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ヤンデレ公爵の大切な人  作者: よなぎ
第三章
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世間知らずを思い知る

 あれから二週間。レオは私の返事を待ってくれている。ただ、覚悟してと宣言した通り、前よりも距離は近くなった気がする。


「柚月さんって魔獣を見たことないんですか?」


 隣に立つカインさんが驚いたように言う。魔獣を見たことないのがそんなに不思議なのかと逆に驚く。元の世界にも魔獣なんていなかったし、この世界に来てから生命の危機を感じたのはニアさんの件だけだ。そもそも公爵邸から出ることがない私。レオも魔獣が出るような危険な場所に連れて行くことなんてない。カインさんも私と同じ思考になったのだろう、「それもそうか」と勝手に納得していた。


 今いるのは皇室が管理する訓練所。目の前でレオが団員たちを次々と相手しているのを眺めている。真剣ではなく木刀なのだが、団員と違い防具すら着けていないレオに心配していたのだが、カインさんの態度を見るにいつも通りみたいだった。日陰で椅子に座って優雅に見ている私とは違い、皆、汗を流しながら頑張っている。


「魔獣ってどんな感じなんですか?」

「んー、凶暴な狼みたいな感じです」


 カインさんは近くに落ちていた木の枝を拾うと私の隣に戻ってしゃがみ、そのまま地面に絵を描き始めた。私に絵で説明してくれているのだろう。ただ、お世辞にも上手と言えないカインさんの絵は奇妙な生き物が描かれていた。


 足が六本……? 耳が三つある……? いや、魔獣だから私が見慣れないだけかもしれない。


「カインの絵は下手だぞ」


 頭上から声がしたので頭を上げたらレオがいた。休憩中らしく、他の人たちも日陰で座り込み各々、水分補給をしていた。レオと一緒に来た私が気になるのか時折、視線を感じる。


「お疲れ様」


 膝の上に用意していたタオルをレオに渡す。


「団長、ひどい! 力作なのに!」

「子供の方が上手だ」

「そういうなら団長が描いてくださいよ」


 手に持つ枝をレオに渡そうとするが、そんなカインさんを無視をして私を見る。目の前に手を出されるが意図がわからず手のひらを見ていると冷たい空気がレオの手のひらに集まってきてあっという間に狼の形をした氷ができた。その氷を受け取り見つめる。


 足が六本だと思っていたが実際は四本で内一本は尻尾のようだった。六本中五本は何か判明したが残りの一本はわからないままになっている。耳が三つだと思っていたのは、どうやらツノだった。確かにツノが生えた狼なんて私は見たことがない。


「あまり他の動物と変わらないね。可愛い」

「まぁ、模型だから。実物は歯が異常に多いよ」

「歯の真後ろにまた歯があるんすけど、それがもう、気持ち悪いんですよ。前にある歯は肉を噛み切る用で鋭いんですけど、後ろの歯はすり潰す用で骨まで食べるみたいです」

「サメの歯みたいな感じってこと?」


 カインさんが首を傾げる。どうやらこの世界にサメは存在しないみたいだ。眺めていた手の中にあった氷の模型が消えた。


「そんなことより、昨日の夜に作っていたやつはないの?」


 レオに言われてハッとする。昨日のお昼、レオから訓練場に誘われて手土産でもと思い、夜にサナと料理長に手伝ってもらった物を忘れていた。

 椅子の後ろに待機させていたクーラボックスの蓋を開ける。クーラボックスの中はレオの魔法で冷やしてもらっていた為、氷漬けになっている。魔法を解いて貰えば中からレモンの蜂蜜漬けが入った保存ビンが出てきた。


「レモンの蜂蜜漬けです! 他の方にも差し入れありますよ」

「え、わ、うわぁぁぁ!!」


 カインさんが目を輝かせて私の手の中にあるビンを眺める。そんなに驚くような物でもないのにカインさんの姿を見ていたらなんだか嬉しくなった。

 他の人たちもカインさんの声が聞こえたのだろう。なんだ? と不思議そうにこちらを見ている。


「俺、こんな高級品がこんな場所で食べれるなんて思わなかったです!」

「え……?」


 カインさんの言葉に今度は私が驚く。


「レモンも蜂蜜も高級品ですよ!」


 恐る恐るレオの顔を見上げるとレオは「知らなかったの?」と不思議そうにしていた。

 知りませんでしたよ。お昼にサナにレモンと蜂蜜の買い出しお願いした時も笑顔で承諾していたし、料理長も嬉しそうに私の手伝いをしていたし、誰もレモンと蜂蜜が高級品って教えてくれなかったよ。ビンに意気揚々と蜂蜜を惜しみなく流し込んでいる私を誰も止めてはくれなかったよ。


 レオやカインさんだけでなく他の人も食べれるように多めに作ったレモンの蜂蜜漬け。小さい保存ビンと言えども十個ほどある。


 カインさんは放心状態の私に気付いておらず、嬉しそうにクーラボックスを持ち上げて他の人たちに配りに行っている。


「……ご、ごめんなさい」

「……?」

「高級品って知らなくて、いっぱい買っちゃった……」


 私は街に行ったことがないので相場を知らなかった。前に街に行ってみたいと言ったことがあるのだが、サナは困ったように笑って、レオからは拒否された。公爵邸を出ることがない私はレオからのお小遣いを使うことがないからと断っており、何か欲しい物があればサナからレオに伝わるようになっている。


「公爵家にとっては微々たる金額だったよ。それより、俺にそれ食べさせて」


 慰めるように私の頭を優しく撫でてくれる。私が楽しそうにレモンの蜂蜜漬けの良さについて語っていたからレオは何も言わなかったんだろう。


 保存ビンにくっ付けておいたクリアピックを持ってレオに食べさせてあげる。


「ん、美味い」

「あー、柚月さんがいるー!」


 聞き慣れた声が訓練場に響いた。近くにあるレオの顔が少し嫌そうな顔をした後、いつもの表情に戻る。声がした方へ振り向けば茉里ちゃんと殿下がいた。


「久しぶりです。何持っているんですか? あ、レモンの蜂蜜漬け! レオン、好きなの?」


 小走りで近付いて来た茉里ちゃんは私の手の中にあるレモンの蜂蜜漬けをみた後すぐにレオへと視線を移す。レオは相変わらず、茉里ちゃんが苦手なようで無視をしている。そんな様子も茉里ちゃんは気にしないのか笑顔でレオに話し続ける。


「働いてもいないのに立派な物を食べているな」


 鼻で笑いながら私を見る殿下。その通りなので返す言葉もない。頭を下げて軽く挨拶をするが、挨拶は当然の如く無視された。


「柚月さんが外にいるって珍しいですね」

「うん。久しぶりかも」

「街にも行かないんですか?」

「まだ行ったことないかな」


 私の返事を聞いた茉里ちゃんはレオに視線を移して「ふーん」と何か納得したような声を出す。私だけ何も知らないから少し居心地の悪い空間にもやもやしながらも、二人に気付かれないようにする。


「茉里ちゃんはどこに行っていたの?」

「隣国に行ってたんです。ほら、隣国と友好関係を築くために隣国で魔族が出たら私が出向くって最近決まったじゃないですか」

「そうなんだ……」

「新聞で大々的に書いてましたけど、柚月さん、私の活躍知らないんですか? もしかして新聞も読まないんですか?」

「世間知らずにも程があるだろう」


 この世界についてレオが教師を雇ってくれているため、隣国は他の国に比べて魔獣などの魔族の出現率が低いから対応できる人が少ない問題を抱えているというのは知っている。だが、街に出ることも新聞を読むこともない私は世間を知らない。


 茉里ちゃんと殿下の言葉がチクチクと刺さる。


「俺が許可していないから新聞は読まないし、街にも行かないだけです。聖女が活躍しようが何しようが柚月には関係ないので」

「柚月さーん! 皆、めちゃくちゃ喜んでました!」


 レオの冷たい言い方に険悪ムードになりそうだった空気が走りながら戻って来たカインさんの言葉で一気に雰囲気が変わる。隣まで来たカインさんは私の顔を見てニコニコ笑っている。思わず、私もつられて笑う。私が笑ったのを確認するとそのまま顔を上げて茉里ちゃん達を見る。


「あれ、殿下と聖女様もいらっしゃるじゃないですか。一週間位、不在だと思っていたんですが、もう戻られたんですね」


 戻って来た時に殿下と茉里ちゃんがいるのも見えていたはずだ。

 白々しく言いながら何か気付いたのか両手を叩くカインさん。


「あ、だから今日、柚月さんも訓練場に来たんですね」

「……カイン」

「いやー、さすが団長。殿下と柚月さんが会わないようにしてたんですね。俺も大切な人をこんなネチネチするような人と会わせたくないですし。よっ、柚月さん限定で気遣いの鬼!」

「カイン」

「……黙ります」


 これ以上話すなとレオがカインさんを睨めば、カインさんは両手で口を塞いで黙る。


「第一騎士団は副団長も不敬のようだな?」

「いやー、耳がいいもので〜」


 褒められていないのにヘラヘラと笑いながら耳を指でトントンと叩きながら言うカインさん。あんなに離れていたのにやり取りは全部聞こえていたらしい。

 カインさんのお陰で険悪ムード回避したと思ったのに、またどんどん険悪になっていく。殿下なんか握り拳が震えているし、茉里ちゃんだって困っているだろうに……、あれ?


 私の視線に気付いた茉里ちゃんはすぐに笑顔になる。気のせいだったのだろうか。茉里ちゃんは私の視線に気づく前はすごい形相でカインさんを睨んでいた。

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