第六十四 歴史の改ざん
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第六十四 歴史の改ざん
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第六十四 歴史の改ざん
濃霧のため少し前を歩く人間の背中が霞むほどだ。はぐれないように、前の人間の腰ひもを必死で掴む。
後ろの方で、誰かの悲鳴と待ってくれと言う叫び声がする。
どうしてこんなところに付いてきてしまったのか。
「おい」
耳元で男の声がした。サカイははっとして身をすくめる。
「このまま付いて行くつもりか?」
話しかけないでくれと思った。こんな霧の中でも、どこからどやしつけられるかわからないのだ。
サカイは声の主の方に手を伸ばすと、手に触れた服を思いっきり掴んで引っ張った。
そいつの耳元が見えたので口をつけんばかりに寄せた。
「二度と声を出すな。俺の手を離すな。ラオ」
そう言うとサカイは、ラオを掴んだまま行列を少しずつ離れ始めた。足音に並びながら付いて行くふりをしながら少しずつ離れて行くのだ。
クソ! あの村娘にまんまとしてやられた。胸をだらしなく見せているのでのこのこ付いて行ったのが運のつきだ。
ゴブリンの娘の色仕掛けに負けた自分達が情けない。しかし考えてみると、あのゴブリンの娘のなまめかしさはおかしい。
魅惑魔法がかかっていたと考えた方が良い。悔しいがまんまとしてやられたのだ。しかしおかしい、魔封じの護符をつけていたのに。
サカイは、少しずつ隊列から離れて行った。大勢の人達が連れられて歩いている音が少しずつ遠ざかる。
「おい! まて!」
その声に、サカイは身を縮こまらせた。
ダダダダ! 何者かの走る音と、「許してくれ!」と言う声が聞こえ。殴る音、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響いた。
音は少し離れた方向だ。
サカイは、この混乱に乗じて逃げる事にした。
「ラオ。静かに走れ!」
そう言うとサカイは走り始める。ラオの手をしっかり握っている。
暫く走っていると、突然視界が開けた。ビックリして周りを見回す。
草原のようだ。
遥かな向こうの方で、自分達がさっきまで属していた集団が見えた。サカイは、どこに逃げたら良いかわからず、集団を追う事にした。
その時、サカイは恐ろしい事実に気づいて後ろを振り返った。
ドロドロに溶けた顔のラオがいた。手がヌルヌルしている感触にサカイは悲鳴をあげて、ラオの手を跳ね除けた。
「ヌァレヌルルヘロミルナラニュロ」
その恐ろしい何かは、口が魚のように大きく、目が丸く真っ暗だった。
全身が鱗で覆われ、ヌルヌルとテカっている。
「ヤユシタユソヤンフサカアモユヤヤ」
そいつが何かを言った。口の中までヌルヌルなのだろう、ボコボコと恐ろしい空気が漏れるような音が同時に聞こえた。
良く見ると、そいつは全身が魚のような形をしていた。
バタバタと誰かがかけてくる。
サカイは何が何か分からない。突然親友のラオがヌルヌルの半魚人になった。
口をパクパクさせて、気持ち悪いったらない。
足音の方を見ると、奴等だった。
「おい。ここにはぐれ者がいるぞ」
奴等の一人がそう叫んだ。
奴等は見るからに気色悪い灰色の肌のコウモリのような羽の生えた生き物達だった。
トカゲみたいな物に乗って凄い早さでやって来る。
「おお、これはなかなか素晴らしい」
その内の先頭の一人がそう言った。顔を見ると、何と言う忌まわしさか? この生き物は、白目が黒く虹彩は金色で瞳孔が紺色だ。
「お前は何者だ?」
サカイが聴いた。
「私は魔界貴族である人間。この者はお前の連れか。答えよ」
「何が何か分からないよ。俺のダチがあの魔瘴気の中を出てきたら、魚みたいになっていたのだ」
「良い。こちらの方をお連れしろ。この人間はもうダメだな半怪化が始まっている」
サカイは何が何か分からない。
「お前は、列に戻れ」
サカイは、頭を抱えて、呆然と友だった物を見た。そいつは、ただ口をパクパクとしている気持ち悪い生き物だ。
「ラオに何をした」
サカイは、叫んだ。
「お前も直ぐだ。黙って列にもどれ。連れてゆけ」
サカイは連れられて行った。
「お連れせよ」
その魔界貴族は、そう言うと、トカゲに乗ってそのまま走り去った。
残った魔界貴族達が魚の化物を丁重に連れ去った。
サカイは、列に連れて行かれる途中で半ば自分の手が形を変え始めているのに気づいてい悲鳴を上げた。
✳
魔神アザニエルは、話を中断して、『転移』魔法を使いアール達を別室に案内してくれた。
そこには、アザニエルの他にも魔神達が何人かいた。女性の魔神はアールには美しく見えた。
サーリは多分、魔神からも同じように美しく見えているのだろうと思った。
魔神アザニエルは、たぶん人間用として用意されているのだろう小ぶりな椅子に座るように言った。
アザニエルも大きな椅子に座って物思いに耽っている。暫く黙って何も語らなかった。
アールもサーリも何も話さなかった。疲れ知らずな二人も精神的に疲れたのだ。
「レイライト君。それともアールティンカー皇太子と呼ぼうか?」
しばらくして、アザニエルが訪ねた。
「私は、奴等から自分の存在を隠す必要があると判断して身を隠しています。レイライトと呼んでください」
「見事な隠密ぶりだね。多分、馬鹿な魔界貴族共には、レイライト君の真相は一万分の一も分かっていないだろうね。
さて、話を戻そうじゃないか。話すとなるとなかなか分かりやすく説明できないもんだね。
奴等の世界とこの魔界と君達の世界は何だか不思議な繋がり方をしていると思わないか。
魔界は巨大な大きな本体があり、その一部が地上界に突き刺さっているような地形なのは知っているね。
先端だけ地上界に出ている。それがキンデンブルドラゴンハーツ国だ。名前は立派だが小さな国だよ。
大きい魔界の本体は、魔瘴気の中に沈んだ形で存在する。かなりの広がりを持った別世界だ。それが魔界だよね。
しかしよく考えてみると、これはどこかおかしい。
魔界の太陽は明らかに地上界の太陽と色が違う。月が地上界では一つなのに、魔界の月は二つ。
これは大昔からそうだから当たり前の事と思うだろが、魔界と地上界は元々別世界で、奴等が侵略のために無理やり繋げたと言ったら信じるかね。
君達は、ここ魔界に強い魔瘴気が発生する『魔界の深淵』という場所がある事を知っているね。
君達もそこが奴等の本拠地への入り口だと思っているのだろう。それは正解であり間違いなのさ。
『魔界の深淵』とは我々魔界の世界を侵食する巨大な穴なのだ。我々の世界は少しずつ『魔界の深淵』に呑み込まれているのだ。
我々は次第に奴等に取り込まれてゆくのだ。我々が全て取り込まれればその後は、君達の世界が侵食されるだろう。その頃には君達の世界は魔界のように文明の崩壊した世界になって抵抗する事も出来ない。
次は天界の世界の向こう側に広がる別世界が狙われるのだろう。
奴等はそうやって無数の世界を飲み込んで行くのだと我々は思っている」
アザニエルの話は衝撃の内容だった。彼等はただ、文明を崩壊させるだけでなく世界を侵食し完全に奪い取ってゆくと言うのだ。
「しかし、何を目的にその様な事をするのでしょう?」
アールが尋ねた。
「そうだね。そろそろ奴等の話を始めないとだめだろうね。
奴等の正体は、よく分からない。これ程の事をしているにも関わらずだ。カニシマレン戦役は、世界がまだマックスの戦力を誇っていた頃の奴等の史上最大の攻勢だ。多分全勢力による世界戦争と言っても過言では無いだろう。
我々魔界全体と君達天神種や人間種も連合して大戦争をしたのだ。まんまと大敗したのだが、あまりに大きな戦いだったために人々の記憶に強く残ったのだ。
奴等はどう言う魔法を使うのか定かではないが、我々全世界の歴史を改変する事ができる。
どのように改変するのかは分からない。正しい歴史がどうだったのかは想像しかない。カニシマレン戦役はあまりにも影響が大きかったので完全に歴史の改ざんができなかったのだろう。
そろそろ私がどんな存在かを説明する必要があるね。実は私は現実には存在しないのだ。
私は、魔神アザニエルの召喚聖霊なのだ。私が召喚されるタイミングは年に一度またはこの城に君達のような来訪者が現れ時だ。
私は記憶の継承のために作られたプロジェクトなのだよ。召喚される度に世界各国の情報が新たにもたらされ私はそれを記憶するし、必要な存在に伝えるのが私の役目なのだ。
大した時間出現していない。存在しないので奴等の記憶改変魔法の影響が少ないのだ。
さて、そろそろ本題に入ろう」
アザニエルが宣言した。
今更、本題なのか。
アールもサーリももはや何も言えない。
「ここに、やって来た君達は、プロジェクトの因子とみなされた。
このプロジェクトは、衰退するこの文明を押し上げるための方法として大魔法が発動された。
私はこのプロジェクトの援助シーケンスなのだ。
このプロジェクトについて説明しよう。我々、魔神種は、文明の衰退を憂い、文明を推進するために、大魔法を展開したのだ。
つまり、この世界に産まれる者がより高い能力値で産まれるための大魔法だ。
すなわち、この世界に生存した優秀な因子をトレースして、彼等の転生の時期を調整するのがこのプロジェクトの目的だ。
このプロジェクトは奴等の大攻勢が始まる少し前程度に発動される。今から二百年ほど前からプロジェクトによる『転生』がトレースされている。
君達の周囲で似たような人間が集まっているのはその為だ。
我々は、君達『転生』プロジェクトの因子が、奴等の本拠地に侵入を支援する支援シーケンスなのだ。
支援は、今話している情報の提供と君達を奴等の本拠地に案内する事、最後に魔神種の転生プロジェクトの因子を諸君に引きあわせる事だ」
次回は、仲間達の集合とサーリ姫の実力が明かされます。
楽しんで頂けると嬉しいです。




