な答えだことで。このうじうじとした人道主義者よりよっぽど気が合いそうだ」

 握手を求めて伸びてきた手を、ロッツは進んで取った。


「ヤナルは軍医なの?」

「え、あ、まあ……」

「俺とキートだけ危険な目にあわせるわけには行かない、っていって、戦争中だけ兵士やってるんだよ。争いごとが嫌いなくせに」

 エドロットがあきれたようにいった。


「ふうん。ところで、伯爵の弱点を知らない?」

「伯爵の弱点? そんなもの知ってどうすんだ?」

「ちょっと仕返しをね。苦手なものでもいい。何かないかな」

「特に思い当たらないけど、知っていてもいうわけには………」

 ヤナルが難渋を示すと、代わりにエドロットがでてきた。


「一つだけあるぜ。俺の推測だけど、苦手なんじゃないかと思うのが」

「それでもいいよ。教えて教えて!」

 ロッツが目を輝かせると、エドロットは片手を差しだした。

「情報料」

「金取るの!?」

「もちろん。金がないなら、酒でもいいぜ」

 ロッツはしぶしぶ承諾した。城の備蓄庫から失敬するとしよう。


「で、なんなの?」

「女」

「女?」

「なんとなーく、女を苦手に思ってるフシがあるんだよな。パーティーとかでよくいい寄られてるけど、迷惑そうにしてる感じがなきにしもあらず」

「ふうん………それは使えそうだな」

 相槌を打つロッツの頭の中では、もう伯爵への復讐プランが立てられていた。


「ありがと、エドロット。おかげでいい案がでた」

 パーティーの日が楽しみだ。

 心底楽しそうに笑うロッツを見てヤナルがエドロットを小突いたが、エドロットもまた、楽しそうだった。


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