閑話 辺境伯のお嬢様
私の先祖は、その昔大きな武勲を上げた騎士だったらしい。
それで貴族位をもらって辺境伯という地位に落ち着いて王国のほぼ東端に根を下ろしたそうだ。
そして現在も武芸で有名な、アウデ辺境伯とは父のことだ。
「アルス!シエラ!訓練の時間だ!」
「わかりました、父上」
「はい、お父様」
父と兄と一緒に屋敷の中庭に出る。
貴族屋敷の中庭は、大抵花壇が整備されていて少しでも外観を飾るものだけどウチはそうじゃない。
訓練用の木人や、弓術の的が置いてあるような正に訓練用の庭だ。
そんな父の近衛兵たちは、連日厳しい訓練を課されている。
というのも、このアウデ辺境伯領は王国中でも強力な魔物が出現するから。
そもそもここの領地を任されたのはそれが理由で、加えて数十年前から【名前持ち】と呼ばれる特に凶悪な魔物が現れるようになってからは、より領地が危険になってきているらしい。
誰が名前を付けているのかは分からないけど。
私がまだ十歳の頃、その【名前持ち】によってここの領軍が壊滅状態になり、王都に要請した騎士団の精鋭部隊の人たちも少なくない犠牲を出して重傷を負わせるのがやっとだったらしい。
だから、アウデ家の人間はいつかそいつを討伐するのが宿命だ。
通常、貴族の娘は政略結婚のために花嫁修業みたいなものを日頃習うらしいが、父も私もそういうのは嫌なので当然のように騎士団を目指す流れになった。
「さあ、二人まとめてかかってこい!!」
「はい!いくぞシエラ」
「ええ、お兄様」
兄が木剣を片手に父に向かって行く。
私は武器術がからっきしなので、魔法で兄の援護をする。
二人が木剣を打ち合う。
父の隙を見つけては地面を凍らせたり氷壁を生成したりして妨害を試みるけど、そのどれもが打ち破られてしまう。
凍らせた地面は踏みつけで割られてしまうし、氷壁は剣で砕かれる。
それをしながらも、父は悠々と兄の剣撃をいなし打ち返してしまう。
私と兄はしばらく粘ったものの、最後は父の攻めを防ぎきれずいつものように降参させられてしまった。
「うむ。二人とも上達しているぞ。その調子で頑張りなさい」
「「はい、ありがとうございました」」
それからいくつかの訓練メニューをこなし、そろそろ終わろうかという頃に禁足の森を監視する砦の領兵がやってきた。
なんでも魔物が森近くの村を襲ったらしい。それは大蛇の魔物で禁足の森から出てきたと推測されるそうだ。
既に彼が駐在する砦の領軍が向かったが相当強大らしく、父と近衛隊の助力が必要だと言っていた。
それを受けて、父は近衛隊を率いて兄と共に討伐に向かうことになった。
「あなた、アルス。気を付けてくださいね」
「お父様、お兄様。ご武運を」
「うむ。アウデ辺境伯の力を魔物どもに見せつけてくれるわ」
「ああ、必ず帰ってくる」
そう言って、馬に乗り近衛隊と共に勇んで向かって行く二人を母と見送った。
こうして父と兄が行ってしまうのは何度目かしら。
帰ってくるたびに良い笑顔で魔物の首やら角やらを見せびらかして、討伐の武勇伝を聞かせてくる二人を迎える。
それを楽しみに、翌日も翌々日も父直伝の訓練と魔法の勉強をして母と一緒に二人の帰りを待った。
しかし五日後になって帰ってきたのは、傷だらけになった兄と数人の近衛隊だけだった。
兄は窮地に陥り父に庇われ何とか助かったが、その傷が原因で父は帰らぬ人となってしまった。
大蛇の魔物との戦いは熾烈を極め、最後は父と兄の魔法で何とか討伐したものの襲われた村は半壊し、砦の兵士や近衛兵の大半が犠牲になってしまったそうだ。
父は布に包まれ帰ってきたが、父以外の遺体はその場で火葬されたそうだ。
物言わぬ躯になった父の顔は少しだけ悔しそうで、相変わらず武人然とした顔だった。
それから三日後に屋敷の中庭で葬儀を行い、父は火葬された。
方々から父と交流のあった貴族がやってきては、涙ながらに父に最期の別れを告げる様子が印象的だったのを覚えている。
お父様は慕われている人だったんだな。
*
それから一年経って兄が正式に家督を継ぎ、新たな近衛兵も雇い入れて色々と安定してきた頃。
私の騎士団入団試験の日が迫ってきていた。
「シエラはそろそろ入団試験か。近く出発するのか?」
「ええ、三日後にはここを発ちます」
「そうか。共に訓練するのも、しばらくは出来なくなるな」
「ええ、少し寂しいですけど」
「どうだ、最後に打ち合わないか?」
「それは名案ですね。是非お願いします」
ここ最近、兄は貴族としての仕事が忙しくて訓練が出来なかったから最後に手合わせ出来るのは楽しみ。
私は毎日訓練を欠かさなかったから少しは実力の差も縮まっているんじゃないかしら。
いつもの中庭で正面で互いに木剣を構え魔法の準備をして向かい合う。
「準備はいいな?」
「いつでも大丈夫です」
「では、オレから行くぞ!!」
*
気付いたら、自室のベッドで横になっていた。
・・・負けたのね。
最期の一撃をもらってから記憶がないもの。
「おお、目が覚めたか」
「お兄様・・・」
「すまん、思っていた以上にシエラが強くなっていたから加減できなかった」
「やっとお兄様の足元に追いついたのね」
「ああ、さすがは父上の娘だな」
「ふふ、ありがとうございます」
兄と共に訓練するのもこれで終わりか。
そう思ったらなんだか寂しくなってきた。
「お兄さま」
「ん?」
「私が帰ってきたら、また訓練しましょうね」
「ああ、もちろんだ」
それから二日後に、私は出発した。
兄と母に、必ず強くなって帰ってくることを約束して。
「お嬢様、本日は軍馬を選びに行く日でございます」
「分かっているわ」
朝食を取りながら昔を思い出していると、執事が今日の予定を教えてくれる。
今日は数日ぶりに氷属性のみんなで相棒となる馬を探しに行くのだ。
朝食を終え、身支度をして靴を履く。
「それじゃあ、行ってきます」
「お気をつけて」
ようやく私は騎士になった。
もうお兄様より強くなったかな?
帰るのはまだ先になりそうだけど、手紙の返事くらいは書かなくちゃ。




