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バラバラ女  作者: ノコギリマン
バラバラ女
37/42

36

「ただいま」


 家のドアを開けて、ワチコが言う。

 中から返事はなかった。


「だれもいないみたいだな。まあ、入ってよ」


 促され中に上がると、予想どおりの普通の家だった。


 直人が、靴箱の上に置かれたロボットのプラモデルを見て、


「へえ、ワチコってこういう趣味もあるんだな」


 と、早速からかう。


「バカ、コレはお兄ちゃんのだよ」

「ワチコってお兄ちゃんいたんだ」

「いるよ。六コ上だから、お前らは見たことないだろうけど」


 少しイヤそうに言い、ワチコが三人に手招きをして、階段を上がっていく。


「あたしの部屋ここだから、中に入って待ってて。なんか飲み物とか持ってくる」


 部屋は、普段のワチコからは想像できない、メルヘンチックな雰囲気だった。寝心地の良さそうなフカフカのベッドのシーツはピンク色で、掛け布団や枕もおなじ色だった。床には花柄のカーペットが敷かれ、出窓の棚には、たくさんの動物のぬいぐるみが飾られている。


 その中に片目のとれたクマのぬいぐるみがあり、


「おい、ワチコってば、クマ大事にしてないじゃん」


 と、直人が眉間にシワを寄せた。


「でもさ、あのクマの目って、最初っから取れかけてたよ」

「そうだっけ? くそ、あのオジサン不良品を渡したのか。ムカつく!」


 怒る直人のうしろに立つ奈緒子は、壁際に据えられた本棚を興味深げに眺めていた。


「ワチコって本とか読むんだね」

「うん。UFOとか妖怪の本が多いけど」

「あ、ホントだ」

「そこだけワチコらしいな」


 直人の軽口に顔を綻ばせた奈緒子が、疲れたようにカーペットに座り込んだ。

 重たそうに肩に提げていたボストンバッグが、元気を奪ったのかもしれない。


「お待たせ」


 ワチコが、大きな丸盆を持って部屋に戻ってきた。その上にオシャレな白いティーカップが四つ並び、ハート型のクッキーがガラス皿に乗せられていた。中央のティーポットの口からは湯気がゆらゆらと立ち上っている。


「あ、美味しい」


 出されたクッキーをひとかじりした奈緒子が目を丸くし、それに触発された慎吾と直人もそれを食べてみた。

 バニラの優しい香りと丁度いい甘さが、口内に広がっていく。


「ホントだ、美味しい!」


 二個目のクッキーを取りながら感心する慎吾に、


「当たり前だろ、あたしが作ったんだからな」


 とワチコが鼻を鳴らし、紅茶を注いだカップを、手際よく三人の前に置いていった。


「これワチコが作ったの? お前、こういうシュミがあったんだな」

「ハッハッハ、あたしをナメてただろ?」

「でもホント意外だね、クッキーと紅茶が出てくるとは思わなかったよ」

「部屋も意外だよね。ワチコちゃんの部屋とは思えない」

「お母さんのシュミなんだ、あたしはイヤなんだけど。だからこれだけがあたしの救いだよ」


 ワチコが、本棚の下段からクモの入った瓶を取りだして、射し込む陽の光にかざした。


「だけどさ、もう死んじゃったよ」


 瓶底に、干からびたクモが転がっていた。


「エサ、ちゃんとあげてたのかよ?」

「あげてたよ。でもさ、虫ってすぐ死んじゃうじゃん」

「なんでみんな、とつぜん死んじゃうんだろうね」


 不意に奈緒子が沈んだ声で呟いた。


「バッカだなあ、奈緒子。ずっと生きてたって、暇なだけだぜ」

「死んじゃうよりマシじゃん。死んでほしくない人とか、直人君にはいないわけ?」

「そんなの考えたことねえよ」

「それは恵まれてるからだよ、絶対」


 直人に思いのほか突っかかる奈緒子に、ワチコがそっと耳打ちをした。


「……ホントに大丈夫なの? 無理ならいいよ」

「大丈夫だよ。誰もいないし」

「ごめん、ありがとう」

「じゃあ、だれか帰ってきちゃう前に入っちゃってよ」

「うん」

「なになに?」


 好奇に目を光らせた直人をなぜか睨みつけたワチコが、


「お前らはここで待ってろよ」


 と言い、ボストンバッグを抱えた奈緒子を連れ立って、部屋を出ていった。


「どうしたんだろうね?」

「風呂だろどうせ。カバンを持ってったしな」

「あ、うん、そっか」


 残された二人は、とくになにもすることがなく、直人が手持ち無沙汰に、本棚に収まっていた『花言葉辞典』という文庫本を取りだした。


「ワチコってこういうのも読むんだな」

「意外すぎるね」

「えーっと……あった、バラの花言葉」

「なんて書いてあるの?」

「赤いバラは《愛、情熱、あなたを愛します》だってさ」

「ふうん、色で変わるの?」

「白は《尊敬、純潔》とかで、ピンクは《美しい少女》とかだって」

「へえ、面白いね」

「あ、ちょっと待って、これ面白いぜ。赤黒いバラは、なんだと思う?」

「さ、さあ……」

「正解は《死ぬまで憎みます、化けて出ます》だってさ。バカじゃん、それって結局、死んでも憎んでることになるよな」


 笑う直人を見ても、慎吾はそれを笑えなかった。

 関係ないのに、どうしてもバラと奈緒子を結びつけてしまう。


 飽きた直人はそれを本棚に戻し、次に『UFOの全て』という本を取りだして、パラパラとめくった。


「……なあ、奈緒子ってさ、最近、なんかちょっとおかしくない?」

「な、なんで?」

「だってさ、危ないって言ってるのに《バラバラ女のイタズラ》をずっと続けようとするし、それに昨日から家出もしてるみたいだし、ワチコの家で風呂に入ったりしてるんだぜ」

「やっぱり家には帰らせたほうがいいのかな?」

「それはいいんだよ、どうせ今日までだろ、家出は。でもなんていうかさ、必死で思い出を作ろうとしてるっていう感じがするんだよなあ」

「……そうかもね」

「やっぱり、家のことで悩んでたりするのかもな」

「直人、ぼくたちはそのことを気にしないって約束したじゃないか」

「おれたちの約束じゃなくてさ、奈緒子の気持ちだよ」


 本から目を上げた直人は、いつになくマジメな顔をしていた。


「奈緒子のこと、やっぱり心配?」

「そりゃあ、心配だよ。だって友だちだからな。それなのにさ、奈緒子はチャーにだけホントは心を開いてるんじゃないかって思って、それが、なんかね……」


 そういうふうに直人は感じていたのか。

 そんなことはないはずだけれど、本当のところは分からない。


「で、でも奈緒子さ、あの縁日の帰りに、『直人君は沢田さんのこと好きなのかな?』って気にしてたよ。もしかしたら直人のことが好きなのかも」


 心の中の引き出しにしまっていた黒いわだかまりが、つい、口をついて出てしまった。


「……チャーさ、お前それ本気で言ってんの? そんなことチャーが言ってたって奈緒子が知ったら、ガッカリすると思うよ」

「な、なんでさ?」

「おれは直人君で、ワチコはワチコちゃん、だけどチャーは、チャーだろ」

「言ってる意味が分からないよ」

「べつにいいよ、分からないなら」


 戸惑う慎吾を笑った直人が、ふたたび本に目を落とした。


 直人の言った意味が分からずに、ボウッと出窓に飾られたぬいぐるみを見ていると、急に背筋がヒヤリとして、クシャミが出た。

 風邪がぶり返しているのかもしれない。

 きっと、何日も奈緒子の夜遊びに付き合っていたせいだ。


 それから何度かクシャミを繰り返し、その顔を直人に笑われていると、奈緒子たちが戻ってきた。


 まだ濡れ髪の奈緒子が、妙に(なま)めかしかった。


「ああ、スッキリした。やっぱりお風呂は入らなきゃダメだね」

「でもナオちゃんさ、今日も病院に泊まる気なんだろ?」

「うん。やっぱりさ、都市伝説のバケモノを一度は見ておきたいじゃん」


 バスタオルで髪をふきながら言った奈緒子が、ドライヤーをワチコから借りて髪を乾かし始める。その風に乗って鼻をくすぐるシャンプーの香りが、慎吾の胸を早く打った。


「なあ、ワチコの家って、ぜんぜん面白くないからどっか行こうぜ」

「ちょっと待てよ直人、それあたしの本だろ。勝手に見るんじゃねえよ」

「だって暇だったし」


 悪びれる様子もない直人が本をしまい、大アクビをして涙目で慎吾を見た。


「なあ、チャーさ、ホントにもう、どこも知らないのか?」

「う、うん、ごめん」


 髪を乾かしきった奈緒子がドライヤーを切り、


「わたしさ、まだゴハン食べてないからどこかに買いに行こうよ」


 と、腹をさすりながら笑った。


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