4.
雲一つなく晴れた日、野外の慰霊碑前で戦死者の葬儀が執り行われた。初夏のよく晴れた空が厳粛とした雰囲気に似合わなかったが、この陰鬱とした葬儀の方こそが青い空に合わないのかもしれない。
黒い喪服に身を包んだロッツは、つつがなく進行する葬儀にやや退屈した。不謹慎だが、連日連夜伯爵復讐プラン実現のためにろくに寝ていないため、睡眠不足だった。そうでなくとも、司教の長ったらしい弔いの言葉は平常時でも眠気を誘う。眠い。
だが、マスカード伯爵の傍にいるため最前列だ。なんとかあくびをかみ殺す。
「眠いな」
キートがそっと耳打ちしてきた。キートの方も茫洋とした目つきで弔辞を聞き流している。
そうかと思ったら、そのうち大きなあくびをして最前列で堂々寝はじめた。姿勢は崩れないものの、息はしっかり寝息だ。大胆かつ器用なまねをする。気づいたヤナルに足をけられて起きたが。
弔辞が終わると黙祷し、代表の者が死者に花を捧げ、戦死者の葬儀は無事終了した。午後からラヴァグルート王族の葬儀があるが、ロッツは昼食を取ると、自由行動に移った。
といっても、やることがないので城内を散策するぐらいしかない。
ラヴァグルート一族のいなくなった王城は、いつもと違って見えた。城は石造りで窓が小さいため、影が濃く陰鬱としていて嫌いだったのだが、今はそれほど気にならない。
「ロゼット王女、話がある」
明るい気分で人気のない廊下を歩いていると、突然、木陰から声をかけられた。反射的に立ちどまってロッツは後悔した。他人のふりをして通り過ぎればよかった。
声をかけてきたのは、三十半ばほどの男だった。鉄棒でも仕込んであるかのようにまっすぐとした背筋と引きしめられた眉、感情の読み取りにくい顔、それと腰に帯びた剣の柄頭の紋章からロッツはこの男を思いだした。
「近衛騎士の一人、だったっけ? 君も生きてたんだ」
「城が陥落する前に国王から王女のお母上を守るよう命を受けたので、生きのびたのだ」
「ああ、でもお母様はお亡くなりになったんでしょ?」
騎士は静かに首をふった。
「いいや、ロビュスタ様はまだ生きておられる。傷を負われて一時お命すら危うかったが、なんとか回復された」
ロッツは信じられない思いでそれを聞いた。
「今どこにいるの?」
「それは答えられない。知りたければ、私と一緒にロビュスタ様のもとへ来ていただこう」
「絶対にお断りだね」
と、ロッツは即答しそうになったが、すんでのところで思いとどまった。ここで断るのはよくない手だ。直接面会できる機会を逃してはならない。迷い、悩んでいるふうを装って誘いを受けるべきだろう。
「なんでお母様は今頃僕を呼びに来たの?」
「ロビュスタ様は、たったお一人の御子を敵の下に残してきてしまったことを悔いていらっしゃる。身内も全員お亡くなりになり、お一人になって寂しくなったのもあるのだろう。もはや血がつながっているのはロゼット王女だけだ」
寂しくなったから呼び戻すとは、僕はペットか何かか。勝手ないい分に唾棄してやりたかったが、堪えた。
「お母様………。本当に生きているんだよね? 嘘じゃないよね?」
感動したふりをすると、その様子に騎士は頬をゆるめた。おおかた、無条件の親子愛を信じて感動しているのだろう。勘違いもはなはだしく、ロッツは笑えてきた。
「本当だとも。さあ、ロビュスタ様のもとへ行こう」
「うん。――でも、ちょっと待って。急にいなくなったら怪しまれるから、何か適当な理由をまわりにいっとく。だから、夜中まで待ってくれないかな。準備もしたいし」
「しかし……」
「僕が裏切ると思ってるの?」
渋る騎士に、ロッツはここぞとばかりに悲しそうな顔をした。
「……わかった、待とう」
「よかった。じゃあ、夜になったら城はずれにある大きな楡の木で」
「わかった。城はずれの楡の木に」
復唱して、騎士は立ち去った。あの様子では何一つ疑っていまい。ロッツは満面の笑みを浮かべた。
夜になって、無礼講の宴の時間になった。出席者は喪服を脱ぎ捨て、慎ましやかながら華やかに装った。葬儀の後である。無礼講とはいえ、一応遠慮が必要だ。
「へえ、エドロット、よく似合ってるね」
臙脂色の、襟の高い騎士ふうの服を着たエドロットをロッツは褒めた。元がいいので、エドロットは何を着てもよく似合う。
「当然。今夜はこれでうぶな貴族のお嬢様方に『貴方に魅せられた哀れな騎士に、どうか貴方を守る権利をくださいませんか?』っていって迫るつもりだ。邪魔すんなよ」
「邪魔しないけどさ、護衛の仕事も忘れないようにね」
「鋭意努力いたします。お前、今日は剣なんだな。使えんのか?」
「一応。よく使われる武器はひととおり使えるよ。槍が一番得意だけどね」
人も障害物も多いパーティー会場では、槍では使い勝手が悪い。しかし、どうにも心もとない。ロッツは腰の剣をいじった。役に立たなくとも、槍を傍においておきたくなる。
「この服、窮屈だし、合わないし、早く脱ぎたいよ」
「そうかあ? なかなか似合ってんじゃん」
頬に傷があるので上品な服を着ても似合わないことは、ロッツ自身がよくわかっている。
「じつはそれ嫌味でしょ」
するとエドロットは首を横にふった。
「嫌味じゃなくて、社交辞令」
「……………」
ここまではっきりいわれると、返す言葉がない。
姿見で身だしなみの最終確認した後、大広間に移った。大広間は巨大なシャンデリアと何基もの燭台に煌々と照らしだされ、夜の闇を完全に追いはらっていた。長いテーブルにならべられた色鮮やかな料理が口内を刺激し、所々におかれた酒が鼻腔をくすぐる。
「伯爵は?」
「あそこ」
エドロットが指差した先に、貴族たちに何重にも取りまかれているエセルがいた。エセルと一緒にその輪の中心にいるヤナルとキートは身動きがとれず、困っていた。やがてパーティーの開始時間になると、乾杯のためにその輪はいったん解けたが、乾杯が終わるとまた輪が作られる。
「護衛のしようがないな」
ロッツは護衛をすることをあきらめた。あれだけの人に囲まれていれば、もし敵がいてもうかつには近づけまい。また、あの群集内に敵がいても、すぐ傍にキートたちがいるのだから大丈夫だろう。
そう考えて、ロッツは料理をつまみはじめた。うまい。王族だったが、ロッツはほとんどパーティーにでたことがないため、こういう豪勢な料理はあまり食べたことがなかったのだ。内心感動しつつ、料理を口に運ぶ。もちろんがっつくような下品なことはしない。あくまで上品に食べる。
「おや………ロゼット王女?」
ミントケーキを頬張っていると、貴族の一人がロッツを見てつぶやいた。しかし、ロッツは無視する。二度同じ失態は犯さない。
「君、名前は?」
きちんと声をかけられてはじめて、ロッツは反応した。
「ロッツといいます。伯爵の護衛を務めております。以後お見知りおきを」
流れるような動作で礼をする。
「ほう、さすがは帝国の伯爵の兵士だ。子供だというのに、洗練されているじゃないか」
顎をしゃくる貴族の指で、大きな紫水晶の指輪が光った。けばけばしい悪趣味な指輪だが、わずかに見せつけるような感があった。それを察知し、ロッツはすかさず褒める。
「ありがとうございます。それにしても、綺麗な指輪ですね。そんな指輪をはめていらっしゃるくらいですから、さぞかしご身分が高くていらっしゃるのでしょう?」
予想通り、その貴族はでっぷりと太った顔に愉悦を浮かべた。
「いやいや、それほどでもないがね」
「ご謙遜を。とても威厳がおありです。こんな場でも堂々と構えていらっしゃって」
歩くより転がった方がよさそうな丸い体を遠慮もせずにでかでかとおいて、誰より存在感があった。
「君は子供ながら、人を見る目があるじゃないか。ロッツといったね。覚えておこう」
「光栄です。僕がいうのもなんなのですが、どうぞパーティーを楽しんでいってください」
上機嫌の貴族を見送って、ロッツは胸をなでおろした。うまくできた。これも徹夜でぶあつい礼儀作法の本を暗記し、昔師匠に教えてもらったことを必死で復習したおかげだ。
その後も数人に名前を聞かれたが、ロッツと名乗るとあっさり納得した。その程度のものなのだ。ロゼット・ラヴァグルートの存在など。
「ふん、ずいぶんと上品にふるまっているじゃないか。つけ焼刃にしては」
とげとげしさのにじみでる口調に顔をあげると、わざわざ人の輪をぬけてきたらしいエセルがいた。
二人は目が合った瞬間に視線と視線、心と心で語り合った。
『やあ、伯爵。今日も麗しいね。その青い服、よく似合ってるよ』
『そっちこそよく似合っているじゃないか。仕立てたかいがあったというものだ』
『まるで王子様みたいだ』
『そっちこそ、まるで騎士のようだな』
言葉のない会話は、お互いの相手を馬鹿にしきった冷笑とともに切れた。
「なかなか洗練されている。褒めてやろう、一応な」
エセルはワインの注がれたグラスを差しだした。が、それが褒賞でないことは伯爵の意地の悪い表情でわかった。飲めるかどうか、試している。
「ありがとう」
ロッツは挑戦的な目でグラスを受けとり、グラスの中身をあおった。まずい。しかし、顔色一つ変えずに飲み干し、グラスを伯爵に突きかえす。伯爵がつまらなさそうな顔をしてグラスを受けとるの見て、心の中でほくそえんだ。
「護衛も今日は必要なさそうだ。せっかくだから楽しんでいくといい」
「そうさせてもらうよ、お優しい伯爵様」
二人はとげとげしい視線をかわしあって別れた。一見穏やかなやりとりだったが、じつに濃厚な毒々しさが凝縮されたやりとりだった。
「さてと。見てなよ、エセル・マスカード。僕を侮ったことを、後悔させてやる」
ロッツは復讐計画を展開すべく、美貌の伯爵に熱い視線を送っている淑女の群れに向かった。




