さらに交錯
「さて困った」
王様の無残な死骸を隠すことには成功したけど、魔王を見つける手段がなくなってしまった。
意気揚々とこの城の者は皆覚えていると僕は言ったと思う。でもそんなことはなかった。
王様を魔王と間違えて斬りつけてからというもの、完全に自信を喪失してもはや兵士やメイドの名前すら分かんなくなってしまった。これでは魔王を見つけることはおろか、気軽に声をかけることもできない。
特に何も考えずに歩いて行き着いた先は何故か王室の前だった。そういえば事の発端はここだったななんて感慨に耽っている場合ではない。それくらいは僕にだってわかっている。
「……お尻を蹴る前にもう一工程入れておけばよかった。そうすればまだ剣を持つ手だけは止められたかもしれない」
いつの間にか普通に感慨に耽っている自分がいてびっくりした。僕の記憶は五秒と持たないのか。
「それにしても、いつの間にか城の騒ぎが収まっているような気がする」
僕が城に入ったときはすごい騒ぎだったのに、今となっては城下の街は狂乱に包まれているものの、城の中から騒ぎの声は聞こえない。兵士たちが混乱したみんなをしっかり説得したのかな。
あ、閃いたぞ。
僕のジーニアスな閃きが冴え渡る。そうだ、こういう落ち着いたときにこそ魔王はその集団に身を潜めるんじゃないか? 灯台下暗し的なやつだ。魔王だっていくら強いからって四面楚歌の城の中にいれば慌てもするだろう。だから、みんなが落ち着いた頃あたりを見計らって作戦を練り直すんじゃないだろうか。
だとすれば。
「みんなが集まる場所へ行ってみよう。何か手がかりが掴めるかも」
というわけで、僕は人が集まりそうな中央ホールの方へと向かって歩き出す。
■ □ ■
「引きずった痕はこの中に続いているみたいだな」
俺が行き着いた先は、どうやら大広間へつながる扉のようだった。確実に血の跡はこの部屋の中に続いている。
しかし――
「――くそ、鍵がかかってる」
頑丈な鍵がかかっていて、開けることができない。でもこれは逆に、この痕跡が魔王様のものだと確信できる要因でもある。
おそらく王はこの後、この大広間にこの国の者を集め、そこで大々的に魔王様の討ち首を晒すのだ。そう考えれば、今までここに来るまでにあまり騒ぐ声が聞こえないことや、お姫様が事情を全く知らないことも頷ける。
ともすれば、おそらくこの部屋には王と勇者がいる。二人で内密にサプライズパーティの準備をしているのだろう。態々鍵までかけて、みんなにバレないように。
「クソ、どこまでもふざけやがって。今すぐにでもその企みを壊してやるぞ」
俺は怒りに身を任せ、右手を天に掲げる。天っていうか、天井だけどそこはいいんだ。とにかく頭上に掲げる。
すると、我々魔王軍の武器庫と繋がった時空門が出現し、一対の槍がこの世界にもたらされる。
これは俺の得物、デュアルフォーク。限界まで鋭さを追求した二本の、それでいて一対の槍である。
「せいやああああああ!!」
それを俺は躊躇なく扉に突き立てる。堅牢そうな扉であったが、そんなことは関係なかった。たった一突き、実際にはもう二回くらい突いたけど細かいことはどうでもいい。とにかく扉には人一人通れるくらいの風穴が空いた。
さぁ、怯え震えるがいい王よ。今この俺が貴様の命を頂戴しに行くぞ!!
大広間に入ってみると、思っていたのとは違い、ガランとしており準備という準備も何もされていなかった。
うん? おかしいな、俺の予想はほぼ完璧だったはずだぞ、すべての辻褄があったんだからな。
とりあえず、広間の中にも続いてる引きずった痕跡を辿っていく。そうしてたどり着いたのは大きなテーブル。何個も何個も並んでいる大きなテーブルの内の一つだ。どうやらここがゴールのようらしい。
どうやら王も勇者ももうここにはいないようだが、なんとか魔王様は見つけることができた。
いや、でも待てよ。ここまで予見していて俺の背後から襲ってきたりする可能性もある。そこまでするのなら流石に褒めてやるレベルだが。
しかし、俺の背中に刃物が突き立てられることはなかった。
「ふん、どこにいるのか知らないが、魔王様の姿を拝んだらすぐ見つけてやる。そしてこのデュアルフォークで串刺しにしてやる!!」
そして俺はそのテーブルにかけられたテーブルクロスをめくる。力強く、一気にめくった――
「…………あれ?」
――そこには魔王様ではなく、見るも無残に命枯れ果てた王が横たわっていた。おびただしいほどの血を背中から流して、それはもう無残に。
「……あれ、え、あの、うん? あー……えっ?」
もう何がなんだかわからない。どこにいるのか知らないがとか言っちゃったけど、こんなところにいたなんて。
はっ、もしかしてあれか、これも動揺させる手法の一つであって王の自作自演!? 魔王様の亡骸は一度ここに持ち込まれ、その後で痕跡が残らないように移動させた。ここまで途切れることなく痕跡を残すことで、この痕跡が全てと信じ込ませて、最後の最後に思いもしない光景を目の当たりにさせて、その隙をついて――
――もう考える余地はなかった。またもすべての辻褄が合ってしまった、遅いだろうか、いや、まだ間に合うはずだ。
俺は思うよりも早く聞き手である右手のデュアルフォークを王へと穿った。
■ □ ■
「もう本当に何がどうなってんのって感じだよね!?」
「ホントホント、突然来るなんて魔王はホントに酷いやつだよね!!」
そこはシャワー室。シャワーが用意された部屋がずらりと並び、隣の部屋とは壁一枚で隔てられている。
そしてここはただのシャワー室ではないことを言及しておこう。
そう、ここはメイド専用シャワー室である。
兵士によって混乱が収まり、その人物が本人かどうかの調査が行われた後、城内の殆どの人物はホールに集められた。調査を行ったあとであるため、ここいる者は少なくとも魔王ではない、そう分かったことでホールの緊張は緩和された。
ホールに隣接されているシャワー室ではメイドが緊張の汗を流し、フロアではホッと一安心した兵士やコックたちが休息をとっている。
そう、ここの連中は、魔王は今頃城内のここではないどこかにいると皆考えているのだ。
「本当に、馬鹿な連中だ」
「え、何か言った?」
「あ、ううん、何も!!」
となりの部屋でシャワーを浴びるメイドの女が我に声をかける。それに我はなんでもないように答える。
我は魔王。単身でこの王国に忍び込み、王城へと潜り込んだ正真正銘魔王だ。兵士やコック、その他諸々いろいろな人間に変身して身をくらまし、騒ぎが落ち着いたところで兵士の姿で合流。本人しか知らない質問での調査が始まった時は少し焦ったが、調査の終わった人物に変身することでやり過ごした。
そして今、我はメイドの一人に変身している。おそらく城外に逃げ出したのか、この場にいないメイドの一人に変身しているのだ。
我の王城侵入の目的、その全ては今この瞬間に集約されている。王を討ち取りに来たとか、国を滅ぼしに来たとか、そんなふざけた理由ではない。
我はメイドと戯れるためにこの世界のこの城にやってきたのだ。それ以外の野望などたった一つもない。
我の魔界にだって美しい女はいる。女の体が目当てならそんなことしなくても女に変身すればいいだけである。
だが我の望みはそれらとは比べ物にならないくらい高尚だ。
メイド姿の女たちと、女として、つまり完全に友人と受け入れられた上で戯れる、それが我の望みだ。
こんなにも高尚な望みはそう簡単に叶えられないように思われた。だが我は諦めなかった。メイドの存在を知り、望みが生まれ、その望みを叶える為の方法を思いつくまで、ゆうに二千五百年はかかっただろう。
その間の魔王業は家臣に適当に任せておいた。気がついた頃には魔界はズタボロで見る影もなかったがそんなことはどうでもいい。知らぬ。
我のこの野望を知る者は誰もいない。それは高尚すぎるが故に共感するものがいない点、次に邪魔をされる可能性がある点から我がひた隠しにしていたからだ。
「ふぅ、気持ちよかった。そろそろ出よっか」
「そうだね、私たち先に上がってるねー」
そんな我の望みもようやく叶う。ここまで長かった。本当に長かった。
でも褒められて然るべきであるとも思う。何故なら、我はこの国の人間を誰一人殺めていないのだから。
国民を一人も殺さない。我は望みを叶える上でこの要素だけは譲れなかった。それは魔王なりのプライドかもしれない。そのせいで作戦の難易度が飛躍的に上がったが、終わり良ければすべて良しだ。
我はメイドの声にすぐ行くと応答する。
さぁ、我の望みが叶う瞬間はすぐそこだ。




