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第77話 源為義⑦─敵討ち─


   1


 突然の義賢の死から一年後。仇を討つ機会は再びやってきた。

 鳥羽院の亡き後、水面下で新院と帝、関白さまと左府殿の対立が表面化し武力衝突に至ったのだ。

 為朝や忠正たちの奮闘もあり、戦いは両者ともに拮抗していた。だが、突然旗印をあやふやにしていた惣領の軍勢が、大炊殿の北門を攻めてきたのだ。そして御殿に火をつけた。

 落ちこむ新院を励ました後、俺は帝の殿軍しんがりを買って出た。

 作戦通り、俺は新院を逃がすことに成功した。

 迫りくる義朝の軍勢を足止めしていたとき、義朝と正清の姿があった。為朝との死闘で、両者ともに疲弊している。

(今だ、義朝を殺すのは)

 今しかない。そう思った俺は、義朝に声をかけた。 「何の用だ? 今さら復縁なんぞ受け付けるものか」

 義朝はあっさりとした表情でそう冷たく言い捨て、目の前で戦う義明たちの加勢に向かおうとした。

(やはり義朝は鬼の子だったか)

 鬼の子だった。平然と父を捨て、自分の息子に兄弟を殺させる。おまけに久しぶりに顔を合わせた父に挨拶一つもなく、平然とした表情を見せるだけ。とんでもない鬼畜だ。だが、それでも人の形をしている。

 義朝に人の心が残っているかどうかを確かめるため、俺は腰に差したもう一つの鬼切丸を抜いた。そしてそれを義朝に向かって投げつけた。

 鬼切丸は弧を描き、義朝の目の前に突き刺さる。

「これが、何なのかわかるか?」

「鬼切丸、だろう」

「そうだ。前の持ち主は覚えているか?」

「義賢だろ」

 この外道が義賢のことを覚えてくれていたとは。鬼畜な行いに反して、人の心はしっかりと残っていたようだ。

「そうだ。お前の弟で、とっても聡明な男だったよ。聞き分けの悪いお前なんかと違ってな。そいつを殺したのは、誰かわかっているのか?」

 腰に差していた鬼切丸を抜いて、俺は義朝に問いかけた。

「俺じゃない。息子の義平だ。殺人犯の親を殺すのはお門違いじゃないか?」

「義朝。俺はお前の父親として、今から生んだ者の責を取らせてもらう‼ 持て、義朝」

 鬼切丸を大上段に構え、俺は義朝に斬りかかった。

 見た感じでは、為朝との死闘で満身創痍になっているが、そうとは思わせないほどの軽々とした身のこなしで俺の一撃を避ける。

「こんなもの、いらん」

 義朝は刀を抜いて、帯の部分を狙って斬りかかった。

 焼かれるような痛みとともに、真っ赤な血が俺の脇腹から噴き出してくる。

「こんな痛み、義賢の首を見たときに比べたら、かすり傷も同じだ」

 頭の中が殺意と憎しみでいっぱいになった俺は、頭の中でそう言い聞かせ、痛みを必死で抑えた。そして、よけるな! と叫び、再び義朝に斬りかかり、続ける。

「貴様も人の親になったんだってな。もう縁を切っているが、この場で祝ってやるぜ。だから、お前もわかるだろう。自分の息子が殺されることの辛さを、痛みを!」

 攻撃を防いでいる義朝は、父親の説教に冷ややかな笑みを浮かべて返す。

「犯罪者を匿い、その罪をもみ消している分際でよく言うぜ」

「笑うな! ダメな俺でも、最大限に家族を大切にしようと思ってやってきた。北面の時に一緒だった忠盛を闇討ちにしようとしたこと。関白殿下の妻子を人質にしたこと。汚いことかもしれないが、お前たちを必死で養うためにやったんだ」

「この期に及んで父親面とはな。呆れたもんだ」

 刃こぼれだらけの刀で俺を押し倒し、義朝は肩を斬った。

 ──どうしてあのとき俺を捨てたんだ。どうして父はこうも情けないんだ。

 義朝の一撃からは、そんな不甲斐ない俺への強い怒りが刀越しに伝わってきた。

 刀から怒りが伝わったのがわかった俺は、義朝を殺すのを辞め、

「あのときのことは謝る。だから、許してくれ、義朝。全て、この父上の心の弱さがそうしたんだ。反省もしている。この通りだ」

 自分が義朝にしてきたことを謝ることにした。もちろん、救ってくれるなんて考えもしていない。今まで酷い仕打ちをたくさんしてきた俺だから、こんな最期がお似合いだ。

「懺悔はあの世の閻魔様のもとでするんだな!」

 義朝は、俺の首を取るため、刀を振り下ろした。

 死への恐怖のあまり、俺は目をつむった。

 刀が首に接触し、首が斬れようとした。斬られる! そう思った。だが、何を思ったのか、義朝の刃が止まったのだ。

 目を開けて、何が起きたのかを見てみる。

 首の手前まで差し掛かった刀を、正清が制止していのだ。

「なぜ制止する? このジジイは子どもを見捨て、犯罪者を匿った極悪人。なぜかばう?」

 義朝は声を荒げ、俺を助けた理由を尋ねた。

 正清は答える。

「このジジイには聞きたいことが山ほどある。だから、生け捕り程度にさせておけ」

「でも、この男を生かしておいたら、消えた為朝が取り返しにくることだってあるだろう?」

「そのときはそのとき。どうしても斬りたいなら、こいつが死刑になったときでもいい」

 正清がそう言い捨てたとき、義朝はしばらく黙り込んだ。

 倒れている俺を正清は持ち上げ、

「正清のおかげで首が繋がったこと、感謝するんだな」

 と耳元で呟いたあと、痛みで立てなくなった俺を持ち上げ、腹部を思いっきり蹴って気絶させた。


   2


 ──いろいろ頑張ってきたけれど、結局は何一つ報われなかったな。

 長い回想を終えた為義は、心の中でそうつぶやき、大きなため息をついた。

 大好きだった父の仇も討てず、殿上人にもなれず、挙句の果てには義朝に全てを追い越されてしまった。そして新院に加担したことで罪人に。一体自分の人生は何だったのだろうか。

「もう、死んでしまいたい」

 作業中、為義は何げなくつぶやいた。

 最初から最後まで報われない人生ならもう死んでしまいたい。息子や孫も守れなかった棟梁に生きる意味などない。

 つぶやきを聞いていた今若と乙若は、

「おじいちゃん、なんで死にたいの? おじいちゃんが死んだら嫌だ」

「もっとおじいちゃんと遊びたかったのに」

 今にも泣き出しそうな声で言った。

「こんな俺でもか」

「うん。おじいちゃんと遊んでいるときがおれにとって、一番楽しいもん」

「そうか」

「うん」

「ありがとう」

 今若の何気ない一言を聞いた為義は、慟哭した。

 誰からも必要とされず、陽のあたるところで生きることを許されなかった。そんな日陰者の自分にも、こうして自分を認めてくれる誰かがいる。それだけでも感無量だった。

 作業を放り出した為義は、

「なら、これからじいちゃんは生きてやるぞ。そしてお前たちの元服を見届けてやる。楽しみにしてろ、今若、乙若」

 と今若と乙若を強く抱きしめのだ。

 これから待ち受けようとしている残酷な運命を、為義はもちろん、ましてやまだ幼い今若と乙若には知る由もない。

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