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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第二話 小さな海の討伐記録
19/69

7. 戦場の嵐

 最初は多数のリビングデッド相手に互角以上の戦いを進めていたシャムスたちだが、徐々に押されるようになっていった。


 龍人族は戦いの申し子とまで呼ばれる種族だ。鬼族と同じく、生まれた時から身体能力が優れている。さらに魔法を使える者が人族より多く、苦戦は予想できた。

 だが、なにか違和感がある。

 はっきりとは言えないが、だんだんと敵の強さが増しているような気がするのだ。最初は数合切り結んだだけで倒せていたのが、今は十合以上ぶつかり合わなければ勝てない。


(まるで迷宮を下へ進んでいるみたい)


 迷宮は深層へ行けば行くほど敵が強くなる。今の状況はそれに似ている。そのうち、連携を加えなければ勝てなくなるのではないかという予想が頭をよぎる。

 これが少女の言う「試し」なのか。


 そんなことを考えていると、突然リビングデッドの大群が割れた。それもただ左右に分かれたのではなく、力づくで押しのかれたのだ。悲鳴もなく宙を舞う敵の姿がいくつも見え、空気が一変したことを感じた。


 ザザァっと波が押し寄せてくるような音。

 同時に、ドドドっと騎馬が駆けるような音。

 シャムスの位置からでは何も見えない。そこでエトフトを地中に潜らせ、偵察にやると……。


「な、なんですか、あれは!?」


 エトフトの『目』を通して見たものは、見たことのない異様な生き物の姿だった。

 たとえるならナマズ。いや、トカゲ?

 馬よりも大きいナマズのような胴体に太い四本の足が生えた奇怪な生き物が、仲間のリビングデッドを蹴散らしながら突撃してくる。

 そしてナマズ馬の上には、立派な槍を手にした大柄な水龍人族が騎乗していた。

 他のリビングデッドと同じく、その水龍人族には表情がない。まるで粘土で作られた彫像のように冷たく、しかし堂々たる面構えだ。

 シャムスは瞬時に、格が違う、と悟った。

 それは水龍人族の額にも形として表れていた。


 額に蒼くきらめく宝石のような結晶体。

 龍人族の中でも特に強力な個体のみがもつ、小龍玉というものがある。

 かつてシャムスは本物の龍と会ったことがあり、その龍が持っていた龍玉に、額の結晶体がよく似ていた。

 ナマズ馬はメリアゴールたちから離れて停止する。

 気のせいか、周囲のリビングデッドたちが大人しくなっているように思えた。


「何者ですか!?」


 問うても意味はない。分かっていても思わず誰何してしまうほど彼のオーラが凄まじく、シャムスは気圧されぬよう心を奮い立たせなければならなかった。


 男は、身の丈よりも長大な銀色の槍を持っていた。

 それを片手で軽々と振ると、ブオンっと風が唸る音がした。

 男が槍を構える。

 腰を落とし、一気に――


 がちぃぃん!


 ティゴニアの大盾が、勢いよく左右へ弾かれた。

 盾を落としこそしなかったが、ティゴニアは大きく体勢を崩してしまう。

 そのど真ん中へ、銀色の槍が深々と突き刺さった。

 なおも念の為と言わんばかりに、男は引き抜いた槍をもう一回、二回と、ティゴニアの体に突き立てる。

 ティゴニアは体中穴だらけになった後、膝から地に崩れた。

 その様を後ろで見ていたシャムスは、憎々しげに歯ぎしりする。

 抵抗は試みたのだ。だが、ほとんど無意味だった。こちらの動きをすべて先読みされ、封じられてしまった。


 ティゴニアが倒れた今、シャムスと男の間を阻むものは何もない。

 二人は距離を置いて睨み合った。

 いや。向こうはシャムスを見ているかどうかも怪しい。虚ろな目は茫洋として捉えどころがなく、敵意さえ感じられない。

 感じないのではなく、ないのだろう。

 憎しみも悔しさも、死んだ時に置いてきたのだ。

 姿形は生前のまま保っていても、中身はまったくの別物。

 ただの魔物だ。


「そんなものに負けるわけには行きませんね」


 すべての人形たちに命じる。

 敵を倒せ、と。

 操る側のシャムスは負荷に内心悲鳴を上げるが、表情には一切出さない。

 知っているからだ。

 この戦いが終われば、自分はもっと強くなれるということを。


「メリアゴール!」


 敵はシャムスの言葉に反応しない。けれど、認識していないのかどうかは分からない。

 呼ばれたメリアゴールは高く舞い上がり、くるくると空中で回転しながら槍使いの前に降り立った。

 情け容赦なく突き出される槍を巧みに掻い潜り、強打を加える。

 だが、思った通り効いていない。

 男は着ているのは、鎧ではなくごく普通の着物。龍人族は着込まなくても硬いのだ。メリアゴールの力では、せいぜい青痣を創るくらいだ。仲間の龍人族と手合わせしたこともあるシャムスは、当然それを知っている。

 ではなぜメリアゴールで挑んだのか。


 闇夜に紛れ、暗殺者の魔の手が迫る。

 鈍く光る爪を隠し、音もなく背後へ忍び寄る。

 そして――。


 くるりと振り返った槍使いが、自由な左手でエスメラルダの首を鷲掴みにした。

 エスメラルダは爪で左手を落とそうとするが、その前に自分の首が落ちることになった。

 暗殺人形の首を平然と折った槍使いは、半身をずらして背後から伸びる腕を取る。そしてその腕をもぎ取ると、石突を回してメリアゴールのこめかみを砕く。


 トサッ、と軽い音を立てて浜に倒れるメリアゴール。

 それを見下ろす槍使い。

 次の瞬間、男の左肘から先が飛んだ。

 ルドアンの双剣。

 流れるような斬撃が、男の槍とぶつかり合う。

 幾度となく銀色の火花が散り、そのたびに甲冑の奥の瞳に光を映す。


 男は一本の腕で、ルドアンの剣を捌いていく。

 まるで訓練でもつけているかのように余裕だ。

 こちらには、エトフトやスウィフドを同時に動かす余力がない。

 シャムスはくっと奥歯を噛みしめる。

 ――悔しい。

 そんな思いが糸を通して伝わったのか、ルドアンがさらに前へと踏み込む。

 槍使いの懐に入った。

 男は後ろに下がるしかない。

 シャムスがそう思ったその時、槍使いが槍を手放した。

 空になった右手をルドアンの胸に当て、


 どん。


 力を込めた様子もないのに、ルドアンの体が後方へと吹き飛ばされる。

 粉々に砕けた木片が、彼の最期を物語っているかのようだった。


 邪魔者のいなくなった戦場で、男は槍を拾おうと悠然と身を屈める。

 と、その槍が逃げた。

 男は一瞬動きを止め、再度槍に手を伸ばす。

 また槍が逃げた。

 今度は逃すまいと、男はぐっと身を乗り出す。

 突然、逃げていた穂先がキラリと光り、風のような速さで男の顔めがけて刺突を放った。

 完全に不意を突いたと思った攻撃は、しかしわずか鼻先で止められる。

 男は腕一本で槍を絡め取ると、ぐるんと銀色の円を描いた。


「何ですって!?」


 悲鳴のような声を発するシャムスに、槍使いの虚ろな目が走る。

 距離はあっという間に詰められ、穂先が彼女の肩を抉ろうとした。

 一瞬、男の動きが止まる。

 男は手首の回転だけで己の後方に槍を振り、再度シャムスに向き直る。

 男の動きが止まった隙に、シャムスは距離を取っていた。だが、それも男にとってはあってないようなものだ。

 再び詰められる距離は、歩にしてわずか十といったところ。

 さらに後方へ下がりながら、シャムスはエトフトに思念の糸を飛ばした。

 しかし、その糸が断ち切られる。

 男が撫でるように揺らした槍の穂先で。

 さっき、シャムスが驚愕の声を上げた時と同じだ。


「また? 魔力の糸を断つなんて、あの槍なんなんですか! 反則ですよ!」


 魔力は目に見えず、また触れることもできない。もし触れることができるなら、魔法や魔術などなくても魔力で殴ればいいという話になる。操ることは、訓練すれば誰にだってできるのだから。

 唯一魔力に対抗できるのは、同じく魔力だけだ。

 男のはただの槍ではない。

 特殊な魔道具か、もしくは……。


(まさか、神器、とか……?)


 シャムスは己の考えに鳥肌が立ちそうになった。


 ちょうど千年前のことだ。

 魔物の軍勢が大地を覆い尽くした時代、五人の勇者が女神によって選ばれ、神器を授けられた。

 剣、槍、盾、弓、そして宝珠。

 神器には女神の加護が宿っており、途轍もない力を発揮したという。

 魔物との戦争の後、神器は勇者たちの故郷に持ち帰られた。

 そのうちの一つ、神剣グラン・グラムは王都にある。

 そして神槍ナーガルーナは、龍人族の里のどこかに帰ったと聞いたことがあった。

 それを思い出した上でよくよく見てみれば、槍の装飾はグラン・グラムと似ている気がする。

 戦いには不要とも思える、見た目に美しい蔦模様。何よりも魔力を切り裂いたことが、あれがただの武具ではないことを示している。

 ここまで考えたのが一瞬のこと。


(神器ではないとしても、十分に厄介です)


 エトフトでは、男を倒すことはできない。

 人形を使わずに打倒することはさらに不可能だ。

 シャムスには、彼ら以外の武器などないのだから。


 十歩分の距離を、槍使いが一足飛びに越えてくる。

 もう悩んでいる暇はない。

 槍が銀色を閃かせる、刹那。


「メリアゴール!」


 絶対の呼び声に応え、虚空が歪んだ。

 ――魔力の実体化。

 ただし未修復のため顔半分と片腕が欠損した状態の、小柄な人形が槍使いの目の前に現れる。

 さすがに避ける暇はなく、男は頭部にメリアゴールが張り付くのを止められなかった。必死に剥がそうとするが、メリアゴールは手足をがっしりと相手に絡ませて離れない。

 視界と動きを奪った、今だ。


(スウィフド!)


 夜闇の奥、一本の矢が、獲物を狙う鳥のごとく飛来した。

 寸分違わずメリアゴールの背中を射抜き、男の頭部まで鏃がめり込む。向こう側は見えないが、口蓋を貫通して項へ抜けたはずだ。


(これならリビングデッドでも耐えられない)


 時が止まったかのような中、シャムスは固唾を呑んで待った。

 敵が倒れるのを。

 戦いの終わりを。


 槍使いが、くるりと回転した。


「え?」


 呆けた声を出す彼女を無視し、勢いづけた力で崖上へ槍を投擲する。

 バキン、と割れるような音が聞こえ、次にシャムスの背後に何かが落ちた。

 無表情のまま振り返ると、腹部に槍を生やしたスウィフドが転がっている。

 槍使いは、表情のない顔をシャムスに見せた。スウィフドの放った矢は、上下の歯で食い止められていた。


「…………」


 シャムスは目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。

 ティゴニア。

 エスメラルダ。

 メリアゴール。

 ルドアン。

 スウィフド。

 無事なのはエトフトだけ。しかし彼は偵察や足止めが主な仕事で、直接戦う術を持たない。それは彼女も同じだ。ルドアンやメリアゴールの動きは、他人の様を見て覚えただけ。彼女自身が真似できるかと言うと、無理だ。

 自分では戦わない。

 戦えない。

 そういう戦い方を選んだのだ。


 男が悠然と近づいてくる。

 今まで一切手を出さなかった他のリビングデッドたちも、少しずつ輪を縮めているようだ。

 シャムスは俯き、小さく肩を震わせた。


「ふふ、ふふふ……」


 男が、ぴたり、と歩を止める。左右に視線を動かし、何かを確かめようとしている。

 そんな彼に、シャムスは赤く弧を描いた唇で語りかけた。


「勘が鋭いのですね。生前からでしょうか。それとも、その姿になってから? ……まあ、どちらでも構いませんが」


 話しながらスウィフドの傍らに膝をつき、のっぺりとした仮面を撫でる。

 その顔はうっとりとして甘く、陶酔しきっている。


「なんて美しいんでしょう。命ない者が動き、戦い、散る。人の一生を辿るように。わたくしは大好きなのですよ。この子たちが壊れる様を見るのが。分かりますか? 形あるものはいつか必ず滅びるのです。そしてこの子たちは――何度だって滅びるのです」


 カタカタと、人形の体が音を立てる。

 あちこちから聞こえてくる。

 千切れた腕、砕かれた頭、飛び散った破片の一つ一つが、今、一箇所に集まろうとしていた。

 黒い無数の羽虫のように、あるいは小魚の群れのように、壊れた人形らが渦を巻く。

 渦の中で人形はさらに分解され、パーツを増やす。

 そして、くっつく。

 肩と頭が。掌と肘が。足裏と内股が。

 次第に大きくなっていく。

 それら全てを一人の人間が操っている。

 自由自在に。思考の枷などないかのように。


 半分ほど形になりはじめた頃、リビングデッドたちが動いた。

 妙な空気に恐れを感じたのか。それとも、ただ単に待っていられなくなっただけか。

 それぞれの武器を手に、シャムスと黒い渦へ向かってくる。

 悪くない動きだ。だが、槍使いの後ではひどく鈍く思える。

 彼らが渦へ辿り着くことはなかった。

 渦から放たれた矢の嵐が、彼らを串刺しにしたからだ。


 また別の方角から、今度は魔道士が魔法をぶつける。

 イビル・メロウが放ったのとよく似た水球は、半々の盾に阻まれて砕ける。

 黒い一閃が奔ったかと思うと、魔道士の体は上下二つに分かたれていた。


 長い首をもたげ、それは姿を現した。

 六体の人形が一つとなった最終形態。

 一言で形容すれば、ドラゴン。

 細長い胴体を持つ龍ではなく、魔物の方のドラゴンだ。

 少しずんぐりした体に、大きな盾の羽。首周りには六角形の鏡。体を支えるのは鋭い爪の生えた四肢で、背骨のような突起のある尻尾が伸び、尾の先にはルドアンの剣が生えている。

 頭部は三つの顔が結合していた。そのうちの一つはメリアゴールで、右半分が欠けたまま。

 積み木で組み立てたようなスカスカの姿は異様という他なく、別の世界からやってきた魔物だと言われても信じてしまいそうな迫力がある。

 その隣に立ち、シャムスは楽しそうに両腕を広げた。


全一ザ・なる瓦落多(ドールズ)。破壊のあとは破滅の時間でございます」

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