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第六話 アスミナと再会ですわ!

()()()()()お姉さま!!」

「誰!?」

 私は自分の名前を群衆の中で叫ばれたことにたじろぎ、一瞬誰に呼ばれたのか分からなかった。

「……アス、ミナ?」

「はい、そうですフリーシアお姉さま。アスミナです」

 振り返るとそこには、銀色の髪を冷たい風に靡かせた制服姿の妹が立っていた。

 優しそうに微笑みかけるアスミナは昔と変わらないようにも思えたが、何かが違う。

 違和感の原因はすぐに気がついた。過去、アスミナはこれまで一度だって私のことを()()()()()お姉さまなどと呼んだことはない。単にお姉さまと呼んでいたはずだ。

「いつもの紅いドレスを着ておられないので最初は気づきませんでしたが、金色の輝きを目にした途端、お姉さまだと確信しました。美しい髪を傘で隠すなんて勿体ないですよ!青いドレスも良く似合いますね、フリーシアお姉さま」

 アスミナは柔らかな笑みを湛え、淑女の礼を執る。往来の真ん中で人の目を集めていることに焦燥を感じながら、私も淑女の礼をアスミナに返した。

「……アスミナ、御機嫌よう。久しぶりに会えて嬉しいけれど、先を急いでいるの」

「そんな!アスミナ、フリーシアお姉さまのことが心配で夜も眠れなかったのです。お変わりありませんでしたか?田舎暮らしはさぞお体に障るでしょう。お茶でも飲みながらお話いたしましょう!」

「ごめんなさい、本当に急いでいるのですわ。また今度にして頂戴」

「そんな!フリーシアお姉さま!!」

 この子、やはりわざと私の名前を強調しているのですわ!

「アスミナ分かりましたわ。お茶にするから、その……お姉さまとだけ呼んで頂戴」

「?……分かりました、お姉さま♪」

 わざとらしく小首を傾げた彼女は、揚々と喫茶店へと私を連れて行った。

「お茶といえば、やっぱりここですね!」

 案内されたのは貴族御用達の高級喫茶店だった。(フリーシア)も取り巻き、もとい学友と何度も利用したことのある馴染みの店だ。

 入店後すぐに席に案内されると、慇懃な態度でウェイターがメニューを届けにきた。

 彼女は明るい笑顔をウェイターに向けてアプリコットティーを注文する。つい、私も同じものを頼んでしまった。甘いお茶など、普段なら飲まないのに。

「相変わらず接客は丁寧だけど、あんなに畏まってるとこっちまで緊張しちゃいますね。何度来ても慣れないなぁ。ね!お姉さま」

「暫く見ない内に下手な嘘を吐くようになりましたわね、アスミナ」

「嫌だなぁ、アスミナは嘘なんて吐きませんよ」

 食えない娘だ。明らかに私を挑発しているのが分かる。

「平行線ですわね。腹の探り合いはよしましょう。……単刀直入に言いますわ。先の事件、貴女が手引きしているのでしょう?」

「その根拠は?」

「……強いて言うなら先ほど名前(ファーストネーム)で呼ばれたことですわ。他の貴族の目を忍んでいた私を、貴女がわざとらしく呼び止めたという状況証拠しかございません。アスミナ、貴女はとても優しく穏やかな子だったはずです。私、貴女に何か気に障るようなことをいたしまして?これでもカデメイア家の長女として、例え腹違いの妹であっても……今まで貴女に優しく接してきたつもりですわ!」

()()()は、ね?」

「!?……どういう意味ですの?」

「そんな怖い顔しないで、お姉さま。アスミナはぁ、お姉さまに殺されてしまうのが怖かったの」

 どういうことだ。転生してきてからはアスミナの殺害計画を企てることになるきっかけすらなかった!

「それはまだっ!!」

「まだ……ね?やっぱり殺す気があったんですか?」

「違いますわっ……!そういう意味ではなくて……」

 頭が真っ白になる。こんな失言をするなんて私らしくない。完全にアスミナのペースに乗せられている。

 対面に座っている彼女は足を組み直し、余裕綽々としている。その挑発的な態度に気圧されて、私はアスミナの目を見ることが既にできなくなっていた。

 その後、暫く続いていた沈黙を断ち切るように紅茶とお茶請けが運ばれてきた。ウェイトレスも険悪な雰囲気を察しているのだろうが、彼女の礼儀正しくも機械的なやりとりに今は救われた。

 アスミナはアプリコットティーに角砂糖を一つ入れ、銀の匙でゆっくりとかき混ぜ始めた。溶かし終わると、彼女はこれまたゆっくりとした調子で口を開いた。

「分かってる。殺す気が起きるのはお姉さまが卒業して暫くして……アスミナがルロイ様と恋仲になった頃。違う?」

「貴女もしかして――――!」

「ご明察。あたしも転生してきたんだよ、お姉さま」

「!!」

 私は思わず席から立ち上がってしまった。勢いよくずり下がった椅子の音が店内に響き、談笑の声が静まった。

「『お茶の時間は静かに、優雅に過ごすもの。そのように下品に立ち上がるものではなくってよ。それとも、急にお花でも摘みたくなったのかしら?春にはまだ早いですわよ。おーっほっほっほ!』」

「……下手な真似はよして頂戴」

「そうかな~。ゲームの中のフリーシアは、確かこんな感じだったと思うけど~?それより早く、座ったら?」

 下唇を噛みしめながら、静かに座って、音を立てないように椅子を引く。紅茶を一口含もうとしたが、手が震えてうまくカップを摘まめず諦めた。

「貴女は何が目的なの。(わたし)はルロイ様からは素直に手を引いたわ。カデメイア家からも追われたし、家に戻ろうとは思ってない。だから私に関わらないで」

「あたしに釣られてキャラ、崩れてますよ」

 まずい、また彼女のペースに乗せられている。精神を何度も揺さぶられ落ち着きを取り戻せないでいる自分に腹が立ち、焦燥感を覚える。

 アスミナはフフっと吹き出すと人差し指を顎に当て、斜め上を見上げた。天井で静かに揺らめくシャンデリアの灯を見ているようだった。

「ねぇ、お姉さま。元の世界とは随分遠くに来てしまいましたね。同郷の人なんてアスミナとお姉さまくらいなものなのだから、少し昔話でもしましょうよ」

「貴女とお話しすることなんて、ありませんわ」

「お姉さまったら釣れないなぁ。それともお話しできないくらい惨めな生活だったのかな?」

「そんなこと……っ!そんなことは、ない、ですわ」

 アスミナは私が一瞬、言い淀んでしまったことを聞き逃さなかった。彼女の口角が上がり、表情に下衆な色が滲み出る。

「アスミナはね、東京生まれ東京育ちの大学生だったんですよ~。電車通なんですけど乗り換え大変で~!」

「……」

 聞いてもいないことをまぁペラペラと……よく回る口だ。いつの間にか焦りや不安といった感情は消え去り、どろっとした苛立ちだけが胸いっぱいに広がっていた。ああ、一刻も早くこの場から立ち去りたい。

「お姉さまはどちらに住んでいたんですか?」

「……都内ですわ」

 とっとと会話を終わらせたくて会話に応じたのが運の尽きだった。きっと話したくてうずうずしていたのだろう。アスミナは憎たらしいほど嫌味な笑顔を浮かべながら自分語りを始めた。

「奇遇ですね、お姉さま!どこかですれ違っていたかも!アスミナは代官山に住んでいたんですけど、赤門、までが遠くて遠くて!お姉さまはどの辺りに住んでいたんですか?恵比寿?田園調布?それとも城南五山の方だったりですか?お姉さまはもう働かれてたのですか?それともそれともアスミナと同じ学生さん?」

 異世界くんだりまで転生して代官山だの恵比寿だの聞かされるとは思わなかった。しかも赤門、なんて強調しているところが非常にいやらしい。今まで生きてきた中でマウントを取られたことは少なくないが、ここまで強烈なものは生まれて初めてだ。原作のフリーシア以上だろう、この女。

「聞いてます~?お、ね、え、さ、ま?」

「……貴女に話すことなんて何もありませんわ。これで失礼します、ごきげんよう。お茶代はこちらに置いておきますわ」

「あはは、やっぱり惨めな生活送ってらっしゃたのですね。お気の毒です~」

 私は銀貨一枚をテーブルの上に置き、席から立ちあがる。

「お姉さま、派遣で働いてそ~。夜遅くまで残業とかしてたりとかですかぁ?」

「……いい加減になさい、アスミナ」

「あ、図星。お姉さま、気ぃ弱そうですもんね」

 気づけば拳を握りこんでいた。爪が掌に突き刺さり、鋭い痛みが走っている。

「怖い顔したって、悪いのはお姉さまなんですよ。この世は実力が全て。安い賃金も、遅い残業も、全部自分が弱いからその結果」

「……余計なお世話ですわ」

「でも嘆かないでくださいね、人間、生まれながらに“格”というものがあるってだけ」

 私は無視してその場から離れようとするが、肩越しにアスミナは追い打ちをかけてきた。

「お姉さま!!」

 店の中だから大声を出さないと思い込んでいたせいか、想定外の声量に驚いて足を止めてしまう。店内がざわめき立ち、何事かと客たちが耳を(そばだて)ているのがヒシヒシと伝わってくる。

「さっきルロイ様から手を引いた、家にはもう戻らないって言いましたよね」

「……も、申し上げましたわ」

 ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるアスミナに気圧され、思わず後退(あとずさ)る。

 動けない。

 おもむろに彼女は私の両頬に手を当てると、顔を覗き込むようにして目が合った。底知れぬ恐怖に駆られ心臓の鼓動が早くなり、息が上がる。彼女の瞳はその冷徹さを象徴するかのように青く燃えており、吸い込まれそうなほど美しかった。

 そして、私に言い聞かせるかのように呟いた。

「嘘」

「う、噓ではありませんわ!!」

 私は慌ててその手を振り払い、私は彼女に向って指をさす。

「一体なんなんですの、先程から!」

「身の丈に合わない力を持つと、人間思い上がった行動に出るものですよ。いつ気が変わるか分かったものじゃない。だから、警告です。“変な気は起こすな”、大丈夫です?……それにアスミナとお話しして分かってくれましたでしょ、お姉さま」

 アスミナが不意に私に近づき、全身が強張る。

「……ヒッ」

 短く小さな悲鳴が漏れてしまった。

 アスミナは構わず私の耳元でゆっくりと囁く。

「アンタはあたしに敵わない」

「……あ……」

 蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。肌感覚でこの手合いには勝てないと分かってしまう。経験的にというより本能的に。生きてきた世界が違うのだ。

「ずぅーっと田舎で暮らしていて。目障りだから、王都の方にも来ないでね」

 時が長く感じた。私が一体何をしたというのだ。感情がかき乱され、言い返すことも出来ないでいる。

 どうすれば良いか分からないし、涙が出そうになったその時だった。

「君!ここは君のような平民が来るようなところではない!帰りたまえ!!」

 喫茶店の店長の声だった。怒鳴り声で我に返った私は入口に目を向ける。

「だから、中にツレがいるんだって、さっきから言ってんだろ。おっさん。……あ、いたいた。ったくいつまで待たせるつもりだよ」

「アル……ト……」

 店長の制止を押しのけ独りごちりながら入店してきたのは、アルトだった。

 そういえば彼と別れてから随分経つ。待たされていたため不貞腐れているのだろう。でも今は、アルトの不機嫌そうな顔が見られて少し安心してしまった。

「よく、ここが分かりましたわね」

「広場でサ店に入っていくとこ見かけたんだよ。その辺ぶらついて広場に戻ってきてもまだ出てきてねぇみたいだったから、こっちから来てやったんだよ。……それよりアンタ、ウチの領主サマあんま虐めないでくんねぇかな」

  アルトが私を一瞥すると、アスミナを鋭い眼光で射抜いた。するとアスミナは私から離れアルトの元へ笑顔で歩み寄る。

 その表情は私に向けていた憎たらしい侮蔑の笑みとは異なり、あざとくも自然体な笑顔だった。

「虐めてなんていませんよ~。……そんなことより!初めまして。フリーシアの妹、アスミナ・グリットレーベン・カデメイアです。以後お見知りおきください!アルトさん、とお呼びしてもよろしいですか?アスミナのことは、気軽にアスミナと呼んでくださいね」

「……どーも」

 アルトは目を伏せて軽く頷くような会釈をした。アスミナは張り付いた笑顔を崩さず彼に問う。

「ところでアルトさんは、姉とどういうご関係なんですか?」

「ア、アスミナっ!」

 な、何を言い出したかと思えば!あまりにも不躾な質問だと思った。私は精一杯の怖い顔を作って、アスミナを睨みつける。

 なぜだろう、私が睨みつけても、原作のフリーシアのような迫力が出ないことは自分が一番わかっていた。顔はそっくりそのままのはずなのに。

「どういうって、領主サマと平民だろ。どう考えても」

 アスミナは表情を変えていないが、彼女のつまらなそうなオーラを私は敏感に感じ取った。

「……ただ今は、学校の先生とそこの生徒、って方が正しいかもな。フ、一応今は校外授業なんだろ?」

 アルトが困ったような、呆れたような口調で私に問いかける。……心の奥が暖かくなる。初めて彼に学校を認めてもらえた気がしたからだ。

 強引に学校設立を手前、アルトは学校に通うことを本当のところで望んでいないのではないかと、内心では心配をしていた。

「学校ねぇ」

 ポツリ。アスミナが呟く。穏やかだった心に波が立つ。

 まるで凪いだ湖面に大きな岩が落とされたかのようだ。アスミナの一言は、大きな岩だった。

「カデメイア家への当てつけですか?お姉さま」

「ち、ちが」

 違わない。これは、カデメイア王立学校を超える学校をつくるのは、カデメイア家への復讐に他ならない。

「いいんです、いいんです。こうなることは薄々気が付いていましたから」

 私は釈明しようとしたがアスミナは耳を貸さなかった。

「カデメイア家()()()()として通告します。アスミナ・グリットレーベン・カデメイアは、貴女の学校運営に対する目的を公益に対する寄付ではなくカデメイア本家への反逆の意思によるものと捉え、全霊を以てこれを討ち破ります」


* * * * *


「やっぱり何かあったんだな」

「…………」

 アスミナと別れた私たちは、ウィールまで道を急いでいる。夜になれば魔物が活発になるため、陽が落ち切る前に山越えをしなければならない。

「アンタがそんな面見せるなんてタダ事じゃないと思ったぜ」

 揺れる馬車の窓から夕陽が差し込まれ、私は目を細める。

「怖い顔するなよ。眉間の皺が取れなくなるぜ」

「……陽が眩しいだけですわ」

 アルトはらしくもない軽口をさっきから叩いているが、これは彼なりの優しさなのだろう。それに答えてあげられないほど、私の頭の中はアスミナのことでいっぱいだった。

 オレンジ色に燃える美しい王都の街並みが、遠く離れていった。

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