第二十二 密会
第二十二 密会
サーリ皇女は、マキシミリアン王国の観光で、見るものの全てが珍しく楽しかった。
アールは、ホスト役としてもとても優れていた。
マキシミリアン王国は、広大だったがアールの恐るべき転移魔法で様々なところに瞬時に移動した時は、心底驚いた。
しかも、アールは、一度の転移で随行員の者、警備の者など百名近い人間を一度に転移して見せた。
アールは、それ以外にも様々な聞いた事もない魔法を見せた。
アールの魔法は、どれも想像を絶するもので、これまでの概念を覆す様なものばかりたった。
サーリ皇女は、親善使節団のサーリ皇女ということになっていて、マキシミリアン王国の各地を来訪している事になっている。
天眼通の使える天神族は、マキシミリアン王国での国民の魔力・聖力の強さからおよそマキシミリアン王国の国民のレベルを知る事ができた。
やはり、彼らマキシミリアンの国民は、天神族と比べると相当レベルが落ちる様に感じるが、ミネルバ帝が言っていたとおり、マキシミリアンの支配者種族のハイエンドは、高レベルだった。
特に、王族の能力は、天神族の高レベルの者と同程度の高いレベルの者が多い事が分かった。
これらの事よりもサーリ皇女を驚かせたのは地上世界の豪華絢爛さだった。
サーリ皇女は、女神女帝カサノバから天神族は、地上に愛想を尽かし、引き止める多くの種族を捨てて天上界に移住したのだとの歴史を教えてもらった。
残された者達は、艱難辛苦の末に、天上界を凌ぐ繁栄を手に入れた事になる。
今更、地上界への主権を主張するのは少しおかしいのではないか? とは、アールの言葉だった。
サーリ皇女は、自分達の道化の様な傲慢不遜さが恥ずかしくてならなかった。
天神族の傲慢不遜は、このままでは、種の存続に関わる事になり兼ねないギリギリのところに来ている。
今回の遠征は、本当の意味で実りある遠征だったと言える。
サーリ皇女は、視察の最後にアールと二人の会見を希望してアールに承諾された。
アールと話したいのは、今後の互いの国の在り方についてアールの率直な意見を聞くこと。天上界に招待したいこと。
そして、今回サーリ皇女がどうして地上界に来たかの本当の理由について話す事だった。
まず、率直な質問をさせてもらう許可をもらう。
アールは、うなづいた。
「じゃあ。質問はお互い率直にする。交互にする。必ず回答する。って事でいいでしょうか?」
と、アールが言った。
「では、私から」サーリだ。「貴方は神の特別なご加護を頂いた方ですか?」
「貴方の仰る意味が完全には分かっていませんが、たぶんイエスです。
では、私の質問です。それは、貴方もでしょう?」
「イエスです。ではアール殿下。貴方は奇跡の力の源が見えますか?」
「もちろん。でも、僕は魔力の方も見えます。貴方もでしょ?」
「やはり、そうなのですね。我々の教義では、魔力は存在しないって事になっているのです。
天眼通は、聖力の知覚ができますが魔力の感知ができないのです。私だけが魔力も視覚できたので、少し変だと皆には言われていたのです。
では、次です。貴方からは、魔力・聖力が全く見えません。しかし微かにそれ以外の何かを纏ってらっしゃるのが見えます。それなのにあの様な巨大な魔法・奇跡を成就される。何が何だか分かりません。
教えてくださればありがたいです」
「私は、魔力・聖力があまりにも強くて、感知能力の優れた者に恐れられるので、幼少の時に家庭教師に『インビジブル』の魔法を教わりましてね。簡単に言うと魔力・聖力を体の中にしまうのですよ。
それと、貴方が視覚されたのは、闘気という魔法です。闘気は、魔法や聖力の百倍以上の速度・正確・威力を発揮します。
私の纏っているのは、『闘気鎧』と言う闘気魔法のレベル三十の魔法です」
「貴方は魔法や奇跡を無詠唱で行うことができるのではありませんか」
サーリは、今度は自分が質問される番だと分かっていても聞かずにはいられない。
アールは、爽やかに笑って答える。
「生まれて初めての魔法が無詠唱でした。私には魔法や奇跡が発動されるプロセスがスローモーションの様に大体理解できるという特殊技能があるようです。
皇女殿下にはそのような誰にも無い能力ってありますか?」
サーリ皇女は、アールの説明に、一瞬驚いて目を丸くしていた。
「私には、『慧眼』という特殊能力があります。『慧眼』とは、一瞬で物事の本質を見極める能力だそうです」
サーリ皇女は、包み隠さずに言った。
「つまり、二人で会見をしたのはその『慧眼』で、何かをつかもうとされているって事なのですか?」
アールも重ねて質問する。
「貴方が敵か? 味方か? そして、何を望み、何を求めているのか? それが本当に聞きたい事です」
アールは、笑い出した。
「それに答える前に今回のこの茶番は、貴方が企画されたのですか?」
サーリ皇女も可愛らしく笑いだした。
「すみません。天界では、世界の情報が少ないのですが、その少ない情報を『慧眼』で見ていますと貴方がとても目立って見えたのです。しかも貴方は何か大きな事をされようとしているとだけはわかります。
そこで、うまく大臣達を焚きつけてやってまいりました」
アールもサーリ皇女の『慧眼』に驚いたようだ。
「なるほど。これほど目立たなく行動していても。あの戒厳令ですね?」
サーリが可愛くうなづいた。
「そうです。あの戒厳令後、奴隷の取り引き相場が崩壊しました。しかし、それを期に、誘拐の世界的増加がみられます
しかし、全世界の奴隷商人が奴隷の獲得のためにバラバラで行っているようには見えません」
ここで初めてアールの顔に動揺が走る。
「『慧眼』恐るべしですね。私が目立ちすぎたのですね? 何らかの組織的な力が働いていると?」
「私は、その事を貴方に忠告に来たのですが……
今、確信しましたが貴方は何もかもご承知で、あの様な? それは、戦線布告って言う事ですか?」
「本当に『慧眼』恐るべしですね。あれは、確かに炙り出しです。
しかし、まだ確信に至る手掛かりは、全くありません。
私の仮想敵は、貴方の様に統計分析まで行う者がいるとは想像もしなかったのでしょう。
正直申し上げると、私は貴方が彼らの手先なのではと思っていたのです。でも、それは無さそうですね」
そう言うと、この少年は、どこまでも爽やかに笑った。
サーリ皇女の『慧眼』は、やかましく彼女に、眼前の少年を可能な限り取り込めと警鐘を鳴らし続けている。
彼女の女心は、一目アールを見たときから全面降伏していて、『慧眼』に逆らうつもりなんてない。
「アールティンカー殿下。わたくしは、殿下よりも二つも年が上ですが、女としてどう思われますか?」
サーリ皇女は、本当に率直に聞いた。
「とても、素敵な女性に見えます。もし、皇女さえよろしければ、正式に、妃としてお迎えしたいと思うほど。
ましてや、貴方の『慧眼』は、我々は、是非ともその様な能力を持たれる方を人材に欲しいと思っていました」
サーリ皇女は、前半だけ聞いて、後半は、上の空になってしまった。
「アールティンカー殿下。ありがとうございます。是非、正式にその様にお進めくださいましたら、大変嬉しく存じ上げます」
サーリ皇女は、恥ずかしさに顔が上げられない。
アールは、皇女の積極的すぎる発言に少し戸惑った顔をしたが、悪い気はしない。
「皇女殿下の様な素敵な女性にそこまで言われては、男としてこれ程嬉しい事はありせん。
貴方には『慧眼』がお有りでしょうが、私も人を見る目はあると思います。それに、私には信頼する女性の秘書官もおりまして彼女も貴方を絶賛しています。
この様な素晴らしい申し出を本当にありがとうございます」
アールの即答に、サーリ皇女は輝くような笑顔を向けた。
その笑顔の愛らしさは、この世のすべての男性を虜にせずにはおかない愛嬌があった。アールも眩しそうにその笑顔を見ている。
「アールティンカー殿下。わたくしの国の了承を得るためには、天帝の許可が必要ですが、お母様は、わたくしを跡継ぎにと考えているのではと思います。
殿下のもとに嫁するのをスムーズに進めるため、一旦、国に帰りお母様やお兄様、諸卿らの説得をしたいと思います」
アールは、少し、目を細めてサーリ皇女を見ながらうなづいた。
「もし、皆が反対し、婚姻が叶わないとしたら?」
サーリ皇女は、ニッコリと可愛く微笑んだ。
「飛び出して参ります」
アールが笑ってうなづいた。
こうして、二人の気持ちがはっきりする。
大変めでたい事だか、サーリ皇女は、そこは深窓のお姫様。年上なのでここはリードして、手ぐらい握っておこうとかの発想はない。
アールも実年齢は十四歳だが、前世の記憶がある。前世の記憶は、フィルターが掛かった感じであるにしても単なる十四歳ではない。前世に置いても恋愛の一つやキスの一つや……その辺の記憶になると至って曖昧になる。
なので、こう言う重大時に、唯のヘタレな十四歳になってしまう。
手ぐらい握ろうとも思わない、頭でっかちな二人だけの婚約はこうして成立した。
大変、微笑ましくもあるが、二人には、乗り越えなければならない試練がある。それは、異種族・国際・ロイヤルという三重の高く厚く頑丈すぎる壁を突破すると言う試練だ。
簡単には婚姻へのゴールは手に入りそうにもない。二人きりで会うのもそう簡単な事ではないだろう。試練を乗り越えるためには大きなイベントクリアが必要となるに違いなかった。




