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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
追憶編 鳥よ、鳥よ、いずこへ墜ちる
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2. 仲違いと仲直り

 数時間後、二人は無事に斧を見つけることができた。

 斧は縄張りの外まで飛んでいて、木の上の方に食い込んでいた。柄の先だけが梢から突き出ているのを見つけるのは、相当時間がかかった。

 随分と高い位置にあったが、巨人族のゴノムなら容易く手が届く。


 それから元の切り株まで戻ると、ゴノムは再び木を伐りはじめた。

 恐るべき速度で三十本ほどの丸太が出来上がった頃、コトリはふと思いついて尋ねた。


「ゴノムはなんで、木を伐っているの?」


 彼女がいる場所は彼の肩ではなく、小ぶりな枝の上。小ぶりと言っても巨人族の基準なので、どっしりした梁のような安定感だ。

 数十分ほど会話もなく、ただゴノムの作業を見ているだけだったコトリの、唐突な疑問だった。


「今更?」

「聞いちゃ、だめ?」

「そんなことないけど」


 ゴノムは少し口籠る。

 急遽、大量の丸太が必要になったのは、とある問題の解決のためだ。

 これは里の合議で決まったことである。ゴノムが個人的に必要としているのではない。彼の他にも、何人もの木こりが別の場所で丸太を集めているところだ。

 話し合いの内容を他人に話しては駄目、というルールはなかったはず。だからコトリに話すのはルール違反ではない。ただ、話を聞いたコトリが悲しむのではないかと、ゴノムはそれを心配した。


「……だめなら、別にいいけど」


 彼が黙ってしまったのを拒絶と勘違いしたらしいコトリが、しゅんと項垂れる。それを見たゴノムは大いに慌てた。斧を持ったままの手を激しく振り回して、


「柵だよ! 大きくて長い柵を作るんだ! これはそのための丸太!」

「柵?」

「そう、柵」


 言ってしまった……。

 早速後悔するゴノムだったが、コトリは興味津々だ。こうなったら仕方がない、と腹をくくる。たとえ彼が黙っていても、いずれ答えを知る時は来るだろうし。


「最近、南の獣人族が境界線の辺りによく現れるんだ。近くに狩場を作ったみたい。この前なんか、オイラたちの縄張りに入ってきたんだよ。すぐに出ていったけど。でもまた来るだろうって。柵を建てたらやめてくれるかもって皆と話し合って、それで材料を集めてるんだよ」

「そんな……」


 縄張りの境は、大陸の南東に走る長い断崖だ。真ん中の山地から海まで続いているので、これ以上分かりやすい境界線はない。はっきりと決まっているわけではないが、巨人族も獣人族も暗黙の了解としてきた。

 無用な争いをしないためだ。世の中には好き好んで戦をする種族もいるが、北大陸は比較的平和だった。

 その理由は、三種族がちょうどよく縄張りを分け合えたこと、巨人族と妖精族が温和な性格であること、戦う気のない相手に戦を仕掛けるほど獣人族が野蛮でなかったことなどが挙げられる。

 北大陸の人口密度が余所と比べて低いことも大きい。

 うまくやってきたのだ。――これまでは。


「獣人族はオイラたちの土地を狙ってるんじゃないかって、みんな噂してる。不安なんだ。オイラたち、体は大きいけど戦うのが得意じゃないから」


 それは少し違う。本気で戦えば、巨人族は世界でも上位クラスの強さを持つ。現状そうなっていないのは、ひとえに彼らの優しい性格が原因だ。

 彼らは争いを好まない。争えば、必ず相手が傷つくから。傷ついて苦しんでいる相手を見ると、たとえ敵であろうとも彼らは同情してしまう。そのせいで、食糧となる獲物も狩れないくらいなのだ。

 彼らはただ木の実を拾ったり、山菜やキノコを採ったりして、のんびり暮らしたいだけ。


 けれど最近の獣人族は、何かに追われているみたいに様子がおかしい。彼らの性格的に、余所の縄張りを荒らしたりしないはずなのに。

 確かに、以前からたまに山で遭遇した時など、隙を見せれば襲うぞと言わんばかりに戦意で目が輝いていたけれども。戦いは好むけれど、争いは好まないのが獣人族なのだ。


「境界の崖は結構な高さがあるでしょ。その上に柵を建てたら、いくら獣人族でも簡単には登れないだろうし、警告にもなると思うんだ。『ここから先へは来ないでください』って、言わなくても分かるでしょ?」


 彼ららしい発想だ。

 巨人族のように大人しい性格の種族は、異種族と関わらないように生きるのが普通である。関わること自体が争いに繋がる可能性があるからだ。世の中には、強盗のような種族もいるのだ。

 だから看板代わりに柵を設けようと思い至ったのだろうけれど、果たしてどこまで効果があるやら。

 話を聞いたコトリは、悲しげに眉を下げた。彼女もまた、争いを好まない性格である。


「ねえ、わたしがガーツたちにお願いしてこようか? ゴノムたちが嫌がってるから、やめてって」


 話し合いで解決できるならその方がいいと思い、つい口を出す。

 しかしゴノムは、ぶんぶんと首を横に振った。


「駄目だよ、そんなことしちゃ。余計に刺激しちゃうよ」

「どうして?」

「獣人族はコトリのこと気に入ってる。なのにそのコトリがオイラたちの味方をしたら、腹を立てるに決まってる。そしたら、怒りの矛先がオイラたちに向かうんだ」

「……うん……分かった……?」


 ゴノムの言い分は理解できなかったが、必死な形相と身振り手振りで止めるので、仕方なく頷く。

 人間の複雑な感情を察するには、コトリは少し幼かった。


(ラーナなら分かるのかな……)


 自然と思い浮かぶのは、いつも無邪気そうな(・・・)笑顔のラーナ。彼女だったら、ゴノムの言っている意味も十分以上に理解できるような気がする。


 ラーナはコトリとトーザの次、つまり最後に生まれた同胞だ。だから妹ということになるのかもしれないが、ゴノムに説明したように、フォルス以外は同じ枝についた葉っぱのようなもので、立場に上下はない。それはもう一方の女神の眷属、光神族のマグナたちも同じだ。

 年下だから可愛いとか、年上だから助けてあげようとか、そんな感覚もない。むしろ、彼女と話していると自分の方が年下に思えてくる。


 ラーナは不思議な子で、何かとコトリと同じことをしたがる。

 コトリがどんぐり拾いに熱中すれば、ラーナは山じゅうの木の実を集めてきたし、頭の中で星を繋げて星座を作る遊びを覚えれば、彼女は物理的に星を数珠繋ぎにした。

 ……やることがいちいちズレているが、コトリの真似をしようとしているのは確かだ。


 傍目にも、ラーナはコトリに懐いていた。ラーナがフォルスにひっつくのだって、コトリが彼を慕うからだ。そこだけはコトリもイヤになるけど、懐かれること自体は嫌いではない。


 だから今朝のことはすごく残念だった。

 まさか、あの子がわたしをいけにえにするなんて……。


(ぜったい、許せない!)


 キトラに散々な目に遭わされたことを思い出し、コトリは風船のように頬を膨らませた。

 突然のお怒りにゴノムは目を丸くするが、たぶん思考が脱線して関係のないことを考えているのだろうと見当をつける。大正解だ。


「――それで、ゴノムたちは柵を作ってどうするの?」

「え?」

「柵を作っておしまい? それでも獣人族がはいってきたら、どうするの? ……戦うの?」


 繰り返し問いながら、不安そうにゴノムの顔色をうかがう。

 そう、それはゴノムたちも真剣に悩んだことだった。

 柵を建てたからと言って、問題の解決にはならない。問題を起こしているのは獣人族だからだ。どんな理由があって縄張りを侵犯するのか、それは話し合いで解決できるものなのか。戦おうという意見は、仲間からは出なかった。武器を取るくらいなら、他の手段を選ぶ。

 ゴノムは安心させるようにニッコリと笑った。


「大丈夫だよ。戦いになんかならない。だってオイラたち、武器なんて持ってないしね。それが分かってるから、獣人族だって直接仕掛けては来ないよ。もし……彼らがどうしてもこの土地が欲しいと言うなら、オイラたちはもっと北に引っ越すだけさ」

「えっ、でも……」


 巨人族は、もう百年以上も前からここで生活を営んできたのだ。この岩山は彼らの家。彼らの故郷。それなのに、簡単に明け渡すなんて。


「ガーツたち、本当にどうしちゃったんだろう……」


 縄張りが欲しいわけではないのではないか、とコトリは思う。

 南平野はとても広いし、水も獲物も豊富だ。戦いには飢えているかもしれないが、普段から同族同士で競い合っていると聞く。わざわざ巨人族を敵にする理由がない。


 考えても分からないなら獣人の集落に行って聞けばいいと思ったが、下手するとゴノムが言ったように彼らを怒らせてしまうかもしれない。


 獣人族は大人から子供まで皆好戦的で流血も厭わないが、反面、仲間をとても大事にする熱い種族だ。コトリは彼らの仲間ではないが、何かが琴線に触れたのか、会えばいつも優しくしてくれる。今日だって上空のコトリに気が付き、手を振ってくれた。

 コトリは巨人たちも獣人たちも好きだ。だから二つの種族に仲良くしてほしいと思うのだが……。


「あー、獣人族ね。なんか殺気立ってるよね、最近。ま、ちょっと遠くから眺めただけだから詳しいことはボクにも分かんないけど」

「!?」


 いつの間にかコトリの隣にラーナが座って、足をぶらぶらさせていた。ゴノムが「うわっ」と声を上げて仰け反り、そんな彼にラーナはいけしゃあしゃあと手を振る。


 褐色の肌に、ぴょんと外側に撥ねた銀色の髪。ルビーのように赤い目はやや吊り上がり気味で、悪戯っぽく輝いている。

 全体的に幼い雰囲気。しかし、どこか嘘っぽい。まるで子供を演じているかのような佇まいで、彼女もそれを隠そうとしていない。


「ラ――」


 名前を呼ぼうとして、コトリは慌てて両手で口を隠した。

 危ない危ない。彼女とは絶交中なんだった。会話なんて以ての外だ。目も合わせちゃいけない。座る位置もちょっとずらして……。


「アレ? どったのコトリ? あ、もしかして今朝のことまだ怒ってる? いやー、ごめんって。でもさ、聞いてよ。キトラのヤツ、すっごい機嫌が悪くてさ。誰かと口論して見事に言い負かされたみたいで。不機嫌なキトラを癒せるのはコトリくらいなもんじゃん? ボクじゃ傷口に塩塗っちゃいかねないし。だからコトリにバトンタッチしたってわけ。ほんとごめん。悪かった。お詫びに美味しいブルーベリーの生る場所教えたげるから、許して? ね、ね?」

「……ほんと?」


 ブルーベリーの魅力に負けてつい口を開くと、ラーナは両手を顔の前で合わせた格好でぱぁっと顔を輝かせた。ぶんぶんと、もげそうなくらい激しく首を上下に振る。


「ホント、ホント! 嘘じゃないよ! ボクがコトリに嘘言ったことある?」

「……ない」

「でしょ!」


 ラーナは誇らしげに胸を張る。彼女のペースに乗せられている自覚はあったが、しかしブルーベリーの魔力は強かった。どうせ百回以上絶交して百回以上仲直りしてるんだし、もう一回増えたところで大したことじゃないと、コトリは無理やり自分を説得した。

 となると気になるのはブルーベリーの在り処だ。あまり遠いところでなければいいが。

 コトリは待ちきれずに体を揺らす。


「どこ? おいしいの、どこ?」

「妖精族の森だよ! こないだ散歩してたら、あのコらが大事そうにしてる秘密の場所を見つけたんだー!」

「ラーナ……」


 途端に残念な顔でラーナを見つめ返すコトリ。しかし同胞は飄々と嘯く。


「ブルベリーを育てたのは森だしー。妖精族じゃないしー。でも気が引けるなら、やっぱり行くのやめる?」

「……行く」

「そうこなくっちゃね!」


 結局、自分の欲望を優先させるコトリなのだった。

 妖精族は自然を愛し、自然と共に生きる種族。自然に生った果物を分け合うのは当たり前。だからこれは泥棒ではない……はず。

 コトリはキリッとした顔で、ゴノムを振り返った。


「そういうわけだから、ゴノム、わたし行くね」

「いってらっしゃい。気をつけるんだよ」

「うん。ゴノムの分も、採ってきてあげようか?」

「いや、オイラは怖いからいいや」

「そう……」


 残念だ。美味しいものも分かち合うことができないなんて。コトリはしゅんと肩を落としたが、気を取り直すと一瞬で小鳥の姿になる。ラーナも妙な生き物に変化する。翼と尻尾の生えた、妙ちきりんなマリモのような姿だ。前は角の生えた紫色のクラゲだったし、特に拘りはないのだろう。ゲテモノ縛り以外は。

 そもそも、空を飛ぶのに変化する意味はないのだが。そこは雰囲気である。


 じゃあ行ってきます、という意味を込めて啼くと、ゴノムは斧を持たない手を振り返した。

 こうして二人は西の空に旅立ち、昼寝中の妖精族の間を掻い潜って、まんまとブルーベリーをせしめるのだった。

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