第七 新たなる家庭教師
第七 新たなる家庭教師
「諸侯。大臣。賢者殿もサジを投げられた。我が子はどうやら少し普通では無いようだ。今後どのように教育するか皆の意見を聞きたい」
「皇太子殿下。魔法の得意と言われる上級種で友好関係にある神龍種もしくは天空種に協力を求められたらいかがでしょうか」
「それも考えたが我が子が人ならぬ種族の概念に縛らしめたくない」
ハルト殿下は頭を抱えてしまう。
見かねた大臣の一人が発言する。
「魔法の事は、賢者殿の仰せのように殿下の独学とし、剣術を学ばせるようにされてはいかがでしょうか? 魔法の得意ではない貴族には良い教育方法であるとされています。殿下にも良い影響があるのではないでしょうか」
大臣が言った。
そしてこの意見が取り入れられた。魔法を教えられないなら剣術でしごけば立派な人間になるって言う発想を少し違うが応用しようと言うのだ。
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今度は剣術の先生がやってきた。
アールは興味深々だった。
「殿下。私は国王付きの剣士でロンハードと申す無骨者です。殿下に剣術を教えるようにとの勅命を受け参上いたしました」
ロンハードは、魔神と言う異名を持つ程の剣士だと知ることとなるがそれは後の事だった。知性派の魔術師達とは違い剣士のロンハードはあまり自分の事を飾り立てたりしなかった。
「自分は魔法が全然だめで何か王国に報恩できる方法が無いかを考えて、唯ひたすら剣を振るっていたら今に至った」
それが彼の自己紹介だった。
でも、アールにはこのロンハードが今までに無いオーラを纏っていると一目で分かった。
無色透明のオーラと言えばいいだろうか。
この事をロンハードに言うとそれは闘気だと彼は答えた。
ロンハードは、殿下のように幼いしかも高貴な者に剣術を教えた事がないので実演をするから見ていて欲しいと言い無言で演武を始めた。
成る程、その演武は何もかもを圧倒する程、恐ろしい迫力だった。
ロンハードの振り下ろされる剣尖から闘気が奔流となって迸る。
「この闘気に魂魄を込めて相手に叩き込むのです」
アールはその演武でロンハードが何をしているのか理解した。
ロンハードの闘気とは白黒の魔力が混ざって練り合わされることできるようであった。
微力な魔力でも強いエネルギーを発する事ができるようである。
この闘気は非常に扱いやすくロンハードは自身の肉体に闘気を纏わせ普通の肉体では不可能な速度や硬度を肉体に宿わせているのだと分かった。
ロンハードをじっと見ていたアールはロンハードの剣術の織りなす芸術に見惚れていた。
原理は分かった。
アールはロンハードを真似て闘気を練り上げてみる。
ロンハードがアールの変化に気付き演武を中断した。
「これはこれは、殿下程の天才になられると我が演武を一目見られると闘気を纏われるのですな」
そう言うとロンハードは高らかに笑った。透明な笑いだった。
「しかしロンハード先生のようには剣は振れない」
「そうなのですか? 我々凡人とは順序が逆ですな」
ロンハードはまた高らかに笑った。
ロンハードはアールがどれ程天才だとしても逃げも隠れもしなかった。
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この日からロンハードは、アールの前で演武を披露し続けた。ロンハードは早く殿下が剣を振れるようになって欲しいと言うのが口癖となった。
ロンハードは演武の後、アールと話をしてくれるのが日常となった。この話がとても参考になった。
何しろロンハードは、周りに遠慮のいらない武闘派の武人。なんでも正直に話してくれる。
ロンハードのおかげで色んな事が分かった。
中でもハイエンドの事だ。ロンハードはハイエンドではなかった。見た目はあまり変わらない。
しかしロンハードは、ノーマル出身だという。
ハイエンドとは十七億の国民の五%に満たない支配者種族なのだという。
日本人の半分ぐらいはいるだろうか?
ハイエンドは魔法力も身体能力もノーマルの百倍程も強いらしい。
つまり垂直飛びで五十メートルぐらい飛ぶんだろうか。なんか眉唾だと思ったがこの世界ならなんでもありかとも思う。
もちろん闘気を纏ったロンハード先生ならハイエンドの身体能力を超える。
ロンハード先生によるとアールを含む王朝の一族は特別強い一族でロンハード先生と言えども全力で戦っても勝てないだろうという事だった。
またまた知らなかったアドバンテージの存在にアールは頭を抱えてしまう。
いろいろ聞いているとハイエンドは弱点のない吸血鬼みたいなもんだと思われた。
ノーマルからするとハイエンドと言うだけでとても高貴な存在なのだという。
ロンハード先生はノーマル出身だが剣士として一流になりハイエンドと同等の扱いを受けているがそもそもハイエンドと言うのはノーマルからすると神様みたいな高貴な存在なのだという。
「ノーマルはあくまでもノーマル。真ん中さ。人族だけでも七十程も種族がありどこが何番だとか争いの種になるがノーマルはだいたいどこでもそれなりの扱いを受ける。数が一番多い事とハイエンドと同じ外見だって言う事でそれなりの扱いをしてくれる。でもハイエンドはよく似た我々だから余計に美しく感じられるってもんさ。外見が同じなんてノーマルの我々下々は一人だって思っちゃいないさ」
ロンハードは、そう言うとカラカラと笑った。
ハイエンドがとても尊敬されとても恐れられている事、その中でも王族は始祖一族として尊崇の対象で殆ど生き神様扱いなのだ。
アールにしても、彼に対する周りの恭しさったら半端じゃないもの。
ロンハードはアールの先生になれたって事でこの度、魔神から剣聖と改名されたという。
何だか自分には魔神の方が性に合っているとカラカラと笑った。
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アールは、剣術の先生に演武を見せてもらい、その後にいろんな世界状勢やこの世界の歴史、教養などを教わった。
ロンハードが帰ると魔法の独学の時間となった。
アールは主に乳母のキャサリンに魔法を詠唱してもらい魔法の原理を理解しようとした。
キャサリンは魔法好手としてアールの乳母になった人で下手な家庭教師を遥かに凌いでいると思われた。
彼女によると相当、高度な魔法を駆使しているのだと言う。
因みに、黒いオーラは魔力、白いオーラは聖力と言ってそれぞれを分けて魔力が魔法、聖力が神威とか奇跡とか呼ぶらしい。
キャサリンは、アールを神のように敬っているようであった。
当初は自分がアールに魔法を教えるなどは不可能であるとアールが魔法を使うようにお願いしても頑として聞こうとしなかった。
しかしそれでは別の乳母と変わって貰うとアールが言った時からキャサリンの態度は完全に隷従するものへと変わった。
そもそも神のように崇め奉っているのだから何でもお願いを聞くのが自然と言うものだった。
アールがこんな魔法をと言えばどの様な魔法でも実現した。
しかしアールは賢者サロンの戒めに従って室内では小さな魔法しか再現しなかった。
例えば、キャサリンに嵐を呼ぶ上級魔法を要求した時もその様子を見た後は部屋の中で小さな嵐の模型の様なものをこしらえて遊んだ。
乳母を始めメイド達は部屋にできた雲や小さな嵐を物珍しそうに見て喜んだ。
小さな嵐は実は大きな嵐よりも大きな魔力と神業の魔法制御が必要である。
自然現象を起こすのは比較的簡単で例えば雨なら空気中に大量の水分を含ませれば直ぐにでも降ってくる。
もっと高レベルで大々的な魔法は大量の水分と上昇気流だ。
アールは前世の記憶で雨がどの様な原理で降るか承知しているから話は簡単だった。
多分、キャサリンが憧れる最上級のスーパーストームの魔法ですら簡単に実行できると思われた。
それよりも小さな嵐だ。これは全ての現象を作り上げるには、空間に魔法と神威の結界を作成して別の物理法則を上書きしなければならない。つまり目の前の小さな世界は別の世界と言っても過言では無いのだ。恐ろしい程の魔力聖力を消費しているのだ。
アールは魔法の実験をしている時には身体を動かしているようだ。小さな手をクルクル回して魔法を操る。
その様が可愛いのかキャサリンやメイド達がアールのそばで見惚れている。
魔法が思う様にできるとキャはって声がでる。
それも可愛いのかキャサリンが「まぁまあ」ってアールを捕まえにくる。
キャサリンに抱き上げられると気持ちいいのでアールはしばらくされるままでいる。
そして、しばらくするとキャサリンに可愛い円らな瞳でひと睨みする。
キャサリンは、離すのがいかにも嫌そうにしてアールを下ろしてくれる。
恐ろしい様な魔力や聖力も闘気もまだ赤ん坊のアールの不自由な幼い身体では限界がある。
実際に赤ん坊なんだから仕方がない。
しかし次第に幼い身体にも慣れてきた。
立って歩くのも段々様になって来た。小さな棒切れを振ってロンハードの真似をする事も出切る様になった。
知っている語彙も増えてきた。知識も増えてきた。思えば転生の意識を持ってから半年が過ぎ二歳になっていた。