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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第三話 金の卵の捕物記録!
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6. 英雄の帰還

 王都グラムウェルには、街の内と外とを結ぶ四つの『門』がある。

 一つは北東の門。

 もう一つは北西の門。

 三つ目は、上二つに比べると通行量の少ない西の門。

 そして最後にして最大の門が、都市間魔導列車セントーアが乗り入れる、地下空洞にできた巨大遺跡――『白亜門』である。

 地下遺跡は何百年もの昔から存在しており、その調査のために築かれたというのがグラムウェルの興りでもあるのだが、それは置いておいて。

 現在、白亜門はセントーアの巨大発着場として利用されている。

 迷宮に遺跡――何かと地下と関わりの多い街だ。


 その白亜門だが、今はセントーアが到着したことによる急激な混雑と喧騒に見舞われていた。各車両に片側二箇所ずつ設置されている扉から、押せ押せと言わんばかりに蟻の大群のような人間が溢れ出してくる。その大多数が人族で、龍人族や鬼族の姿は、合わせてもせいぜい五分の一程度。森人族に至っては一人の姿もない。彼らの場合、小さすぎて見えない可能性もあるけれど。


 白亜の巨大な柱が等間隔に並ぶ構内。魔導灯のオレンジ色を帯びた光が、一切の闇を掻き消すように明るく照らしている。

 その下に蠢く人の群れは、ある意味不気味で壮大でもあった。


 初めてセントーアを利用する客が大勢おり、そのために混乱しているせいもあるだろう。さらには、ただ人馬車を見に来ただけという者まで出る始末。看板を立てたり案内人を雇ったりと対策は取っているが、明らかに需要に供給が追いついていない。


「おい、押すなよ!」

「いてぇ! どこに目ぇつけてんだ、気をつけろ!」

「ここはどこだ? どっちへ行ったらいいんだ?」

「流れに沿って行けばいいんだよ」

「浄化の旅の方々ー! 五聖教会が大聖堂までご案内いたします! こちらへ集まってくださーい!」


 地上を目指す方が真剣なら、案内する方も真剣だ。いくら声を張り上げても雑踏のノイズに掻き消されるわ、端まで届かないわで必死になるのも無理はない。

 戦場のような空気が、広い空間を支配していた。


 そんな中、人々が思わず沈黙する一角があった。皆一様に同じ場所を見ては、息を呑んで黙り込む。即座に目を離して足早に立ち去ろうとする者がいれば、ぽかんと口を開けたまま動かなくなってしまう者もいた。


 彼らの視線の先にいるのは、甲冑だ。それも返り血を浴びたみたいに真っ赤な。ロクスケよりもガタイが良く、鬼族と肩を並べても遜色ないほどにデカイ。甲冑の肩部分には棘のような突起がついており、他の人より頭一つ二つ抜けているので誰かに刺さる心配はないが、それだけに誰もの目に留まった。

 もちろん、物言わぬ置物などではなく――


「ガッハッハッハ! ようやく戻ってきたわい! 我が愛しの王都よ!」


 頬当ての間からピンっと伸びた金色のヒゲが、大笑に合わせてユサユサと揺れる。同時に彼の正面に立つ青年たちの足元がフラついたのは、大声で耳でもおかしくなったか。


「さてさて、今日も絶好の混雑日和だな。こりゃあ歩くのが大変だわい! ガッハッハ!」


 愉快そうに笑いながら甲冑が足を踏み出すと、前方にいた人波がザーッと左右に引いた。そうして出来た道を、男は当然のごとくガッシャンガッシャンと歩いていく。歩いた先でも道ができ、進路を妨害されることがない。


 それをチャンスと思った一人が、甲冑のすぐ後ろについて歩きはじめた。これなら混雑に揉まれることなく地上へ出ることができる。名案だ。彼の意図に気づいた者が、次々と甲冑の後ろに続く。その人数はあっという間に膨れ上がったにもかかわらず、誰かが号令をかけるでもなく、速度や歩幅が軍隊のごとく最適化されていった。

 異様な行進の完成である。


 とその時、ピーッ! と甲高い笛が鳴り響き、前方から数人の騎士が飛ぶように走ってきた。

 黄色い盾に稲妻と剣の紋章――雷霆騎士団だ。

 先頭にいる金髪の青年が、警笛から口を離して怒鳴る。


「止まれ止まれ! そこの……なんだ、甲冑! 止まれえぇ!!」

「むぅん? 甲冑? どこだどこだ?」

「お前だお前……って、貴様、バルヘルム・ウィングラム! 不審者がいると聞いて来てみれば、まーたお前か! どうせそんなこったろうと思ったがな! 駅に出るたび騒がせやがって」


 青年は顔に似合わぬ乱暴な仕草で、ぺっと吐き捨てた。反対に、後ろの二人は慄いた様子でバルヘルムを見ている。顔に「逃げたい」と大きな文字で書いているのが少し哀れだ。

 バルヘルムの取り巻きのようになっていた人々も、彼の名を聞きドッとどよめく。


 それもそのはず。

 バルヘルム・ウィングラムといえば、王国随一の依頼達成数を誇る某クランの戦士としても有名だが、それ以上に彼個人の功績によって称えられている人間だ。


 男爵家の四男坊だったバルヘルムは、若い頃から武者修行という名の放浪生活を送っていた。

 10代の頃、彼の故郷で猛威を奮っていた犯罪組織を壊滅させたのを皮切りに、バルヘルムの英雄譚は綴られていく。

 五年に一度行われる伝統の武闘大会では拳のみ、全て一撃で相手を昏倒させて優勝し、その帰り道では怪しい魔術で村人を困らせていた魔女を改心させた。

 戦士が来ずに困っていた辺境の迷宮に一年通い、宮魔氾濫スタンピードが起きぬよう魔物を狩り続けたこともある。

 南東海域にて勃発したイシュザール帝国との小競り合いでは、敵の軍船十隻をほぼ一人で撃沈させ、帝国にまでその名を轟かせた。世間で英雄と呼ばれるようになったのはその頃からだ。

 そしてその後、“クラカの悲劇”と呼ばれる事件を生き残った、ただ一人の戦士としても有名になる。


 他にも数々の武勇伝をもつ彼の二つ名は、『無傷のバルヘルム』。

 圧倒的な強さ故に手傷を負わないという意味もあるが、たとえ攻撃を受けても、まるで傷を負ったことが嘘か幻だったかのように治りが早いことからこの名が付けられた。

 王国民からは英雄と称えられ、近隣諸国からは鬼神と恐れられるのが彼、バルヘルム・ウィングラムなのである。


「ガッハッハ! よく見ればお主、洟垂れルードではないか! 少し見ぬ間に大きくなったなぁ」

「誰だよそれは! オレはアルヴィンだ! 洟垂れでもルードでもねぇ!」

「お? すまん、間違えた。ガッハッハ!」

「覚える気ねえな、このジジイ……」


 アルヴィンは苛々と舌打ちをする。何度も対面しているというのに、正しい名を当てられた試しがない。別に覚えてほしいわけではないが、腹が立つものは立つのである。


「で、若者よ。俺に何か用か? 随分と慌てていたようだが」

「『用か?』じゃねーよ。鎧着た不審なデカイのがいるって通報があったから、すっ飛んできたんだよ。なんなんだよ、その格好は。あんた鎧なんか着ねーだろ。おまけに趣味わりぃし。どこもかしこも真っ赤じゃねぇか」

「これか? これは報酬の品だ。依頼をこなしたのだが、払う金がないと言われてな。その代わりにこれを貰ったのだ! どうだ、ぴったりだろう?」

「騙されてねぇか、それ……?」


 誇らしげにポーズを取るバルヘルムに、アルヴィンは一瞬憐れみの眼差しを送った。が、彼にとってはどうでもいいことだ。たとえ〈千年氷柱〉が破産しようと何も問題ない。いや、事あるごとに騒ぎを起こすあの連中がいなくなれば、むしろ万々歳だ。


「クックック……何にしろ、通報があったからには一緒に来てもらうぜぇ。たっぷり話を聞いてやるからな」

「ふむ? 罪を犯した覚えはないが。無実の者を拘束する権利がお前たちにあるのか?」

「うるせえ! 怪しきは捕らえよ、なんだよ!」


 バルヘルムはまだ知らないことだが、先日、迷宮探索クラン〈青十字〉から浄化義務違反者が出たことで、雷霆騎士団はピリピリしているのだった。

 ただの罪人ならしょっ引くだけだが、〈青十字〉は五聖教会お抱えのクラン。しかも当の本人は一般信徒だが聖職者に近い立ち位置の人間だったようで、しょっ引いてからが長くなっているらしい。騎士団の上の方が慎重になっているせいだ。教会からは、特に苦情や要求などは来ていないのだが。

 そのせいで、苛立ちや閉塞感のようなものが騎士団全体に広がっていた。

 とどのつまり、バルヘルムへの措置は八つ当たりに過ぎない。


 まあいいか、とバルヘルムは考えた。

 やましいことは何もないし、もし不当な扱いを受けたら正式に抗議すればいい。困るのは向こうである。もちろん、アルヴィンもそれくらい分かっているだろうが。

 話を聞かれるだけならいいだろう。暇だし。ついでに軽くおちょくってやろうと、バルヘルムは心の中で思うのだった。

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