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第二章 獅子と黒蛇.02

月明かりのおかげで、

夜でも船の甲板の上は明るい。

だからジーウィルは船首の近くに

少女が寝そべっているのを見つけることができた。


「疲れたのか?」


問い掛けると、空を見上げた少女は


「空を見てる」


一言それだけ呟いた。

髭面の船長はやれやれと言いながら

隣にどっかりとあぐらを組んで座る。


「オーシャはネイスンで育ったのだったか。ならこんなに綺麗な夜空は初めてだろう。都会は夜でも灯りで空が明るいからな」


「うん……知らなかったことが一杯だよ。この空も、海も、そして海賊船も」


使用人だった少女は、

満足に街の外すら出たことがなかったのだろう。

書物で知ることはできても、

実際には全てが初めて見るモノに違いない。


けれど少女はとても喜んでいるようには見えない。

ただ、少しだけ寂しそうだった。


「ワシから誘っておいてなんだが、本当に海賊をするのか?」


「ふふっ、どうしたの? 誘ったのは船長じゃん」


「詳しくは聞かんかったが、君には帰るべき家はあるのだろ? オーシャは我らがオールド号を助けてくれたからな。帰りの旅費くらいは用意してやることだってできるぞ」


家に帰ることが召使の少女にとっての幸せなこととは限らない。

勿論、海賊をすることも幸せだとは言えないが。

だからジーウィルは少女に選択させてあげたいと思った。

金も地位も何も持たない少女が

自由に生きるにはとてもとても枷が多いこの世界。


せめて一度くらいは……

自分で進むべき道を決めさせてやりたいという想い。


「確かにリブラ家ではよくしてもらっていたよ。お嬢様も、身分なんて関係なく仲良くしてくれたし、使用人の私でも居心地は良かった」


「なら――」


「けれど、あそこは私の場所じゃない。そこにいるのがオーシャでもなくてもいい……ただ与えられるだけの生活に、なんか、苦しかった」


明確な理由なんてない……

ただ感じるままに言葉を紡いでいく。

ジーウィルは笑った。

どこか醒めていて達観したような姿を見せる少女も、

自分の娘と同じでまだ幼いのだなと思う。


大人たちは長く生きているだけあって、

自分の心をいくつもの言葉で覆い隠すことができる。

自分自身に言い聞かせて「それは仕方の無いこと」だと、

割り切ることで本心を偽ることに慣れてしまっているのだ。


けれど少女はまだ、

そこまで自分の心を隠す術を持っていない。

だから言葉にできない自分の想いに悩んでしまうのだろう。


そんな彼女に、自分がしてやれることはなんだろうか。


ジーウィルは髭を弄りながらポツリを口を開いた。


「昔、無鉄砲でどうしようもなく暴れ者の海賊がおった」


「え?」


「その海賊の男はな、全てが気に食わなかったのだ。誰もが自分勝手な理屈を正義のように振りかざすのを見るのが、たまらなく腹が立って仕方なかった。だから海賊は思うがままに船を駆り、ひたすらに暴れ回った。そこに正義も何も無い。ただ、理不尽でつまらない世界に対して反抗をしたかっただけでな」


ジーウィルはオーシャと同じように空を見上げる。

空には満天の星空。

例え月が明るくても、それに負けないくらいに輝く星たち。

少女は黙って、船長の話に聞き入っていた。


「オーシャよ。ちょうどあのあたりに、この星空でひとつだけほとんど動かん星がある」


「……どれか、わからないよ」


無数にある星を指差されても、

オーシャには見当がつかなかった。

だが船長はお構いなしに話を続ける。


「それは北極星といってな。原理は知らんが、どんな季節であっても位置が変わらないことから方位を確かめる際に利用する星でもある。北極星を中心にして星たちは回るのだ」


「ふーん……なんか、凄いね」


少女は、じっと見上げる。


「――ポラリス」


彼は、その名前を告げた。


「古い言葉で、北極星のことをそう呼ぶ」


「ポラ……リス……?」


「ちっぽけな海賊は、自らが世界の中心にいるのだと言いたかった。故に彼が名乗った名前がポラリス。そして、海賊が自らの命を託した船名もポラリスという名前だった」


少女は体を起こして船長――ジーウィル=ポラリスを見つめた。


「けれどな、その海賊も歳をとってから気付く。自分の無力さに。そして他の者たちと同じように、いつの間にか自分も安っぽい正義を振りかざしているのではないかと悩んでしまうのだ。その時には、初めての航海の時に抱いていた想いはもうどこにもなかった」


「その海賊は、それからどうしたの?」


ジーウィルは苦笑した。


「戦う意味を見失い、船を降りた。そして結婚し、子供を作る。そいつは陸で暮らそうと思ったようだが、ずっと海賊をしていたせいでまともに仕事などできなくてな。商才もなかった海賊は、食うのに困って、結局は古い船に乗って細々と海賊稼業を続けているそうだ。幸いにも何名か頼りになる部下がついてきてくれたお陰で、今も無事に航海している」


そして彼は昔の言葉で「古い」という

意味の名前を持つオールド号に今も乗っている。

オーシャは「ふーんと」と、話を聞いて何かを考えていたようだが、


「その海賊は怒ることに疲れたんだね」


「そうかもしれんな」


しみじみとジーウィルは髭を撫でる。


「でもそれは、きっと優しくなったからじゃないのかな」


オーシャは空を見上げたまま、両手を広げた。


「北極星を中心に、みんながグルグル回り続けているのを見てさ、休ませてあげようって思ったんだよ。星だってずっと動いていたら疲れるだろうしね」


その言葉に、一瞬ぽかんとしていたジーウィルだったが、


「ははははっ! そうか、優しくなったのか。それは気付かなかったな。なるほど、海賊は優しくなったから、船を降りたわけだ。面白いな、オーシャは」


大きな声で笑った。


「でもさ、きっとまた動き出すよ。いつまでも星だって止まってはいられないしさ。そのうち新しい北極星が出てきて、嫌でも回る事になるに決まってるって。そう――」


オーシャは立ち上がる。



「――世界は北極星を中心に廻る」



満面の笑みを浮かべていた。

彼女の真っ赤な髪は、

星たちに負けないくらいに強い色。

この月明かりの下でもはっきりとそこに少女がいると、

誰もがわかるくらいに、力強く。

少女にもう寂しげな雰囲気がないことを悟り、

老いた船長も「長話をしてしまったな」と立ち上がった。

オーシャは「面白い話だったよ」と嬉しそうにしている。


「私、船長に拾ってもらって良かった」


「やれやれ、ワシはオーシャを『やっぱり海賊辞めた』って言わせるために、つまらん昔話をしたのだがな。逆効果だったか」


「そうだね、もっと船長と一緒にいてみたいと思ったよ。あと今度、娘さんに会わせてよ。船長に似てごっつい体格なのかな?」


「それが、ワシに全然似てないんだよ。母親に似て美人なのは嬉しいんだけど、ワシちょっと複雑」



二人は並んで同じ方向の夜空を

北極星のある方角を見つめてつまらない話に花を咲かせた。



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