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第四章 少女と戦争.01

「やっぱ無理だね」


「やっぱ無理かな」


オーシャとセレンは炎光炉を眺めていた。

繰り返して何度も炎光炉の試行錯誤をしていた二人は、

薄いシャツと短い作業着が汗でビッシリとなっている。


セレンは汗を拭いながら、計器をイジっては首を振った。


「2基搭載すれば2倍の出力なんてそうそう簡単にはいくわけないか。接続回路が短くしか繋げられないから、どうしても設置できる場所がこの機関室しかない。でも2基並べるとお互いの熱でオーバーヒートしちまうんだよね」


「砲台用と、スクリュー用にもう最初から分けておいておけばどうかな」


知識も何もないオーシャがそう尋ねると、

セレンは肩を竦めて


「こんな邪魔な機関室を2つも作るにはもっとデカい船でないとね。ラインゼル級ならいけるかもしれないけど。まあ、色々と制約とか技術的なことは細かいことは置いておいて結論から言うと、船の構造自体を抜本的に全く新しく組み直さないと2基積んで十分に性能を発揮するのは無理。それこそまだ誰も見たことがない船が必要だね」


計器から顔を上げて

「私にはこれで限界」と悔しそうな顔をしていた。

オールド号は前から積んでいた物と、

ジーニアスから奪った炎光炉の2台を搭載している。

ロラとの『交戦したことを黙っていてほしい』という口約束もあり、

レイジェ王国の技術の粋を集めた

この炎光炉はどこにも持っていけなかったのだ。

倉庫に隠して置くのも勿体無いということで積んでみたが、

満足に性能を引き出せないのが現状である。

未だどの国を2基搭載の船など造り上げたことがないのだ。

とりあえず積んでみたという

レベルではうまくいくはずがなかった。


「結局、どんな感じなのかな?」


暑苦しいという理由で機関室に

入れてもらえなかったジーウィルが、

扉の向こうから尋ねてくる。

整備士のセレンは「うーん」と腕を組んで天井を睨む。


「2基あるから、左右のスクリューを別々に動かせられるっていう変わったことはできるようにはなりましたけど。それ以外は重荷でしかありません。出力だけ見れば少しは速くなったように錯覚しますが、炎光炉は重たいので代わりに喫水も深くなりました。まあ実質はそんなに変わらないってのが整備士からの回答ですね」


「じゃあ、積む前とそんなに変わらないってことか」


「機関室が余計に熱くなって、更に2基になったことで私の負担は倍増……ですけどね」


船長は「どんまい♪」と誤魔化すように茶化すが、

セレンはレンチを思い切り扉に投げつけて黙らせた。


「なーんだ。凄い船になるかと思って、ロラからもらったのに。無駄だったのかなぁ。ならいっそ古い炎光炉を置いてくれば良かったんじゃないの?」


オーシャが頭の上で腕を組んでつまらなさそうにしている。


「もらったって……奪ったの間違いだろ。それに古いって言わんといて。この炎光炉はポラリスから積み替えたワシの大事な思い出の品なの」


「船長の言葉はともかく、私も考えたんだけどね。このレイジェの炎光炉って出力が今までの規格よりも強すぎて全力で使うとオールド号が耐え切れないってさ。ラス爺が言うんだから間違いない。結局は新しいのは初期の炎光炉の出力と調整しながら併用だね」


二人は諦めて、サウナのような機関室から出ることにした。


「セレン、姐御。お疲れさん。ほれ、これで汗を拭きな」


外には船長と汗を拭くための布を持った

砲撃手のデイエンが何故か待っていた。


「サンキュー、デイエン。アンタにしては気が利くじゃない」


「お前がそんな汗くせぇ格好で歩かれると迷惑なんだよ」


そう言って彼は、セレンに何かを持ってクイクイと飲むような仕草をする。

「酒を飲みに行こうぜ」という意味を

すぐに察した彼女はパッと笑みを浮かべて


「いいね、じゃあさっさと行こうか。あっ、そんなわけだからこの話はまた今度ね」


「おい、押すなっての。船長、姐御。悪いけど俺たちは食堂に行くわ」


デイエンの背中を押して早足に食堂に歩いていった。


「航海、始まったばかりだからあまり飲むなよー」


船長は軽い調子で二人を見送る。


「全く……いい加減、もう一歩二人とも歩み寄ればよかろうに」


「ん? あの二人って、仲いいの?」


「……まあ、あんまり色恋沙汰に興味なさそうだもんなぁ、オーシャは」


一応、父親ということになった

ジーウィルとしては複雑な心境である。

こんな跳ねっ返りの少女が、

いつか恋など本当にできるのかという心配と、

娘を嫁に出すのが当分先だと安心すべきなのかという自分への呆れ。

二人が甲板に出ると、これまた歪なカップルがいた。

黙々と二人で剣をぶつけ合い、

お互い本気で殺しにかかっているのではないかというくらい、

全力で手合わせをしている。


「よっと」


「……ふん」


のらりくらりとしつつも慎重に避けるヨウコと、

大胆そうに見えてかなり精密な攻撃を仕掛けるイクル。

この船で白兵戦になった際の切り札になる二人なので、

できれば平時は飛ばして欲しくないのだが、

航海開始から4日、二人は毎日こんな感じである。

嫌々連れてこられたはずのイクルだが、

何だかんだでヨウコと剣を交えるのは楽しいようだ。

だが王国に対する後ろめたさがあるのか、

無機質な仮面をいつも被るようになっていた。

ヨウコも黒尽くめの不気味な格好ではあるが、

こちらも普通の剣士とは言えなくなってしまっている。


「あっ、姐御! 何見てるすか?」


モヤシが横を通りがかる際に、足を止めて尋ねてきた。

ちなみに何故に男共が

オーシャのことを姐御と呼ぶかというと、

ジーウィルの娘になったからである。

勿論それだけでなく、

軍人や他の船の船長に対する乱暴の数々、

命にも関わる凶悪な無茶振り、

そしてなによりヨウコとイクルが彼女にはついている。

船の危機を救った数よりも、

船に危険因子を持ち込む数の方が多い彼女のことは

畏怖を込めて姐御と呼ぶことになったのだ。

それに彼女はブラッティレインと恐れられた悪魔の娘。

いくら顔立ちが整って将来美人になるであろうとはいえ、

彼女に手を出すなんて馬鹿はこの船にはいない。

当然、恋人にしたいだなんて度胸のある男もいない。


「ああ、あの二人っすか。いやぁ二人はラブラブっすよね」


「息はピッタリだけど、アレってラブラブっていうの?」


「えぇ~相性バッチリじゃないすか。まあ、姐御にはまだ早いっすか」


ひらひらと手を振りながらモヤシは歩いていった。

オーシャとジーウィルはしばらく二人の稽古を眺めていたが、

そこへ


「船長! ナナイが見えてきたぞ!」


いつものように見張り台に

しばりつけられている鳥目が報告をした。


「船長、ナナイってどういうところ? あの坊ちゃんがいる街だっけ」


オーシャが目を凝らすように、

ナナイがある方向を見る。

目のいい少女にはきっと

賑やかな町並みが見えているに違いない。


「セイヌ=レーゼンな。エシアほどではないけれど、レーゼン商会を中心とした結構大きな港街。ラダエスタ国の領土だな。まあなんといってもお金さえ払えばワシらみたいな海賊でもきちんと補給してくれるから、こーいうところは重宝するんだよねー」


「補給って……まだ航海に出たばかりじゃない? あの剣士二人組みがとっても食いすぎてるとかで逼迫してるの?」


「いや、オーシャも結構遠慮なくばくばく食べてるからね? 大陸にあるだけあって、エシアで買うより安い物もあるし、ナナイでしか手に入らない物もあるんだよ。オーシャだって、航海の最初から毎日芋だけは嫌だろ?」


それとは別に情報収集をする目的もある。

海賊なんてモノに

味方になってくれる人間などあまりいない。

近隣諸国の時勢や、会の動きなどは

金を払ってでも小まめに仕入れておく必要があるのだ。

一昔前はそれなりの頻度で

大規模な海賊狩りが行われていたり、

はたまた戦争が行われていたりと物騒な時期もあった。


「でもさ、何か船も全然いないし、凄く静かなんだけど」


「はっ?」


「えっ、見えている港ってさっきから説明してくれているナナイだよね?」


少女の言葉を疑いそうになって、

彼女がそんな冗談を言うはずがないと思い直す。


「鳥目! 今のオーシャの言葉は本当か?」


「……確かに、姐御の言うとおりだ! 商船が2隻しか停泊してないぜ!」


その叫びに、さすがに異変を感じ取ったのか船員たちが集まってくる。


「ふむ……」


ナナイほどの港であれば、

どれだけ少なくとも常時20隻は停泊している。

ジーウィルはどうにも胸騒ぎ覚え、

必要な時はいつでも隣にいる

副長メイツェンに視線を向けると

「船のことはお任せを」と力強く頷いてくれた。


「ナナイには小舟で先に様子を見に行く。いくのはワシと……」


彼が船員を見回していると、


「私たちも行くわ。何かあったときには任せてくれていいわ」


ヨウコとイクルが出てきた。

確かに二人がいれば多少のトラブルがあっても平気だろう。


「あっ、船長。私も行きたい」


「えー……オーシャも?」


そして、やっぱりと言うべきかオーシャも手を上げた。

何が起こるかわからないから、

できれば連れていきたくないのだが、

断れば絶対にヨウコをけしかけてくるのがわかっているので、

「絶対に離れるなよ」と念を押して了承した。


「どうにも、嫌な予感がするな」


ジーウィルは髭をじょりじょり撫でながら呟いた。



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