第六十一 溢れる覇気
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第六十一 溢れる覇気
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第六十一 溢れる覇気
ラーサイオンが溶解泉の無限のエネルギーを用いて、白帝に成長したちょうどその時、フリンツ・ホップルは、アーマードを脱いで、紫姫アルテミシア・サースラン公女と剣で対峙していた。
場所は、魔界らしい荒れた原野にある小高い丘の頂上付近だ。
フリンツ・ホップルにとって、アーマードは、体の一部みたいなもんだ。アーマードを脱いで、闘うのは久しぶりだった。
紫姫がアーマードを脱いで『旋風剣』で闘ってくれと言って聞かないのだ。
アーマード用の両手大剣を片手で軽々と持っている。
「紫姫。剣士の君に言っちゃ悪いが、最近『旋風剣』の調子が良すぎてね。本気でやると君でも危ないぞ」
こんな事を青姫に言おうものなら、最後まで言わせずに飛び込んで来ただろう。フリンツは優しいので負けを演じて終わりにする。
しかし、それは真実ではない。人には才能がある。ヨランダードが魔法の天才であるように、フリンツも魔法の天才なのだ。
剣士の才能では青姫、紫姫に遠く及ばないが、フリンツは魔法の天才。天眼魔眼を持つ。闘気魔法であろうと魔法には変わりが無い。
剣の才能だけで、闘気を超える覇気を持つまでに成長した青姫、紫姫であるが、フリンツはそれ以上の成長ができる素養があるのだ。
フリンツがアーマードに拘るあまり実力を示すことができず、いつまでも一流になれないのをアールは笑って許してきたのだ。
しかし、紫姫はフリンツの実力をしっかり分析していた。青姫にはない細やかな心遣いのできる紫姫ならではの観察眼だ。
「貴方には、あのオモチャはただの足枷でしょ。本気で教えてくださらないと、私には物足りませんわ」
フリンツは、頭を掻いた。アーマードが足枷とは言われたくない。父からの遺産だったアーマードには随分助けてもらったのだ。
フリンツは苦笑いしながら剣を構えた。
「どうして、アーマードの良さが分かってもらえねぇんだろうな」
「あんなオモチャの良さなんて分かる女の子はいなですよ。厳いだけだし、可愛くないし」
紫姫が本当に分からないっていう風に手を上げる。
「では、お願いします」
紫姫が頭をさげる。鞘から聖剣『破魔紫』を抜いて正眼に構える。
紫姫は、闘気を練り覇気にまでレベルアップする。覇気を全身の肉体強化と剣の破壊力に回す。
「紫姫。その覇気の使い方に無駄があるのさ。覇気は、無から覇気までを一瞬に作るのがベターさ」
フリンツが説明しながら、『旋風剣』を振ってみせる。闘気を手の振りに合わせて一瞬で覇気にまでレベルアップし、強く振る。
『旋風剣』は長さが自由に変えられる。今は十メートルくらいにしていた。
フリンツの鋭い一振りが空気を切り裂いてズバン! と大きな音を立てた。それだけで恐ろしい威力であることが分かる。
紫姫は、頷くと素直にフリンツの言う通りにした。
一度、二度と剣を振って試してみる。やはり、闘気が覇気にレベルアップするのに時間がかかりすぎるようだ。
「紫姫、気迫を作るつもりでやってごらん。気迫も闘気の別形態だが作るのは簡単だろう」
紫姫が闘気から気迫を出すようにして剣を振るう。
「確かに、大分良くなったわ」
「気迫は気持ちで作る感じだから作りやすいんだ。覇気は、闘気を練り込む感じで作るから二度手間みたいに感じるんで作りにくいんだと思う。でも、一瞬で作れないと使い物にならないぞ」
紫姫が、言われた通りゼロから覇気を一瞬で作ってみる。なかなかできない。何度も何度も練習する。次第にできてきた。
「そんな感じで良いよ。青姫の方が思い切りがいい分、覇気の作り方が上手い。それが最近の実力差になったのさ」
フリンツの指摘に紫姫が顔を顰める。嫌な事を突かれたのだ。フリンツは紫姫の気持ちは放っておいて続ける。
「次は『旋風剣』だ。紫姫は闘気剣ができるんだから本当はできるはずなんだ。
闘気剣は闘気の刃物を一瞬で噴出させる感じだろう。
旋風剣は、闘気の刃物を回転させて動きを制御するので難度が高くなる。
最初は、刃を一枚だけイメージしてそれをグルグル回して同じ場所に発生させればいい」
しかし、紫姫がフリンツの教えの通り闘気で刃を作ってみるが、闘気で出来た刃は、暫くすると消えて無くなる。何度しても同じだ。
紫姫の闘気は、もともと剣技なのだ。剣の一閃をイメージして出す。剣の斬撃のイメージで作っている。そのイメージがないと闘気にならないのだ。だから一瞬で消えてしまうようだ。
フリンツは良い事を思いつく。
「闘気で刃ではなく塊を作ってみてくれ」
闘気を練り込む事はずっと練習してきた。そこから覇気を作るのだ。塊にするならできるだろう。
フリンツの想像の通り塊は消えずにずっとある。しかも次第に覇気にまでレベルアップしてしまった。
「紫姫。君の才能には舌を巻くよ。どうしてそんなにうまく闘気を作り覇気にできるんだろうね」
逆にフリンツが感嘆の声を上げる。
「どう言う事?」
紫姫が怪訝な顔でフリンツに聞いた。
「俺ら魔法系の闘気は、魔力と聖力を混ぜこぜにして無理やり作ってんだ。でも姫達の闘気は最初から闘気の形で現れるんだ。しかも闘気の塊はしばらくすると覇気に変化していたよ。
練る必要も混ぜこぜする必要もないんだ」
魔眼天眼のあるフリンツには自分の闘気や覇気の発動形態と紫姫の闘気の発動形態に明らかな差がある事に改めて気づいたのだ。
「そう言えば、最近レイライト様は、闘気、覇気、魔技、神技の事を随分調べていたが、その結果を教えてくれねぇって思ってたんだ。
どうやら自分で感じろって事みたいだ。それがレベルアップに直結してるってぇことなんだろうな」
ここ魔界に入る前頃からアールの皆への訓練の仕方が変わって来ていた。皆が何か感じてアールに訓練を申し込むと快く受けるって感じで、本来教え方が上手な筈のアールはアドバイスめいた事を言わなくなった。
多分、それぞれの個性を大切にするって事だ。個性とは、好みでもある。フリンツがアーマードに拘るのを黙って見ているのもそのためだろう。
つまり、皆の基礎訓練が終わり応用に入ったという事だ。メイアが最も早くその事に気付いて召喚師を目指し、ラーサイオンが成竜を目指すといったのも彼らが先に限界を感じたからだろう。
フリンツは天啓が降りたようだった。
闘気も覇気も魔力も聖力もそもそも体から発生する魔法だ。実は魔法に堪能でないはずの紫姫や青姫の方がフリンツよりも上手に闘気、覇気をだすのだ。
それは、フリンツにも言えるらしい。ヨランダードやメイアよりもフリンツの方が上手に闘気を操ると言うのはアールが良く言っていた。
つまり、魔力・聖力として制御すると闘気や覇気にはなりにくいって事に違いない。
「紫姫。すまん。ちょっと思いつたい事があるので待ってくれ」
紫姫がフリンツの顔を見て笑って頷く。そのまま、その場に座ってフリンツの様子を目を瞑って見る。
心眼と言う奴だ。天眼も魔眼も待たない青姫、紫姫、メイアなどが魔法の発動形態を確認する為にアールが教えた方法だ。
もともと、魔法を作る器官があると思われるこの世界の住人に感覚器官がないわけがないと考えたアールが強力な魔力を見せて感知させると言う訓練をして身につけさせた能力だ。
アールの弟子達が恐ろしく早いスピードで成長できたのはアールのこのような教え方の工夫が有ったからだ。
フリンツは、紫姫のその様子をチラリと見てから、先程の思いつきをそのまま実行してみる。
魔力・聖力は確かに何もしなくても湧いて出てくる。しかしこれは魔力・聖力が自然な姿だからではない。青姫などは最初から気迫や覇気となって身体から湧いてくるようだ。
フリンツは、青姫をイメージして身体の中から覇気を出そうとしてみた。
一度でできるわけがない。同じ事を繰り返す。何度やってもできない。
「紫姫。難しい。ちょっと闘気を練ってみてくれ」
紫姫のやり方をよく観察し、それをイメージしてやって見る。
ある瞬間だった。フリンツはアールが良く言っていた例えを思い出した。可燃性のガスに、火を持っていくと爆発的に火が付く。
アールは魔力をガスに聖力を空気にたとえて二つを一緒にして火をつければ爆発的な力が発生すると言っていた。
たぶん、アールが闘気を作るとそんな感じでできるのだろう。
魔法にとってイメージは大切だな。もともと大量に噴き出してきている魔力と聖力だ。それを一緒に爆発させて火にするイメージで覇気を発生させてやるのだ。
いち、にい、それ!
ダメだ。
もう一度だ。いち、にい、さん。そう。火はついた。しかし、まだぎこちないぞ。
もう一度。いち、にい、「「「さん!」」」
その瞬間だった。魔力をガス、聖力を空気とした爆発的な覇気の噴出が起こった。
ガスバーナーに火がつき、青い炎が勢い良く吹き出したそんな感じで覇気が爆発的な勢いで吹き出した。
そして、覇気の塊がフリンツの身体をとりまいた。
紫姫が、思わず立ち上がり身構えていた。
フリンツは、その有り余る覇気を剣に纏わせて『旋風剣』を発動する。恐ろしいような力の渦が、フリンツの手から剣先に流れ出した。
フリンツは、覇気の出力を調整する。そして手先の『旋風剣』の制御に意識を集中させる。
強力になった『旋風剣』は、巨大にも、より小さくも制御ができる上に、鞭のように細くしなやかに曲げる事も自由自在である事が分かった。
フリンツは、手に持っていた両手持大剣を地面に投げ捨てると、両手を広げて、両手からそれぞれ三本、計六本の旋風の鞭を出してそれを操ってみた。
それぞれの鞭が意識を持っているかのように思い通りに操る事ができる。
すなわち、この覇気でてきた武器は、形を自由自在にかえ、その特性もフリンツの自由自在にできる。
すなわち魔法でできるすべての状態をこの武器は作り出す事ができるようだ。
この覇気は、闘気に比べ魔法密度が高く自由自在さが極端に違うのだ。
さらに魔法密度が高いという事にはもう一つの効果もある事に気づいた。旋風剣のように無数の刃物で出来た鞭ではなく本物の鞭にもなる。やってみる。左手の三本の鞭だけ実体化させる。簡単だ。
次にフリンツは、巨大な二つの剣を作り出す。それは今までのように実体のない剣ではない。長さ数十メートルの巨大な剣が出現したのだ。
フリンツは、その実体化できる覇気魔法でアーマードを出してみる。それは彼が思い描いていた、無敵のアーマードだ。
武器も自由自在になんでも作る事ができる。まずは二十ミリ速射砲だ。覇気で練り上げだ砲弾は、着弾と同時に巨大な爆発を起こしつつ爆煙と土砂を噴き上げた。
動きも、強度も申し分ない。恐ろしい速度で走り、思い通りに動く。
フリンツは夢中になって、飛び跳ね破壊の砲弾の雨を降らせた。
その時、フリンツの視界の隅に恐ろしい速度で何かが動いた。
あまりの速度でついて行けない。
次の瞬間左手に激痛が走る。左手が飛んで行った。
フリンツは、敵を追うように全神経を強化して最速で身を回した。
やっと、相手が紫姫である事が分かる。その姿は、夜叉そのものだ。
覇気と気迫の塊となった紫姫は、目にも止まらぬ早さで、フリンツの覇気アーマードに飛び込んでくると避ける事も出来ない速度で打突を繰り出してきた。
喉元に伸びてきた紫姫の剣の突きをギリギリで避ける。
フリンツは、旋風鞭を十六本だして、紫姫に次々に激突させた。
旋風鞭は、予測不可能な歪な曲がりかたで紫姫をあらゆる角度から襲う。
しかし、紫姫の速度は旋風鞭よりもずっと早い。必死で飛び上がったフリンツの覇気アーマードに追いすがり片手なぎに首を跳ね上げに来た。
フリンツは、覇気を操作して盾を錬成し首を守る。覇気でできた盾はアッサリ斬り落とされてフリンツの首が飛んで……
あわやの瞬間、フリンツの首のところで紫姫の斬撃が寸止めされていた。
「ごめんなさい。本気になっちゃったわ」
片手を切り落とされ、あわや首まで刎ね飛ばされそうになったフリンツは、背筋を寒くさせてその場に崩れ落ちた。
意識が遠のく前に左手を治癒魔法でくっ付けている紫姫の優しい笑顔がさらに恐ろしい物に見えた。
✳
【時間を少しだけ遡ってみよう】
フリンツが覇気を爆発させた時。紫姫からは、次のように見えていた。
紫姫は、強い覇気の爆発力を受けて跳ね飛んでフリンツから距離を取った。
フリンツに教わった通り、一瞬で覇気で身を纏わねば危なかったろう。
フリンツは、狂気のように、見えない武器で辺りを攻撃している。
直ぐに巨大な剣を二振りだすと恐ろしい速度で振りまわした。
どうしてあんな事ができるのか不思議だが、あれは錬金術の一種なんだろうと思われた。
見ていると、錬金術でアーマードを出すと、想像を絶する武器で辺りの地形を変えんばかりにボコボコにしている。
一部始終を見ていた、紫姫は、そのアーマードの威力を見ながら、フリンツの変化した原因が覇気の練磨法にあると気がついていた。それは、フリンツの魔法の才能ゆえに起こす事ができた事なのだろうが、もしそうなら紫姫は、もはやフリンツ達とは一緒の仲間としては、やっていけないだろうと思った。
結局、フリンツにできて自分にできないなら自分は負けなのだ。
紫姫は、フリンツがしたことと同じ事を自分がしないとダメでそもそも魔力・聖力の総量が少ない紫姫がフリンツに勝つためにはより精度を上げて全ての魔力・聖力をフリンツよりも高い練度で覇気に仕上げなければならないのだ。
精神集中!
精神集中!
精神集中!
負けた紫姫に哀れみの顔を向けるフリンツの姿が思い浮かぶ。その時、紫姫の胸の奥底から恐ろしい勢いで、爆発が発生した。
紫姫は一瞬で何百メートルも移動。恐ろしい速度で移動していたフリンツを追い越すと左手を切り落としていた。
直ぐ打突で牽制し、フリンツが無様に体勢を崩している隙に、身を翻す。覇気でできた鞭が彼女に降りかかるが「遅い!」とつぶやきながら首に向かって斬撃を振るった。
フリンツが覇気で盾を錬成したが軽く刎ね飛ばし首で寸止めした。
フリンツは、情け無くも意識を失ってしまった。止むを得ず、魔法の下手くそな紫姫が苦労してフリンツの切り落とされた左手腕を魔法でつなげたのだった。
次回、青姫の黒曜竜と白帝竜の登場です。
楽しんで頂けると嬉しいです。




