感情がジェットコースター
神様から授業を受けたけど、そもそも魔法の基準をレオで教えるのはおかしいと言う事に気付いたのはごく最近である。枢機卿もレオは特別だと言っていたではないか。自分の相性いい魔法以外を使用する場合は通常より多く消費する等は共通なんだろうけど、それを自分で補えるのがレオなだけであって魔力量の少ない一般人は別の話だ。まぁ、神様は私に魔族の事をメインに教えてくれたのであって、その為に簡単に魔法の原理を教えてくれたのであろう。生活についてはあの時関係なかったのだ。
レオが公爵令嬢の件で忙しい間、サナが殆ど一緒にいてくれるのだが、時々、サナが訳のわからない言葉を呟くのだ。聞こえているのに理解ができない。聞き慣れない外国語を聞いている気分で思わず不思議に思い質問してみたことで、普通の人の魔法の使い方を知った。
日常生活において相性のいい精霊の場合、魔力消費はほとんどないに等しいが、そうでない精霊から力を借りる場合、魔力の消費は多少なりとも多くなる。これは神様からも聞いた話だ。
だからこそ仕事に適材適所があり、料理長なら火魔法、庭師は水、執事は風など役割を分けて働いている。でも、どうしても他の魔法を使用したい時、公爵邸限定だが本来なら消費する分の魔力をレオが肩代わりしているらしい。この公爵邸はレオの魔力で充満しており、呪文を唱えれば、風魔法が得意なサナは魔力消費は変わらず、火魔法や水魔法を使えると言うわけだ。
因みに魔力が少ない人は魔法石というもので補うらしい。風魔法が得意な人は魔法石に風魔法を、水魔法が得意な人は魔法石に水魔法を込める。魔法を込めた魔法石を売って、必要な魔法石を買う。魔法石を使用する時に魔力を流せば込められた対象の魔法に変換されて使用されるから呪文は必要ないらしい。
魔力がない私には関係ない話だと言われたらそれまでなのだが。
「私、魔法を使えたらよかったのに」
呟いた声が聞こえたのだろう。前に座って資料を読んでいたレオと目が合った。
「なんで?」
「だって私一人じゃ、電気もつけれないよ」
魔法が当たり前の世界で電気をつけるのも、火をつけるのも魔力が必要なのだ。水は蛇口などがあって使用できているが、基本的に私一人では何もできない。常にサナかレオが一緒にいる。電気がつけれないということは、夜のトイレにも一人で行けないのだ。
電気もロクにつけれない私とは違い、茉里ちゃんの目覚ましい活躍と言ったら。毎日、新聞で茉里ちゃんの活躍を見る。瘴気を浄化したり、負傷者を治療したり流石、聖女だ。最近、魔族の活動も活発と聞いた。これからも茉里ちゃんは活躍するのに私はニート状態である。
「俺がするから柚月はそのままでいいよ」
「よくない! 何も役に立ててないし、むしろ、レオやサナがいないと何もできない人だよ」
「俺が柚月の世界にいた時も柚月が全てしてくれただろ? 一緒だよ」
一緒なのか……? レオは私の家でも勝手に電気をつけたり色々自由に出来ていた気がするけども。
せめての事で庭の掃除を手伝ったり、サナの仕事を手伝おうとしたりしたのだが、魔法が使えない私は使える人と比べて作業ひとつに時間がかかってしまう。サナは風の魔法で運ぶのだが、私は手持ち。汚い水を変えるのも水魔法で綺麗にできるのに私は水場まで行かなければいけない。公爵邸の人たちは優しいから私を邪魔だとも迷惑とも言わないが、効率はかなり悪い。
新人の頃、仕事ができなくて病んだ事もあるが、あの日は勉強したらどうにかなると必死になって勉強をした。しかし、ここでは勉強しようが、体力をつけようが、私が作業するのは絶対的に効率が悪くなるのだ。改善できない問題。一緒にやって来た職場の後輩は活躍しているというのに自分の無力さに病みそうである。
グルグルと思考がネガティヴになっている。せっかくレオがゆっくりできる時間なのに私の愚痴なんかに付き合ってもらってレオも楽しくないだろう。病むなら一人の時にしなければ。ああ、でもダメだ。考えれば考えるほど深みにハマっていく。
「柚月」
名前を呼ばれてハッとする。
「ごめっ、なんか落ち込んでるかも」
「柚月は俺と一緒にいるの嫌?」
「い、嫌じゃない」
「ん」
「でも、何かしなきゃって、焦っちゃって」
「……ん」
「でも、何をやっても皆に迷惑かけてるなって」
資料をテーブルの上に置いて私の話を聞いてくれる。ただ、こんな情けない事を聞いてもらうのも弱音を吐くのも恥ずかしい。大人なのに何もできないなんて、そう思うとレオと目を合わすのが怖くなり、逸らす。
静かな空間にレオが話し出した。
「帰宅した時、おかえりと言いながら出迎えてくれるところ。ご飯を美味しそうに食べているところ。気さくに挨拶して周りと話すところ。何気ない魔法にも驚いて感動してくれるところ。他にもいっぱいあるけど、柚月の明るく元気で素直なところに俺だけじゃなくて公爵邸の皆が柚月から元気をもらえてるよ」
知らないうちに溜め込んでいたらしい。優しい言葉に涙が出て来た。それもそうか。レオがいて、公爵家の人たちがいくら優しいと言えど、元の世界で殺されて、知らない世界にやって来て、好意はもちろん、悪意も受けて来て、慣れないことや命の危機を感じたり、無力を痛感したり。心が忙しかった。忙しいままなら気付かなかったのに、余裕ができた事で考えてしまい限界が来てしまったのだ。
レオは立ち上がり私の隣へと座るとそのまま私を抱きしめた。ふんわりとサボンの香りがして安心する。こうやって抱きしめられるのはあの日以来だ。レオが消えた日。またいなくなるんじゃないかと不安になり、レオの背中に腕を回し抱きしめ返す。
当たり前だけど、どちらかが消えることはなかった。
「……俺はこの世界で柚月には沢山笑って遊んで暮らしてほしいと思ってる」
「ふふ、それ私が子供らしく過ごしてほしいって言ったやつ」
「俺もそう思っているからいいんだよ」
涙は止まっているのに、私をあやすように背中を優しく叩いたりしてて少しおかしくなる。レオなりに励ましてくれているらしい。
「レオはなにかないの? 不安なこととか」
私ばかり弱音を吐いてしまったのでせめてレオの話を聞くだけでも、とレオの方を見上げる。「んー」と考えてるようで少し沈黙した後に私を真っ直ぐに見つめる。
「柚月の一番は俺?」
「え、もちろん」
「そっか」
不安なことがないか聞いたのに予想外の質問が来て戸惑う。
少し機嫌が良さそうなレオは私をそのまま抱き上げて、ベッドまで連れて行く。どうやら回答に満足したらしい。隣でレオも横になり、腕枕までしてくれる。
「え、え? レオの不安ってそれ?」
「ん」
「もっと他にないの?」
「んー」
「ほら、なんかこう! いや、ないならいいんだけど……」
なぜか必死になっている自分が変に思えて来て徐々に勢いを無くす。
不安がないのはいいことじゃん。無理に見つけるものでも聞くものでもない。そう自分を納得させていたらレオが私の頬に触れる。
「俺を拒絶しない?」
「もちろん」
「そ」
質問の意図がよくわからないが、私がレオを拒絶するなんて考えた事もないのでそのまま返事をする。
私の返事を聞いたレオは腕枕をしたまま少し上体を起こしたレオは私の耳元まで近付く。
「愛してる」
耳元で囁いた声は小さいけどはっきりと聞こえた。レオはすぐに元の位置に戻っており「おやすみ」と言って私を抱きしめる。
囁かれた言葉を数分かけて理解して、思わず耳を押さえる。顔と耳が赤くなっているのが見えなくても熱を持っていることでわかる。
──わっ、う、うわぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!??
誰か実際に叫ばなかった私を褒めてくれ。




