表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届かない技術  作者: wwaabb
6/7

第六話 増える仕事、増える火花

二月に入って、精和技研の電話が鳴るようになった。


 週に一度だったのが、三度になった。三度が五度になった。デキルが撒いた種が、少しずつ芽を出し始めていた。車精工業の試験導入が社内で話題になったらしく、同業他社からの問い合わせも来るようになった。


 工場は動いていた。


 しかし匠の表情は、少しも緩んでいなかった。


 問題が起きたのは二月の第二週だった。


 デキルが新規の客先から注文を取ってきた。医療機器メーカーの瑞穂精密、月産二百個の試験導入だった。条件は悪くない。単価も車精工業より高い。


 しかしデキルが持ち帰った納期を見て、匠は仕様書を叩きつけた。


「三週間だと?」


「先方の都合で——」


「三週間で量産ラインを組めると思ってるのか」 匠はデキルを真っ直ぐ見た。「今の車精工業の生産を止めるつもりか。それとも俺が二人いると思ってるのか」


 デキルは怯まなかった。


「六週間に延ばせるよう交渉します」


「交渉じゃない。六週間でないと受けられないと言え。こっちの技術を安売りするな」


 デキルは一瞬黙った。それから口を開いた。


「……わかりました。ただ精巧さん、向こうが六週間を飲めなかった場合はどうしますか」


「断れ」


「せっかくのご縁が——」


「縁より品質だ」 匠は仕様書を拾い上げた。「品質を落として届けたものは技術じゃない。ただのゴミだ」


 デキルは何も言わなかった。


 匠は旋盤に向き直った。背中で続けた。


「お前が何件取ってこようと、作るのは俺だ。俺が無理だと言ったら無理だ。それだけだ」


 翌日、デキルは瑞穂精密に電話をかけた。


 匠は工場で作業をしながら、その声を聞いていた。


「大変申し訳ございませんが、品質を担保するためにどうしても六週間必要でございます。……はい、それが私どもの技術を最大限お届けできる条件でして。……はい、ありがとうございます」


 電話が終わった。


「六週間、了承いただきました」


 匠は振り返らなかった。


「そうか」


「あと単価、少し上げてもらいました」


 今度は匠が振り返った。


「……なんで上がる」


「六週間でないとご提供できる品質が担保できないとお伝えしたら、逆に信頼していただけました」


 匠は何も言わなかった。


 デキルが続けた。


「できないことをできると言う営業より、できない理由をちゃんと言える営業の方が信用されるみたいです」


 工場に沈黙が落ちた。


 匠は旋盤に向き直った。何も言わなかった。しかし耳の奥で、さっきのデキルの言葉が繰り返された。


 できない理由をちゃんと言える営業の方が信用される。


 それは匠が技術者として当たり前に思っていたことだった。しかしそれが、外の人間に届く言葉になるとは思っていなかった。


 自分の技術が、あいつの口を通すと、別の何かになる。


 匠はその感覚をうまく言語化できなかった。ただ、缶コーヒーを一口飲んで、また手を動かした。


 その夜、呑気が帰り際に工場を覗いた。


「最近にぎやかになったね」


「……うるさいだけです」


 呑気はふふ、と笑った。


「そう? 匠くんの手、最近速くなった気がするけどね」


 匠は答えなかった。


 呑気はそのまま帰っていった。


 工場に一人残った匠は、しばらく自分の手を見た。

 速くなったか。自分ではわからない。ただ、動かしたいと思う気持ちが、少し前より強くなっている気はした。


 認める気にはなれない。

 まだ、なれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ