第六十三 魔神アザニエル
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第六十三 魔神アザニエル
です。
今回は、少し投稿までに時間がかかりすみませんでした。
第六十三 魔神アザニエル
アールとサーリ姫は、仲良く手を繋いで歩いていた。ゴブリンの『らひょらん』は、どうにもそれが気に入らないようだ。
「オメェら。仲よすぎんじゃねぇか? いちゃいちゃするんじゃねぇ」
ブツブツ言ってるが、先程の大魔法を見ているので怖くて強く言えないのだ。
「『らひょらん』どれくらいかかるの?」
アールが尋ねる。
「オメェら嫌いだ。いちゃいちゃしすぎ。だから教えねぇ」
ゴブリンの娘は、プックリ膨れてそっぽを向く。
「サーリ姫。離してください。『らひょらん』があんなに怒っています」
アールが困り果ててサーリに言った。しかし、サーリはアールの手を離そうとしない。しかしサーリはとても困った顔をしている。
「『らひょらん』さん。私は、この方のお嫁さんになるのです。だから手を繋いでも良いのです」
サーリが『らひょらん』の説得にかかる。
「お前。この良い男。独り占めする。『らひょらん』にも触らせろ」
「ダメです。もし、少しでもこの方に触ったら、『らひょらん』さんを丸焼きにしてしまいますよ」
珍しく、サーリは厳しい。『らひょらん』を少しでも、アールから引き離そうとしているようだ。聞き分けのない『らひょらん』をけん制するために、本当に魔法で炎を上げて見せた。
「ギャ〜!」
と、『らひょらん』が怖がって逃げ出す。
『らひょらん』は、相当に醜いが一応女の子で、着崩れした胸元が見えていたり、何となくなまめかしい。サーリは、そんな『らひょらん』の姿をアールに見せたくないのだった。
こんなに、下品な生き物がいるのはサーリにとっても初体験だった。
サーリの顔色は少し青ざめている。ほとほと『らひょらん』には手を焼いている様だ。
あまり、邪険に魔法で追いやるのも可哀想だし。かと言って、『らひょらん』はお構いなしにアールを触ったり、サーリを引っ張ったり、したい放題だ。
サーリは、『らひょらん』が必要以上に近づかないように、細心の注意を払い、少しでも近づいたら、強く睨みつけて牽制するなど涙ぐましい努力をしている。疲れが顔に濃厚だ。
一方、アールは、『らひょらん』の対応をサーリに任せて、念のため闘気魔法の『鋭敏触手』を発動して歩いていた。『敵』からの何らかの接触があった時のためだ。
『鋭敏触手』とは、アールが考案した闘気魔法の一つで、普通の触手よりも知覚力を強めた触手だ。何キロにも及ぶ探索範囲を数十メートルに狭めた分、より細密な探知ができる魔法である。
こうして、二人は『らひょらん』に連れられて暫く歩いた時だった。アールは『らひょらん』の歩いている少し前の地面に、魔法陣が描かれている事に気づいた。
巧妙に魔法陣を隠しているが、アールの『鋭敏触手』にかかると細部まで分かってしまう。
アールは魔法陣の魔法式を読み解いた。魔法陣の最大の欠点だが書かれている内容は見れば解読できてしまう。
魔法式から解読すると、『爆炎』を発動させる魔法陣だ。厄介なのは魔法陣には、魔法陣を踏んだ瞬間に踏んだ人間の魔力を吸い取り魔法を発動するという違法な魔法式だ。、
その魔法陣に近づいた時、アールは『らひょらん』の歩き方が少しおかしいと感じたので注意をして見ていると、『らひょらん』は、ふらふらと魔法陣の前まで移動してから、しっかりと魔法陣を踏んで、魔法を発動させていた。
直後にアールは『リジェクト』しておく。直ぐ後を歩くサーリに魔法陣を踏まないように警告を発するため、アールは、闘気魔法『知覚触手』を伸ばし、サーリの頭に『知覚触手』を繋げる。
こうすれば、思念を外に出さずに頭で会話できるのだ。糸電話みたなもんだ。
“ここに、魔法陣が有るので踏まないでね”
思念なので、魔法陣の場所の概念も簡単に伝えることができる。
“え? はい。わかりました。でも、驚きました。これは便利な魔法ですね。これで話すと他には聞こえないのですね”
サーリが驚くのも無理はない。アールも原理だけ考えていた魔法だ。『知覚触手』は、相手の考えている事を探るために考えた闘気魔法だが応用範囲が広い。
その後も『らひょらん』は、無頓着にただ歩いているだけだが、いろんな罠の魔法陣を作動させて歩いて行った。
アールは、『鋭敏触手』でその罠を先に探知しておき、すべての魔法を『リジェクト』していった。
“サーリ姫。このたくさんの罠は何を意図していると思うかい?”
『知覚触手』でアールがサーリに聞いた。この罠を仕掛ける意味が分からない。
“私達の力を探るための罠では無いでしょうか?”
サーリがそう答えた。アールは成る程と思う。と言うのは、罠の魔法レベルがだんだん高くなって行くし、魔法陣の構造が複雑化している。
魔法陣には解読を困難にする罠を書き込むのが通常だが、アールのような天才でなければこんなに簡単に魔法陣の解読などできるものではない。
アールは、パズルを解くように簡単に魔法陣を解読して行くが神技だ。
“サーリ姫。この罠を張った者と、このゴブリンの娘を放った者が同一人物と思うかい?”
“アールティンカー殿下。この子が魔界帝の手先である事は疑いようがありません。たぶん魔界貴族がこの子を放ったと考えるのが妥当でしょう。
しかし、この子の先程からの行動は、少し不自然です。この子は、魔界貴族以外の別の者にも何らかの意図で二重に操られていると考えた方がよろしいでしょう。
そして、魔界貴族とは別に『らひょらん』を操っている者は、『らひょらん』が魔界貴族の手先だと分かっていてついて行く私達の様な者をおびき寄せたいのではないでしょうか。
私は、これらの罠を仕掛けた者は相当几帳面で、『らひょらん』にも複雑な操作をしているなどの共通点があるように思います。
しかし、『らひょらん』のような目立つ存在を人攫いの手先に使う、魔界貴族については全くずさんとしか言いようがありせん。
私達の知っている魔界貴族のやりそうな事です。
つまり、これらの罠と『らひょらん』を操っている魔界貴族とは別だと考えるのが妥当だと思います”
サーリもゴブリンの娘の行動に不審を持っているのだ。
“誰が?”
“このように執拗に罠を仕掛ける意図は、イレギュラーを排除するためでしょう。
これらの罠を回避できないような者は来るなと言うメッセージを感じます”
成る程。さすがに『慧眼』を持つサーリの分析は鋭い。
“すると、逆に誰かが私達のような能力者を招いているとも考えられるのだね”
“その可能性が大きいです。しかし、たくさんの罠は最後の強力な罠を欺くためのダミーの罠である可能性もあります。引き続き罠の探知をお願いします。
私は、魔法以外の罠や情報の取りこぼしがないように注意します”
サーリの『慧眼』による鋭い分析はアールにとって大変参考になった。
それから更に、かなりの道のりを歩いた。その間、幾度も罠が仕掛けられていた。
サーリ姫もその間、何度も魔法以外の罠を探知して警告してくれた。
例えば、ある村に一行が差し掛かった時に、サーリはある事実を指摘してアールを驚かせた。
それは、多くの農家の屋根に立てられているアンテナは微弱な広域思念波放送の思念波を捉えて増幅する魔法道具でいわゆる一般家庭の屋根の珍しくもない風景だが、本来アンテナは広域放送局の方向に向いて同じ方向に取り付けられるはずなのに、この村のアンテナはあらゆる方向に向いている。
これは村全体をパラボラアンテナとして微弱な思念波を捉えるために作られた軍事施設だと言うのだ。
さすがのアールも気付きもしなかった。
『慧眼』恐るべしだ。
もし、『知覚触手』によらずに思念による通信をしていたら探知されていただろう。
ちなみに、これ程の設備を整えているが試しに村人と話してみた感じでは、村人は、これが軍事設備とは気づいていないようだった。
かなりの時間、歩いた。日も落ちて暗くなりはじめた。
“サーリ。そろそろみたいだよ。あそこに大きな結界がある”
アールが雑木で覆われた、山裾を指す。
アールの想像した通り、『らひょらん』は、雑木の中に入って行く。
ついて行くと、雑木に覆われた山裾の向こうには、古いお城が立っていた。
“サーリ姫。このお城は、変だね”
唯の古いお城というわけではない。このお城の古さは廃墟を通り越して遺跡のような古さなのだ。
これは、出来てから何百年もの月日を感じさせる。
“アールティンカー殿下。このお城の玄関には、カニシマレン戦役で降魔王に落とされた魔神種アザニエルの紋様が刻まれています”
“降魔王? カニシマレン戦役? エディンビラーゴ大陸の覇権を争い、魔神サニエルに屈した降魔王は、魔神マニエルだったのでは?”
アールが懐かしい記憶を元に尋ねた。彼がまだ幼い時に空に魔法陣を描いて魔神マニエルの聖霊を偶然に召喚した事があった。
その時、魔神マニエルは嘘をついて、まんまとアールの召喚から逃れた。
その後、アールは召喚魔法に凝って、聖霊召喚を何度か行って過去の事を探ろうとしたがよくわからなかった事を思い出す。
“アールティンカー殿下は、歴史も詳しいのですね。驚きました。
エディンビラーゴ大陸の覇権を争ったカニシマレン戦役は、今では失われた歴史です。カニシマレン戦役で降魔王となったのは複数の魔神です。魔神アザニエルもその一人でした。
魔神マニエル、魔神サニエル、魔神アザニエルなどは魔界では英雄として邪神、禍神、悪神などと呼ばれております。しかし、伝承は正確性にかけ、歴史は断片的で完全ではありません。
魔神種が、古い昔に繁栄した事は誰しもが知っておりますがエディンビラーゴ大陸もカニシマレン戦役も詳細が不明な歴史です。
その降魔王の紋章が刻まれたお城が、この様な結界に守られて存在すると言うのは興味深いですね”
サーリが言った。
操られている『らひょらん』は無頓着にどんどんお城の中に入って行く。
アール達はついて行くしかない。
『鋭敏触手』で、お城の中を探ろうとしたが、何かに撥ね付けられて入れない。
“サーリ姫。中の状況は分かりませんが入りますか?”
“もちろんです”
サーリの可愛い顔は、好奇心で輝くようだ。この娘は、知的好奇心が高いのだ。『慧眼』などの特別な能力が無くてもとても利発で頭が良いのだろうとアールは思った。
『らひょらん』の後を追ってお城に入る。
お城は、遺跡とまではいかないが、埃が溜まった、廃墟のような佇まいだ。
『らひょらん』は、ほこりが積もった回廊を躊躇なく進んで行く。『らひょらん』の進んだところだけ、埃が払われてくっきりと一筋のラインとなっている。
アールとサーリもその後をついていった。
『らひょらん』は、大広間にあった玉座のような大きな石の椅子の後ろに回り、そこから続いている地下への階段を降りて行く。
地下は、比較的に荒廃が進んでおらず、木製のドアも残っている。
灯がないので、アールは『ライト』を詠唱を使って発動する。
弱々しい灯がともる。わざと下手くそに魔法を発動した。
“サーリ姫。そろそろです。次の角を曲がると、魔法陣が描かれていて、それは魔神アザニエルの聖霊召喚の魔法陣です”
そのアールの説明にサーリは首をひねる。
“アールティンカー様。それはおかしいです。魔神アザニエルの聖霊を召喚させるために、こんなところに私達を招き入れるというオチでは納得できません。
『らひょらん』も村のアンテナの設備も、あまりにも魔神アザニエルの聖霊とは時代が重なりません。
そもそも誰が私達をここに招き入れたのかの謎解きが不完全なままで気持ちが悪いです”
“サーリ姫。今迄全ての魔法陣が攻撃魔法だったのに、次の魔法陣だけ召喚魔法だと考えるのは早計だね”
角を曲がり、ドアの前まで来ると、『らひょらん』はドアの前で何の感情も無いかのように黙って立っていた。
案内終わりって感じだ。
アールがドアを開く。他と変わらない大理石の床に白く埃が積もっている。
アールは、『ウォーター』を詠唱で発動し床を洗う。魔法陣が現れる。
“サーリ姫。やはりこの魔法陣は罠ですね。この魔法陣は、踏んだ者を魔神アザニエルの召喚物にする。つまり自らを捧げる魔法陣みたいな感じでしょうか。
魔力の残滓から過去に何度もこの魔法陣は発動しているね。たぶん何十回も。この魔法陣は、それ程巧妙に書かれているよ。姫がこれまでの罠は、最後の罠を隠すためと言う推理もまんざら当たってない訳でもなかったみたいだ。
それと、我々の背後に誰かがいる気配がするね“
“私も感じております”
二人は、同時に後ろを振り向いた。
「そろそろ、お姿を表されても良いんじゃないですか? アザニエル陛下」
アールが言った。
「見事だ」
その言葉と同時に身長三メートル余りの魔神が姿を現した。
蝙蝠の大きい生き物、それが魔神の姿だ。羽も、尻尾も、アールの前世の記憶の中の悪魔そのものの姿をしている。
「陛下。凝った趣向でしたが。趣旨が何なのか分かりません」
アールが尋ねた。心底、これほど凝った数々の趣向がどのような意図なのか理解できなかった。
「諸君! 大したもんだね」
魔神アザニエルが両手を広げて歓迎の意を表した。
「私の存在を言い当てたのは君らで五組目だよ。五組と言う数が多いと思うかね。
多い数じゃない。なぜなら全ての期間で割るとおおよそ三千年に一組って割合になるからね」
そこで魔神アザニエルは、暫く黙って物思いに耽っていた。
しかしアザニエルの話は桁外れだ。三千年に一組で五組と言えば一万五千年ではないか。
「アザニエル陛下。魔神種の生き残りは陛下お一人なのでしょうか?」
サーリが尋ねた。
「同胞の事を気遣ってくれるのかね。優しい姫君。安心してくれ給え。我々はしぶとく生きているよ。
我々、魔神種はタフだからね。カニシマレン戦役をも生き残り、災厄の時代も生き残り歴史の裏側で暗躍しているのさ。
君達はそんな歴史は知らんだろうがね」
「陛下は、カニシマレン戦役でマニエル様に降ったと歴史は申しております」
「ほう。姫は、美しいだけでなく。博識なのだね。益々頼もしい。
しかしカニシマレン戦役とはどのようなものであったか? 姫の責任では無いが誤解されているのだろうね」
アールが次に発言する。
「何千年もの昔、エデンビラーゴ大陸の覇権を争ってカニシマレン戦役では魔神マニエルが勝利したと言う事に歴史ではなっています。
また、約三千年ほど昔にカサンドラでは、魔神連合軍を率いた、裏切りの大臣マリカンが勝利したと言う事に歴史ではなっています」
魔神アザニエルが愉快そうに笑った。
「歴史では『という事になっている』かね。エクセレントだ。諸君。
その物言いは、五組の中でも最も優秀だね」
「陛下。ご挨拶がまだでした……」
「諸君。我々の情報網を侮って貰っては困るね。レイライト・ハヌアス君と天照神・サーリ・スバイト姫だろう。
我々はレイライト君には随分興味を持って見ていた。正体不明の救世主だね。フリンツ・ホップル君、メイア・スライサイド君、ラーサイオン・フュラス君なども正体不明だがね。ラーサイオン・フュラス君はほぼ白帝種の末裔だと分かった。フリンツ君は、冒険者マカイド・ホップルの子孫だと推測されてきる。メイアは多分ラールカライド公爵の子孫だね」
アールは、メイアの話でピクリとした。
「メイアがラールカライド公爵と関係があるのはどうして分かったんだ?」
アールが少し困惑して尋ねた。
「メイアの母、キャサリンも我々の監視下にあったからさ。亜人種バクサイト種とハイエンドのハーフでありながら魔王級の魔法師。マキシミリアン王朝の皇太子の秘書官。彼女は若い頃、ハイエンドの高級貴族の屋敷でメイド長をしていた事がある。それがラールカライド公爵家だ。その直後に出産だ。類推だよ。
ちなみに君は知らんだろうがキャサリンは、バグアナと言うバグサイト種の英雄の子孫さ」
そこで、魔神アザニエルはアールに好奇の目を向ける。
「レイライト君。君は我々の監視下に無かった家系の人物でね。ある日突然彗星の如く現れた。
しかし、諸君がシーナ・ジュライ教授と接触を持った時、君がアールティンカー皇太子だと分かったよ。
君は本当に素晴らしい。特に二歳の時に召喚魔法の前に太陽光のような魔法を発動しただろう。エバーハークでは神の降臨だったのではと大騒ぎになっていたが。あの魔法は我々も分からない魔法だった。君がアールティンカー皇太子とすれば、君は我々のプロジェクトの成功の証だよ」
アールは、魔神アザニエルをマジマジと見つめた。どうやらこの魔神種は、アールの想像を超えているらしい。
“サーリ姫。この魔神種が我々の知らない魔法で我々を騙しているのではないですか?”
サーリ姫が可愛い顔を傾げた。こんなにハッキリしないサーリは初めてだ。
“済みません。この魔神種の発言について、『慧眼』は反応しないのです。多分、『慧眼』の能力を超えているのだと思います”
「諸君。初めに戻って、奴等の謎解きを進めようじゃないか。
レイライト君。先程君は、歴史が作られているのではと類推したのだね。もう少し詳しく話してくれるかね」
魔神アザニエルは愉快そうに言った。
アールは頷いた。
「魔神種の敗れた歴史と天神種が敗れた歴史、この二つの歴史には、時代が五千年もの開きがあるのにたくさんの共通点があります。
大繁栄を謳歌していた魔神種は現実には、陛下のお話では何処かに存続している。
逆に歴史には、複数の王を下したと言う大王マニエルが存在する筈なのに、その大王はそれ以降の歴史から姿を消している。
五千年後の歴史も同じです。天神種は大いに地上に栄えていたのに、裏切りものマリカンのために、魔神連合軍を聖都カサンドラのお城に率いれたとされています。
天神種は地上から姿を消し天界にこもってしまう。ところが地上には、勝利した筈の魔神連合軍もマリカンも存在しない。
それ程大繁栄した文明を滅ぼすほどの文明があるはずが無いし、滅ぼした後に無くなるはずもない。
結論は?」
アールの話をサーリが受ける。
「文明が繁栄すると何者かに文明の発展が止められ、別の種族に代替わりさせられる。
その何者かは、私達の、文明を潰し、直ぐに姿を消す。歴史を改ざんし、影に隠れ、人を攫う。
アザニエル陛下。彼等が何者で、何を目的とし、なぜ人を攫い、攫われた気の毒な人達はどうなったのでしょう」
魔神アザニエルは、サーリの質問にしばし黙っていた。勿体ぶっている訳ではない。感情を抑えているのだ。
「さすがに、君達は選ばれた子達だね。全ての試験にパスした事として、さっさと話を進めた方が良いのだろうね。
それでは、そもそもから話そう。少し長い話になるよ」
魔神アザニエルは宣言するようにいった。
「私達魔神種の文明は今から二万年前もの遥かな昔から約六千年間もの長きに渡り繁栄してきた。
先程から問題にされた、カニシマレン戦役が起こったのは実に今から一万八千四百年も前の事なのだ。
魔神種は、繁栄していた六千年間に私の知っている限り七回文明を築き上げた。
しかし、奴らは何しろ強大で狡猾だからね。七回が本当に七回なのかどうなのか分からない。
カニシマレン戦役は、実はこの文明の中で四度目の文明を崩壊させた戦争だった。カニシマレン戦役が歴史に残ったのには理由がある。その事は後ほど説明しよう。
私は最後の七度目の文明の王朝の生き残りだ。
私達の王朝は悲惨だった。なぜなら、私達は早い段階で奴らの存在に気付いたからさ。
奴らの人攫いの人数が多くなったんだね。私達の文明期には年間三百万もの人が攫われていた。
多分この時期、奴らも最も油断した時期なんだろうね。我々は多くの密偵を攫わせた。この密偵達は非常に優秀な者達だった。能力では今の私よりも上の者達がほとんどだ。
密偵の中の何人かは我々に情報をもたらしたよ。その話も含めて奴らの正体は後で説明しよう。
奴らがとてつもない程に強大で、全く太刀打ちできないと言うのが我々の結論だった。
しかも悪い事に三百万人もの人命の喪失により、文明が回復できないようなダメージを受け始めた。
我々は奴らにどう対応するか深く研究し文明の英知を掛けて様々な対策を考案し実行したが結果としては文明の崩壊は避けられなかった。
しかし我々も文明の絶頂期にあった巨大な組織だった。今よりも相当に高い文明だったはずだ。
私がこうして君達と話しているのもその文明が叡智と全ての資源を掛けて行った様々なプロジェクトの中の小さなプログラムモジュールに過ぎない。
我々のプロジェクトの事も後で説明しよう。奴等の正体や私がこうして話している事も、多角的に全てを説明しないと理解できないだろうからね。
結論から言うと、私達の文明は滅ぼされた。残ったのは文明の利器や叡智の失われた哀れな魔神種の子孫達と私だけだ。
我々魔神種の文明が滅んだ後、天神種が栄えた。天神種の文明の最大時は、私達魔神種の文明に匹敵するほどの文明を築いたろうね。
天神種の文明が盛んになった時、我々のプロジェクトの一つが発動し、我々の情報が天神種に流された。
直ぐに天神種は我々のプロジェクトを真似て対策を講じたよ。その結果として天空に別世界を創りほんの僅かだが移り住んだ者だけが生き残る事になったのだがね」
「しかし、私達はそんな歴史は知りません」
サーリが口を挟んだ。魔神アザニエルの話は荒唐無稽すぎたし、さすがに自分達の歴史のくだりには違和感がありすぎたのだろう。
「まぁ。最後まで聞きたまえ。悲しいことだが、私の言うことは真実なのだよ。
その後、魔界では悪魔種が栄えた。結果は同じような終わり方だよ。偉大な悪魔種の力は削がれ、家畜のような哀れな小悪魔ばかりのコロニーと成り果ててしまった。
竜種の文明もまた同じようなものだ。今では、辺境に僅かばかりの領地と小さな王国が集まった封建国家がごくわずかに残っているだけだ。
レイライト君。君達人間種の歴史についても、全く違いは無い。現在まで同じ経過をたどっている。君は知らないだろうが今の文明の前に、もっと大きな文明があったのだよ。立派な文明だった。今から三千年程前の事になるね。それは君の種族のご先祖様の時代だよ。
そうだ、マキシミリアンやアレフレッドの時代だよ。彼等にとっては、悲惨な時代だったろうね。
彼等は、ただ滅びなかった。彼等は人間種の文明の存続に大きく貢献した。
彼らは、先時代の文明の遺産の多くを次代に承継した。そのお陰で現在、先時代に劣らぬ文明を築く事が出来ている。
例えば魔法学院大学の前身は、先の文明の最終期には魔法維持局と言っていた。彼らは多くの魔法が散逸することを様々な方法で守った。
歴史の授業はこれぐらいでいいね。次の授業は地学の授業と行こうじゃないか」
そう言うと、魔神アザニエルは一旦、言葉を切った。
「大丈夫だよね。まだまだヘビーな真実を告げねばならないがね。もう聞くのを止めかね」
アールもサーリも真実を聞くためにここまで訪ねてきたのに、魔神アザニエルの話があまりにも彼等の想像を超えていたためもう完全に消化不良となっていた。
正直、これまでの話も良く分からない。
しかし、魔神の話はまだまだ続くようだ。もっと信じられない話が明かされそうだが、聞かないわけにはいかないだろう。
今回と次回で遂に敵の正体が明かされそうです。
しかし、魔神アザニエルの正体も良く分かりません。
次回は、魔神アザニエルの会話を中心に第一部のクライマックスに突入してゆく予定です。
楽しんで頂けると嬉しいです。




