第二十四 転校生
いつも読んで頂いてありがとうございます
第二十四 転校生
ここは、マキシミリアン王国の北西にある。カナピア地方と呼ばれるところ。
カナピア地方は、三つの郡からなる。
トカナード郡、エトナード郡、ストラート郡である。
そのエトナード郡の郡都バッシータに、マムルーク魔法高等学校がある。
本日は、マムルーク魔法高等学校に転校生が入学する事になっている。
最終学年の三学期早々に入学してくるやつなど聞いた事がない。
噂では、転校生は相当優秀で三年のこのクラスの平均年齢が十八歳なのにまだ十四歳だと言う。
マムルーク魔法高等学校では、完全実力主義を取っており、実技に重きを置いている。
その成果として、この学校の卒業生の多くは、魔法学院や王立魔法養成所などに入学する。
魔法専門の高等教育を行う学校である。
三年生の三学期に転入してくるという事は、編入試験の末に入ってくるのだから、それだけの実力を持って入ってくるという事だ。
その転校生の事がいろいろ噂になっているのだ。
職員室で、教師の話を聞いてきた生徒が皆に言いふらしているのだ。
その噂を聞いたラホークは、そんな奴いないだろ! って、ツッコミを入れたくなる。
「詠唱三で、上級中。レベルハイだってよ」
「スッゴイ。詠唱三なんて反則じゃん。上級中はまあまあとしてもレベルハイって相当だよね」
「五大元オールスパで、技もスパってるて」
クラスメートがざわざわ騒いでいる。
ラホークは、学年一番の優等生の地位が危うい事を知った。大変面白くない。
ラホークの取り巻きのベンジが走ってきた。
「ラホーク。聞いたか転校生。ヤバいじゃねぇ?」
「あんな噂あてになるか。直ぐに思い知らせてやるよ」
ラホークは、気取ってそう言った。
✳︎
転校生が教室に入ってきた。好奇の目で見ていたクラスの喧騒が一瞬で鎮まった。
一目でそいつは純ハイだって皆にわからせる何かがあった。
魔法高等学校に入学してくるんだからハイエンドの血が混じってるのは当たり前だが、そいつはただのハイではないと皆にわからせる何かを持ってた。
「レイライト・ハヌアスです。よろしくお願いします」
そいつは、爽やかな笑顔でそう自己紹介した。
「レイライト君は、ロイアルハイが一部混じってやっしゃるそうです」
講師のセェーヌ女史が嬉しそうに紹介した。優秀な生徒が入ってきたのが嬉しいのだ。
ロイアルハイとは、神祖一族の血が混じっている事を言っている。神祖の血族というだけでマキシミリアン王国では重たい意味があるのだ。
オー! とクラスの皆の歓声が上がる。
そいつは、クラスの歓声にニッコリと可愛らしい笑いを見せた。何とも嫌味のない笑いだ。どうしたらこんなに爽やかにできるのやら。ラホークは、逆に呆れてしまう。
こんな奴が本当の坊ちゃんと言うのだろう。
「レイライト君は、もちろん純粋なハイエンドです、ロイヤルハイの血統率もかなり高いそうですよ。そのせいもあるのでしょうね。実技点は、史上初めて満点だったそうです。実技のキムーヤ教諭が驚かれていました」
クラスの皆がどよめいている。
レイライトは他人事のような顔で、歓声をあげるクラスの皆を眺めている。
こいつ、緊張しないのか? って、ラホークは、疑問に思った。十四歳だからラホークよりも三つも若い。嫌に落ち着いた奴だ。
レイライトは、「よろしくお願いします」ともう一度言って、セェーヌ講師の示した席に座った。
クラスの女の子達の視線がレイライトに集中している感じにラホークのイライラが募った。
✳︎
休み時間になった。ここは生意気な小僧に、目に物見せる時間だ。と、思ったら、レイライトの周りは、女子でいっぱいになっていた。
「レイライト君。どうして転校たの?」
クラスで一番可愛らしい女の子とラホークが思っているメイアがレイライトに馴れ馴れしく肩に手を置こうとして手を伸ばしながら言った。
しかし、レイライトは、メイアの手を上手に避けた。
「僕の実家が、エトナード郡政務支部の官吏として赴任したんだよ」
レイライトが答えた。
政務支部の官吏といっても支部局長から低級官吏まで様々だが。
「官吏って?」
すかさず、メイアが聞く。よし。いい質問だ。ラホークは聞き耳をたてる。
「さぁ? 顧問だったか、監督官だったか。そんなやつ」
レイライトがアッサリと答えたが。顧問でも、監督官でもそこそこの地位じゃないか。
メイアが一歩後ろに下がったのが分かった。彼女は、地位に弱い。
レイライトの実家の地位にメイアがよろけて驚いている隙をねらい、メイアとレイライトの隙間に、別の女の子が割って入る。
よし! 上手い。と、ラホークはガッツポーズ。もちろん心の中でだ。
メイアがムッとするのが見えた。
ラホークはニンマリ笑う。
この時、ラホークは、意気揚々と、レイライトの方に近づく。ちゃっかり、メイアの後ろから、両肩に手をかけて、メイアをレイライトから離して、立たせる。
ラホークの意図を察したメイアが少し距離を置いた。ラホークは、メイアに爽やかに見える事を祈って微笑みを送った。
視線をレイライトに向ける。
「おい! レイライト。学長様に挨拶はないのか?」
ラホークが大声で言う。
ややこしいのが来たって感じで女子達がレイライトから離れる。まぁ。様子見という奴だ。
レイライトは、怪訝な顔でラホークを見る。
「学長?」
レイライトは、そう呟きながら、立ち上がると。
「学長さん。よろしくお願いします」
顔には怪訝そうだが、普通に挨拶した。
「馬鹿め。学長なんてのは無いさ馬鹿じゃないか?」
ラホークは、馬鹿にしたように、ヘラヘラと笑う。取り巻きのベンジが横から来て。
「こいつ。騙されてる」
と、腹を抱えて笑う。大袈裟なアクションだ。
彼らの明らかな挑発にレイライトは、どうするか皆が注目したが、どうも反応がない。
黙って二人を見ているだけだ。
馬鹿にされたはずの人間がこうも無反応だと、おどけた方が何だか馬鹿みたいに見える。
それに気づいたラホークが。
「ベンジ。止めろ」
と、取り巻きのベンジにストップをかける。その辺は、クラス一番の成績のラホークは対応が早い。
「レイライト。転校早々、寂しいだろうから、俺たちが構ってやろうって事が理解できないのか? こんなに親切で優しい俺たちに冷たい態度をとるんなら、俺たちも考えがある。いいか? これからお前。空気な!」
ラホークは、そう叫ぶ。
「おい!」と、周りを見回す。「お前達も、これからこいつをシカトしろよ! 逆らう奴は俺たちが容赦しないぞ!」
ラホークが恫喝して周りを舐め回すと、レイライトの周りに集まっていた女子達がスゴスゴと離れて行く。
その時。
「学長さん。何がしたいか分からないが、僕の事が気に食わなかったら直接僕に言えばいいだろう。女の子を脅して恥ずかしくないのか」
そう、レイライトが言った。
颯爽としていて、格好が良かった。
「何を? 生意気な奴だ。思い知れ」
ラホークは、ポケットの中に持っていた、『魔封じの護符』を投げつける。
これを貼り付けられると魔法が封じられ全ての魔法が使えなくなるのだ。
ところが、想定外の事が起こった。二つも年下だとタカをくくっていたが、レイライトは、思いもかけない素早い動作で『魔封じの護符』を避けた。
逆にレイライトは、直ぐに魔法の詠唱をはじめた。『静寂の神イリスの御糧。やんごとなき静寂と安らぎを産め。サイレント』間髪をいれずに『ヤハスの御心は寂にあり。ヤハスはいましたもう。ヤハスの嘆きを癒す。かの者は、動かざりし。寂の僕たりし。不動金縛り』ほとんど連続して二つ目の魔法を発動した。
『サイレント』と『金縛り』の魔法の重ねがけだった。
一瞬で、ラホークとベンジの二人は、声と自由を奪われた。
クラスメイト達は、レイライトの手際の良さにただ驚いて見ているだけだった。
この時、予鈴が鳴り響いた。
「皆が、慌てて席につく」
レイライトも、余裕で着席した。ラホークとベンジは、そのまま姿で動けずに立っている。
先生が入ってきた。
最初、先生は、まだ着席していない二人の生徒達に驚いたが、その二人が評判の悪いラホークとベンジであると気づいた。そして彼等が何かを投げつけるような格好で金縛りになっているのを見。さらに、彼等が何かを投げつけようとしている相手がどうやら転校生であることを見て、だいたいの様子を察したのだった。
そこで、先生は、二人をそのままにして授業を再開してしまったから大変だ。
ラホークとベンジは、レイライトの魔法が解かれる三時限目までそのままの姿でいさせられることになった。




