第五 美少女家庭教師
第五 美少女家庭教師
家庭教師のシーナ・ジュライは、アールの知りたい事を根気強く教えてくれた。
「この世界にはどれ程の種族がいますか?」
「およそ、一万四千種の知的種族がいるとされています」
驚きだ。そんなに。
「マキシミリアン王朝はどれ程の規模でしょうか?」
「およそ、世界の七割を統括し約一万三千種の種族を配下としております。マキシミリアン王朝の擁する全種族の全人口はおよそ約十七億六千万人と言われておりますが正確には分かりません。マキシミリアン王朝が擁する戦力は大雑把な数値ですが公爵二千家、侯爵三千家、子爵四千家、男爵六千家程が存在しております。
これらの爵位の有る諸侯には、およそ数万から数十万の地方騎士とそれらの配下が領地に応じた人数がおると思われます。
それらの爵位貴族と地方貴族達は陛下の命令一下馳せ参じて戦う義務を負うていますのでマキシミリアンの軍事力に数えてもよろしいかと思われます。
また、無爵位であっても大勢の貴族も存在します。これらの多くの貴族もそれぞれの領地を持っており、その領地にはそれぞれ地方貴族を擁しておりますので数は良くわかりませんが、彼ら全てが参戦の義務を負っております。
また王朝には近衛軍、衛門軍、地方軍などの直轄軍が多く存在しております。申し訳ありませんが詳細は存じ上げません」
なんと言う規模だろうか。多分何千万もの軍隊になるんじゃないだろうか?
マキシミリアン王朝は想像を絶する軍事国家のようであった。
「シーナ先生は、どの様な方でしょうか?」
改めてこの新しい家庭教師について興味が湧いてきたので聞いてみた。話しているうちにだんだん話し方が様になってくる。
「私は殿下程ではありませんが幼少より良く話し、良く聞きました。七歳で中等魔法学校を卒業、八歳で高等魔法学校に入り十歳で魔法学院に入学し三年で今年卒業しました。今年十四になります。魔法は水晶級の魔術を使います」
ここで、部屋の乳母やメイド達が少しザワッとした。その様子で水晶級の魔術師とは恐ろしく大変な位なのだろうという事が想像できた。
しかしアールにはこの少女があらゆる人々を圧するオーラを纏っているところから元々大変な魔法使いだと分かっていた。
シーナの話は続いている。
「私は王宮では公式魔術師として雇われました。正式な称号は魔法子爵でアトランデスに四千七百ランスの領地を賜りました。重貴族、聖女騎士の称号を持っております。カノン魔闘会にて優勝。ミグリス魔闘会にて優勝。魔法ギルド水晶級会員」
この子はこんなに若いのに何て沢山の称号を持ってるんでしょう。
アールはたまげてしまった。
しかし途中で遮るのは失礼だと思って黙って聞いてきた。その後しばらく沢山の称号やら名誉の授賞やら顕彰やらを述べてくれた。その様はこの少女が自分を少しでも大きく見せようとして懸命になっているようにアールには感じられた。
「その他にも幾多の称号履歴がござきますがこの程度で宜しいでしょうか?」
ウンウンした。
「僕はどんな人?」
シーナ先生が明らかにギョッとした。何て質問するんだって顔だ。
自分の事を問うのは無理かと思ったが。
「殿下は、マキシミリアン王朝の第一王子の第一子で正しくは皇太孫でらっしゃします。一般には皇太孫の呼称はあまり使いません。マキシミリアン王朝の王位第二継承権者です。獅子公爵、第三近衛師団元帥、ミクリアル領主、聖騎士団長……」
アールは手で制した。
「先生から見てどんな人に見えますか?」
質問の趣旨が違う。シーナ先生は大きなため息をついた。
「その事でございますね。正直に申し上げてよろしいでしょうか?」
シーナ先生は真剣な目をして尋ねた。赤ん坊にそんな顔を向けるんじゃありませんよ。と思ったがアールはウンウンしておく。
シーナ先生が続ける。
「私には殿下がいかほどの天才でらっしゃるのか全く想像もできません。今こうして話しておりますだけで背筋が冷たくなるような生まれて初めて感じる気分を味わっております。これは驚きと恐れのような感覚かと思われます。見た事も感じた事もない程の魔気を纏っておられるのを感じます。私は殿下がまだ二つにも満たないのにこんなに良く話し大変難しい話題を提供すらされていることに心から恐れ驚いております。
また無詠唱で魔法を使われたときいております。無詠唱など私の想像を超えております。無詠唱の魔法がたとえ可能であったとしても魔法理論と疑似実演をたった一回見ただけで無詠唱を成し遂げるのは天才と言うだけでは説明できませぬ。もしかすると殿下は魔気を視認されておられるのではありませんか?」
アールはどう答えていいかわからない。
「先生は魔力を感じる事ができるのですね。どんな風に感じるんですか?」
逆に尋ねてみた。シーナ先生はこれにも明らかにギョッとした顔をする。
「良く聞かれる質問ですが正直に申し上げて何となくです。殿下の様に恐ろしい程の魔気を纏わられているとやはり魔力がこの世にある事がよく分かります。もし魔力を視認できるほどの才能があればどの様な魔法を織りなせるのか想像もできません」
アールは頭を抱える。自分の能力は何てチートなアドバンテージなんだ。
「僕はどうやらハッキリ魔力が見えるようです。例えば先生はお爺様やお父様と同じぐらいか少し強い光を纏っているように見えます。しかし世の中の全ての存在は魔力を発していますからそれを集めればいくらでも魔力を纏えるのではないですか。どうして皆さんはそうされないのでしょう」
アールの言葉にシーナ先生は息を飲んだ。
「殿下。私の能力では殿下のお言葉が理解できません。世界のあらゆる物に魔力が宿っているのは歴史上の偉人がそのように言ったからそうだとされていますがその事を感じたりその魔力をどうこうするなどは全く想像もできません」
シーナはそう言うと大きなため息を吐いた。
「殿下。大変申し訳ありませんが本日は大変疲れました。本日の授業はこれにて終わりとさせてください」
シーナはそう言うとヘナヘナとお辞儀をして出て行ってしまう。慌ただしく逃げ出すようだ。
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【シーナ視線】
シーナは部屋からヘナヘナと出てきて大きなため息をもう一度吐いた。
彼女がこれほど恐ろしいと感じたのは初めてだった。
たかだか一歳の赤ん坊なのにアールが心底恐ろし存在に感じられた。
世界全てが魔力を持っているのだからそれを皆はどうして使わないのか。
そんな事ができたらどれ程の魔法を成就できるのだろうか。
シーナは魔法学院で魔法陣の講義も受けた。魔法陣には自然界に充満している魔力を使う魔法が存在するのだ。
魔法陣を最初に考案したマスターレビィンは本当の天才だったのかアールの様に特殊な才能に恵まれていたのかもしれない。
その伝説の科学者マスターレビィンの偉業は数知れず歴史に大きな一歩を刻みこんだ。いったいアールはどれ程の偉業を成し遂げるのか想像もできない。
フラフラとして彼女は約束の部屋に入って行った。
そこにはマキシミリアン王朝の王様と王妃、第一王子とその王子妃が待っていた。
国王達に膝をついて頭を深く下げる。
国王達から発せられる恐ろしい様な魔力を感じる。
自分の魔力がこの人達と同じである様にアールは言っていたがそれにはカラクリがあった。彼女は魔力総量を倍加するマジックアイテムを幾つも付けていたからだ。
自分は少し先祖返りしただけの傍系にすぎなかった。
王族の恐ろしいような魔力の前では身が引きちぎられそうに不安な気分になる。
しかし、それでも先程のアールとの会話に比較すると何でもない。
「崇高なる神祖に連なるお館様。全てを統べるハイエンドの中のハイエンド様方。見目麗しい方々と同席させて頂き恐悦至極でございます」
「シーナ嬢。無礼講で良いぞ」ハルトが言った。「早速だがアールはどんな具合か?」
シーナは少しだけ顔をしかめた。アールの強力な魔力に酔った気分だ。
「どのように言い表したらよろしいでしょうか。アールティンカー殿下は、もちろん天才であることは間違いありません。お話方や受け答えからしても実際に目の前で見ても信じられない程の天才性を感じます。
それだけでも、驚きですが本当の驚きはそこではありません。
もともとアールティンカー殿下はご神祖様の御一門でらっしゃる事から強力な魔力を纏われても不思議ではございませんが、普通なら三歳ごろから次第に大きくなるはずです。ところがアールティンカー殿下はすでに想像を絶するような魔力を纏われているように感じます。これも本当に間近で感じていないと、とても信じられないない事です。
そして、なによりもアールティンカー殿下は、魔力が見えると仰せです。仄かに感じる程度でも魔法の天才と呼ばれるのにです。
それがハッキリと目に見えると言うのは聞いた事がありません。
しかし、本当にそれだけではありませんでした。アールティンカー殿下は、なぜ皆は世の中の全ての物が魔力を発しているのにそれを纏わないのか? とご質問されたのです。
魔力は各個人が持つ固有の魔力が限界だとは全ての者が感じている事ですがもしかするとアールティンカー殿下は世界に偏在する無限の魔法を操る事が出来るのかもしれません。もしそうなら殿下はいかなる歴史的な大魔法や奇跡をも凌駕した凄い魔法や奇跡を顕現される事でしょう」
「それほど凄いのか? 天才の名を欲しいままにしているシーナ嬢なら息子とも共通する事も多かろうと思い、アールの家庭教師とした。天才は天才同士で分かり合える事も有るだろう。今後もアールの面倒を見てやって欲しい」
「わたくし如き非才が真の天才であるアールティンカー殿下に何を教える事もないと存じます。わたくしからは、我が師であるサロンを推挙させて頂きたいと思います」
「うむ。賢者サロンだな?」
シーナが推挙した賢者サロンはハイエンド最強最古の魔術師であった。
シーナの名声を聞きつけて後継者として弟子入りする気がないかとの誘いがありシーナは師事したのだ。シーナはハルトにその時の事を簡単に説明してから続ける。
「しかし、わたくし如きでは師の望みに叶わなかったのです。
師はわたくしに多くを授けてくださいましたが全てを授けては頂けなかったのです。
師はご自身の生涯の技を優秀な弟子に授ける事だけが現在の望みです。
真の天才であらせられるアールティンカー殿下なら我がサロン師の御技を無理なく引き継がれる事でしょう。
師は仰せでした。真の天才は凡才に一言も教わるべきではない。生まれてすぐに天才に師事するべきだ。と。
師はわたくしが魔法学院で習わずに師を師事していたら、あるいは師の技を継承できる程にはなれたかもしれないと仰られた事がありました。アールティンカー殿下はわたくしとは比ぶべきもない天才ですが師の言葉が蘇りますゆえ、一刻も早く師を招かれる事をお勧めします」