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狼の生贄 -伊豆高原殺人事件-  作者: 青木 地平
30/32

追跡

 田辺と別れ喫茶店を出た児玉と丸山は東山の閑静な通りに車を一旦停めた。その車中で…、

「やつらの尻尾しっぽを掴めますかね?」と丸山が一人ごとのように尋ねる。

「ここはぜひとも掴みたいところだがな」と児玉。

「しかし小林園の連中が車の盗難など犯罪に精通しているとも思えませんが…」

「まあ、そうかもしれん。だが今のところ小林玄太郎が容疑者の可能性が一番高い。とにかくあの男は慎重だが自分の行動には信念が感じられる。やる時はやる男だ。そしてその妻も…な。これは綿密に練られた計画的犯行だ」

「ええ」


数日後、当該期間中の東海道新幹線の京都駅から熱海駅までの防犯カメラを調べていた田辺から連絡が入った。

「ダメだ。それらしき人物は見当たらない。在来線の方も調べたがそこもダメだった」と田辺は苦りきって報告する。

この田辺の元には児玉の応援要請を受け、これまでは主に東京方面で一条幸恵の行方を追っていた磯崎と田中がその捜査を抜け、また伊東の捜査本部に詰めていた谷口の計3名が田辺の応援に入っていた。

「そうですか…、分かりました」と田辺の報告を受けた児玉はうなだれ、声を落としてそう言い、空しく無線を切った。

「くそ、ダメか…」と児玉は悔しがる。

「そうなるとやはり車で移動した線ですかね?」と丸山が尋ねた。

「うん…」

「高速バスはどうです?」

「ああ、そうだな。あり得るかもしれんな…。よし、じゃあとりあえず京都駅に行って調べてみよう」

「京都駅…、そうですね!。いろいろ分かりそうですからね」


 丸山はエンジンをかけ車を発進させた。車は程なく大通りに出、京都駅に向け疾走する。京都の街は道が碁盤の目のようになっていて地理に不慣れな者でも意外と分かりやすい。『伊豆ナンバー』の捜査車両は児玉らの焦りとは裏腹にだいぶ春めいてきた古都の街中を軽快に走り抜けていく。車は十数分で京都駅に到着した。すぐに駅前にある駐車場に車を入れる。二人は素早く車を降り、手分けして高速バスの時刻表を調べた。だが、その犯行時刻付近に伊豆高原に行けそうなバスはない。それでも駅の職員に頼んで一応、佳子が移動を始めたと思われる2月3日を起点に犯行前日の2月5日までのバスターミナルの防犯カメラ映像をチェックした。しかし答えはシロ、それらしき人物は映っていなかった…。

「う~ん、ないか…」児玉はまたもうなだれて言う。

「う〜ん共犯者か…、玄太郎が社内で一番頼りにしているといえば…」

「やはり妻で副社長の佳子だと思います」と丸山が答える。

「だろうな。やはりカギは佳子の動きだな。事件の3日前から記録もないというし…。うん、現時点では彼女が共犯者である可能性が一番高いな。そして共犯者であるなら、盗難車の絡みから先に現地に行っていたはずだ。佳子は肩書こそ副社長だが実際には専業主婦で社内でも記録が無ければ動きがほとんど把握できないらしい。佳子が本当に共犯だとすれば事件前々日の2月4日の午後3時に車が盗まれていて、佳子はその前日の2月3日から記録が無い。うん、やはり佳子は事件の3日前、つまり2月3日に移動を始めたんだろう」

「し、しかし、玄太郎夫妻の所有している車は2月3日から事件当日までは自宅にあったと近所の者が証言していると田辺さんが言っていました」

「うん…。おそらく京都周辺で車を借りて伊豆高原、いや、その周辺に向かった…」

「うん。それは考えられますね」

「よし!。友人・知人、それと親族の車両が借りられていないかを調べるのと京都周辺のレンタカー業者への聞き込みだ」

「しかし…、わざわざレンタカーを借りますかね?」

「可能性のあるところは全てやるんだ」

「そうですね。分かりました!」

 小林夫妻の友人・知人・親族の方は田辺らに依頼し、児玉と丸山の二人は手分けして京都市内のレンタカー業者を当たった。


 そして二日後…、「出てきました。佳子は京都市内でレンタカーを借りています。軽トラックを2月3日に借りて6日に返しています」と丸山が久々に弾んだ声を出し電話で児玉に報告した。

「おお、そうか!」と応じる児玉の声も自然と弾む。

「ただ、ちょっとおかしいんです…」

「うん?」

「その車の走行距離なんですが、約230キロと伊豆高原を往復した距離としては短過ぎるんです」

「う~む。確かに妙だな。またこれもトリックか…?。まあいい、これについても捜査本部に依頼してNシステムで該当車両がどこを走行したか特定してもらおう」

「分かりました」と丸山は言って電話を切り、すぐにその携帯電話を使って捜査本部にいる松平課長にその調査を依頼した。例のごとく松平は快くその依頼を引き受けてくれた。


 その後二人は車を停めていた京都駅前の駐車場で合流する。児玉は丸山と顔を合わせると開口一番「よし、マルさん、とりあえずここで佳子を任意聴取だ。これまで上がった情報を彼女に突きつけてどんな反応をするか見てみたい」と言った。

「分かりました」と丸山が応える。

 すぐに丸山が車を発進させ東山の小林園本店までの道を急ぐ。


小林園京都本店

 佳子は彼女にしては珍しく副社長室で執務を行なっていた。そこへ突然の刑事の来訪に少々戸惑った様子だったが、ある程度予測できていたのかすぐに落ち着いた態度をとって、執務室のソファに座り児玉らの事情聴取を受けた。


「佳子さん、あなたは2月3日にレンタカーを借りていますね?」と児玉が口火を切る。

「ええ、それが何か?」と佳子は児玉の予想に反して涼しい顔をして言った。

児玉もそれに動じず「何の目的で借りたのですか?」と矢継ぎ早に質問した。

「ああ、あれは主人に頼まれまして。配送車が足りないということで、借りてきてくれと」

「それで、どちらの方に配送を?」

「申し訳ありませんがはっきりとは…。配送の手伝いはままありますし、配送先も一つや二つでないものですからいちいち覚えてはおりません…」

「どちらの方面ぐらいでもよいのですが…。4日間で約230キロ移動されていますね?」

「まあ、よくお調べになったことで。ただ、そう言われましても…。そうですね、いつもですと京都市内もしくはその周辺ですのでその辺りだったと思いますが…」

「4日間とも配送だったのですか?」

「ええ…、そうだと思うのですが、細かいことまでは覚えていなくて…、すみませんね2ヶ月ぐらい前のことなのにね、いやだ、もう歳ね」

「分かりました…。詳しく思い出しましたらこちらにご連絡ください」

「ええ、はい、分かりました」

 二人は本店を出た。


「なかなかボロは出しませんね…」

「ああ…、想定問答を重ねて、かなり対策を練って備えていたんだろう」

「ええ…。それで、もしレンタカーを借りた目的がどこかへ行く目的地があって230キロの移動となると、その半分つまり115キロが行動半径ということになります」と丸山が言った。

「うん、そこに何があるのかがカギになるな」

「ええ。でも、児玉さん、これは囮かもしれませんよ。陽動作戦というか…、我々の目をここに向けさせるための」

「うん…、そうかもしれんな。でもな、それこそが、逆に陽動作戦に見せかけることが向こうの狙いなのかもしれんぞ。玄太郎たちは我々にこれを陽動作戦と信じ込ませてむしろそこから目をそむけさせたい為にやっているのだとしたら…。京都から約100キロ圏内、一見事件とは何の関係もなさそうな場所だが、そこが実は大有りなのかもしれん。いやきっとそうだ!」

「何か、根拠があるのですか?」

「時間だ。2月4日の午後3時には犯行に使われた車両が盗まれている。玄太郎と佳子が共犯だとしたら、悠長に陽動作戦なんかをしている暇は無かったはずだ」

「なるほど…」

「だとしたら、なぜ、わざわざレンタカーなんかを?」

「そこは、我々の目をくらまし捜査を混乱させるためだろう。仕事に見せかけ、囮に見せかけ、陽動作戦に見せかけるためのな。レンタカーの場合、借りた期間とその走行距離がレンタカー会社の記録に残る。そこがミソだ。その走行距離が事件現場に届かなければ事件には無関係だというアリバイにもなり得る。そこが奴らの狙いの一つでもあるのだろう」

「そうか、なるほど」

「佳子が伊豆に向かったとなると…、京都から約100キロ…というと、うん、これは俺の推測だが佳子が向かったのは三重方面じゃないだろうか」

「なぜそう思うんです?」

「自分が思うに、佳子は三重に行き、もっと言えば、三重県内の港に行き、そこから伊豆高原を目指したんじゃないだろうか」

「つまり船を使ってということですか?」

「そうだ。自動車と鉄道の可能性がほとんどない以上もうそれしかない。ただ、三重県内の港から伊東港へ直接行く客船はない…」と児玉がやや苦しそうに言った。

「飛行機ということは考えられませんか?」

「それはすでに田辺さんが調べてある。結論は無しだ」

「そうですか…」

「とにかく、三重県内の港を当たってみたい!」

「そうですね。ただその前に本店にいるエスの榊原に確認を取りませんか?」と丸山が言った。

「うん?」

「小林園が配送手段として船舶を使うことがあるかどうか確認を取っておきたいんです」

「ああ、そうだな。じゃ、頼めるか」

「分かりました」

 丸山は榊原の携帯に電話をかけた。榊原はすぐに出た。


小林園京都本店 営業部営業第一課 課長席

「はい、榊原です」

「静岡県警の丸山だが、いま大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です」と榊原は答えた。とっさに受話器を手で押さえ思わず声も小さくなる。

「おまえさんとこの会社は船を使って配送することはあるのか?」

「ええ、あることはありますが…」

「静岡方面でも?」

「う~ん、静岡はまずないですね。使うときは主には北海道、東北、九州、沖縄というように遠隔地に送るときだけです。関東・東海ではまず船は使いません。静岡でしたら普通はトラックで運びます」

「そうか。一応聞いておきたいんだが船便の場合、出港地はどこになる?」

「基本的には大阪港か舞鶴港ですが、北海道・東北方面には、三重県内の四日市港を使うこともあります」

「そうか!。それでやはりどこかの船会社と契約しているのか?」

「ええ、そうです。出港地がどこでもうちが契約している船会社は関西郵船です」

「そうか、分かった。仕事中すまなかった」

「いえいえ。課長なんていったって案外暇ですから」


 情報を得た児玉と丸山は翌日、大阪の関西郵船本社に電話を入れた。

「その日に小林園の佳子副社長が来ましたかって?。いや副社長は来てないですね。あの方はめったにこちらに来ることはないので、それに小林園関係の船もこの日は出ていませんしね」とその関西郵船の担当者は言った。

「そうですか、ありがとうございます」と児玉は礼を言って空しく電話を切る。

「なかなか痕跡は見つかりませんね…」と丸山が厳しい表情で言った。

「まあ、そう簡単にはいかんさ」と児玉はそう言って気を取り直す。

「やはり、三重の方ですかね?」

「うん、当たってみる価値はあると思うな」

 と、その時、捜査本部の松平課長から連絡がきた。Nシステムの結果が出たというのである。つまり該当車両の走行ルートがほぼ判明したと 。その車両は偽のナンバープレートを付けていて車両の特定に多少時間を要したが、車種や運転手の特徴等から該当車両を割り出し、その『軌跡』を追ったという。その結果は…、

「該当車両は佳子と見られる者の運転で2月3日朝は京都市内を循環した模様で、その後、三重方面に向かって新名神高速道路を東進している。そして2月6日の夜に同じ新名神高速道路を今度は滋賀・京都方面に向け西進していることが確認できた。ただ、帰りの運転手は男性に代わっていて、その風貌から小林玄太郎の可能性が高いと見られる。助手席には佳子と見られる女性が座っていることも確認した。現在三重県警に捜査協力を依頼し高速道路の各料金所に設置されているAVIシステム(車両番号読取装置)を使って該当車両がどこのインターチェンジで降りたのか特定を急いでもらっている」との報告を受けた。

児玉はこれで『決まった!』と確信した。

「よし、三重に急ぐぞ!」

「はい!」

 そして、「今度は俺が運転しよう」と言って児玉は勇んで運転席に座り、勢いよく車を発進させた。

 車中で丸山が口を開く。

「あと、タマさん、一応妻の佳子が船を操れるかどうか確かめてみませんか?。可能性は低いでしょうが佳子が船を持っていて自ら操船して伊東まで行ったとも考えられます」

「うん…。でもどうやって確かめる?」

「とりあえず、課長に頼んで佳子が船舶免許を持っているかどうか調べてもらっては?」

「うん、そうだな。じゃ、頼めるか?」

「分かりました」

 松平からの回答は30分ほどで来た。答えは「船舶免許は持っていない」であった。さらに、先程の当該車両が降りたインターチェンジについても三重県警から連絡があったらしく、「当該車両が降りたのは新名神高速道路と繋がっている東名阪自動車道・四日市インターチェンジであることが判明した」との報告を受けた。

 児玉らは京都を出て一路東進、四日市を目指す。


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