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 平穏な日々はあっという間に過ぎ去って。

 迎えたのは二学期。


 クラスメイトの焼けた肌と溌剌(はつらつ)とした笑顔は、青春のど真ん中を生きているようで。


 私だけが取り残されたような……。そんな寂しさを抱きながら、身の置き場のない狭い教室で、人形のように時が過ぎるのを待つ。


 まだどこか、休み明けの気だるさを引きずっていた教室も、一週間も経てば普段通りに戻り、ひと月も経った頃には留まる残暑にみな、辟易しているようだった。


 私はといえば、いつもの非常階段で彼と顔を合わせ、教室では息を潜める日々。


 十二月十二日。

 プレゼントのお礼を伝え、彼の誕生日を確認した。実に覚えやすくて忘れることはないだろう。


「やってみたいんだ。誰かの誕生日を祝うってこと」


 いつかの彼の言葉がずっと耳に残っている。祝ってもらうのではなくて、祝いたい……。孤独を知る者にとって、これ以上なく身に詰まされて。


 彼の期待に沿うような笑顔も、お礼の言葉も返せなかったと思う。せめて、精一杯の気持ちを込めて彼の誕生を祝おう――。

 そう心に決めた。


 ようやく残暑も落ち着き、朝晩は過ごしやすくなった十月のこと。


 坂の麓。住宅街へ抜ける手前に一級河川の支流がある。支流とはいえ川幅は広く、立派な橋が雛坂と住宅地とを結んでいた。


 実質、住宅地からは雛坂台高校へ向かうのみで人も車も交通量は少ない。


 その橋のちょうど真ん中あたり。自転車を傍らに停めて、河を眺めている雛高の女子生徒の姿があった。


 チラリとこちらを見たような気がしたが、直ぐに視線を河に戻す。その仕草が芝居がかっているようで、妙な胸騒ぎを覚える。


 それは――、すれ違う瞬間だった。


 「マスクしてるんだ」

 振り返りもせずに、河の向こうを見つめたまま。驚いて立ち止まったまま背中を凝視する。


 無言の背中。

 ぞわぞわとした嫌なものが、背中から首筋へと駆け抜けた。


 「……隠せやしないのに」


 吐き捨てるように女子生徒はそのまま自転車に乗って去って行く。


 喉元に鋭利な刃物を突きつけられたような気がして、呼び止めることも出来ずに呆然と立ち尽くしていた。


 嫌な汗が吹き出し、投げかけられた言葉が突き刺さる。


 明確な意思をもって、私をあの場所で待ち伏せしていた。マスクに触れたことも傷痕を知っているような口振りだった。


 顔は見れなかったけれど、声は聞き覚えがあるような気がする。耳元あたりで切り揃えられたショートカット。少なくともクラスメイトではない。


 次に脳裏に浮かんだのは、赤い口紅……。


 断定はできないけど、悪意が人の姿となって、形を現した気がした。


 いつだって、私の足もとは薄氷。


 怯えながら暮らす毎日は、それだけで心をすり減らして。


 人も車もない橋の上で。

 不意にぶつけられた言葉を受け止めきれずに。

 はらはらと、溢れ出るものがあった。

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