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食卓上、機械摂理夢遊論。  作者: 未曲
一章 『転生少女と廃棄聖女』
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0 『俗に言うプロローグ』

よろしくお願いします。



 けれども、眼だけが冴えていた。


 私の身体に感覚というのは無数にあれど、その中でも、この二つある眼だけがかろうじて現状を処理できていた。

 今は不明瞭と無理解だけが、感覚を圧迫しようと埋め尽くしている。この空間は、『浅い悪夢』と言うには余りにも鮮明で、『死後の世界』と断言するには漠然とし過ぎている。酷く、混迷が極まっていた。


 だけれど。


 私はそれらの馬鹿げた状況と、引っ掛かりのある事実を呑み込まなければならない。

 宛ら、パサついたパンを牛乳で呑み下すように。


『今日未明、■■市のアパートに在住する三十七歳男性と十六歳女性の死体が近隣住民からの通報で発見され、警察は無理心中の可能性があるとみて捜査を進めており――』


 呑み込まなければ、前には進めない。

 例えパンの端が喉奥に引っ掛かろうが、欠片が気管に転がり落ちようが、私は呑み下すべきだった。

 今はただ、その行為だけが要求されている。


 液晶面を収めた機械から発せられ、抑揚の無い声が報道する『自分の死』という事実を。

 そんな事実と共に映し出される画面を、形容し難い人型のナニカと共に眺めているという状況を。


「――――」


 事実は、まだ受け入れられる。


 それには喉に突き刺さるような心当たりがあり、克明な覚えもある。赤熱として焼き付いている激痛の記憶が、飽きる事なく事実の正しさを過度に証明し続けているのだから。


 ――問題は、状況だ。


 死に絶えた筈の意識は、時間も場所も世界観すらも不明な空間にある。そこでただ立ち尽くす私のすぐ真隣には、幽霊の如く下半身がぼやけたナニカが、その比較的細い腕を組んで立っていた。


 意味が分からなければ、訳も分からない。凡そ脈絡という物が、ここには無い。警察に通報して助けを求めようにも、携帯電話など無く。

 唯一の所持品は、手首に冷たさを伝える安っぽい出刃包丁。

 それが一本のみ。

 まあ、携帯電話なんて少し前に壊れたままだし、そもそもこんな局面で警察如きが役に立つとは思えないけど。


「――――」


 制服を汚す赤黒い液体が、棒として立ち続け考え続ける私の心に重みを与える。少しくたびれた布地に染み込む血腥い液体を払拭するように、血で汚れた右手で、血で汚れた頬を拭った。それでも、殺人の余韻は残ったまま。

 私は綺麗になったのか、それとも逆に汚れてしまったのか。無意味に思える行動を挟み、妙に馴染む包丁の黒い柄。

 後背で強く握り、逆手に締める。

 

『自分が死んだって、そろそろ理解できたかい?』


 私よりは低音である事だけが理解可能な、不鮮明な声が掛けられた。


 死亡したと自覚させるために、わざわざここまで私に尽くしてくれるだなんて。どうやら相当なお世話好きらしい。ただそれだけの為に、こんなに盛大な誕生日サプライズをしてくれるなんて。

 ホント、心の底からの感謝が尽きないね。


 まあ如何せん、趣味は悪いみたいだけど。


「まあ、流石に。ここまでされれば」


 聞かれた事に、ただ答えを返す。

 皮肉めいた思考が滲み出ていそうな声音で、表情筋に染み付いた動作通りに、軽薄な笑みを貼り付けたままで。


『記憶処理は……しなくても良さそうだね』

「……どうも」


 巡り、しかし無意味な思考は、悪寒と共に鼓膜を引っ掻く声で強制的に引き戻された。

 実際、ありがたくはあるのだろう。横から聞こえてくる言葉を全面的に信じるのなら、とりあえず『記憶処理』という名目で私の記憶を好き勝手に弄られる、という事にはならないらしい。

 どういった記憶の処理を施されるのかは知らないけど。

 そもそも、今からもう一度死ぬかもしれないし、私の記憶が改竄されないという保証に大した意味も、同じく価値も皆無である気がしてくるが。


「――――」


 ……。


 ……もしも。


 もしも、こんな自虐的な思考さえ真横に立っている『人型のナニカ』に読まれていたら、その時点で私の計画は破綻する。

 心を読む事は出来ないだろうと、希望的観測は――当たりこそ付けてはいるが、そもそもこんな包丁程度で切り付けた所で死んでくれるのだろうか。どうか死んでくれると嬉しい。

 せめてこの心だけは、晴れ晴れとするだろうから。


『ま、後は自由にやればいいさ』

「……そう?」


 うーん、なんて言えばいいのかなあ。

 まるで、宿題をやろうとしていたその時その瞬間に、運悪く母親から『早く宿題をやりなさい』とでも言われたかのような……受け入れがたい反発心。そういう類の物を犇々と感じる。

 ま、母親に、そんな事を言われた記憶は一つも無いんだけど。

 それに。仮に私が、この先に待ち構えているであろう『二度目』の人生で自由になったとしても、それは目の前の不気味な人型が定め、促し、導き、選び、創り、指し示した道でしかない。


 そんな自由は、私が思う〝自由〟では到底有り得ない。


「本当に、〝自由〟にやっていいの?」

『……ん? うん、さっき言った通りだよ』


 言質と、確認は取った。

 ならば、私は私の思い描く『自由』というやつをこの手に掴み取れるように、精々努力してやろう。

 例えそれが、叶わぬ物であろうと。

 この急造の計画が頓挫して、今一度、もう一度死んでしまったとしても……私は両手を精一杯広げ、満面の笑みで受け入れよう。

 己の終わりを、受け入れてみせよう。


 一度は捨てた斯様な命。

 二度目を生きるかどうかを、不確定で不確実な計画の成否に任せてしまったって。

 例え、コインの表裏にこの身を委ねてしまっても。


「……二言は?」


 先程までの思考を言葉に乗せず、殊更に言質を引き出す。

 目を細めて反応を観察していると。ふと、左手首に出刃包丁の腹がひたりと触れた。その冷たさに感応したのか知らないが、冬の季節に家から閉め出された時と同程度。そのくらいに思考が冷えていく。

 

 正直な話、この計画は自暴自棄と遜色無い。

 欠陥なんて煌めく星程度に数えられるだろう。


 だがしかし、そんな〝馬鹿げた計画〟は一から十まで全て私が考え、私が立案した物でしかない。

 故に、こんなふざけた計画には人生至上の意味があり、山となる程の純金に近似した価値がある。


 死出の餞には、余るくらいの。


『二言なんて無いよ。神でさえ、吐いた唾は飲み込めやしない』


 その自重を思わせる言葉には、凡そ重みという物は感じられず。

 だけれどどういう訳か、『嘘ではない』と強く確信出来る物だった。


 まるで、神の御言葉かそれに類するナニカのように。


 冗談ではない。

 仮に、アレが本当に〝神〟なのだとしても――。


「――――」


 私は、他者が振った賽の出目になんて、従いたくはない。己の手で振れさえするのならば、酷く重心の偏った賽でもいい。

 どんな条件であろうと、私の命運を定めるのは常に私であるべきだ。

 そうでなければ、承認出来かねるのだと。


「それは結構」


 息と言葉を吐いてから、ここに至るまでの思考に矛盾が無いかを意識的に、走馬灯のように記憶を想起していく。


「……」

 

 常々匂う酒、煙草の匂いと。距離のあるクラスメイトに、無機質な通学路。父親と、包丁と、血溜まりと。

 殺した私に、死んだ私。


 ああ……あとは――、



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