第7話 再定義される世界
――静寂が、崩れた。
それは音ではなかった。
むしろ、音が“消えた”。
世界から、余計なものが削ぎ落とされるように。
「……お嬢様」
リゼットの声が、わずかに低くなる。
「環境、変質しています」
「ええ」
セレスティアは剣を構えたまま、周囲を見渡した。
「先ほどより、整っていますね」
「整っている、というよりは」
エルドが息を整えながら言う。
「“書き換えられている”」
その表現が、最も近かった。
空間の質が変わっている。
いや、世界の“定義”そのものが。
「再定義、完了」
声が、再び響く。
だが、それは先ほどまでとは明確に異なっていた。
より冷たく。
より機械的で。
そして――
明確な“敵意”を帯びていた。
「対象、危険度:最上位」
「処理優先度、最大」
「排除プロトコル、更新」
その瞬間。
世界が、セレスティアを“敵”として認識した。
「……なるほど」
セレスティアは静かに頷いた。
「今度は、最初から本気ということですね」
「軽く言いますね……」
エルドは乾いた笑みを浮かべる。
だが、その余裕はない。
今の空間は、これまでとは明らかに違う。
“拒絶”ではなく、“排除”。
世界そのものが、敵意を持っている。
「お嬢様」
リゼットが一歩前に出る。
「防御に専念してください。攻撃は――」
「いえ」
セレスティアは首を横に振った。
「今回は、少し観察してみたいので」
「観察……」
エルドが呟く。
(この状況で、それを言いますか)
「来ます」
リゼットの声と同時に。
空間が“落ちた”。
上も下もないはずの世界で、重力が発生する。
それも、明確な“圧殺”を目的としたもの。
「重力制御……!」
エルドが声を上げる。
通常の魔法とは桁が違う。
世界の法則そのものへの干渉。
「――ん」
セレスティアは軽く踏み込んだ。
その一歩で、周囲の圧力が歪む。
まるで、存在そのものが干渉を拒絶しているかのように。
「面白いですね」
小さく呟く。
その声には、わずかな楽しさが混じっていた。
「次」
声が響く。
瞬間。
空間が“反転”する。
上下が入れ替わり、感覚が狂う。
さらに、時間の流れが乱れる。
動きが鈍る。
思考が遅れる。
「時間干渉……!」
エルドの声が遅れて届く。
「お嬢様――」
「大丈夫ですよ」
セレスティアは微笑んだ。
その動きは、まったく鈍っていない。
まるで、影響を受けていないかのように。
「少し遅くなっているだけですね」
「その“少し”が致命的なのですが!?」
「そうでしょうか?」
本気で不思議そうだった。
「では」
剣を軽く振る。
それだけで。
歪んでいた時間の流れが、元に戻った。
「……今、何を?」
エルドが呆然とする。
「切っただけですが?」
「何を!?」
「時間を、でしょうか?」
さらりと言う。
エルドは完全に沈黙した。
理解を放棄するしかない。
「……解析不能」
声が、わずかに乱れる。
「干渉範囲、拡張」
「処理、再構築」
次の瞬間。
“それ”は、形を持った。
巨大な、輪郭。
人型に近いが、完全ではない。
光と影が混ざり合い、不安定に揺らぐ存在。
「……あれが」
エルドが息を呑む。
「中枢……」
「はい」
セレスティアは静かに頷いた。
その瞳には、明確な興味が宿っている。
「ようやく、それらしいですね」
“それ”が、こちらを見る。
視線ではない。
だが、確かに“見られている”と分かる。
「……対象」
低く、重い声。
「排除」
その瞬間。
世界が、収束する。
すべての力が、セレスティア一点に集中する。
逃げ場はない。
防ぐ術もない。
――通常であれば。
「失礼します」
セレスティアは、一礼した。
その動作は、これまでと何一つ変わらない。
「少しだけ、本気で」
剣を構える。
その瞬間。
空気が変わった。
いや、世界が。
「……?」
エルドが違和感に気づく。
「今……」
「ええ」
セレスティアは静かに言った。
「少しだけ、合わせました」
何に、とは言わない。
だが。
“それ”の力に、合わせたのだと。
理解できてしまう。
「では」
一歩、踏み出す。
「確認します」
剣が、振られる。
それはこれまでと同じ動作。
だが。
結果は、違った。
“それ”が、初めて“防いだ”。
空間が軋み、世界が震える。
だが、完全には切れていない。
「……あ」
セレスティアの瞳が、わずかに見開かれる。
「今のは」
ほんの少しだけ。
嬉しそうに。
「ちゃんと、抵抗されましたね」
その言葉は。
あまりにも、危険だった。
「……危険度、再更新」
声が、わずかに震える。
「対象、排除不可能」
「対処――」
言葉が、途切れる。
その理由は、単純だった。
「では」
セレスティアが、もう一度構えたからだ。
「もう少しだけ」
その微笑みは、変わらない。
「強くしても、よろしいですか?」
世界が、初めて“恐怖”を認識した。




