47 『本質的象徴の物体化について』
『《水魔法》を取得しました』
『《光魔法》を取得しました』
『《初級杖術・II》を取得しました』
『《牙強化・I》を取得しました』
『《消化力強化・I》を取得しました』
『各種スキルに対し、熟練度の振り分けを行いました』
『《初級銃術・V》が《初級銃術・X》に変化しました』
『《視覚強化・V》が《視覚強化・X》に変化しました』
『《咬合力強化・III》が《咬合力強化・V》に変化しました』
「んー……」
旨味が無い。熟練度を注ぐ対象を絞ってこれか。
あの量を殺したというのに。
いや、額面上として変化しないスキル達にもある程度の熟練度を割いたのも関係しているんだろうけど、それにしても大して上がっていない。
し、目新しいスキルも特に無い。
ゴブリンから水魔法、目の死んでた冒険者から光魔法が取れた事ぐらい? キマイラに加えて五十人分の戦闘員のスキルを一気に取れた経験があれば、こう思うのも仕方ない気がする。
まあ、ゴブリンに関しては本当にどうでもいい。
一番の問題はこれ。
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・〈天竺鼠の神核〉
[権限不足により閲覧不可]。
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『格納空間』の、奥の奥の方にあった物。
フィアがどうなのかは知らないけれど、少なくとも私の『格納空間』は体内に存在する物であり、内容物に至っても一つ一つ鮮明に知覚する事が出来る……筈。
そのルールの例外に位置しているのは、これだけ。
回収した魔石を一気に取り出せるかが気になって、〝胃〟の内容物を〝口〟から吐いたりしてたらころっと出てきた。
掌の上に乗るそれは、一口に言えば多面体。
何面かは言えない。だって時間経過でスライドショーみたいに形が変わっていくし。
「ナビ、これについてなんか知らない?」
『[回答出来ません]』
「何故」
『規約に抵触する恐れがある為、それに関しての説明は行えません』
カスが。
「……説明出来る範囲でなら?」
『――――。――、――……、内容量は、残り66.73%』
「何の」
『[回答出来ません]』
……まあ、いいや。
どうせ今では、解明出来ない事だろうし。
放置で。
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「……」
なんか、すっごい、抱き着かれてる。
フィアに。
「……えーっと、なんかあった?」
んー、思い当たる事と言えば……【泣別】の副作用というか、効果そのものの所為かな。
『闇』という字面から受ける印象で、五感やら主観やらを閉め切っただけなんだけど。
謂わば、全感覚のマスキングだね。
この効果の下にある対象は五感から切り離され、私が解くまでは投資した運用魔力が切れるまで延々と〝意識〟だけを意識し続ける。だからまあ、他の人に掛ければ気とかが狂うんじゃないかな、とまでは一応推測してるけども。
フィアなら大丈夫だと思ったし、大丈夫じゃなくてもいいと思ったし、そもそもこの魔法を掛けられてしまっている時点で彼女は正気ではない。
潜在意識レベルで、私への抵抗を手放しているが故に。
てかじゃないと効果自体が掛かんないし、あんま使えないね。
手探りの魔法じゃあこの程度。
「……ほんとうに、リーナさん、ですよね……?」
「私以外に私はいないよ。いたらビビる」
適当に抱き締めて頭をよしよししてあげれば、それだけで浅く乱れていた呼吸は落ち着くのだから、これ以上に扱いやすい人間は存在しないと思う。
人間なんて、私の思い通りになればなるだけいい。
「こわ、かったです」
「そうなんだ」
「ひ、一人になっちゃったんじゃないかって……リーナさんに、置いていかれたんじゃないか、って」
んー、髪の毛がさらさらしてるね。
前よりも増して、手触りが良くなってきている……気がする。
「……」
なんだかな、戦闘直後だからからかなあ。
私の腕の中でびくびくと怯えて、不安と恐怖に苛まれている彼女を……虐めたくて、うずうずする。
私がこんな感じで怯えたり不安だとか恐怖を覚えた事は無いけれど、私を虐めていたあの人達も似たような心情だったのだろうか。
だとすれば、他者を虐げる悦びというのは私と彼らの内で共有出来る物らしい。それは即ち、私と彼らが根本的には同類であるという事で――いや、より厳密に言うのならば……。
なんだろう、復讐性を帯びた加虐欲みたいな。
「……リーナ、さん?」
「んー?」
私と彼女の間で熱平衡が生じているのを感じていると、おずおずと上がった物と目が合った。
「どうしたの?」
「……なんか、目が、怖いです」
まあ、真っ赤だからね。深紅だよ深紅。
そういう事を言いたい訳ではないのは分かっているけど。
なんとなくの雰囲気で私の考えている事でも感じ取ったのか、言いようの無い不穏さでも覚えているのだろう。私が抱える死の欲動というのは道連れ型だ。私は彼女を道連れにしたい。
……いや、まあ、『彼女』というより、〝私物〟を現世には残しては逝けないというか。死ぬ時はぜーんぶ荼毘にしたいものだね。全てを烏有に帰そう。立つ鳥、跡を濁さずとも言うしさ。
息を吐く。
「大丈夫だよ。君との約束は、ちゃんと守るからさ」
この、不均衡で不釣合で不健全な、【契約】の上で。
注釈を付ける事もなく、彼女の額に口付けた。
▼△▼△▼△▼
たまにだけど、考える。
自分が生きていていいのか、と。
罪悪感とか、そういう話ではない。父だろうが神だろうがなんだろうが、私には他生物を殺してそのような物を負う機構は無いし、道理も無い。
それは胎盤と共に捨てられた。
乾燥した臍の緒とは違って、保管されていなかったから。
だから罪悪感とか、そういう話ではない。
ただ単純に、生きる意味が見出だせないだけ。
浅い眠り、低品質の悪夢、起き抜けの自傷。
一番最後はともかくとして、前者と中間は殆ど毎日繰り返している物で、死亡時と転生時に生じた意識の断絶よりも長く眠れた日なんて無い。
日々、言いようのない焦燥感に炙られている。
そうして、目を瞑ってもまるで意識が落ちない事に焦りを覚えては蹲り、毛布を掴み、妙に激しい心臓の鼓動を感じ取り、喉の渇きを覚えては水を飲んで、また寝具の生温さに炙られていく。
そうでなくとも、起きている時でさえ吐息の無価値さ、鼓動の無意味さを覚えては、腐り落ちていく脳をどうにか刺激しようと手を尽くし、巨視的な視点は変わらぬまま刹那だけに溺れるような人生。
救いは要らない。
私は救われない。
救われては、いけない。
死とは救済ではなかった。全体的には逃避であり、私にとっては自己実現の一種にて行われた物で、極めて個人的には救済としての解釈の余地も残されている抽象的概念の一つでしかない。
拡大しきった可能性とは、死に至る病である。
父親に首を絞められた際、それが要因で全てが途絶してしまう事に恐怖を覚えた、そんな自分に驚きながらも従った。
だから殺した。
それ以外に理由は必要無く、また自刃したのも同様の理由でしかない。人生の終焉に対する忌避感が抵抗の根拠であり、『望月璃奈』を殺害したのは納得感を求めての行い。
それは自己実現。長きに渡って、抑圧的環境に置かれていた私が恐らく無意識下で渇望していた物であり、諦念の表れであり、絶望そのもので。
それで終われば良かったものの、まるで大ヒットしたからって第一作の完璧な終わりを滅茶苦茶に壊して台無しにするような、そんな続編の所為で、私はコインを投げる羽目になった。
占い師に予後を尋ねるのは主体の放棄ではあるが、自我から生じた意思の元によって選択されている時点で、それは〝選択〟に他ならない。
賽は投げられたが、投げたとも言い得る。
その余地が残っている。
私はコインに身を委ねた。
或いは、その選択自体が私だった。
結果としてそれは〝表〟を出し、そしてあの『黒い空間』の果てにあった〝穴〟に落ち、この身寄りと文脈とを喪失された場所にいる。
ここは可能性に溢れていた。
まるで幻想性に満ちており、非現実性に満ちている。
私が息と鼓動をしている場所は、正真正銘〝剣と魔法のファンタジー〟を遵守した世界だった。
多少、異物が紛れているとはいえ。
しかし、私は己の可能性に絶望しきったからこそ、これ以上存在を踏み躙られぬよう、一番納得出来る死に方で死んだのでは無かったのか。
己の生き様、或いは世界観、或いは思想に反し、手に転がり落ちた幸運を、身勝手にも享受してしまうのか。
〝表〟という結果を、いけしゃあしゃあと受け入れるのか?
いや、そうではない。そうなれない。それは出来ない。でなければ私は、『望月璃奈』ではないのだから。結果、今こうして考えている時点で、私は意志の結果に従順であるとは言い難い。
しかし、完全に反逆してしまぬ理由は、何かと論拠をこじつけてまたしても己の手で自分を殺さない理由は、きっと――、
単純な話としては。
現実世界は、熱的死を迎えた。
幻想世界は、そうではなかった。
だから、私が生きているのは……まだ、〝ここ〟には可能性が残っているからなのだと思う。この世界に対して無知だからこそ、想像の余白は酷く空いているのだと思った。
生きていていいのかではなく、私は生きるべきだ。
この世界の全てを、解明するべきだ。
賽は投げられたのだから。
私は己の身と共に、賽を投げたのだから。
そうして〝剣と魔法のファンタジー〟を必ずしも究明し、未知を既知に貼り替えて……そうまでして、漸く。
――私は、死に至れるのだろう。
ベッドに横たわりながら、少ない瞬きでそう考えた。
死ぬ為に、生きる為に。




