7. 息の合う二人
剣術道場を後にしたディーノたちは、途中途中で聞き込みをしつつ東へ向かった。広い道を選んでいるのか、横道に逸れたりもせず公園へ向かっているようだ。
ディーノたち三人は走って墓地公園を目指した。
緩やかな上り坂になった長い道を、ディーノを先頭にフェリスが続き、最後にノアがついていく。
野山で繰り広げた肉食獣との追いかけっこに比べて、石畳のなんと走りやすいことか。景観を楽しむゆとりさえある。以前街にいた時は自分のことでいっぱいいっぱいで余裕がなかったので、気持ちの問題もあるのだろう。
レンガ造りの家々が規則正しく立ち並ぶ、きれいな一本道。家々や路端を彩る花々が、さらに町並みを美しくしている。
迷宮周辺や中心部のような賑やかさはないが、耳をすませば風や鳥の声が聞こえてくる南西地区は、ディーノの性分にとてもよく合っている。
もし大勢の人や活気が恋しくなれば、もう少し南へ行くといい。崖沿いに横たわる通りからは、涼やかな風を浴びながら広大なラスール湖を見下ろすことができる。景色を楽しむためにわざわざそこへ赴く人もそれなりにいる。もしももっと世界が平和だったなら、外から来た人で溢れかえるのだろうか。
ああ、なんて穏やかな街なんだろう。
静けさなら故郷の農村も負けていないが、あそこは寂しいだけだった。いや、もっと幼い頃には違ったものが見えていたかもしれないが、今ではもう家族を失った悲しみしか思い出せない。
二度と戻りたくない――正直、そう思う。
「ちょ、ちょっと。ちょっと待って、ディーノ」
「はい?」
突然フェリスに呼び止められ、ディーノは立ち止まって振り返った。
そこにいたのはフェリス一人。なぜかノアの姿がない。
「あ、あれ? ノアさんは?」
「……ここに」
ここってどこだろう?
そう思いつつ、声がした方を探り当てて見やると――
「のわっ!?」
ノアが石畳に突っ伏して倒れていた。
ぎょっとするディーノに、彼女は申し訳なさそうに青ざめた顔を上げ、
「すみません……体力がなくて……」
「五分も走ってないですよ!?」
思わず大きな声が出た。
五分。しかも全力疾走ではなく、軽いランニング程度の速さだ。実際には無意識にスピードを高めていたのだが、ディーノは自分では気づいていなかった。
驚いて何も言えない彼をよそに、フェリスが決意をこめた眼差しでキッと虚空を睨む。
「……分かったわ! わたしがノアを背負って運ぶ!」
「いや無理ですって」
「なんでよ!」
「だってフェリスさんの方が背が小さいし、力もなさそうだし」
「じゃ、じゃあ風魔法で運ぶ!」
「……できるんですか?」
「わたしにかかれば朝飯前よっ。で、でもちょっと今は都合が悪いかなーって。あとさん付け禁止ね!」
強がって言うが、フェリスの目線は明後日の方角を泳いでいた。
ディーノはなんとなく察していた。
フェリスの魔法は、そんなに強くない。
魔法と言えば、女神と五種の神器を除いて、この世で至上の神秘の力だ。少なくとも五聖教ではそう考えられているし、教徒でなくとも一般的な知識としても同様である。
具体的に何がどうなってどう凄いのかディーノにはよく分からないし、たぶん正確に答えられる人間はほとんどいない。とにかく希少で、強い力を秘めている。それが魔法、という程度の認識だ。
しかし、ロクスケを吹き飛ばしたフェリスの魔法は、「とにかく凄い」力とは到底思えなかった。人一人を吹き飛ばす風は確かに強いが、あれならアイーダの無造作な一撃の方がずっと破壊力がある。
では、フェリスは手加減したのか。
そうかもしれない。誤って殺したらさすがにまずいし、彼女はたとえ友達のためだろうと簡単に人の命を奪えるような人ではないだろう。
意図的に吹き飛ばす程度の威力に抑えたことは、十分に考えられる。
だから、なんとなくだ。なんとなく、フェリスはまだ上手く魔法を扱えないんじゃないかと、ディーノは感じた。
ノアを持ち上げて運ぶなんて器用な芸は、おそらく無理だろう。何より彼女の顔が雄弁に語っている。
「二人とも、私のことは気にしないで、先に行ってください。必ず、追いつきますから」
弱々しい顔と口調でノアが言う。押し殺しているが、息が辛そうだ。眼鏡がズレて半分落ちてしまっている。
それに対して、ディーノとフェリスは同時に異を唱えた。
「駄目ですよ」
「だめよ!」
きょとんとして、二人顔を見合わせる。それからノアの方へ向き直ると、示し合わせたように意見しはじめた。
「マスターが言ってたじゃないですか。仲間の危機は見過ごさないことって」
「そうよ! 絶対見捨てたりなんかしないわ!」
「そんな、大袈裟だよ……」
「大袈裟じゃないです。大は小を兼ねるんですよ、ノアさん」
「そうよ! 小事は大事よ!」
「でも、ちょっと体力が尽きただけだよ?」
「それこそ大事じゃないですか!」
「そうよ! もし戦ってる最中に倒れたりなんかしたら、死んじゃうわよ!」
「ノアさん、死んでしまうんですか……?」
「い、いやよ、そんなの! 絶対助けるんだから!」
悲しそうに眉根を寄せるディーノと、涙目でヒートアップするフェリスに迫られ、ノアは「はぁ……」と疲れた息を吐く。
「なんか、フェリスが二人になった気分……」
その呟きは小声だったので、幸か不幸か二人には聞こえなかった。
このままだと、重病人か怪我人のごとく扱われそうな勢いだ。本当に疲れただけなのに、すっごく恥ずかしい。
「あのね、二人とも。本当にただ疲れただけで、こうしてる間にも結構楽になってきたし――」
「ぎゃああああ!! うっ!? がふっ……」
男の悲鳴がノアの言葉を遮り、三人は揃って声のした方を振り返った。




