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第二章 獅子と黒蛇.03

宴会も終わり、

港へ向けて船を走られること3日。

それは突然に現れた。


「船長! 北西3海里に『グラットン号』だ! 真っ直ぐこちらに向かってきている!」


逃げないように見張り台に縛り付けられていた鳥目が叫ぶ。

その報告を受けて、ジーウィルは露骨に嫌そうな顔をした。


「え~、あの若造が来るのか。困るなぁ」


髭をじょりじょりしながら、

寝起きで少々辛そうな副長メイツェンに尋ねると、

「諦めましょう」とあくび交じりに告げられた。


「グラットン号って、どこの船?」


オーシャは甲板に出てきて尋ねる。


「一応、同業者っすよ。っても、あっちは金持ち後援の道楽みたいなモンっすけどね。オールド号のエンゼル級に対して、2つ上のレンドゼル級の船。新型のカッケ―船っすわ」


モヤシの説明に、デイエンが「ふんっ」と鼻を鳴らして、


「こっちが正面から喧嘩したら勝てねぇってわかってるから、いい気になっていつもいつも横槍を入れてくんだよ! セイヌのガキ、金にものを言わせやがって!」


悔しそうに地団駄を踏んでいた。

詳しい説明を船長に求めると、苦笑いして話してくれた。


「海賊は海賊だけどね。レーゼン商会の若旦那であるセイヌ=レーゼンが、敵対してる商会の船を襲ってるんだよ。レーゼン商会はデカいし、更には自分が一番だと思ってる坊ちゃんでね~、海賊船に対しては新型の戦船チラつかせて、絡んできては高圧的に金銭せびってくるの。理由は毎回違うけど」


要は金持ちのガキ大将みたいなものか。


「放っておいて逃げたら? 相手する必要ないんでしょ」


「そうしたいんだけど、グラットン号速いから純粋に追いかけっこすると勝てんわけよ。挑発とかすると短気だからたまにマジギレして砲撃してくるからなぁ。ちょっと金品くれてやってお引取り願ってるのが最近の実情だよ」


ジーウィルは更に言葉を続けた。


「で、セイヌの坊ちゃんだけならまだしも、あの船には更に面倒なのがいるんだよねー」


まだ何か変なのがいるらしい。


「『黒蛇』っていう奴さ」


その呼び名を教えてくれたのは機関室から出てきたセレン。


「船長! 炎光炉、もらってきたのも一応は使えるは使えますよ。さすがに炎光炉を2発積んでいる船なんて前代未聞なんで、二つ同時に使用したら熱で吹っ飛ぶかもしれませんがね。でもひょっとしたら振り切れるかもしれません。どします?」


「準備だけしておいてくれないか。多分、使うことはないと思うけれど……」


チラッとオーシャの方を見て、


「なんか突然使えって事態になるかもしれんしね」


「ああ、確かに。わかりましたよ」


セレンも納得したとばかりに頷いた。

オーシャは何で私見られたんだろうと不思議がっていたが、

また無茶するに違いないと

諦められているということに自覚はないらしい。


「船長、黒蛇ってなに? 随分と大層な名前だけど」


「この界隈では有名な傭兵だよ。物凄く強くてねー、今まで何人も挑んだけど誰も太刀打ちできないんだなぁ。で、そいつが乗り込んでくると、もうこちらとしては詰むわけ」


船長は苦笑いしながら「船の性能もいいからもな、海賊たちも下手に刺激しないのだ」とお手上げのポーズをとっていた。


「有名な話では、100人乗った軍艦に一人で乗り込んで皆殺したっていうのもあるくらいだしねぇ。できれば関わりあいたくない人間だ」


向こうから派手な猪の描かれた旗をかざす船が近づいてくる。

オーシャは黒蛇っていうのはどんな人なんだろうかと、

興味が沸いていた。



  ◇



「よぉ、ジーウィル船長! 奇遇だな、今日もいいところで会った!」


セイヌ=レーゼンという青年の姿を

一言で表すなら残念イケメンである。

男にしては非常に小柄な体格であり、

恐らくはオーシャと同じかそれ以下。

それが嫌なのか随分と底の高い靴を履いて、

体ができるだけ大きく見えるように

仰々しい嵩張る服とマントを着ていた。

まるで貴族の子供のお遊戯会にでも出るような格好に失笑は禁じえない。

顔は童顔ながらも、

とても整った綺麗な顔しているだけに勿体無かった。

グラットン号は傍まで船を寄せて、

小舟を使いオールド号に5人だけ乗り込んでくる。


「奇遇も何も、こっちに全速力で向かってきたろうに」


船長は「もう少し、大人になってほしいなぁ」と呟きつつ、

彼が引き連れてきた副長に視線をやる。

あまり特徴のない姿の見るからに人が良さそうな優男だが、

よくよく見ると非常に鋭い目を宿している。

それもそのはず、

副長をしているテムスはアロガン大陸屈指の海軍を持つ

ソムトラル王国で一つの軍艦を任されていたほどの男だ。

色々あったらしく軍を追われてて巡り巡りレーゼン商会で

やんちゃなご子息のお守りをしているという経緯である。

彼は「付き合ってやってくれ」とセイヌの後ろで苦笑していた。

実は昔にジーウィルとは何度か海戦で

交えたことがあるので知らぬ仲ではない。

彼の今の立場も知っているので

「お前も大変だな」とジェスチャーを返す。


後ろに控える二人の男も、一流の傭兵たちだ。

なにせレーゼン商会は金払いがいい。

ゆえに優れた人材も集まるし、船も常に最新装備。

水兵たちですら、好待遇で乗っている。

海賊たちが敬遠したがるのも無理のない話だ。


とはいえ多少は仲良くしておくと、

案外レーゲン商会は柔軟で何かあると融通を効かせてくれる。

ただ海賊から金をせしめているのではなく、

ある意味でみかじめ料とも言える。

金さえ払えば話のわかる商売人なのだ。


「いやぁ、獲物がさー予定の航路にいなくて不作なんだよ。このまま手ぶらで帰るとオヤジも怒るし、ジーウィル船長……ちょっと手柄を分けてくれないか?」


図々しいにもほどがある。

むしろ彼の父は海賊なんてやめてほしいと思っているだろうに、

息子は暢気なものだ。

けれど下手にこじれてレーゼン商会に目をつけられても厄介なので、


「全く、まるで近所の息子に小遣いをやってやる心境だぞ、ワシ」


いつもの通り、仕方がなく対応をしてやることにする。


「さすがジーウィル船長、話がわかる。じゃあ早速だけど……お?」


そこで突然言葉を止める。

彼はアホみたいにポカンと口を開けていた。

その視線の先を追うと、

そこにいたのは真っ赤な髪の少女。

オーシャは何を言うわけでもなく、

グラットン号の乗員たちを見つめている。

ジーウィルが「どう思う?」と視線で、

人の表情から情報を得ることが得意な

副長メイツェンですら「さあ?」と首を傾げていた。


「……可憐だ」


ポツリと、セイヌが呟く。

その瞬間、見て分かるほど露骨に

「面倒ごとはやめてくれ」と顔を顰めるテムスが印象的だった。


「ジーウィル船長! 金なんていらない! その子をくれないか!」


「えぇ~……その展開は予想してなかったなぁ」


激しく面倒な雰囲気になったことを察した船乗りたち、

それはオールド号もグラットン号も同じだった。

テムスが声には出さず「やめろやめろ」と

セイヌの後ろ姿に向かって念を唱えていた。


そんな嫌な感じの沈黙の中、

口を開いたのはオーシャだった。


「あなた、名前を教えてくれない?」


「お、俺のはセイヌ=レーゼンって言って、この船の船長で――」


誰から見てもわかるくらいに舞い上がったセイヌ。

けれど、オーシャはあっさりと首を振って


「いや、アンタじゃないよ。ほら、そこにいる……」


彼女が指差したのは、

グラットン号から来た5人のうち、一番後ろに控えている傭兵。


「ひょっとして、あなたが『黒蛇』さん?」


そこにいたのは、つまらなさそうな表情を浮かべている

奇妙な格好をした剣士だった。

まるで黒いテルテル坊主。

黒いマントで体を覆っており、

そのマントは幾重にも重ねられている。

しかも一枚一枚がボロボロのため、

破れたマントの重ね着のような状態なのだ。

すらっとした長身もあわさって、奇妙な圧迫感がある。


そして特徴的なのは背負った大剣である。


刀身は1バート近くあるだろう。

鞘の代わりにもなりそうにない、

これまたボロ布が何十にも巻かれている。

まるで海草の塊を持っているようにも見える。

銀光する刃がところどころ見えているのだが、

アレだけ乱雑に巻かれていたら布を外すだけでも一苦労だろう。

なるほど、風にゆらゆら揺れる黒い布が蛇に見えなくもない。

全身に巻きついた布には落としきれなかった血の染みが

そこら中についており、確かに鱗のようだ。


しかし、どっちかというと黒蛇なんかよりも

『ワカメ』という通称の方が

しっくりくると考えたのはオーシャだけだろうか。


「あら、ご指名かしら? でも名前を尋ねるときは、自分から名乗るが礼儀よ、お嬢さん」


陰気臭い格好には似合わない、明るい声。

そして、驚くことにその剣士は若い女性だった。

まだ年は20台半ばくらいだろう。

黒いマントと同化して分かりづらいが、

アロガン大陸では珍しい黒髪。

腰の位置まで伸びた長髪が彼女の動きにあわせてなびく。


「私はオーシャ。オールド号につい最近入った新入り」


「へぇ……」


黒衣の剣士はまじまじと、海賊には到底見えない少女を観察する。


「おっ、おい! 俺を無視するなよ。俺が船長なんだからな! いいか俺が一番なぁ――」


少女との間に顔を真っ赤にしたセイヌが割り込むが……


「もう、アンタは邪魔だって言ってんのよ、聞こえないの!」


「あ、オーシャ君それはマズいから待ってちょっと早まらないで!」


船長の叫び空しく、少女は動いていた。


「なっ、おい、何すんだよ!」


さすがに今回は急所を蹴り上げることはしなかったが、

オーシャは青年を担ぎ上げて


「アンタは船に帰れっての!」


抱えたまま走り、海に投げ捨てた。


「アァァァァァァァァァァァァァァァ!」


悲痛な叫び声を木霊せ、セイヌが落下していった。


「おい、お前ら! 坊ちゃんは泳げんからな、すぐに拾いにいけ!」


テムスが冷静に指示を出す。

二人の男たちは命令通り、さっと飛び降りていく。

グラットン号からも船長が落とされた姿は見えているはずだが、

テムスが指示をしていないので、

船に残った乗組員たちは面倒そうな顔をするだけで

反応せずにこちらを傍観していた。


グラットン号の副長はオーシャに向きなおり


「オーシャ、と言ったか。さすがにそういうことは一言先に断ってくれんかね。あの坊ちゃんが指示すれば俺たちはアンタらの船を落とすことになるんだからな」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

主の心配よりも、起こりうる面倒ごとを嫌う様子が、

いかにも雇われ傭兵らしい。


「あっ、今からこいつ落としますって言ったほうが良かった? だってさぁ、邪魔って言ってるのに聞いてくれないんだもん」


「いや、オーシャ、皮肉ってわかる? しかもワシさっきから言いたかったけど、一度もセイヌに邪魔なんて言ってないからね? いきなり君がキレて落としたんだからね?」


「もー船長。だから今、言ったじゃん」


オロオロとするジーウィルに、平然とオーシャは言ってのける。

その様子を見て、黒衣の剣士は堪えきれないように笑い出した。


「お嬢さん、あなた面白いわね。意外すぎて私は護衛だというのに全く動けなかったわ」


最初から助ける気などなかったくせに、

黒蛇はそう言ってうそぶく。


「私はヨウコ=ミクラ。見ての通り剣士よ。オーシャ、私の格好が気になるのかしら?」


場違いなくらい穏やかに微笑み、

まるで足音も立てずに前に出てきた。

彼女が一歩踏み出しただけで、

オールド号の男たちは無意識のうちに後ずさりしている。

そんな中、オーシャは平然とした顔で頷き、


「いや、『黒蛇』ってどれくらい強いのかなって気になって」


まるで「これ本当に美味しいの?」と

一流の王宮料理を前にして尋ねるくらい、

大胆な問いかけを言い放った。


「ちょちょちょちょちょ、オーシャ、頼むからこいつだけは刺激せんとしてくれ!」


「えっ、いやだってさ。誰も勝てなくて、この人に乗り込まれただけで船制圧されるくらいなんでしょ? だったらほら、どんな腕前か気になるじゃん。だいたい船長はこの人が戦ってるところ、そもそも実際に見たことあるの?」


「いや、確かにないけど。ただ実績として間違いなく黒蛇は超一流の剣士であって……」


あたふたとオーシャに言い聞かせるジーウィルは、

まるで粗相をした娘に説教している父親の姿そのものだった。


「ふーん……」


その様子をヨウコは冷静に見つめていた。

一見すると無知な少女が分不相応に、

不躾な疑問を問い掛けているだけに思える。

しかし彼女は逆に警戒をしていた。

オーシャは彼女を凄腕だと持ち上げつつ、

それでいて挑発してきている。

よもや少女が相手をしてくれるわけではないだろうが、

何か思惑があるのには間違いないと踏んでいた。


新入りだというのに既に船で発言力がある。

この少女を甘く見てはいけない、

それが熟練の剣士の出した判断だった。


長身の剣士は少女の目の前まで行き、目を覗き込むように屈む。


「アンタが、相手してくれるっていうかい?」


今までの明るい口調と一転して、

正面からドスを効かせて囁いた。

それは腕自慢の男でも震え上がらせ、

これくらいの歳の少女であれば

一瞬で泣かせる自信はある彼女の貫禄だ。

勿論実力あってのことだが、

普段の口調と今の冷徹なギャップを利用した彼女の

一つの「戦わずして勝つ」技である。

彼女とて傭兵……

そしてその中でも一目置かれているには理由があるわけだ。


「まさか、私は剣も持ったことないしね」


だというのに、平然と少女は切り替えしてきた。

その瞳は、とても強く、

真っ直ぐとこらちを射抜くように見つめてきている。

これにはさすがのヨウコも戸惑ってしまう。

オーシャははニヤリと笑った。


「でも大丈夫、うちの船には凄腕の剣士が乗っているからね」


その言葉にざわっとオールド号はざわついた。


「おおおおい、オーシャくぅん! うちの船、剣を使うメンバー自体が少ないんだよ!?」


船には実は割と強い剣士もいる。

それは今マストの影に隠れて

ビクビクと様子を伺っている臆病者の『ナッツ』である。

毛のない彼だが、

その頭の形がまるでナッツのような

形をしていることからそう呼ばれている。

かなりの軟弱な性格なのだが、

いざとなればそれなりには頑張ってはくれる。


「俺は無理無理無理無理無理、絶対無理だからね!?」


けれど到底、一騎打ちなんてできるようなタイプではない。

みんなが良い笑顔でナッツに

「死んでこい」と親指をグッと立てていた。

誰もが自分にお鉢が回ってくるのだけは避けたい一心である。

剣は少なくとも斧とか槍とか弓を扱うメンバーが多いのだが、

少女の気まぐれの矛先がいつ向くかわからない。


そもそもナッツが戦っても勝てる見込みは最初からゼロ。

もしも船員全員で挑みかかっても

勝てる可能性は低いというのに……

一騎打ちなどありえない選択肢だ。


ジーウィルは少女が余計な挑発をしたせいで、

額には脂汗がびっしりである。

そして隣にいたはずのそこそこ剣の腕に自信のある

副長メイツェンはどこかへ姿を消していた。


「ん、待てよ?」


自分で考えた全員で挑みかかっても勝てる自信がある

というフレーズに、最近聞いた言葉を思い出した。


(――この剣があればこの船員を全員に相手をしても勝てる)


そんなことを、最近誰か言ってなかっただろうか。


「あっ……」


思いついたというジーウィルの表情を見逃すヨウコではなかった。


「へぇ、船長までそういう顔をするということは……なるほど、はったりというわけでもないということかしら」


「いやいやいやいやいやいやいや待って待って! 早まらないでお願い!」


けれどニンマリと笑ったオーシャは、容赦なく叫んだ。



「誰か、船倉にいるイクル=リタースを連れてきて!」



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