第36話 騎士団昇格試験 6 悲辱の暴牛
「退屈ね・・・」
三回目の誘引。
ルーカスたちが誘引している左側の大草原は割と魔物の数が多いみたい。
だけど私たちの右側はというと、五頭くらいの群れとも言えないような奴らばっかり。
昇格試験だから、もう少し骨がある魔物かと思ったけどそんなこともなく。
これじゃあ氷魔法部隊の活躍は望めないわね。
そんなことを思ったのがいけなかったのか。
数キロ先に、ポツンと一つだけ見える丘陵。
その裏に伸びる黒い影が動いた気がした。
カゲ?
あんなに立体的な影なんて見たことない。何か嫌な予感がするわね。
後ろのみんなに手信号で合図して、確認しに行く。
*
丘の手前まで来たけど、わざわざ魔力感知なんかしなくても分かってしまった。
ゴリゴリ、グチャグチャと何かを食べる音がして、気持ち悪い悪臭が鼻を突く。
最悪だ。
こんな大きさ、どうやって倒せというの?
こいつのせいで右側の魔物は少なかったんだ。
放置すれば街が危ないけれど、私たちの手には余る。
そう判断して、「引き返す」と合図を後ろに出し、手綱を引いて小さく旋回する。
気付かれてないわよね?
そう思って振り返ると、巨大な醜い顔面がこちらを捉えていた。
ヤバい。
「全速力よ!!!」
大声で叫んで、馬の腹を蹴る。
既に逃げ腰になっていた私は、生きた心地がしなかった。
巨大な魔牛が立ち上がり、追いかけてきた。
さっきまで私たちが居た場所が踏みつぶされる。
動きは遅いけど、一歩の歩幅が大きすぎて追いつかれそうだ。
どうにかして時間を稼がないと!!
氷槍を発動するけど、重さでつぶされるだけ。
矢を放つけど、毛皮に弾かれるだけ。
風を切る音も過ぎる景色も、全然気持ちよくない。
どうしようもなく、ひたすら逃げるしかない。
遠くに本隊が見えた!
知らせなくてもわかるだろうけど、一応緊急事態の警笛を思い切り吹く。
少しして、正面数百メートル先に氷魔法の集約点が現れる。
綺麗に2列に並んでいる。
そこを通れってことね!
全力で、集約点の列の間を駆け抜ける。
直後に大きく地面が揺れた。
振り返ると、奴が転ばされ砂に沈んでいくところだった。
た、助かったぁ・・・。
――――――――――――
煙の向こうから現れたのは、残念ながら炭ではなく、漆黒の靄を纏った巨大な暴牛だった。
大きくこちらに回り戻ってきたシエラ隊と合流する。
見た限りでは馬たちは大丈夫そうだ。
「ルーカス!」
「シエラ、大丈夫か?」
「ええ、何とか。他の魔物はこいつにやられていたんだと思う」
「だからそっちは数が少なかったのか」
「十中八九、それで間違いないわ」
砂から出てこようとする暴牛を見ると、ダメージは間違いなく受けている。
硬い体毛は焼かれ、濁りに汚染された地肌が露わになっている。
所々焼けただれ、傷口から黒い液体が流れている。
だが倒せていない。
急造の蟻地獄は流れ切り、固まった砂地を踏みしめゆっくりと地上へ上がってくる。
そして頭を低く下げ、脚を漕ぐ。
大質量の突進が始まろうとしている。
「土魔法部隊、奴の眼前から本隊手前まで可能な限り防壁を生成だ!!とにかく枚数を重ねろ!!勢いを削ぐぞ!!全隊、オレの合図で左右へ退避だ!!後に魔物の後方で合流だ!!」
「了解!!土魔法部隊、防壁を可能な限り生成します!!おいお前ら!気合い入れるぞ!!」
「「おう!!」」
「「「了解!!!全隊退避、魔物の後方で合流します!!」」」
ヴィンセントの指揮で、トーマスたちが魔力を集約し始める。
枚数を重ねて勢いを吸収させるのか。
「ルーカス!シエラ!一旦離脱しろ!あれを頼む!」
「「了解!!」」
「他の氷魔法部隊は奴の周囲を走行し距離を開けつつけん制と地面凍結だ!!」
「了解!氷魔法部隊、距離を開けつつ魔物の周囲からけん制、地面凍結します!」
オレたちの代わりの部隊長が返答する。
「シエラ、行こう」
「ええ」
仲間たちの奮闘を横目に手綱を引き、魔物に背を向け走り出した。
――――――――――
オレはルーカスとシエラに離脱するよう指揮した。
あいつらの魔法が、この戦いの切り札になるからだ。
2人が走り出したと同時に、暴牛が大地を蹴る。
怒りに任せた、ただの突進。
だが一撃でも食らえば、それで終わり。
魔物との戦いはそんな状況ばかりだ。
今回の相手は大き過ぎるが。
大質量が完全にスピードに乗る直前。
奴の眼前からオレたち本隊の十数メートル手前まで、十三枚の防壁が姿を現した。
奴より少し低い八メートル程。それで魔力は全消費だろう。
まだ教官たちのような高密度の黒壁ではないが、十分頑丈な岩壁だ。
「退避!!」
左へ全力で走る。
超重量の頭から生えた巨大な角が、壁を容易く砕き猛進していく。
少しでも勢いを殺せれば最高だ。
全隊、退避は完了。トーマスたちのおかげで難局は脱した。
壁を砕き切り、停止した奴の頭部に大きな雷撃が直撃した。
テレーズ、ナイスアシストだ。
そして痛みに暴れる足元に氷が広がり、奴は再度転倒する。
テレーズたちのおかげで大きく距離を取ることに成功した。
奴の後方二百メートル。蟻地獄の向こう側で合流する。
「前衛部隊、突撃せよ!本隊はここで援護だ!テレーズは前衛と共に行ってくれ!」
「「了解!!」」
「了解」
ユーゴたち前衛部隊とテレーズが突っ込んでいく。
怒りのやり場をなくした暴牛が重低音の咆哮と共に、頭を振り乱し起き上がる。
最初に、テレーズが疾走しながら右後脚を斬る。
暴牛が痛みに振り向く。
回り込んでいたユーゴが後ろから飛び込み、左後脚を斬る。
二人の剣を以てしても鎧のように変質した皮は、簡単に斬れない。
だが確実にダメージを与えている。
そしてまた雷撃が暴牛の頭に飛来する。
奴が巨大なおかげで、味方に被害なく雷を飛ばせる。
前衛たちの見事な連携と、差し込まれる雷撃によって暴牛は防戦一方だ。
だがこちらもいつかは体力が尽きてしまう。
なるべく早く仕留め切りたい。
「前衛!一旦距離を取れ!」
「「了解!!」」
前衛たちが離脱すると、周囲から氷魔法部隊が矢を射て地面凍結を発動する。
その狙いは正確で、暴牛に直撃し、硬い皮膚に刺さる矢もあった。
もう一度転倒させ、起き上がりを攻める。
「前衛!突撃だ!!」
「「了解!!」」
そうこうしている内に教官たちが来てくれた。
セレーネ教官と短く話している。
いつでも手を出せるよう展開しつつ見守ることにしたようだ。
「風魔法部隊、残る魔力全てを以て風撃の準備だ!!」
「了解!!」
最後の連携に備えて指揮を執る。
頼むぞ、ルーカス。シエラ。
この戦いはお前たちの矢にかかっている。
――――――――――――
数百メートル後方に離れたところで、騎乗したままオレとシエラは静かに魔力を集中する。
細長い氷の器を造り、その中に現時点で到達可能な最低温度の氷の素を生成する。
そしてその氷の器を元に、矢を生成する。
氷の素を内包した部位は鏃の付近だ。
凍結矢。
それがオレたちの切り札だ。
シエラとこの矢の実用化を試した時、素手で持ったオレの左手は凍結し、指先が少し砕けて壊死しかけた。
ロイに付いてもらっていたおかげで大事には至らなかったが、瞬間凍結するほどの低温。
勿論氷魔法の仲間たちにも教えたが、適性の一番高いオレとシエラしか完成させられなかった。
厚めの魔力繊維手袋で凍結矢を持つ。
「出来たか?」
「ええ、完璧よ!」
「よし。終わらせに行くぞ!」
左手に一発逆転の矢を持ち、右手で手綱を引いて馬の脇腹を蹴る。
全速力で走る。
風を切る時間も今は惜しい。
前衛が時間を稼いでくれているのが見える。
相手が大きすぎるおかげで回避はさほど難しくなさそうだが、こちらも少し集中力が低下しているように見える。
誰かがやられる前に間に合った。
警笛を鳴らし、全隊に知らせる。
「前衛!退避だ!!」
ヴィンセントの指揮が聞こえた。
暴牛が滅茶苦茶に飛び跳ね暴れ回る中、ユーゴ達前衛が退避していく。
そして氷魔法の仲間たちによって地面が凍らされていく。
本日何度目かの転倒。体を強く打ち付けた暴牛は藻掻きながら起き上がろうとする。
「シエラ!挟むぞ!」
「了解!!」
オレは時計回りに、シエラは反時計回りに全力疾走。
瞬間凍結による脆化を狙う部位は、頭。
奴の後方から囲むように大きく周り込む。
手綱を離し、弓を持つ。
腰を浮かせ、安定させる。
振動が小さくなり、向かい風が大きくなる。
そして、凍結矢を番える。
狙いを、感覚を研ぎ澄ませ弓を引く。シエラが向こうから現れるのが見えた。
外界の音が遠ざかり、景色の流れが鈍くなっていく。
そして静寂の中、照準と軌道が直線上で重なった。
――放った矢は空を切り裂き、暴牛の頭部へ吸い込まれるように突き抜けて行く。
命中した二本の矢は砕け、内包されていた氷の素が弾ける。
その瞬間、暗い瞳も苦痛に満ちた表情も凍り付いた。
薄青い氷が奴の頭部を覆い、眼球周辺から角の根元までがクリスタルのように輝いている。
細胞の一つ一つが凍結していき、暴牛の息が白く立ち上る。
一瞬の内に暴牛の頭は凍結した。
頭の中身まで冷気が及んだのか奴の動きが緩慢になり、やがて停止した。
「風撃、発動!!」
ヴィンセントの声で、感覚が現実に戻ってくる。
そして、透明な風の超打撃が、凍結した頭部を粉砕した。
斯くしてオレたち訓練生は、後に【悲辱の暴牛】と呼ばれる大型の魔物を討伐した。
メインキャラクターの外見描写、活動報告にまとめました。
良かったら見てみてください。




