第78話 叔父を斬る、父を斬る①─戦後処理─
1
廊下から輝く金貨のように丸い月と星々が見える夜。義朝の屋敷では十五夜の宴が行われていた。
上座に座っていた義朝は盃を片手に持って、
「お前たち、今日は宴だ飲め!」
宴の始まりを宣言した。
若い衆に武勇伝を大きな声で語る広常。
そこへ義明は的確なツッコミを入れ、笑いを取る。
広常や義明たちのバカ騒ぎを覚めた目で見る正清。
月見ということを忘れ、義朝の郎党たちは思い思いに楽しんでいる。
(みんな生き生きしてるな)
広間の片隅で一人寂しく酒を飲んでいた為義は、生き生きした郎党たちの姿を見て思った。
本当は自分も加わりたい。だけど、捨てられていて罪を被った自分なんて、今さら相手してくれるはずがない。
哀愁漂う表情で一人酒を飲む為義を見かねた義朝は、
「父上、広常たちのところへ行かないのですか?」
と声をかけた。
「俺はいい。どうせ奴らに捨てられたんだし。自堕落な昔の主君が出たところで、この場がしらけるだけだろう?」
「あいつらはそんな細かいことを気にするようなやつらじゃないさ」
「おい、大殿も殿も来いよ、今から広常のやつが面白いことするってよ」
義明は旧主である為義と今の主義明に声をかける。
「誰がするかよ」
恥ずかしそうに、広常は言った。
「行ったらどうですか? あのとき父上が戦ったことは、みんな知っています」
「来てくださいよ、大殿」
盃を持ちながら義明は為義の方を向いて誘った。
「義明も、来い、と言っています」
「仕方ねぇな。行くよ」
石みたいに広間の片隅で座っていた為義はゆっくりと立ち上がり、義明たちのいるところへと向かった。
2
同じころ。高松殿では、戦犯たちの処遇を決める会議が開かれていた。
詮議の結果、戦犯全員を死刑にすることが決まった。ただ、為朝は弓矢の腕を買われたことで、八丈島へ流罪ということになったが。
「為朝以外の戦犯全員を死刑にする」
この取り決めに、院近臣や公卿たちの間に走る戦慄。怖がるのも無理はない。なぜなら、平城太上天皇の変以来、仏教の教えに反する、という理由で数百年間廃止されていたのだから。
怯える公卿たちに、信西は淡々とした口調で説明をする。
「平城太上天皇が南都に都を戻そうとして反乱を起こして以来、死刑は廃止されました。その目的は、罪人も善男善女も対等に暮らせるような世の中にするため。ここにいる公卿や院近臣一同はそうお思いになられていることでしょう。ですが、どうですか? 死刑を無くした結果、盗賊たちは再び盗みをしたり、女をさらって強姦したり、人の命や財産を奪ったり、やりたい放題ではないですか。おまけに殺人が起きても、その恨みを晴らすべく、本来国衙に引き渡されるべき犯罪者を殺す者たちもいると聞く。これでは、何のために国家が、そして法が存在するのかわからなくなる。そこで、この死刑制度の復活をもって知らしめるのです。殺された者たちの怒りを。そして、法の裁きというものを」
死刑制度の復活を高らかに宣言した信西の演説を聞いていた公卿たちは、
「恐ろしい」
「狂気の沙汰とはまさにこのこと」
と口々に言い合った。
圧の強い口調でやった信西の死刑復活演説に怯える公卿たち。その中で一人異議を唱えた者がいた。忠通だ。
「どうした、忠通?」
「父は高齢です。それに、頼長の子どもたちには罪はありません」
勇気ある忠通の嘆願に、信西は小さな目を細め、
「身内だからという理由で、死刑をするな、と」
低く怒気のこもった声で言った。
「そういうわけではありません。高齢ゆえに殺すのはあまりにしのびないと思いましてね」
「お前の父も間接的ながら、頼長と関わっていた」
「でも、父上は乱の計画には関わっていません」
「間接的だったとしても、死刑にしなければ国中に示しがつかない」
「もうヨボヨボのお爺さんを殺して、民の理解は得られますか⁉」
そう大きな声で忠通が怒鳴ったときに、
「そう言ってるんだから、死刑を免除してあげろよ。可哀想だろ?」
柿色の直垂を着た三十路ほどの武者が突然、公卿たちが話し合っている部屋に入ってきた。
「ここはどこだと心得る!?」
男は不敵な笑みを浮かべながら、
「俺は竹内宿禰。景行天皇の御代からこの日本を動かしてきた」
と答えた。
「貴様、神官の分際で殿上に昇るとは、厚かましいにもほどがあるぞ、帰れ!」
「帰れ」
公卿たちから、バッシングを受ける竹内。だが、涼しげな表情で、
「お前らうっさいな。少し寝てろ」
といって、目をつぶった。
すると、竹内の足元から水の波紋が出現した。円は水の波紋のように、床や畳の上へと広がってゆく。
「何だか気持ちいいな」
「まるで春の陽気のようだ」
先ほどまで竹内に向かって罵詈雑言を吐いていた公卿たちは、気持ちよさそうに眠っている。
「お、お前、公卿たちに一体何をした?」
集団催眠にでもかかったかのように、一斉に眠りに着いた公卿たちを見た信西は、混乱している。
「うるさかったから眠ってもらっただけだ。帝と関白殿下は起こしてるぞ」
「変な術を使いやがって」
「お、いいのか?」
突然入ってきた竹内の顔を見た後白河帝は、
「竹内、何の用だ?」
と聞いてきた。
「お前さんが新帝か?」
「いかにも」
そう言って後白河帝は深くうなずいた。
「忠実を殺すのは辞めにしてやれ」
「ほう」
「その代わりに忠正を甥の清盛に、為義を父義朝に斬らせるってことでどうだ?」
「いいだろう」
後白河帝はうなずいた。
だが、忠通は、
「だからといって、他人を犠牲にするなんて、いくら何でも残酷すぎます」
憤怒の表情で竹内を怒鳴りつけた。
呆れた表情で、横に寝そべりながら竹内は言う。
「わかってないな。誰かを救うってのはな、誰かを犠牲にすることなんだよ」
「貴方にはまだ人の心というものが残っているでしょう?」
「俺もこれでも人間なんだけどな。常人たちと違う。この一点だけを除けばな」
「近衛府の役人たちを。竹内をつまみ出す」
懐から笛を取り出し、信西は近衛府の役人を呼ぼうとした。
床で寝そべっていた竹内は起き上がり、
「あぁ、近衛府の役人たちは俺が眠らせておいた。まあ、お前の親父と二人の武士の命、どちらを助けるかはお前に任せるわ。あ、そうそう」
腰に帯びていた刀を抜き、信西に突き付けて言う。
「俺に逆らったら、お前のその首吹き飛ばす。覚悟しておけ」
「俺は、お前になんか、屈しない」
薄暗い部屋でもわかるほどの輝きを宿した目で、竹内を睨みつける信西。
「いい度胸じゃないか」
薄気味悪い笑みを浮かべ、竹内は刀を納め、去っていった。
3
十五夜が終わってから約一週間後。検非違使の役人の口から忠正と為義の判決が言い渡された。死刑だった。それも、為義の首は息子の義朝が、忠正の首は甥の清盛が斬るというもの。
この判決に対し、殿上人や一部の知識人たちの中では、
「実の子と甥に首を斬らせるのはあまりに酷ではないか」
「死刑を復活させる信西入道は正気なのか」
といった意見が巻き起こった。
六波羅にある清盛の屋敷で、清盛と義朝は縁側に腰掛けながら話していた。
「やっと分かり合えたのにな──」
清盛相手にはいつも強気な義朝。だが、今日はどこかしょんぼりとしている。
「義朝もか」
「ああ。親父はあまりにもろくでもないヤツだったから、早く死んでしまえ、とずっと思っていた。でも、いざこの手で親父を殺すと思うと、できなそうだ。やっぱり、あんな親父でも、俺にとってはかけがえのない家族だったんだな、って。それに、俺の小さいやつら、アイツのこと好きみたいだし」
油断したら今にも流れそうな何かを義朝は、ぐっ、とこらえながら胸の内を清盛に明かした。
「そうか」
「あぁ」
頭の中で叔父との思い出を振り返りながら、清盛は、
「俺の叔父上は厳しかった。俺のことを名前で呼ばないで、雷のような大きな声で、小僧! だよ。元服しても、北面の武士になっても、棟梁になっても、小僧! だよ。情けないだろう? その代わり、亡くなった父上の産んだ実の子どもである家盛や頼盛には甘かったけど」
虚しさの溢れた笑みで語った。
「それはお前がだらしなかったからだろう?」
「懐かしいな。昔もそんなこと言われたこともあったな。でも、この前の戦いで、やっと俺のことを名前で呼んでくれた。やっと俺を、平忠盛の嫡男として、平家一門の男として、そして棟梁として認めてくれた。その矢先で死んでしまうなんて……」
先ほどの虚しい笑顔とは一転、清盛は目に大粒の涙を溜め、泣いた。
「泣くなって。俺まで泣きそうになるだろ! やっぱりお前はまだ小僧で良かったんじゃないか?」
「余計なこと言うなよ。なおさら悲しくなったじゃないか」
「言ってねぇ」
今にも泣き出しそうな義朝を見た清盛は、直垂の袖で涙をぬぐい、肩を叩いて、
「義朝、1つだけ約束してくれ。俺が信西や関白殿下に取り合ってもらう。叔父上とお前の親父の死刑を辞めるように、って。だから、心配するな」
と言った。
「そうか。わかった。こういう時にお前がいてくれると、心強いな」
泣こうとしていた義朝は、涙をこらえたはかなげな笑みを浮かべた。




