第九 披露宴前
第九 披露宴前
特別な赤ん坊であるアールは、自室とバルコニーより外には出してもらえなかったが、披露宴の直前から外に慣れる為に出してもらえる事になった。
まだ、二歳だからって、警戒されているのは分かる。しかしご学友も無し、お遊びも無しって言うのは行き過ぎではないか?
しかしアールのそんな気分はアールの外出って事で集められた家臣達の一群を見てあっさり霧散した。
何人いるの? 先ずはキャサリンを始めアール付きのメイド達十八名がアールの周りにいる。
ロボさんもワニさんもみんないる。
アールの真横には剣聖ロンハード。
後ろに完全武装の騎士が五人。一番派手なのが殿下付きの親衛隊長だと自己紹介していた。
さらにその後ろにはアールにいろいろ教えてくれる家庭教師達で彼の秘書官って身分のはずだ。
彼らを取り囲むように何人いるんだ? 五十人か? 百人か? まぁいいか。
アールを抱きかかえようとしたキャサリンに断りを入れてアールは自分で歩く事にした。
外で歩くには少しばかり幼いが歩いていても不思議ではない。
誰も何も言わずアールに付いてくる。アールが普通の赤ん坊とは違うとはこのメンバーには周知されているのかそれともハイエンドの首領の息子という事で恐れられているのか微妙なところだ。
宮廷の大広間に出た。見上げると巨大なアーチに美しい彫像が刻まれている。
「殿下、ここは飛宮殿と言います。殿下は飛宮殿の主人でらっしゃるのですよ」
なるほどって、これもチートすぎるアドバンテージなんだろうなぁ〜ってアールはもはや諦めの気持ちで思った。
どこを見ても外に繋がるような通路は見えない。一先ず真っ直ぐ歩こう。
アールは、日頃から剣術の真似事をしているし、闘気で体の補助をしているので全く疲れることなくスタスタと歩いている。
かれこれ何分か歩くとついに外に出た。
あまりにもアールの速度が赤ん坊らしくなかったのか隊長がキャサリンに大丈夫か聞いている声が耳に入った。
キャサリンはキッとその隊長を睨みつけた。
隊長は縮み上がって引き下がった。
アールはそれには構わずズンズン歩いてゆく。滑るような早さだ。
これは、闘気の実験としてやってみたかった事だ。闘気で体を動かせば簡単な事だ。
そのうち足を動かさなくても少し空中に浮いて移動できる事が分かった。
「殿下。また変わった技を会得されましたな」
ロンハードが面白そうに言った。
この技は、やってみると以外に簡単だった。空中浮遊だ。多分魔法で同じ事が出来るのだろうが闘気の方がずっと効率が良い。
闘気は言うなれば肉体を制御する力のエネルギーそのものだ。闘気は肉体の延長とも言える。思うように操れるのだ。
そして何より闘気は省エネだ。
アールはある事を思いついた。
スタッと止まる。
「皆。少しここで待ってて欲しい」
アールが細い可愛らしい声で言った。
眼前が大きく開かれている。大きな庭園だ。とても美しい。
遅れないように付いて来ていた皆が肩で息をしているのに、赤ん坊のアールは平然としている。
皆は、アールの待って、という言葉に何事だろうと不審がる。キャサリンは、少し不安そうだ。
全力で闘気を練り上げる。全力でぶっ飛んでみる。
ドン! っと。恐ろし音いがしてアールの姿が消えた。そう皆には見えた。次の瞬間にはアールは恐ろしい早さではるか彼方の空から飛んで戻ってきた。
はるか彼方にどのような方法で行ったのかは不明。アールの姿が見えたのは戻ってくる姿だけだった。
アールはキャハハって大笑いしていた。
あまりにも非現実的な出来事にキャサリンは膝を付いて座りこんでしまう。