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氷魔法の弓騎士 ~パン屋の息子は騎士になる~  作者: もっちゃれら
第一章 訓練生編
35/45

第35話 騎士団昇格試験 5 小さな山

――地面を打ち崩す程の轟音が、後方から響いた。

後ろから熱い風が吹き荒ぶ。

顔をしかめながら振り返ると、牛共が煙を上げて倒れるところだった。


突然、熱と爆風に体を包まれ、満身創痍の魔牛。

どこまでも可哀そうな奴だ。


直後にテレーズが雷撃で動きを完全に止め、ユーゴたち前衛がヴィンセントの指揮で止めを刺していく。

余裕の圧勝だった。


それを横目に、常歩(なみあし)で本隊の方へ戻る。


「どうだ?」


「ああ、火魔法だけで瀕死まで持っていけたぞ。まずは8頭。残り32頭だ。」


オレの問いにヴィンセントが答える。

本隊の左翼、所定の位置に戻り、馬から降りて一旦休ませてやる。

折り畳みのバケツに水を入れて口元へ持っていくと、それはそれは嬉しそうに飲み始めた。

全力で走ったからだいぶ喉が渇いていたようだ。


水だけならいくらでも生成してやれるというのも、氷魔法使いと馬の相性がいい理由だな。


休憩すること十五分少々。

馬はすでに回復し、走りたそうにそわそわしている。

そんな時、ライラがシエラ隊を感知したらしい。


「来ました!先ほどより魔物の数は少ないです」


「よし。火魔法部隊、熱源生成開始!!」


「「了解!!熱源生成開始します!!」」


本隊の動きに合わせ、馬に跨り出発の準備をする。

右方向の遠くから小さく警笛の音が聞こえたので、視線を向けるとシエラ隊が走ってきているのが見えた。

確かにオレたちの時よりも少なそうだ。

三頭くらいか。


熱源の準備が整ったのを見届けると、オレたちはまた捜索に出発した。






時刻は午後。太陽は真上を通り過ぎ西に傾き始めている。

そろそろ本休憩をとる頃だ。

馬の状態を見ると腹は減ってそうだがまだまだ行けるぜって顔をしている。

頼もしい限りだ。



あれから二回の誘引を終えた。今はシエラが三回目の捜索を始めたところだ。

前回も前々回も同じような結果で、討伐自体は順調も順調。

正直、拍子抜けといった感じだ。

それでも狒々鬼よりは強いであろう、目の前に横たわる焦げた牛の魔物。


現在討伐数三十七頭。この余裕さもオレたちが成長した証だな。


しかし、こちらの誘引では毎回平均10頭程度が釣れるが、シエラ隊は平均5頭くらい。

どうやら右方向には魔物があまりいないみたいだ。




・・・二十分程経過した。



遅いな。何かあったと見るべきだろう。


「ヴィンセント、シエラ隊の安否を確認してきてもいいか?」


「そうだな。さすがに遅いか・・・。ルーカス、頼む」


「了解」


仲間と話を共有し、馬に跨り出発しようとしたその時。


「シエラ隊来ました!!後方に巨大な魔力反応!!」


ライラの言葉に嫌な予感を覚える。右遠方を目を凝らして見渡すと、それらしき影が見えた。

まだ遠すぎてよく見えない。


だが少し地面が揺れているような気がする。


「おい、なんか揺れてねーか?」


誰かの言葉で、それが気のせいではないことを確認した。


魔力感知に感覚を研ぎ澄ませていたヴィンセントが口を開いた。

何かを感じ取ったようだ。


「風魔法部隊!魔力干渉だ!できるだけ広範囲に!」


「「「了解!!」」」


指揮に余裕がなさそうだ。

風魔法部隊が魔力干渉を始める中、右遠方を見つめているとシエラ隊がはっきりと見えてきた。

無事なのは良かった、良かったんだが・・・。



それは黒い小山と形容した方がしっくりくる程には巨大だった。

漆黒の靄、濁りを纏った小さな山。


恨み、痛み、苦しみ、悲しみ。

そのどれもに見える哀れな形相。その眼に光はなく絶望のように暗い。


拍子抜けなどと思ってしまったのが間違いだったか。


追いつかれればそのまま踏みつぶされてしまう。

シエラが緊急事態を知らせる方の警笛を吹く。

その表情から焦りと恐怖を感じる。


全員が必死で氷槍を打ち込んでいるが、まるで効いてない。

その重さと硬い毛皮によって切っ先は阻まれ根元は砕け、刺さってすらいない。


今オレたちが走って向かっても場を乱すだけだ。

幸い距離は開いている。まだまだ馬の方が足は速いみたいだ。


黙って見守っていたセレーネ教官が口を開いた。


「氷魔法部隊、一人教官陣に緊急事態を知らせに行きなさい!!」


「了解!!」


一番パニックになりやすい子を向かわせた。あの子の安全のためにもこれが最適解だろう。


「「魔力支配、完了しました!!」」


思案していたヴィンセントが支持を飛ばす。


「よし、風魔法部隊!魔力支配後、直ちに氷魔法部隊と土魔法部隊に魔力の六割を均等分配せよ!その後火魔法部隊に二割均等分配、前衛に残りを均等分配だ!」


「「了解!!魔力を分配します!!」」


ヴィンセントの意図が分かった気がした。あのレベルは動きを止めないことには話にならない。


「土魔法部隊、魔力を受領しました!」

「氷魔法部隊、魔力を受領しました!」

「火魔法部隊、魔力を受領しました!」

「前衛、雷魔法部隊、魔力を受領しました!」



「よし。氷魔法部隊、可能な限り広範囲に地面凍結!シエラ隊到着の後、魔牛の妨害に徹しろ!!土魔法部隊、凍結後に同範囲で蟻地獄の生成だ!!」


「了解!!氷魔法部隊、地面凍結を発動、その後魔牛の妨害行動に徹します!!」

「了解!!土魔法部隊、その後同範囲で蟻地獄を生成します!!」


本隊と魔牛の距離は二百メートルを切った。

シエラ隊と魔牛の距離は目視で二十五メートル程度。

行けそうだ。

前方百メートル地点に魔力を集約させる。集約点は十一個。

レールのように並べ、シエラ隊が通過できるようにする。

魔牛の体高は間違いなく十メートル超。という事は体長は十五メートル以上だ。

ならば必要な凍結範囲は二十メートル超。


魔法は基本を一とすると規模や密度を上げる度に消費する魔力は倍々になっていく。

地面凍結の基本範囲は一メートルとされている。

一人で二十メートルの地面凍結を発動しようとすれば、524,288倍の魔力が必要になる。

だが十一人で分割すれば・・・それぞれたった二倍の魔力で約二十二メートルの地面凍結を生成できる。

分配された魔力も余って超お得ってわけだ。


そしてシエラ隊が集約地点の間を猛スピードで通過し、魔牛が射程圏内に入った。


今だ。


「発動!!!」


――十一個の集約点が解放され、地面が一気に凍る。

青々と生い茂っていた草たちはその命ごと凍結され、脆い棘と化した。


その脆い棘を踏み砕いた、何トンもの重さを支えていた脚は明後日の方向へと投げ出され

巨大な図体を宙に浮かせた。


魔牛は、一際大きな地響きを立てて全身を打ち付けた。


「発動!!」


間髪入れずにトーマスの号令が掛り、蟻地獄が発動された。


氷が硬質な音を立てて割れ、魔牛は藻掻きながら沈んでゆく。

そして体のほとんどが沈んだところでヴィンセントの声が響く。


「火魔法部隊!即座に爆破!連鎖だ!」


「了解!!火魔法部隊、連鎖爆破します!!」


エレナの声と同時に爆発音が連続で響く。


空気が揺れ、熱風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がり、視界を遮る。

止まない爆音と共に連鎖する光は、まるで小さな太陽だ。


小規模爆破の連鎖。

普通の魔物ならとっくに炭になっているはずだ。


そして光と熱がその活動を終え、一瞬の静寂が訪れた。


砂埃と煙が少しずつ晴れていく。


煙の向こうから現れたのは、残念ながら炭ではなく、漆黒の靄を纏った巨大な暴牛だった。

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