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勇者もたまにはやるんです


 魔界へ帰ろうと城の外へ向かっていたとき、誰もいない静かな廊下に一枚の写真を見つけた。


 騒ぎのせいか、色々なものが散らかっているその場所で何故かその一枚の写真だけが目に飛び込んできたのだ。

 

「これは……」


 見てみるとそこには王とお姫様、二人とも満面の笑みを浮かべて写っていた。裏を見てみると【親愛なるお父様との記念写真】と記されていた。


 それで俺はなんとなく落ち込んでしまう。


 あぁ、やはりあのお姫様は王の娘だったのか。ということは、あの王の死を目の当たりにしなくてはいけないのだな、と。


 追い打ちも追い討ち、王の死体に槍を突いた身で何を言っているのかという話だが、不思議とそんなことはほとんど忘れてしまっていた。


 あの笑顔のよく似合うお姫様は、おそらく泣いてしまうのだろう。そんなことを考えると、魔界の者でありながら、心が苦しんでしまうのだ。


「ふっ、たった数分話しただけの女に何を……感慨深く……なっているのだ」


 魔王様が亡くなってしまったからだろうか。何故か俺の心は酷く感傷的になっているみたいだった。


「あぁ、そうか。なんとなく分かったぞ」


 今考えてみれば、あのお姫様は似ていたのだ。幼き頃の親友であり、戦友であり、思い人だった彼女に。


「よもや今になって彼女のことを思い出してしまうとはな。我ながら、本当にどうかしてしまっているみたいだ。こんなんでは……こんなんでは――」


 なんだかこの王国に来てからというもの情緒が安定しない。魔王様に勝手について来てしまった後悔、それでいて力になれているのかもしれないという喜び、魔王様を殺した王への怒り、そして遠い過去への悲しみ。


「――無様な顔で魔王様と決別しなくては……無様な顔で彼女のいた世界に帰らなくてはいけないじゃないかッ!!」


 気がつけば俺は涙が溢れていた。自分でもおかしいと思う。こんなところで突然過去を思い出し、過去の人間と今日初めてあったお姫様を照らし合わせて泣いている自分に。もう意味がわからん。


「これ以上おかしくなる前に、さっさと帰ろう。帰っている間に正気にも戻るだろう」


 俺は、なんだかよく分からない思いを全て保留にして、変身を解いて飛び立とうとした。その時だった。


「……おいおい、やめてくれよ。こんなことまで思い出させるのか」


 随分と聞き覚えのある、決まって苦しい時にいつも頭の奥底で響く忘れられない、忘れなきゃいけない音が聞こえてきた。


 幻聴だと分かっているのに、その声はいつもやけにリアルなのだ。叫ぶような、嘆くような、呻くような、そういう泣き声。


 それはいつかの魔界で聞いた、紛れもない彼女の――


「――?」


 一瞬わけがわからなかった。もういないはずの、もう会えないはずの彼女がそこにいたのだ。これにはさすがの俺も驚いた。いつもの幻聴じゃない、眼前にいる彼女の口から聞こえる泣き声なのだ。


 彼女は全身ボロボロで千切れてしまったドレスを纏い、大粒の涙を流しながら走っていた。


 よく見なければ、本当に彼女だと信じていたかもしれない。でも俺はその女性をよく見た。涙を拭ってじっと見た。


 そして、それが彼女ではないということが分かった。


 でも同時に、やっぱり彼女によく似た女の人だということが分かった。



   ■ □ ■



 ホールが一気にどよめいた。それもそのはず、いきなり見た目メイドの女性を剣で貫いたんだから。


 僕の質問に応えるために視線を外した相手は、完全に不意を突かれ何の受身をとることもなく腹部を一突きされている。


 なんとなく状況が理解出来始めた人たちの驚きが、まるで僕を中心に放たれた衝撃波のように伝播していく。やがて叫ぶ。


「な、何をしているんですか……勇者様、私は、本人と証明されたメイドです、よ?」


「おおー、魔王に様付けで呼ばれるなんて嬉しいなぁ。みんなー、こいつ魔王だから心配しなくていいよー」


 僕は突き刺した剣をなお強く押し込み、さらに引いてみたり、押してみたり、上に持ち上げたり下に押し下げたりする。その微細な動きの度に眼前のメイド姿の相手の表情が苦痛に歪む。


 それを何度か繰り返していると、メイドと言い張る相手は何度か気を失いそうになりつつ、それでも耐え続け、やがてその本性を表した。


「貴様……どうして気付いた? 我の完璧な変身に、どうして気付いたぁあああああああ!?」


 メイド姿のまま聞こえてきたその声は、容姿に全く似合わない野太い声だった。ホールどころか城内全域に響いてそうな爆音を前にして、そこにいる全員が押し黙る。


「うーんと、それはねぇ」


 だから僕は告げる。少し格好良くないセリフだから、魔王にだけ聞こえるように告げる。剣を持つ手をギリギリと捻るようにしながら顔を近づけて、耳元で告げてやる。丁寧に規則正しくかけられたメイド服のボタンを見ながら。


「お前、そのメイドに変身したあとシャワーでも浴びたんじゃない?」


「……は?」


「お前が変身したそのメイドさんはねぇ、メイド服のボタンをひとつかけ間違える癖があるんだよ。でもそれがたくさんいるメイドの中で私を私と自己主張するアピールポイントでもあるからって、癖を特徴にしているんだ。たまに支配人に怒られていたけど」


「……何が言いた――ハッ!?」


「シャワーの時は勿論服を脱ぐよね。でもだからって変身は解かない。そのあと何でもなかったように服を着て、出てきたんだよね」


 魔王の顔がみるみる歪んでいく。怒りと、屈辱と、後悔がぐちゃぐちゃに混ざったような、そんな醜い顔が出来上がっていく。


「女の子の体は楽しかったかい? 僕はね、どうでもいいことはすぐ忘れるけど嫌いなコックの黒歴史とお気に入りのメイドの特徴は忘れないんだよね」


 言い終わると同時に僕は剣を思い切り斬り上げて、魔王は変身を解くと同時にものすごい勢いで後方へ跳ねた。


 でも、もうそれで終わっていた。僕が散々魔王の体の中を荒らしたせいで、魔王はもう身動きをとることすら苦しい状況のはずだ。


「ふふ、フフフハハハハハ!! あと少しだった、あとほんの少しだったんだ。それなのに貴様というやつは、貴様というやつはッ!!」


「随分魔王のくせに格好の悪い最期だね。あとほんの少しとか小物集がすごいよ?」


「戯けが、抜かしていろ。我は我なりの思いやりをもってこの城に攻め入った。何の果たし文句もなく攻め入るんだからな、せめて目的外の殺人はしないつもりだったし、現にこの国に入ってから誰一人殺さなかった。だがな――」


 なんだか魔王らしいのか魔王らしくないのかよくわからないセリフを右から左に聞き流していると、魔王も最後を悟ったのか一瞬諦めたような表情になり、直後に今までで一番力強い、悪意に満ちた笑みをこぼした。


「――!? マズい、全員伏せろッツ!!」


「その約束も今となってはどうでもいい!! すべての力を解放してこの城ごと吹き飛ばしてもいいが、それじゃあ我の怒りが治まらん。勇者よ、貴様を消し飛ばして一矢報いて消えてくれるわぁああああッ!!」


 直後、光が迸った。何が起こったのかよくわからない。僕は多分死んだかもしれないと思った。でもそれで諦めるのはなんだか腑に落ちなかった。


 だから剣を振るったのだ。ただがむしゃらに、ただわがままに、ただひと思いに。


 最後にひとつ見えたのは、魔王の手から放たれた黒く禍々しい衝撃が翻るようにして跳ね返っていったことぐらいだ。 



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