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氷魔法の弓騎士 ~パン屋の息子は騎士になる~  作者: もっちゃれら
第一章 訓練生編
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閑話 青藍


今日は、オレたち氷魔法使いの相棒とも言うべき専用の軍馬を選ぶ日だ。

いや、こちらが一方的に選ぶわけではないか。互いに相性を見ていくのだ。

氷属性は他属性と違って騎乗することでその真価を発揮する属性なので、それなら魔力的な相性も見たうえで専用馬を宛がおうということらしい。


そういうわけで、朝二の鐘が鳴る頃にオレたちは訓練場前に集まっていた。

いつもならもう来ているはずのシエラの姿が見えない。

珍しいこともあるもんだと待っていると、シエラが通りの方からやってきた。


「おはよ~」


「おはよう。ギリギリに来るなんて珍しいな」


「寝坊しちゃったのよ」


まったく焦りが見えないその顔が嘘だと言っているが、別に追及するようなことではないので流しておこう。

そのあとすぐにセレーネ教官が、訓練場から歩いて来た。


「皆、おはよう」


「「おはようございます」」


教官はいつもばっちりメイクを決めているが何時に起きているんだろう。

シエラも薄くメイクをしているようだし、女性ってのは大変だ。

それはそれとして、教官とはこれを最後にしばらく会えなくなるんだよなあ・・・。

今後の目の保養をどうするか考えなければならないな。


試験や訓練というわけでもないので緩い雰囲気の中整列して点呼を取って、そのまま馬商人が待つという王都内最大の広場に向かって歩き始める。騎士が訓練生を公募していたあの広場だ。

賑やかな王都の雰囲気と朝の日差しとは裏腹に気温は薄寒く、春の訪れまではもう少しといった感じで

オレもシエラも皆、着慣れた訓練生用の皮鎧の上から騎士団の紋章が刺繍された外套を羽織っている。


大通りに出てしばらく歩いていると、後ろから騎乗した先輩騎士たちが鎧を纏って速歩(はやあし)で追い抜いて行った。

討伐要請か、救助要請か。どちらにせよ見知らぬ誰かを救うためにどこかへ向かって行く先輩騎士に小さく敬礼をした。

それからまたしばらく歩いて広場に到着すると、その楕円形の外周に沿って移動式の簡易馬小屋と柵が設置され、数人の男女が何十頭もの馬を世話していた。

広場の入り口に立っていた恰幅のいいおじさんがこちらにお辞儀をしてきたので皆同じように挨拶する。


今回手配された馬商人か?


当たりだったようでセレーネ教官と話している。

二人が会話を終えると早速馬を見て回ることになり、時計回りに周回していく。


すると、いきなり最初の馬小屋で専用馬が決まった奴がいた。

そいつによるとこの馬がベストだと直感で分かったそうだ。

馬と人間の相性は不思議なもので、意思が通じる者も居るらしい。

そうして馬小屋を周るたびに次々とオレはこいつだ、私はこの子だと相棒を決めていく。

オレはというと、どの馬にも拒否はされないのだが妙に懐かれずオレの方も何かが違うと感じてしまう。


撫でさせてくれはするんだけどなあ。


小一時間くらいかけながら半分くらいの馬たちを見て回ったが、どれもピンとこなかった。

というよりこいつだ!とかいう直感ていうのが分からない。

それがないということはベストパートナーではないということなのだろうが・・・。


「あ」


後半を周っていると、シエラが声を上げた。

綺麗な毛並みの白馬だ。


「この子だわ・・・」


シエラがそう呟いて白馬の方へ近づいていくと、白馬の方もシエラに近付き擦り寄っていく。


「シエラは決まったようね」


セレーネ教官が言った。

そのあとは馬商人とシエラとセレーネ教官で血統書やら健康診断書なんかのやり取りをしていた。


「なあ。この子だって言ってたけど、どんな感じなんだ?」


気になったのでシエラに聞いてみる。


「うーん・・・本当に感覚ね。うまく説明できないわ。とにかく出会えれば分かるわよ」


本当に不思議なものだ。

その一発で分かる感覚というのはやはり魔力が関係しているんだろうな。



全ての小屋を周ったが、結局その直感というのは訪れなかった。

オレ以外の皆は専用馬が決まってしまったし、妥協で決めるしかないのか


「これだけいる中で一頭も決まらないのは珍しいわねぇ・・・」


セレーネ教官が言うには過去に全く決まらなかった例はないらしい。

どうしたものかと思案していると、一番最初の馬小屋の方から馬の怒った鳴き声が聞こえた。


「またあいつか!本当にどうしようもないやつだなあ・・・!」


馬商人がそう言って、小屋の方へ走って行った。

なんとなく気になってそちらへ行ってみると小屋の裏にテントが張ってあり、そこに例の馬がいるようだった。


「すいません、気性が荒いわ醜いわでどうしようもない駄馬なんですよ」


テントから出てきた馬商人は作り笑顔でそう言った。

なんでも脚はすこぶる速いがぜんぜんいうことを聞かない奴で、商品にはならないので見えない所に置いていたらしい。


「良かったら、そいつを見せてもらえませんか?」


「えっ、あれをですか?いやー、暴れ馬なんで騎士様に何かあったらいけねえし・・・」


「大丈夫です、そこは自己責任てことにしますので」


「私からもお願いできますか?」


「う、うーん。まあ自己責任てことなら・・・」


ということでその暴れ馬を見せてもらえることになり、テントを覗きに行く。

入り口に掛かっている布を上げてみると、そこには普通の馬より耳が外側についていて両耳の上にコブがある薄灰色の馬がいた。

体高は百六十センチくらいで、頭を含めるとオレより高い。


・・・こいつだ。


なるほど、直感てのはこういうことか。

何というか、魔力が通ずる感覚。シエラの言う通り、上手く説明できなような感覚だがこいつ以外はあり得ないくらいの確信だ。

オレが暴れ馬に近付くとなんと頭を下げて体を摺り寄せてきた。

首を優しく叩いて撫でてやる。


どこが暴れ馬なんだ?確かにさっきは怒っていたようだが、まるで大人しいじゃないか。


商人は想定外といった表情で驚いていた。


「これは驚きですな・・・まさかこれが撫でることを許すなんて!」


「それなら、間違いなくオレの相棒ですね」


「ええそれはもう。いやぁ、やっと引き取り手が現れてくださってこちらとしても感謝ですよ!」


そうやって話しながら撫でていると、こいつの瞳が夜空に輝く星のように深く鮮やかな青をしていることに気付いた。


「決めた、お前の名前は『セイラン』だ」


「あら、いい名前ね」


セレーネ教官にお墨付きをもらった名前を呼ぶと、嬉しそうにより一層身を擦り寄せてきた。

血統書と健康診断書を受け取り、その他書類のやり取りをする。

血統でいうとこいつの両親や祖父母は軍馬としては平凡な能力だったそうだ。

何故かセイランだけが見た目が違ってやたら脚が速いらしい。

商人は先祖返りかもしれないと言っていた。 


こうして、やっと最後の専用馬が決まったので商人たちにお礼を言って広場を出る。

鞍などの騎馬道具を持ってきておらず乗ることは出来ないので、皆で一列に並んで訓練場まで専用馬を連れて歩いて帰る。


二列に並んで歩きながら、シエラと名前の話になった。

彼女の専用馬である白馬はオスで、『シラツキ』と名付けたそうだ。

真っ白な毛並みで、どことなく高貴な雰囲気が漂っている。

シエラの親父さんも白い馬に乗っていたそうで、それを話しているときは少し悲しそうだった。

ちなみにセイランはメスだ。


訓練場に到着すると、馬舎にセイランたちを預けて明日の予定をセレーネ教官から聞いた。

明日は実際の騎乗を兼ねた王都周辺の巡回を行うそうだ。

巡回と言ってもこの王都周辺は聖樹からの距離が近く、基本的に魔物は寄ってこないので専用馬との仲を深めるのが主な目的だそうだ。

しかし明日の引率はセレーネ教官ではないらしい。

少し・・・いや、だいぶ寂しくなるが騎士団にいる限りはまた会う機会もあるだろう。

その時には更に成長した姿を見せられるように頑張ろう。





翌日朝二の鐘が鳴る頃、昨日と同じ訓練場前に集まった。

今日のオレたちの服装は昇格試験の時に着た金属軽鎧だ。


昨日の話の通り、セレーネ教官の代わり居たのは五人の騎士。

特に真ん中にいる人物は、明らかに手の込んだ意匠の鎧を着ている。

オレたちが整列するのを見届けると、その真ん中の人が話し始めた。


「王国騎士団氷魔法部隊の総隊長兼第一部隊長を務める、エリック・テイラーだ。ここにいるものは皆、君たちの上官になる者たちだ。今回の任務で軽く親睦を深められればと思う。今期の訓練生はとても優秀だとコンラッド教官から聞いている、期待しているぞ」


エリック総隊長は色白で鼻が高く、シャンパンゴールドの髪を後ろで束ねている。身長百八十センチくらいの爽やかなイケオジといった雰囲気だ。

総隊長の指示で早速馬舎に赴き、皆それぞれの馬を連れてくる。

セイランはオレが声をかけると昨日と同じように懐いてくれ、一通りじゃれ合ってから馬舎から出す。


愛い奴め。


そしてセイランに専用の騎馬装具を装着させ、水袋などが入った荷袋をしっかりとセイランの腰に固定してから鐙に足を掛けて跨る。

各々割り当てられた上官の後ろに整列して出発だ。

オレとシエラはエリック総隊長率いる第一部隊に就くことになった。


今回も、いつも通り大門から出る。

大通りを抜け、大門の橋を渡り切るとすぐに左へ。

ここからひたすら王都の城壁を囲む堀に沿って一周するらしい。

王都の城壁は七角形になっていて、それぞれの角に物見塔が計七つ設けられている。

大門がある南側が平面で、真北が角になっている。大体直径七キロメートルだ。

それを囲む堀の外周を今回は周ることになる。エリック部隊長が言うには大体五時間程で大門に戻ってくるらしい。


今日は晴れ、馬に乗って散歩するのが気持ちいい日だ。

ここに帰ってくるのは大体夕方くらい、気楽に楽しめそうだ。

爽やかな風に吹かれながら、東側を見渡す。

南と同様に小麦畑が広がっているが、まだ小麦が成長している時期だから爽やかな緑色が一面に広がっているのが目に優しい。

ここ最近は雨が降っていないから土は乾いていて、たまに蹄が落ち葉を踏むとパリッと小気味良い音を立てて割れる。


北の方は王城のすぐ後ろから森が続いていて、奥に行くにつれてだんだんと濃くなっている。

そして、巨大すぎて距離感が掴めないが淡く青白い光を放つ巨大な樹が見える。


聖樹だ。


王都からでは王城に隠れて見えないが、遠目から見ても神々しい。

心の中で家族や仲間たちの健康を祈っておく。



そうして三時間程セイランに乗っていて気付いたのだが、左に曲がろうとする時は左手で手綱を引き左足で圧を掛けるのだが、それをしようとした時にはもう曲がり始めているのだ。

最初は気のせいだと思っていたが、セイランは間違いなくオレの意思を汲み取っている。

これが相性の為せる技ならば、専用の相棒を組む意味があるというのも良く分かる。

しかしそれを試す内に不審な動きをし過ぎて早速エリック総隊長にお叱りを受けてしまったのは手痛いミスだった。

シエラにも「あんた大丈夫・・・?」と若干引いた目で見られてしまった。それはまあいいや。


そうこうしている内に真北、フィルバラード城の裏に到着した。

ここから聖樹の森は始まっていて、エーテルが非常に濃く空気も神聖な感じがして美味い。

やっとここで昼の休憩だ。


セイランから降りて、水の準備をする。

今日は走ることはないだろうが、念のため餌は持ってきていない。


シートを敷いて、オレたちも昼飯だ。

シエラと二人で昼飯を食べるが、いつもいた仲間がいないのはすごく違和感があった。


「なんか、エレナたちが居ないと寂しいわね」


「うん。オレもそれ思ってた」


「話変わるけど、あんたいつ引っ越すのよ?」


「まだ未定・・・」


「・・・さすがにずっと実家暮らしは恥ずかしいわよ?」


「・・・どこかいい部屋を紹介してくれ」


そう、オレはまだ実家を出ていない。

皆の憧れである騎士がそれではいけない。

そんなことはわかっているのだ。

だけど楽なんだもん。


そんなことを、母さんに作ってもらったサンドイッチを頬張りながら考える。

兵舎に入れれば良かったのだが、空きがないらしくそれは叶わなかった。


「まあ、伝手は探しておくわ」


「ありがとうございます」


昼休憩を終え、セイランに跨る。

その後の道中も、総隊長を交えて他愛もない会話をしながら歩いて、夕方に大門に戻ってきた。

なんかヌルっと始まった感があるが、まあどんな仕事もそんなものだろう。


一人暮らし、嫌だなぁ・・・。



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