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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第四話 古き聖者の探訪記録
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6. 風音の事情

 グラムウェルを北に進み、内陸に切り込むような形のレムナス湾西を更に北上、大陸北端に太く張り出した半島にその街は存在した。


 豊かな森林と海に囲まれた、風光明媚な都市であったという。フリギア大陸だけでなく、この世界のどこを見ても旅行という概念はほとんどないが、そんな世間であっても多くの人が一度は訪れてみたいと思うような、美しい場所だったのだそうな。

 そんな美しい景色に魅了されて集まってくるのか、多くの芸術家がこの地に住まい、新たな芸術が次々と生まれた。


 一方で古き伝統を重んじる向きが強く、グラムウェルとナスジャを都市間魔導列車セントーアで繋ぐ計画が幾度となく持ち上がったが、そのたびに強い反発を受けて延伸には至らなかった。

 今となっては二度と叶わぬ夢だ。

 かの地の時は止まっている。


 幽都ナスジャ。


 かつての美しき都がその名で呼ばれるようになったのは、五年前。

 年が明けて間もない、雪の降る季節だった。


 ナスジャはなぜ滅んだのか。

 否、滅ぼされたのか。

 正確な理由を知るのは、ほんの一握りの人間だけだろう。大勢でないことを祈るしかない。

 その人間とは、ナスジャを滅ぼした首謀者――魔神教徒の連中だ。

 彼らは魔物の王、魔神を復活させるための生贄として、ナスジャの民全ての命を捧げたのだという。少なくとも、後に出された犯行声明ではそう主張していた。


 儀式の結果、本当に魔神が蘇ったのかどうかは定かではない。そもそも、魔神の存在も真偽は不明だ。

 けれど、ナスジャ滅亡が強大な魔物の出現によるものだったことは確かである。近隣の砦に詰めていた兵士が、深夜、炎に包まれたナスジャを目撃しているのだ。その炎の中に、巨大な魔物の影を確認したと報告書にはある。残念ながらその魔物は討伐されることなく、いずこへかと消えてしまった。おそらくは海を渡ったのだろう。

 残されたのは瓦礫となった街と、魔物に食い殺された挙げ句、燃え尽きて灰となった人々の遺体だけ。惨劇と呼ぶのも生ぬるい破滅の痕跡に、駆けつけた者たちは呆然と立ち尽くす他なかったという。


 途轍もなく狂った理由で、途轍もなく狂った連中によって滅ぼされた都市。

 それがナスジャだ。

 今も再建されることなく、廃墟のまま放置されている。



「では光匣アークは、幽都ナスジャを見つめているのかな」

「見つめてるって」

「さすがに偶然だろう」


 感慨深げに溜息をつくイオリにアイーダが苦笑いし、それをジーンが補強する。二人に否定されたイオリはちょっとむくれたが、自分の発言を思い返してややロマンチストだったかと照れた。


「あ、はは。やはり考えすぎかな」


 いつもクールな彼女が頬を染める様は、正直可愛いと思うアイーダである。普段は可愛さよりも格好良さが勝っているのだ。この時ばかりは年下のようで――事実そうだが――ついついフォローしたくなる。


「まあでも、光匣とグラムウェル、ナスジャがほぼ一直線に並んでるって面白い偶然だよね」

「そ、そうよなっ? 面白いよなっ?」

「ナスジャにも聖遺物があるのだろうか」

「えっ」


 ジーンの言葉に、イオリとアイーダがぎょっと振り返る。発言した本人は単なる思いつきのつもりだったらしく、「なんだ?」と首を傾げた。大して深い思惑はないと分かり、二人はハァと肩から力を抜く。


「脅かさないでよ。びっくりするじゃん」

「さすがに心臓が跳ねたよ」

「心臓? なんのことだ?」

「なんでもなーい」


 馬鹿馬鹿しい、という風にアイーダは手を払った。

 二つの都市と光匣の位置関係がなんだと言うんだ。模様を描いているわけでもなく、ただ偶然、線で並んだだけだ。たとえ因果関係があったとしても、一介の戦士には関係ない。それ以上は考えるのをやめた。


「あたしらはあたしらの仕事をするだけさ」


 その意見には他の二人も同意だったらしく、特に異論は出てこない。


 いつの間にか日は完全に落ち、空は月と星が支配する聖域となっていた。

 こうなればもうやることがない。

 夜の見張りは騎士たちが交代で行うことになっているので、自分たちはしっかりと休んで翌日に備えるのが残された役目。そのことを理解している彼らは、何を言うでもなく立ち上がった。



 ところが、キャンプへ戻ろうとする三人を、暗がりの奥から現れた人物が無言で呼び止めた。正確には、その人はたった一人を待っていたのだ。


「伊織様」


 ジーンとアイーダは後ろを振り返る。そして、全て分かっていたという風に柔和な笑みを浮かべるイオリを見た。彼女は仲間たちに頷くと、二人の間を通って前へと進み出る。黒髪の少年の前に立った。


 やや長い黒髪。艶のあるそれはイオリと同じように後頭部の高い位置で括られているが、彼女とは違って毛先が遊ばないよう団子にしている。丸みの強い穏やかな目は深い青色で、知性と好奇心が程よく入り混じっていた。


 少し見上げる程の背丈に成長した知り合いを、イオリは眩しいものを見るような目で見つめた。


「久しいな、夜流よる。すまない、声を掛ける機会がなかなかなかったので知らぬ振りをしていた。サラ殿の護衛はもう良いのか?」

「はい。騎士の方々もいるからと、傍を離れる許可を頂きました」

「そうか」

「お久しぶりでございます。伊織様。そして――申し訳ございませんでした」


 少年はイオリに向かって、深く頭を垂れた。


 何やら込み入った事情を察知したアイーダとジーンは、イオリと視線を交わすと、先んじて来た道を戻っていった。彼らが去ったのを確認してから、イオリはヨルのつむじを見下ろしつつ口を開く。


「謝る必要はない――とは、言うまい。私の家はお前の主家で、お前は竜胆家の跡取りだった。それが、お前は文一つだけ残して出奔した。その罪は決して軽いものではない。お前も重々承知していることだろう」

「はい。どんな罰も覚悟しております」

「心にもないことを。後悔も反省もしていないのだろう?」

「そんなことはっ」


 ばっと顔を跳ね上げたヨルは、そのまま驚いて固まった。

 イオリは笑っていた。優しく、柔らかく。年の離れた弟のイタズラに、仕方がないなぁと苦笑する姉のように。幼い頃、手を引かれて遊んでいた時分とまったく変わらない微笑みに、ヨルは我知らず涙を零した。

 そんな彼の頬を拭い、イオリは柔らかい花びらのように包み込む。


「私はお前を叱らないよ。いや、叱る資格がないんだよ。私もお前と同じく、すべてを放って逃げ出した人間だから」

「…………!」

「本当だよ。私も跡目争いを放棄した。飛滝家当主も樹衆頭領の座も、弟が継ぐことになるだろう」

「蓮様が……?」


 目を見開くヨルの反応を見るに、知らなかったのだろう。イオリが風音ノ国を出奔したのは、彼よりも半年遅かった。何も知らなくても不思議ではない。ただでさえ、風音内部の事情は外には伝わりにくい。


 飛滝家は、風音皇家の片翼を担う武門だ。その次期当主と目されていたイオリが出奔しただけでも大事なのに、跡を継ぐのは『彼』だという。

 それはいい。

 問題はイオリの弟、蓮の性格の苛烈さだ。

 彼は容赦がない。特に、自分の敵となった者には。


「大丈夫なのですか? 国を出たくらいで、あの方が伊織様を放っておくなど考えられません……」

「うん。監視がついているよ。今のところ、それだけだ。国にいた頃から、私は当主の座を弟に譲ると意思表示していたからね。それに、一度でも国を出た者は跡目争いを降りたと見做される。だから私は生きていられるんだよ」


 それは半分嘘だ、とヨルは見抜いた。資格があろうがなかろうが、かの方の苛烈さに違いはない。監視と言いつつ、隙を見て命を奪うくらい平気でやる方だ。

 しかし、見た感じイオリに差し迫った危険の兆候はない。有名なクランに所属し、自らも名を馳せているほどだし、大丈夫というのは本当なのだろう。


「もしかして、監視役とは妹の葉菜はなですか?」

「うん。そう。左弦殿がうまく言いくるめてくれたらしい。葉菜と無行と、あと禄助。私が〈千年氷柱〉に入った直後くらいに、慌ただしく引っ越してきたんだよ」


 ディーノたちが出会った剣術道場の三人組は、家を出奔したイオリを監視するために遣わされた者たちだった。


「父上が」


 出てきた左弦という名前に、ヨルは安堵の息をつく。彼の生家である竜胆家は、表立って意思を示したことはないが、イオリの味方である。それは疑いがない。だから、イオリが寝首をかかれる恐れはないはずだ。

 むしろ、ヨルの方が竜胆の者には恨まれていることだろう。なにせ、跡継ぎとしての責務を丸ごとはなに押し付けてきたのだから。残した文ひとつでは贖えない罪だと、自分でも分かっている。

 まあ、自分のことはいい。

 ヨルの頬は自然と緩んだ。


「ならばひとまず安心ですね」

「む。一人で安心するな。突然お前がいなくなって、皆どれほど心配したことか」

「も、申し訳ありません……」


 心を読んだかのような鋭い指摘に、ヨルの頭が下がる。


「本当だぞ? あんな短い文で、葉菜たちが納得するわけがなかろうが。雲様がお前を庇ってくださらなければ、追手がかかるところだったのだぞ」

「返す言葉もございません……」

「まったく」


 ぷんぷんと怒るイオリだったが、はたと気づく。ヨルを叱る資格がないと、さっき自分で言ったばかりではなかったか。

 いやいや、これは叱っているのではない。怒っているのだ。心配させられたら、怒るのは道理だ。……そのはずである。


 少々自信のなくなったイオリは、誤魔化すように尋ねた。


「……で、やはり家には戻らないのか? いや、戻れないというのは分かっているのだが」


 ヨルは顔を上げる。イオリの問いに対する答えは、口よりも先に目が物語っていた。


「はい。旅を続け、いずれは海を渡り世界を見て回りたいと思っております」

「そうか」


 予期した回答そのものだった。彼が置いていった文にも、「世界を見て回りたいから国を出る」と書かれていたのだ。それが夢なのだと。

 跡継ぎの役目を一方的に放棄したのは責めを避けられないが、竜胆家を継いでからでは決して夢を叶えられないと考えたに違いない。そう思うと、彼を責めようという気にはやはりなれないイオリだった。

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