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収束の兆し

 

 シャワールームを出て更衣室へ向かうと、あられもない姿の女性で溢れかえっていた。こちらは堂々と見ているのに何も反応がないというのは、素晴らしいが少し切ない。


 だがしかし、我の真の望みはこういうことがしたいのではない。メイドと戯れたいのである。一糸まとわぬ姿ではメイドとは言えない。


 我はそそくさと着替えて更衣室を後にする。後ろ髪を引かれる思いではあるが、そこは断腸の思いで打ち勝つ。真の望みを前にして雑念を抱いているようでは魔王失格。


 と、そんな風に思っていたら突然本当に後ろ髪を引かれて上体を崩してしまう。そういえば我は今長髪なのだった。


「ちょっとー、出るの早いんじゃなーい?」


「なにか隠したいことでもあるのかなー!?」


 体制が崩れた我を支えたのは、なんとも暖かな柔肌だった。我の背中が接するその柔肌は魔界では感じたことのない感触だった。説明し難いが、端的に言えば極楽である。


「ちょ、ちょっと何するんだ!?」


「あんたっていっつもすぐ出て行くよね。なにか見せたくないものでもあるの?」


「あるの?」


 柔肌と接する箇所が二点、三点と増えていく。その度に我の体は過敏に反応し、頭の中がぐるぐると回り始める。


 あんまり気を取り乱すと、変身が解除されかねない。実は我は女と接する機会なんてほとんどなかったのだ。なにせ、計画のために二千五百年を費やしていたのだから、そんなことをする暇などなかった。


 そんな我にとって、この体験はあまりに刺激が強い。本来ならこんな羽交い絞め直ぐにでも解けるのに、今は全く解けない。いや、背中に当たる極まった柔らかさの何かが我を捉えて離さないのだ。現に離れたくないと思う我がいる。


「ご、ごめん!!」


「うわぁっ」


 しかし、後ろから羽交い絞めにされ、前からも取り押さえられそうになって、ようやく幻惑を振り切ることに成功する。何も考えずに走り、更衣室を出てホールへと向かう。一先ずあの感触とも一旦お別れだ。だが直ぐに、メイドとなった彼女らとあいまみえる事になるだろう。その時は微塵の遠慮もしてやらないぞ、と心に強く誓う。


 我はホールに出て、他のメイドが出てくるのを待つことにする。先程は突飛な出来事で取り乱してしまったが、今度こそ願望成就の時だ。二千と五百年の時をこえて、我は不可能を可能にするのだ。


「はっはっはっはっは――は?」


 人目が我に向いていないのをいいことに、女とは思えない態度で大笑いしてやる。今はメイドの姿なわけだから、こんな笑い方控えなければいけないのだが、誰も見ていないからやってしまった。


 だが、その時に妙な違和感を覚えた。どうやら、その原因はホールにいる皆の視線を集める、ある一人の人間によるものだった。



                 ■ □ ■



「だから、僕は正真正銘勇者なんだってば」


「おそらくそうだとは思うんですが……ここに入るには調査が必要でして」


 そんなこんなでここ十分くらいもめていた。どうやらこのホールは本人しか知らない質問をして、それに答えられた確実に魔王ではない人物のみが入れることになっているらしく、いつも城には来るものの、プライベートを誰も知らない僕についてはその肝心な質問をできる人がいないから入れないのだという。なんという理不尽な待遇。僕は態々魔王を倒すためにやってきたというのに。


 次第にホール内もざわついてきた。それが勇者を見てなのか、それとも僕を魔王だと思ってなのか、そのへんはよくわからない。


「誰か僕に質問できる人はいないの? いたら返事してくれなーい?」


 急に静まり返るホール。あれ、おかしいな。僕ってけっこう慕われていたはずなんだけどな。


 それもこれも全部魔王のせいだ。魔王の疑いをかけられなければ簡単に入れるのに。くそー。


「逆に、勇者様から見て自分をよく知っている方はいらっしゃいませんか? もしその方がこちらにいればお呼びしますが」


 王様、と言いそうになって口を塞ぐ。


 でも自分のことをよく知る人かぁ。王様とは仲良くしてたけど、他の人は城の中で会う程度だから、僕が一方的に覚えてただけでみんなは知らないんだろうし。


 ……あぁそうだ、あの人がいるじゃないか。よく王様と一緒にいて僕のこともよく知る人物。


「お姫様だ、お姫様なら僕のことをよく知っているはずだ!! このホールにお姫様はいるかい?」


「あぁ、申し訳ございません。お姫様は残念ながらこのホールにはおりま――」


 文頭の言葉を聞いて、なんだ、いないのかよ。と、毒を吐きそうになったのだが、言葉が終わり切る前に僕の背後から鈴の音のような、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「――私がどうかしたのですか?」



                ■ □ ■



「なんだか申し訳ないことをしてしまった」


 デュアルフォークで貫いた王の体は、ピクリとも反応しないままさらにどす黒い液体が流れるだけだった。


 しばしの静寂の後、凄まじい気まずさを覚えつつ槍を体から引き抜いた。その槍が重いのなんの。心が痛む。


 ふぅ、一旦落ち着こう。これはどういうことなんだろう。


 魔王様はこの国の王に殺され、その魔王様の亡骸は勇者の手によって運ばれていた。しかしその王の死体がここに転がっている。普通に考えて現状王を殺す立場にいるのは俺だけだ。なにせ魔王軍は俺と魔王様だけだから。


 じゃあなんで王がここで死んでいるんだ。仲間割れか、いやこんな時にそんなこと考えられない。魔王様の変身した姿と勘違いして殺した可能性は……いやいや、そもそも魔王様は王に殺されているんだぞ。そんなことがあり得るわけがない。


 いや、待てよ。魔王様が王に殺されたという情報はあの兵士が持ってきた。あの慌て様から察するに、おそらくあの事実は俺に初めて話したのだろう。だとすると、その事実は俺が止めてしまっているわけで、仮にあそこにおいてきた兵士が周りの人間に事情を伝えたところで、あの場にいないやつらはその情報を聞くことはない。


 つまり、まだ魔王が生きていると考えてもおかしくはない。


「ということは、王は魔王様が変身した姿だと間違われ、仲間に殺されたということか」


 ……ふん、知ってしまえば哀れな最期だった。自分の手で仇を討てなかったのは心残りだが、王にしてみれば俺に殺されるより遥かに屈辱的で、さぞ理不尽なまでの切なさに苛まれているだろう。


 斬られているのは背中だ。王たる者が背中を斬られて命を落とす。なんたる恥さらし、笑ってしまうな。


「……さて」


 そうなると、俺のすることはもうなくなってしまった。魔王様のお姿を拝見することは叶わなかったが、これ以上この世界に長居するのも危険だ。それにもしかしたら俺は勝手なことをしすぎてしまったのかもしれない。


 勝手に魔王様について行き、勝手に王城に侵入し、勝手に魔王様の敵討ちをしようとしている。もし魔王様が生きていれば、きっとお怒りになるだろう。


「何様のつもりだ、我は我の道を行くだけだ!!」


 なんて風に。


「帰るか、魔界へ」


 魔王様、勝手な行動をどうかお許し下さい。私は魔王様無き魔界であっても、強く生きていくことを誓います。どうか、安らかにお眠りください。


 大広間の一角、天窓から見える空に祈りを捧げ、俺はその場を後にした。


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