第三章 家族と港街.05
遡ること少し。
とある酒場の2階での出来事である。
「ん……くっ」
イクルは頭を抱えながらベッドから起き上がった。
前日に呑まされた、あのやたらときつい酒のせいで
不覚にも気を失ってしまった。
下戸の人間にとって酒というのは、
苦痛である場合が多い。
ほろ酔い状態になる前に頭痛で頭が激しくなり、
とても楽しむ状況になどならないのだ。
そんな彼が『火噴き酒』などという
凶悪極まりない酒を飲まされれば意識を失っても無理もない。
前日のことを思い出そうとするが、
酒場で飯を食べていたときから全く覚えていない。
陽はもう上っている。
――早くレイジェ王国に向かわねば。
「ん?」
そこで彼は気付く。
自分が全裸だということに。
酔い潰れた後に追いはぎにでもあったのだろうか?
路銀を取られたら困るなと思ったが、
ならばベッドで寝ていることはないだろう。
「彼らが運んでくれたのか」
一人呟く。
すると
「ん……あら、おはよう」
隣に誰かいた。
「おは……よう? んん!?」
そしてイクルは絶句した。
隣で布団に包まっていたのは、
自分と同じように生まれたままの姿のヨウコ。
イクルの視線に気付いたのか、
はみかみながら彼女は笑う。
胸元にしなだれて、抱きついてくる。
「逞しい胸ね。昨夜は本当にずっとドキドキしてしまったわ。こんなの初めてだから」
「なっ、そんな……いや、馬鹿な」
全く記憶にない。
しかし、状況は全て物語っている。
乱雑に脱ぎ捨てられた二人の衣服。
乱れたシーツ。
そして抱き合う裸の二人。
ヨウコは、照れたような表情で、
そっと首に手を回し耳元で囁いた。
「これから、仲良くしましょうね♪」
◇
次の航海が決まったのは、季節が一つ変わった頃だった。
「なんか、私、すっごい目立ってない?」
久々に船に船員たちが集まった中、
少女は落ち着かない様子で自分の格好を見下ろす。
「あら、凄く似合っているわ。オーシャ、胸を張りなさい」
レインが嬉しそうに呟く。
オーシャが着ているのはジーウィルと同じ黒い海賊衣装。
けれど父親と違うところも多い。
女性らしいはだけた胸元と、
ヒラヒラの長いスカート。
そして真っ赤なマントである。
「なんかぶかぶかなんだけど」
「成長したら、ピッタリになるわ。それがきちんと着こなせた時に、あなたは一人前になったってことなのよ」
「あの……胸のあたりが……特に……その」
「正直に言いなさい。母親の手作りの衣装に、何か言いたいことがあるの?」
「お母さん、ありがとう! この衣装、大切にするね!」
あまり心温まらない親子の団欒だった。
スピカも本当なら来たかったようだが、
彼女はアンバスの学園に戻っている。
船乗りたち全員がオーシャが
ジーウィルとレインの娘になったということは聞いていた。
けれど、実際にその姿を目の当たりにしても
まだ少し信じられない気持ちである。
父親はともかく、母親があのレインである。
優しそうに見えて実は短気で例え身内であろうと
裏切りがあれば容赦せず粛清することにも
全く躊躇しないことで有名な
あの『ブラッティレイン』と呼ばれた狂剣士なのである。
時が経って多少は誇張されているとはいえ、
その恐ろしい血なまぐさい武勇伝は『黒蛇』の比ではない。
ヨウコの100人を皆殺したという噂話など
「ヌルい」と感じてしまうほど凄惨な逸話。
性質が悪いのはそれが全て誇張ではなく
嘘偽りのない真実であるということ。
というより船員の中には当時からの
メンバーも数名いるのでレインの姿を見るだけで震えていた。
「ごめんなさい。少し遅くなってしまったかしら」
遅れてきたのはヨウコである。
いつもの布お化けみたいな格好をして駆けつける。
そしてその隣には
「……何か、言いたいことがあるならはっきり言え」
ラフなシャツ姿の、
思い切り仏頂面のイクル=リタースだった。
イクルがまだ街にずっと滞在していたことは知っていたが、
何故ここに来たのか誰もが不思議そうに見つめていた。
その視線にますます不機嫌そうになる元レイジェ王国の軍人。
ヨウコは少し離れて、
ジーウィルとオーシャとモヤシを呼ぶ。
「君、どういう魔法を使ったんだ。あの生真面目な軍人を口説き落とすなんて」
ジーウィルが問い掛けると、
彼女はモヤシと顔を見合わせて笑い
「既成事実という、素敵な魔法をね。イクルは真面目で誠実だから、責任取ってと言ったらイチコロでしたわよ」
「ちょっ、君ね!」
「おお、姐さん。ヤッちゃったんすね!?」
「いいえ、あんな形での初めてはロマンがないから。だから裸になって同じベッドにいただけで呆気なく騙されたわよ。大丈夫、ちゃんと機会を見て合意の上でしっかり契るわ」
「信じられんことしたなと言いたいが、それよりもワシはヨウコが生娘だったという事実に驚いておる……待て、何故、大剣をワシにチラつかせる」
とても本人には聞かせられない真実を口にしていた。
そんな中、オーシャは首を傾げて
「ねえ、キセイジジツってどういうこと? 結局、イクルとはどうなったの」
本当に知らないという感じで聞いてきた。
全員が一度、視線をあわせてから、
「オーシャは知らなくていい。あとイクルには絶対この話しをするなよ」
父親が切実な顔をして告げる。
コホンッ
密談を続けていると、
気付けばいつの間にか後ろにいた呆れ顔の副長メイツェンがいた。
慌てて四人はみんなの位置に戻る。
ジーウィルはみんなの前に立ち、いつも通りの儀式を行う。
「これから、新たな航海に出る!」
よく通る大きな声で告げる。
「オールド号は、ワシを船長として舵をきる!」
「「応っ!」」
こうして、ジーウィルを船長とすることを誓い、
船長が決める航海に際する細かいルールを説明していく。
船員がいつも固定で、規則も毎回同じなのだから
オールド号にとってはただの定例儀式である。
「では、出航する!」
ジーウィル=ポラリスはオールド号に最初に乗り込んでいく。
そんな、仮初ではあるけれど、
父親となった男の背中をオーシャは見つめる。
「オーシャ、これを持っていきなさい」
そこへなったばかりの母親が包みを手渡してきた。
「これは?」
「ラピスラズリ。それがその剣の名前よ」
包みを開けると出てきたのは、蒼い鞘に入った一振りの剣。
「お守りよ。私が現役の時に使っていた剣なの」
飾りのないシンプルな柄を掴んで、鞘から少しだけ抜く。
「綺麗……だね」
淡い青色の刀身。
磨きぬかれた刃が、オーシャの強い瞳を映す。
「私はいつでもあなたを見守っているわ」
「……ありがとう。本当に、嬉しい」
そして母親はばんっと肩を叩いてくれる。
「さあ、いってらっしゃい。オーシャ」
「うん、行ってくるよ。お母さん」
頷く。
オーシャは真っ赤なマントをなびかせて、
再び海賊船に乗り込んだ。
第三章 家族と港街 ~完~
第四章 少女と戦争へ続く




