第37話 騎士団昇格試験 7
暴牛は、力なくその場に倒れ伏す。
凍結矢によって脆く結晶化した頭部は風魔法部隊の風撃によって粉砕され、その部分だけがぽっかりと穴を空けて中から黒い液体と靄を弱々しく噴出させている。
「火魔法部隊、念のため頭部を爆破だ」
ヴィンセントは油断せず、後ろのエレナたちへ最後の指揮を執る。
「了解。火魔法部隊、爆破します」
直ぐに頭部の間近に熱源が発生し、小規模の爆破が起こる。
晒された頭の中身は、爆発によって吹き飛び確実に暴牛の命を奪った。
暴牛がピクリとも動かないことを確認し、少しの沈黙が続いた後。
「討伐達成だ!!!」
ヴィンセントの声に、オレたちは一斉に歓声を上げ武器を高く掲げる。
その高揚感は言葉に尽くしがたいものだった。
皆が手を取り合い、互いの勇敢さを称え合う。
教官たちはオレたちを見渡し、拍手で讃えてくれた。
仲間たちが一つに団結して困難を打破し、喜びを分かち合う。
最高じゃないか。
この日はオレたちにとって、忘れられないものになった。
*
討伐の照明に、二メートル程もある巨大な角を切り取りオレとシエラの馬の背に括り付ける。
暴牛本体は、教官たちも手伝ってくれてその他の魔牛共々まとめて焼き払われた。
奇跡的に、というべきなのか重傷者はゼロ。
負傷者はすべて前衛。
あれだけ動き回っていた中で大きなケガもないというのはさすがだ。
ファルマドゥーカへ戻ると、防壁の上から戦いが見えていたようで駐屯兵や街の人々から喝采で迎えられた。
この祝福ムードの中で整列して訓示をもらうのは難しいだろうとのことで、王都に戻ってから行うことになった。
今日は予定外の出来事もあり、オレたちの疲労を考え早々に解散することになった。
昨日は散策してみたいと思っていたけど、今はとにかく腹いっぱい食べて眠りたい気分だ。
皆同じく思っているようで宿へ向かう足取りは重かったが、祝福の声をかけてくれる人たちに手を振ったりして応えるのは悪い気分じゃなかった。
向かう先は、二泊目もお世話になるホテル・ジュベルックだ。
テトの街やトロモ村の宿屋とは一味違う、広い敷地で四階建てのゴージャスな雰囲気のホテル。
先頭を歩いていた土魔法の奴が重厚な木製のドアをゆっくりと開けると、同時に暖かい空気と共に華やかな香りがオレたちを包み込む。
中へ入ると、そこは壮麗なシャンデリアが天井で煌めき、床には美しい大理石が敷き詰められた広々としたロビーだった。
オレたちの靴が大理石の床を踏む音が、ロビーに響く。
高くそびえる柱たちは、宮殿かのような麗しさを放ち、壁には上品な絵画が配置されていた。
昨日もここに来たはずなのだが、その圧倒的なゴージャス感を前に、隣を歩いていたシエラたちは心を奪われている。
ぞろぞろとフロントへと向かうと、従業員たちは完璧な笑顔で迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、本日はお疲れ様でした。早速お風呂の用意が出来ておりますので、どうぞお体を癒しておいでくださいませ」
さっそく風呂に入れるとはありがたい。
部屋の鍵を受け取って荷物を置きに向かう。
今回も二人一部屋で、ロイと同じだ。
ちなみに暴牛の角は教官たちが持って行った。
四階の部屋に戻り防具を外し、タオルを持って大浴場へ向かう。
防具の手入れは後だ。
男湯の暖簾を潜り、脱衣所へ入ると既に何人か浴場へ入っていくところだった。
恐らくほとんどの奴がこれから来るはずだ。
ちんたらしてたら洗面台の争奪戦に巻き込まれてしまう。
さっさと全裸になり、ロイと共に浴室に入る。
大浴場の扉を開けると、心地よい湿気と緑豊かな植物の香りが鼻をくすぐった。
目の前には、森林の一角に迷い込んだかのような光景が広がっていた。
大浴場の壁際には、大小さまざまな観葉植物が生い茂り、その緑が視覚的な癒しをもたらしてくれる。
天井には、木々の葉が貼り付けられていて、魔法の光効果で木漏れ日を演出している。
浴槽の面には薄い霧がかかり、湯気の中に浮かぶ緑の葉はまるで神秘的なオアシスにいるかのような感覚を与える。
オレたちは湯船に体を沈め、温かい湯が全身を包み込むのを感じた。
耳を澄ませると遠くで聞こえる水の流れる音が心を落ち着かせてくれ、葉の間から差し込む柔らかな光が水面に反射し、揺れる影が幻想的な模様を描き出していた。
この大浴場は、単なる入浴の場を超え自然と一体となった癒しの空間だった。
自然と同じ言葉がオレたちの口から零れる。
「「「極楽ぅ~」」」
*
すっかり癒されたあと、男女まとまってぞろぞろとロビーへ戻ると一人の従業員の人が迎えてくれた。
何だろう?
「本日は本当にお疲れ様でした。この都市の安全を守って頂いた事、ホテルを代表して感謝を申し上げます。ささやかながら、私共から各部屋にお礼の品を置かせていただきましたので楽しんでいただけますと幸いです」
この言葉に女子勢は大歓声だ。
皆口々にお礼を言って部屋へ戻っていく。
鍵を開けて入ると、部屋のテーブルにはスパークリングワインのボトルがアイスバケットの中で冷やされている。
グラスと一緒に生ハムやサラミ、オリーブなんかのツマミも並べられていた。
これはもうみんなで酒盛りしかないだろう!!
そう思った時、どこからかトーマスとユーゴが現れた。
「おい、ルーカス!ロイ!飲むぞ!!」
こうしてヴィンセントやシエラたちも呼び、一つの部屋に集まった。
笑い声とともに乾杯の音を響かせ、グラスにはスパークリングワインが注がれる。
部屋の窓からは夜景が広がり、穏やかな街の灯りがロマンチックな雰囲気を演出していた。
トーマスが面白話を始めると、部屋中に笑い声が広がり次々と冗談が飛び交う。
「もう一杯どう?」とエレナがボトルを手に取り、グラスに注ぎ足す。
酒盛りが進むにつれて、思い出話やこれからのことについて語り合う。
トーマスは駐屯兵として村に戻ること。
ユーゴはチナさんと一緒にいるためにトロモ村の駐屯兵になろうと思っていること。
それ以外のみんなは騎士として昇格したいと思っているが、ライラは早く結婚したいらしい。
それを聞いたロイがそわそわしているのが面白かった。
少し寂しさがありつつも、部屋の中は笑顔に満ちていた。




