第24話 氷の素
あれからオレたちは二泊のキャンプを行った。行きとは違い、急ぐ理由もなくなったからからだ。
そして、三日目の早朝。エレナとロイが火を起こそうと頑張ってくれているが、薪が湿気てしまっていて中々着火しない。
「どれ、オレも手伝おう」
ヴィンセントが、下から風を吹かせて湿気を飛ばそうとする。
それを見たライラも手伝い始めた。
トーマスとシエラは少し離れたところで魔法連携について談義している。
オレはと言うと、鍋と人数分のコップに水を生成している。
氷魔法で氷を生成するとき一旦水の状態を通過していることをセレーネ教官に教わったのだ。
これならわざわざ氷を生成してから溶かすなんて回りくどいことをしなくて済む。
氷魔法ライフハックだ。
更に面白いことに、自分のコップにギリギリまで低い温度で水を生成しようとちょっとした遊び心で試したところ、なんと水が凍らないのだ。
もう氷剣を生成しているくらいの温度まで冷やしているのに一向に氷になる気配がない。
不思議に思いコップの中の水面を指でつついてみたところ、パキッと音を立てて一瞬で氷になった。
トーマスのコップで試しても全く同じことが起こった。
――なんだこの現象は?
もう少し試してみたかったが、薪に火が付いたので検証を中断してコップを皆に配る。
「おいおい、ルーカス。オレのだけしっかり凍ってるじゃねえか!疲れてんのか?」
「悪いわるい。ちょっと面白いことを試してたんだ」
「面白いこと?」
「氷魔法で??」
オレとトーマスの話を聞いていたシエラが入ってくる。
「ああ、コップの中でゆっくり丁寧に冷やすと水が凍らないんだ。ほら、これを指でつついてみろ」
一度をフォークの柄で砕いてから捨て、もう一度冷やした水を造る。
それをシエラに指でつつかせると、同じように一瞬で凍った。
「すごい・・・。まるで氷の素ね」
氷の素。言い得て妙だ。
「「これ、使えるわよね?」よな?」
シエラも同じことを考えていたみたいで、王都に帰ったら色々試してみようということになった。
朝食を終え、オレたちはテントをたたみ、荷物をまとめ馬車へと乗り込んだ。
一行は、二泊三日の野営を終え、次なる目的地であるテトの街を目指す。
行きから全く変わらない簡易飯。下に毛布を敷いても寝心地の悪い地面・・・。
もう、しばらくはキャンプは御免だ。
*
オレは流れる景色を眺めながら、ぼんやりと思いにふけっていた。草原が広がる道の遠くには、うっすらと山並みが続き、正面の向こうには広大な穀倉地帯が現れた。黄金色の穂が風に揺れ、豊穣を感じさせる景色が広がる。
王都を出て数日しか経っていないというのに、懐かしさを感じる。
そして昼過ぎ、テトの街に到着した。
街は石壁に囲まれ、その中に広がる屋根がところどころ赤や茶の色合いで染まっている。大通りには行き交う馬車と商人たちが溢れ、活気に満ちていた。石壁の街がこんなに安心感をもたらしてくれるとは。
前回は夜に到着し朝に出発したからか、人の多さが段違いだ。
馬車から降りたオレたちは、荷物を持ったまま人混みに飲み込まれないよう、列を成して進んでいく。
「では、訓練生は金の暁亭に向かい、明日の朝まで自由時間とする。ただし夜の鐘には宿に戻るように。解散!!」
コンラッド教官の力強い声に、オレたちは疲れを忘れ足を速めた。宿に到着し荷物をそれぞれの部屋に置くと、防具を外し、服を着替え、すぐにいつものメンバーでロビーに集まった。今回はロイと同室だ。
「よし、集まったな!」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
1人で宿から出ていこうとする紫髪の女を見つけたのだ。
「テレーズ」
「なに?ルーカス・フール」
「ルーカスでいいよ、オレたちもこれから街を巡ろうとしているんだが、お前もどうだ?」
「それは誘っているの?」
「ああ、まあそうだが・・・」
「わかった。なら一緒に行く」
こうしてテレーズも
合流し、すぐさま街の散策に出かけた。
「どこから行こうか?」
街並みを見渡しながら、ヴィンセントが問いかける。道端にはパン屋や果物売りの屋台が並び、甘い匂いや焼きたての香りが鼻をくすぐる。
「まずは市場だろう!」とトーマスが意気込むように答える。
そういうことでオレたちは市場へと向かった。通りの両側に所狭しと並ぶ店には、色とりどりの野菜や果物、珍しい香辛料が山積みされている。トーマスが屋台の焼きリンゴを買い、オレが焼き鳥を買い、エレナとライラがチュロスを買う。それらを皆で分け合いながら食べ歩く。
途中で屋台通りが二股に分かれ、左の突き当りにベンチが並ぶ広場らしき場所が見えたので、オレたちはそこを目指すことにした。
到着してみるとそこはやはり広場で、小さい川が流れている。この広場は石壁に接していて、この川は石壁の下から流れている。川の周囲は川に沿って砂利が敷いてあり、石畳との間は草で仕切られている。方向的に王都の方から流れてきているみたいだ。
その砂利のエリアにある三つのベンチに三人ずつ腰を掛け一休みする。
話しながら周囲を眺めていると、遠くの方に武器防具屋の看板が目に入った。
「皆、次はあの店に入ってみたいんだが、いいか?」
ヴィンセントも見えていたみたいで、そう言うと皆特に行きたい場所もなかったのか一様に頷く。
買ったものを食べ終え、武器防具屋に入る。
店内は、手前には防具、奥には武器の数々が所狭しと並んでいた。
「いらっしゃい。お前さんたちは訓練生かい?」
白髪交じりの角刈りで恰幅の良い壮年の、店主と思われる男性が奥から出てきた。
「あ、はい。お邪魔してます」
少し屈んで短剣を見ていたエレナが声に気づき、最初に挨拶をする。
店主は挨拶もそこそこに、オレたちに聞いてきた。
「おうよ、それよりもお前さんたちの中に火属性持ちは居たりしねぇかい?」
「私とこの人が火属性です」
エレナがユーゴと自分を指して答えると店主は嬉しそうに答えた。
「そうかそうか!試してほしい武器があるんだけどよ、適性の低い方にお願いしてもいいかい?」
「それならオレが」
ユーゴが言うと、店主は、刃幅が広く剣先に重心のある分厚い片刃の短剣を渡した。
「そいつはマチェットっていうんだけどよ、相当熱しても形と硬度が変わらない特殊な魔法金属を練って作ったんだ。まだ試作品だから売ってねぇんだけどよ、そいつはやるから試しに使って見てほしいんだ」
「い、いいんですか?」
「おう、ただし三カ月以内にどれくらい実用性があるか教えてほしいんだ。それまでに色んな用途でそいつをぶん回してくれ」
「わかりました、ありがとうございます!!」
すごく嬉しそうな顔でユーゴがマチェットを受け取る。
皆でお礼を言って店を出ると、すぐに会議を開く。
「色んな用途って言ってたから、戦闘以外も想定されているわよね」
「そうね、それこそキャンプとか?」
「薪を割ったりするのにも便利そうです!」
あれだけ疲れたと言っていた女子たちがキャンプの話をしている。なんだかんだ楽しかったらしい。
「森や山中の行軍にも便利そうだよね」
ロイが言うと当事者のユーゴが答えた。
「そうだね、多分そういうサバイバルをあの店主は想定しているだろうから、休暇を使って試してみるよ」
「そういうことなら、オレたちも手伝うぜ」
「だな、面白そうだ」
こうして一か月以内のどこかで皆でキャンプをすることが決定した。
このあとは服屋を巡りたいという女子たちに付き合い、屋台の通りとは別の商店街を散策した。
*
夜の鐘が鳴る前に宿へ戻り、ディナーを頂く。
ここしばらくは簡易飯のみだったから美味さが余計に身に染み入る・・・。
皆会話を忘れ、真剣な顔で食べている。
おかわりのパンを持ってきてくれた給仕さんに聞くと訓練生は毎年来るが、帰りの方が良く食べるのだとか。
気持ちが良く分かる。今回は食の有難みを痛感する訓練でもあったな。
だがオレとしては、この後の風呂こそが最高の癒しだった。
男湯と書かれた暖簾をくぐり、満腹の腹を支えながら素っ裸になり木製の戸を開ける。
モワッと白い湯気に包まれ、現れたのは石でできた湯船。
躍る胸を抑えながら、まずは体を流して石鹸で洗っていく。
全身くまなく汚れを落としたところで、いざ入浴!
ああ、たまらない・・・。
身体を洗った時のさっぱり感。
湯船につかった時の全身の力が抜けていく感じ。
悪いモノも一緒に洗い流してくれるような感覚。
これまでの苦労がこの一時の為にあるかのような癒し。
「あ”あ”~、染みる~~」
*
風呂から出た後は、ロイと雑談をしながら防具の手入れをする。
ああ、早く正式な鎧が欲しい。
そんなことを思ったからか、今日は不思議な夢を見た。




