第六話 増える仕事、増える火花
二月に入って、精和技研の電話が鳴るようになった。
週に一度だったのが、三度になった。三度が五度になった。デキルが撒いた種が、少しずつ芽を出し始めていた。車精工業の試験導入が社内で話題になったらしく、同業他社からの問い合わせも来るようになった。
工場は動いていた。
しかし匠の表情は、少しも緩んでいなかった。
問題が起きたのは二月の第二週だった。
デキルが新規の客先から注文を取ってきた。医療機器メーカーの瑞穂精密、月産二百個の試験導入だった。条件は悪くない。単価も車精工業より高い。
しかしデキルが持ち帰った納期を見て、匠は仕様書を叩きつけた。
「三週間だと?」
「先方の都合で——」
「三週間で量産ラインを組めると思ってるのか」 匠はデキルを真っ直ぐ見た。「今の車精工業の生産を止めるつもりか。それとも俺が二人いると思ってるのか」
デキルは怯まなかった。
「六週間に延ばせるよう交渉します」
「交渉じゃない。六週間でないと受けられないと言え。こっちの技術を安売りするな」
デキルは一瞬黙った。それから口を開いた。
「……わかりました。ただ精巧さん、向こうが六週間を飲めなかった場合はどうしますか」
「断れ」
「せっかくのご縁が——」
「縁より品質だ」 匠は仕様書を拾い上げた。「品質を落として届けたものは技術じゃない。ただのゴミだ」
デキルは何も言わなかった。
匠は旋盤に向き直った。背中で続けた。
「お前が何件取ってこようと、作るのは俺だ。俺が無理だと言ったら無理だ。それだけだ」
翌日、デキルは瑞穂精密に電話をかけた。
匠は工場で作業をしながら、その声を聞いていた。
「大変申し訳ございませんが、品質を担保するためにどうしても六週間必要でございます。……はい、それが私どもの技術を最大限お届けできる条件でして。……はい、ありがとうございます」
電話が終わった。
「六週間、了承いただきました」
匠は振り返らなかった。
「そうか」
「あと単価、少し上げてもらいました」
今度は匠が振り返った。
「……なんで上がる」
「六週間でないとご提供できる品質が担保できないとお伝えしたら、逆に信頼していただけました」
匠は何も言わなかった。
デキルが続けた。
「できないことをできると言う営業より、できない理由をちゃんと言える営業の方が信用されるみたいです」
工場に沈黙が落ちた。
匠は旋盤に向き直った。何も言わなかった。しかし耳の奥で、さっきのデキルの言葉が繰り返された。
できない理由をちゃんと言える営業の方が信用される。
それは匠が技術者として当たり前に思っていたことだった。しかしそれが、外の人間に届く言葉になるとは思っていなかった。
自分の技術が、あいつの口を通すと、別の何かになる。
匠はその感覚をうまく言語化できなかった。ただ、缶コーヒーを一口飲んで、また手を動かした。
その夜、呑気が帰り際に工場を覗いた。
「最近にぎやかになったね」
「……うるさいだけです」
呑気はふふ、と笑った。
「そう? 匠くんの手、最近速くなった気がするけどね」
匠は答えなかった。
呑気はそのまま帰っていった。
工場に一人残った匠は、しばらく自分の手を見た。
速くなったか。自分ではわからない。ただ、動かしたいと思う気持ちが、少し前より強くなっている気はした。
認める気にはなれない。
まだ、なれない。




