第六 賢者の弟子
第六 賢者の弟子
アールは可愛らしい女の子の家庭教師が気に入っていたが次の日には女の子の家庭教師は、不思議な感じの老人を連れてきた。
アールはその老人を一目みてなるほどと感心した。
この老人は身に纏うオーラを上手に制御しているようだった。
多分オーラの光量はアールのお爺様と同じ程度だが体から無駄にあふれてこないって感じだろうか。つまりオーラを上手に制御しているって事だろうと思われた。
シーナ先生が老人を紹介してくれた。
「こちらはサロン師。わたくしの師匠様です。殿下のご教育はどうやらわたくしでは役不足の様だったので、師を呼びました」
なるほどとアールは考えた。
シーナ先生もクビになってしまったようだ。申し訳ない事をした。誰がクビにするのだろうか。シーナ先生の話は続いている。
「師はハイエンド最強の魔術師と言われております。師はその偉業の故に賢者と呼ばれています。
師は長年の研究の成果を引き継ぐ弟子を探しておりました。殿下なら師の御技を漏れなく修得できるでしょう。わたくし如きが殿下にお教えできる事はわずかばかり。ですがわたくしも殿下と歳が近いものとして師サロンと力を合わせて殿下のお世話をさせていただく事となりました。今後ともよろしくお願いします」
シーナ先生はその様に説明した。シーナ先生がクビにならなくて良かった。
今度は老人が自己紹介した。
「殿下。わたくしはサロン・ドナタウと申す老いぼれでございます。陛下と皇太子殿下より、殿下のご教育を仰せつかりました。今後ともよろしく」
「賢者様。よろしくお願いします。僕は作法、階級などが分かりませんので無礼があったら申し訳ありませんが貴方は、お爺様と同じ魔力を纏われておられる上にその魔力が体から漏れない様に制御されておられる。初めてその様な方を見ました。とても偉大な方であると感じます。お世話になります」
アールは敬語で話したいがあまり単語がわからない。
そもそも赤ん坊なんだからあまり喋らなくてもいいだろうと思っているが。
賢者サロンはアールの言葉を聞いてシーナと同じくギョッと驚いた顔をした。
「殿下は、尊い神祖様の御末裔でらっしゃる。マキシミリアン王朝の支配者たるお方です。そもそも我らヒト族の頂点に立つ超人たるハイエンドは魔力・頭脳・体力共に他を凌駕しており、中でも神祖様の血を引かれるマキシミリアン王家の一族は格段に強い能力をお持ちであり、こちらのシーナやわたくしなども御一門の端くれでございます。
多くの天才を排出してきたマキシミリアン王家では生まれて一歳三ヶ月目から家庭教師を付けます。
なぜ、その歳に家庭教師を付けるのかは不明です。これは第三祖様が制定されたと伝承されております。
殿下の天才振りを見ていると第三祖様の家庭教師の意図が殿下の為に制定されていた様に思われます」
つまり、第三祖は、アールと同じような前世の記憶を持って生まれたって事だろうか。
賢者サロンは続けている。
「殿下は、魔力が視認できると仰せですが、わたくしも微かにしか感じられません。多少シーナよりも強く感じる程度に過ぎません。この感覚は陛下や皇太子殿下もお持ちのようですが、現在ではこの四人だけの力です。
ハイエンドでも神祖様の血縁の者だけしか無い能力だと言われております。
この世界にはハイエンドとは異なるが大変高度な種族が何種類か存在しております。彼らの中には我々と同じかそれを凌駕する魔力と魔力の知覚能力を有する種族が存在すると言われております。ですがその姿はわたくしも僅かな邂逅をしただけににすぎません。
先ず殿下には魔力がどのように見えどのように操れるのかを教えてください」
賢者サロンが尋ねた。
さて逆に聞かれてしまったが、何だかまだよく分からない。
「まだよく分からない」
アールはそれだけ答えておく。
「殿下。うまく説明できなくとも構いません。可能な範囲で説明して頂きたいのです。それを以って教育方針の骨子を決めたいと存じます」
なるほど。よく分からないけど感じた事を説明してみる。
「僕には魔力は黒の光と白の光がオーラとなって体から放射状に広がっているように見えます。
目で見えますが目をつむっても感じる事ができます。触るとより強く感じます。
魔力は白黒の縞模様の様なかんじで色んな所から滲み出ています。
白い魔力と黒い魔力とでは性質が違うかんじがします。白い方は物質変換に黒い方はエネルギー変換に白い方は魔法の安定化に黒い方は拡散に向いているような感じがします。それぞれの魔力の適性に合わせるとより魔法の効力を出せると感じます。
僕はあまり魔法は知らないので、先日家庭教師さんに教えてもらった火の魔法によると黒の魔力を掌に集めて火をイメージすると火になるのだと理解しました。
家庭教師さんの魔力の変換のプロセスを真似ただけです。
魔法には七つの制御が必要なのではないですか? 最初に魔力を集約し、魔力を制御して魔力から何か別の物を変換する。変換した物の制御、それをどのように変換させるかの制御、そしてどう維持するか終わらせるかの制御。もっと細かく制御すればより複雑な魔法を作る事ができるのでしょうね。これは家庭教師の先生の魔法を見て感じた事です。
魔力は自分の持っている魔力もそこらへんの魔力でも制御が可能みたいです。
魔力は見て制御するのが一番簡単ですが目をつむって感じて制御する事も練習すればできると思います。制御はまだあまり上手にできません。この間の火も制御が細かくできず大きな火になってしまいましたが。火を小さくするのはとても制御が難しいです」
ザッツオール。
アールが感じている魔法はこの程度だ。大した事は無いだろう。魔法のプロセスなんかももっと複雑で魔法の詠唱ももっと深い意味があるのだろうと思っている。どれもこれも感じた事を言ったまでだ。まだ大した魔法を見たわけでは無いので分かるはずが無い。早く色んな事を教えてください。
しかし、賢者サロンは目を白黒させて怖い顔でアールを睨みつけている。
おーい。賢者様。ちょっと怖いよ。そんな顔を幼児に見せないで。
賢者様は「……白黒、適性、七つ、過程、制御……」などとブツブツ呟いていた。
あまりに怖い顔なので横のシーナに助けを求めて見るとシーナ先生も惚けたような顔で口をパクパクさせている。
これはやってしまったらしい。言ってはいけない事を言ってしまったに違いない。
「ごめんなさい。知った風に言いました。ちょっとしか見て無いので良く分かりません。
魔法の詠唱による魔法制御はとても良くできています。小さな魔力をとてもうまく制御して魔法を成就させる凄い魔法です。何度見てもその卓越した制御力に関心します」
アールはすかさずフォローしておいた。早く魔法を教えて欲しい。
賢者サロンは頭を押さえて疲れたような顔だ。
ここでアールは、ある事に気付いた。アールの魔力は他の誰よりも圧倒的に多いようだ。そう言えば祖父や父親の魔力には何だか威圧感が感じられた。
この賢者サロンはその魔力を上手に隠しているのだ。
これは、皆に失礼になら無いような配慮なのだろうと思われた。
やってみよう。
アールは賢者の魔法制御を真似てやってみる。賢者は少し魔力を漏らしているがアールは一切の魔力を体の外に出さ無いようにする。
できた。
すると、怖い顔でアールを睨んでいた賢者サロンに狼狽の気配がする。
「殿下。もしや透明化の魔法をお使いになられましたか?」
いやいや。その魔法は知らんっつーの。
「ごめんなさい。賢者様が怖い顔をされておられるので魔力が鬱陶しいのかと思って賢者様の真似をさせてもらいました。勝手に真似してはダメでしたか?」
賢者サロンはなぜか頭を抱えてしまった。
しかし何かを思いついたようで真剣な面持ちになり少し強い口調で話し出した。サロン怖い。
「殿下は、とても才能が豊かでござます。いかなる魔法を真似ても殿下のご発想でどのような魔法をなされても殿下は自ずと魔法の上手となられると信じます。シーナに引き続きで申し訳ありませんがわたくしも殿下に魔法を教えるなどは有ってはなら無いようです。真の天才は己のみが師であると本日は確信しました。
しかし殿下にお願いがございます。いかなる魔法をどのようにして成されるかについて殿下は独自に考えて学ばれるのが一番ではございますが魔法は時に恐ろしものです。
どのような魔法でも最初に試される時はとても小さな魔法にするかもしくは天空に向けて放たれる事をお勧めします。わたくしも魔法の実験で大きな事故を起こしてからはそうするようにしました」
賢者サロンの戒めとしてアールは胸に刻んだ。
どうやらこんなに怖い顔をする程魔法は恐ろしものみたいだ。
賢者様の言う通り慎重に慎重に学ぶ必要があるようだ。
「少々疲れましたので退出させてくだされ」
賢者とその弟子の少女はガックリと疲れたように出て行った。
ガッカリしたのはアールの方だ。魔法は独学しろって事のようだ。
何も知ら無いのにできるはずが無い。
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賢者サロンと弟子のシーナはヘナヘナとアールの部屋から出てきた。
「シーナ。これは聞きしに勝る天才だ。しかも次代の王となられる方。
私は本日の殿下との邂逅を神に感謝したい。これまでの研究が無に帰する程の天啓を受けたような衝撃を受けた。殿下の仰っておられた魔法概念を基礎に全てを塗り替えてみようと思う。私について来て助手をして欲しい」
賢者サロンと天才少女シーナはこうして去って行った。