表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第三話 金の卵の捕物記録!
35/69

14. 姉妹喧嘩

「うーん。やっぱ街の中じゃ、大した騒ぎは起こせないなぁ。やり過ぎて勘付かれるのを嫌いすぎちゃったか。もう少しつついても気付かれなかったかもなぁ。よし、次はもっと攻めてみよう。失敗を次に繋げるラーナちゃん、えらいっ」


 タイル張りの屋根から時計台のある通りを見下ろし、ブツブツと独り言を呟いているのは、褐色の肌に銀色の髪をした少女。体格は小柄で、手足はポッキリ折れてしまいそうなくらい細い。だがその背中から滲み出るのは、脆弱さとは程遠い底知れぬ気配。只者でないことはなんとなく察せられるものの、見た目とのギャップのせいでいまいち本質が掴みにくい。その一方で、少しでも油断したら腕一本くらい簡単に持っていかれそうな空恐ろしさがあった。

 一言で言えば、謎の子供。


「そうだなぁ。ラスール湖とかどうだろう。あそこはほどよく何もなくて、暴れるには丁度いい舞台だと思うんだけど。ニンゲンにはやっぱ水の上ってキツイかな。あんたはどう思う? コトリ」


 振り返った少女は可愛らしい顔をニヤリと歪め、自分の勘の正しいことを確かめた。

 背後にはいつの間にか、ひとつの人影が立っていた。

 音もなく、気配もなく。

 しかし、少女の前で小細工は無意味だ。


「久しぶりじゃん。その姿、〈幻実〉で紡いだのか。それくらいの力は残ってるんだね」

「……ラーナ」


 頭の天辺から足首までをすっぽり覆う、黒い外套。見てくれは不審者そのものだが、ラーナとは対照的に底知れぬ雰囲気は欠片もない。ただただ薄く小さな存在――そんな印象だ。

 コトリは白い手を伸ばして、顔を隠すフードを外した。


 現れたのは、光を反射する湖のように美しい瞳の、若いというよりは幼い女の子だった。ラーナのものより光沢を抑えた白髪が、頬の横で揺れる。顔立ちは人形のように整っており、表情からは感情がほとんど窺えない。僅かに表れているのは、怒りか悲しみか。

 コトリはラーナを小さく睨むと、口を開いた。


デアレッド(あのこ)に何をしたの」

「別に。ちょっと脅かしただけさ」

「どうして」

「いやあ、どうなるかなと思ってさ。ちょっとしたイタズラじゃん。そんな怒んないでよ」

「何が目的」

「うーん。あわよくば、噂の魔女の実力を見たかった……ってとこかな。あと、キミらがあのトリを大切にしてるみたいだから、いなくなったらどうするんだろうって興味があった。ウシの方は気まぐれ。でも、その気まぐれのせいで気付かれちゃったみたいだね。あはは、惜しい惜しい」


 コトリの目が一層険しさを帯びる。その変化を、ラーナは面白がるように目を細めて見ていた。


「変わんないねー、あんたは。弱い者に肩入れしたがる、その甘さ。ああ、そっか。だからフォル兄にひっついてるのか」

「……どういう意味?」


 嘲るような言い方を聞き咎めるコトリ。フォル兄、というのは言うまでもなくフォルスを指す。そして、コトリにとってもフォルスは兄だ。それだけではなく、ほとんどの力を失った上に『死』を与えられたコトリを、彼は長い間匿ってきた。彼がいなかったら、コトリはとうの昔に命を落としていただろう。だからなのか、コトリはラーナの物言いに神経質なまでに反応してしまう。

 ラーナは顎をくいっと反らし、蛇のように獰猛に笑った。


「どういう意味も何も。弱い者同士、くっついてんのがお似合いって意味だよ」

「…………」


 コトリの周囲で、空気が張り詰めた。

 だが、それだけだ。これでは威嚇にもならない。単に怒っているということを相手に知らしめる以外、何の効果も及ぼさない。そして、コトリがいくら怒りを讃えようがラーナには届かない。路傍の石ころ程度にも思われていないだろう。

 ――これが今の自分。無力な子猫の全力だ。


「…………っ」

「くくっ、惨めだねー。翼をもがれたコトリちゃん。元同族として、見るに忍びないよ」

「でも……兄様は違う。兄様は弱くなんかないっ」

「確かに昔は強かったさ。同じ母様の子供でも、ボクたちなんかとは隔絶された存在だった。だけど昔は昔。今のあの人に、もう我らの長たる資格はない」


 最後の一言を、ラーナは笑みを消して吐き捨てた。

 憎悪すら感じる顔つき。それはさながら、信心を裏切られた狂信者の目。

 かつての同族から醸し出される迫力に、不覚にも怯みそうになったコトリだったが、ジリっと靴底を屋根に滑らせると、心を奮い立たせて牙を剥いた。


「兄様を舐めるな!」


 一陣の風とともに漆黒の豹となり、その鋭い爪と牙でラーナへと襲いかかる。

 だが、飛び出した瞬間、見えない力がコトリの体を弾き飛ばした。

 同時に打ち下ろすような一撃が加えられ、幾度となく屋根にバウンドしながら、ラーナとは反対の方向へ転がり落ちていく。やがて石壁に激突して止まると、子猫の姿に戻ったコトリは力なくずり落ちて視界から消えた。


 全身を強打したのは間違いない。

 幻を現に変える〈幻実〉という異能を持っていても体は子猫のものに違いなく、下手すると今ので死んでしまってもおかしくない。

 しかしラーナの心は全く痛まなかった。かつて交わした親愛の抱擁も、混じりけのない本物の笑顔も、この怒りの前にはモノクロの過去でしかないのだ。


「お前こそ舐めるな。お前が、お前のような裏切り者が……!」


 ともすれば暴れだしそうになる感情を、必死の思いで制御する。空にいくつか亀裂が走り、それに巻き込まれた鳥や虫がバラバラになって地に落ちたが、幸いなことにそれ以上の被害は出さずに済んだ。

 激情の赴くまま暴れられたらどんなに素敵だろうと思うが、まさかそんなことをするわけにもいかない。

 ラーナだって評判は気にするのだ。

 何度も深呼吸を繰り返した後、ようやく落ち着きを取り戻した。


「ただでさえ魔神教徒のせいでボクらの評判ダダ下がりなんだから、気をつけないとね。人間ってたまーに鋭いし」


 ふーっと強く息を吐きだしたラーナは、いつもの軽いノリで「平和が一番っ」と嘯くと、たんっと屋根を蹴った。

 次の瞬間にはもう、彼女の姿は街のどこにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ